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27.爆弾魔ではありません
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ホームのドアから外に出ると、まぁ当然のごとく剣を構える兵士たちにお出迎えされた。ざっと二十人くらい。
ユリウス王子の姿はない。
……待ちくたびれて帰っていったかな。
まぁ、それはそれでいい、けれども。
「ねぇ、なんかこの人たち様子がおかしいよ」
「妙な薬を与えられているな」
「魔術じゃなくて薬かな?」
「多分。あの数に魔術をかけられるのはヴィクトールかクライネルト公くらいのものだろう。ディートでは少し厳しいか」
恐るべし。魔術オタク軍団、クライネルト一族。
「なるほど。じゃあ、これで。えいっ」
アイテムボックスから取り出したものを、兵士たちの間に投げつける。一個じゃ心許ないから、右左中と三つ。
それは地面に落ちて、はぜた。
中に詰めていたものが急速に気化し、空気中に拡散する。
「……あ、れ?」
「俺、何を?」
「ここは、……殿下!?」
正気に返った兵士たちが辺りを見渡し、そしてジークの姿に気づいて慌てて剣を鞘に納めた。
「……ナナミ。今のは?」
「キュア爆弾」
「きゅあばくだん」
「キュアポーションとアルコール混ぜた爆弾。直撃すると目をやられちゃうけど、地面に撒けば辺り一帯に解毒効果を及ぼすという逸品です」
その分ちょっと効果は薄くなるけど、それは数でカバーだ。
「何故そんなものを開発したのか聞いてもいい?」
「え? 何となく。数人を一気に解毒できたら面白いかなって。ちなみにハイポーションバージョンもあるよ。ハイポーション爆弾」
「もはや何が何だか分からないな。助かった、けど」
正直に言えば私独自のアイディアという訳ではなくて、昔やったゲームの中に出てきたんだけどね。薬剤を気化させて味方全員が回復するというアイテムが。あれも錬金術だったな。思えば私のルーツはそのゲームなのかも。
兵士たちに事情を聞き取ると、ジークは彼らに指示を出し、持ち場に戻らせた。
念のため一本ずつキュアポーションを配ったんだけど、兵士の皆さん、なんか微妙な表情で私を見たのはなんだろう。兵士の間では、錬金術師ってそんなうさん臭い存在と思われているんだろうか。薬師とそんなに変わらないんだけどなぁ。
「……いや、マニアックな爆弾魔と思われたんじゃないのかな」
「マニアックな爆弾魔……」
不本意すぎる二つ名がどんどん増殖していく謎。
単にアイテムのバリエーションをつけるのが楽しいだけなのに。
北の塔に戻ると、そこには結界が張ってあった。
その外側を、やっぱり兵士たちが取り囲んでいる。ヴィクトールさんが張った結界を破れないでいるようだ。
同じようにキュア爆弾をお見舞いして退散してもらう。
「さあ、行こう」
「え、でも結界」
「多分私たち、特に君は通れるだろう」
咄嗟にそんな術を組み立てるなんてできるんだろうか。
半信半疑で足を進めると、普通に塔の入口をくぐることができた。
……万能すぎない?
「もしかしてヴィクトールさんならディートさんを蘇生させるくらいできるんじゃ?」
「うーん。無理じゃないかなぁ。クライネルトの人間が回復魔術を使うところなんて見たことがない。下手すると死霊操術になると思う」
怖い事を想像させないでほしい。
ディートさんがいる牢には、もう一人増えていた。
床に膝をついているから、どれくらいの身長の人かはよく分からないけど、がっちりした体形の、壮年男性だった。一瞬軍人かな、と思ったけど、隣にいるヴィクトールさんと見比べるとその正体は明らかだ。
激しい焦燥を浮かべていた表情が、ジークを見た途端に平静に戻る。そのまま跪き、一礼した。
「殿下」
「クライネルト公爵。……ご無事だったか」
「殿下こそ、よくご無事で。愚息が多少はお役に立ちましたようで」
それまで手にしていたランプを床に置いて、ディートリッヒさんの容態を診る。
私が渡したエリクシールは、完全に気休めだったみたいだ。足からの出血は止まっているし、火傷も多少はましになっている、ような気もするけれど、ただそれだけだ。
「じゃあ、飲ませるよ」
「……ああ」
「呼びかけて、ジーク」
「ディート。ディートリッヒ。聞こえるか?」
意識のない人に薬を飲ませるのは結構難しい。飲み込んでもらわなければ効果は期待できないし、器官に詰まらせて窒息されては目も当てられない。
王様と違って、死に瀕しているディートリッヒさんに、嚥下する力が残っているかどうかさえ怪しい。
「ディート」
かすかに瞼が震える。でもそれだけだ。意識が戻っているのか戻っていないのか、判断はつかない。でも、無反応じゃないだけ希望はある。
ヴィクトールさんと公爵に手伝ってもらって体を起こし、ひび割れた唇の間に水差しを差し入れ、少しずつハイエリクシールを流し込んでいく。
「大丈夫だ。飲み込め」
ディートリッヒさんの喉が小さく上下した。
やった。
「もうちょっと頑張って」
「……ぅ」
たった一口でも、ちゃんと効果はあったみたいだ。
低い呻き声と共に、ディートリッヒさんが少し体をよじる。
……まぁ、あの、この薬、さっき調合した後味見したんだけど、
超絶不味いんだよね……。
でも、一本分は飲ませなくちゃ。
意識が完全に回復する前に飲み込んでくれないもんだろうか。
一口、二口と注いでいくと、ディートリッヒさんの眉間にはっきりと皺が寄った。
あー。意識回復してるな、これ。
舐めただけで後悔したもんなぁ。でも、口の中に溜めとくよりとにかく飲んじゃえば何とかなるから! 多分!
「あとちょっと。気合で飲み込んで!」
「気合って……」
ヴィクトールさんが小声で突っ込んだ。
後で味見してみれば分かるって。
傷口が塞がり、かさぶたになり、剥がれ落ちて新しい皮膚が再生する。
早回しのフィルムを見ているように、あっという間にディートリッヒさんは回復していった。
完全に意識を回復し、目を開けたディートリッヒさんは、少々涙目になりながら必死にハイエリクシールを嚥下した。
うっ、可愛い。
変な扉開きそう。
「ディート、ほら。水」
「ありがとう……ございます……」
ジークが水の入ったグラスを渡すと、ディートリッヒさんは礼を言って受け取った。
「これがハイエリクシールの効果か。素晴らしい」
「あまりの……不味さに、死ぬかと思いましたが」
「うーむ。そこは改善したいけど、余計なものを入れた時の効果の変化が怖いかなぁ」
まず暗闇の花の増産が成功しないと話にならないけどね。
味を調えるもの。蜂蜜、ミント、シトラス?
色々思い浮かべていると、ディートリッヒさんは体を起こし、私とジークに向かって頭を下げた。
「助けていただき、ありがとうございました。……それで、殿下。その女性は、殿下の……恋人でいらっしゃる?」
「えっ、ちょっと!」
「どうだろうな。まだ将来の約束まではできてない。『私の特別な人』であるのには間違いないかな」
将来。
どきん、と心臓が一つ、大きく打った。
だって。この騒動が終わったら、私は――帰る。元の世界に。
家族も友人も仕事も、何もかも捨てて、ここに留まるなんて、多分、できない。
でも、じゃあクエスト達成したから帰るねさよなら、とジークと別れられるかと言ったら、自信はない。
「ジーク」
見上げると、ジークは分かっている、とでも言うように微笑んだ。
あれ?
その微笑、たっぷり何かを含んでないか?
「これから口説くから、大丈夫、安心して」
「……何が!?」
ジークは私の手を掬い取って、指先にキスを落とした。
何度かされたことのある筈のキスなのに、顔が真っ赤になるのが自分ではっきり分かった。
ああ、もう。ホント、最初から最後まで翻弄される。
でも、イヤじゃない。
最初から、そうだった。
多分、私は……。
「何一つ後悔はさせないって事」
何か当てがある訳でもないだろうに、ジークは余裕たっぷりに言い切った。
後悔しない――ようになんて、できるのかな。
どちらを選んでも、後悔してしまいそうなのに。
「さて。私たちはユリウスの所へ行ってくる。ディートは少し休んでいるといい」
「いいえ! 何を仰いますか!」
ジークの言葉に、ディートリッヒさんは激しく首を横に振った。
「私は殿下の側近、護衛です。非力非才の身ですが、どうか私をお連れください」
「殿下、どうぞお連れください。多少はお役に立つでしょう」
助け舟を出したのは、クライネルト公爵だった。やや苦笑気味だったけれども。
「置いていったら多分、相当恨まれますよ」
「うーん」
部下の真面目さに直面して、ジークは唸った。
喜びよりも、困惑の方が強い。
その理由にようやく思い当って、私も横から口を挟んだ。
「休むというより、ディートリッヒさんは、とにかくお風呂に入って着替えられた方がいいと思いますよ」
「あ」
「あっ! し、失礼しました!」
完全回復薬は、人間の体は直してくれても、衣服は直してくれないんだよね。当たり前だけど。一週間も牢に放り込まれて、拷問も受けていたディートさんの服はボロボロで、必死に隠そうと布地をかきあわせる姿はまぁ……ちょっと変な扉開きそう(二回目)。
外套羽織れば隠せるとは言っても、やっぱり、ねぇ?
「体を清めて、着替えて参ります、ですから!」
「分かったよ、待ってるから行っておいで」
「とにかく、ここを出ましょう」
ヴィクトールさんが言って、全員立ち上がった。
「ところで殿下。畏れながら申し上げます。……北の塔地下の環境改善をどうか、お願い致します」
「ああ、この件にカタを付けたら一番に着手しよう」
地上に出るとホッとする。
「ナナミ殿」
「はい?」
「弟を助けてくださり、ありがとうございました」
ヴィクトールさんが再び私に頭を下げた。
その表情が強張っているのは、やっぱり王宮の薬草園から暗闇の花をもらったせいだろう。
うーん、そんなに大事なのか。
でもさ、私だってただディートさんを助けるために決まりを破って暴走した訳でもないんだよ。建前くらい思いついている。
「ジーク」
「うん?」
「これを、国王陛下に。……ディートリッヒさんに毒見というか、実験をしてもらったから、効果は証明できたよね?」
そう、今回製薬したハイエリクシールは二本。
ディートリッヒさんには、王様に投与する前の臨床実験に付き合ってもらったのだ。
何か不都合でもある?
ヴィクトールさんは、自分がハイエリクシールを飲まされたみたいな顔をする。その表情が面白かったのか、ジークが噴き出した。
「ありがたくいただこう。感謝する、ナナミ」
「どういたしまして」
ユリウス王子の姿はない。
……待ちくたびれて帰っていったかな。
まぁ、それはそれでいい、けれども。
「ねぇ、なんかこの人たち様子がおかしいよ」
「妙な薬を与えられているな」
「魔術じゃなくて薬かな?」
「多分。あの数に魔術をかけられるのはヴィクトールかクライネルト公くらいのものだろう。ディートでは少し厳しいか」
恐るべし。魔術オタク軍団、クライネルト一族。
「なるほど。じゃあ、これで。えいっ」
アイテムボックスから取り出したものを、兵士たちの間に投げつける。一個じゃ心許ないから、右左中と三つ。
それは地面に落ちて、はぜた。
中に詰めていたものが急速に気化し、空気中に拡散する。
「……あ、れ?」
「俺、何を?」
「ここは、……殿下!?」
正気に返った兵士たちが辺りを見渡し、そしてジークの姿に気づいて慌てて剣を鞘に納めた。
「……ナナミ。今のは?」
「キュア爆弾」
「きゅあばくだん」
「キュアポーションとアルコール混ぜた爆弾。直撃すると目をやられちゃうけど、地面に撒けば辺り一帯に解毒効果を及ぼすという逸品です」
その分ちょっと効果は薄くなるけど、それは数でカバーだ。
「何故そんなものを開発したのか聞いてもいい?」
「え? 何となく。数人を一気に解毒できたら面白いかなって。ちなみにハイポーションバージョンもあるよ。ハイポーション爆弾」
「もはや何が何だか分からないな。助かった、けど」
正直に言えば私独自のアイディアという訳ではなくて、昔やったゲームの中に出てきたんだけどね。薬剤を気化させて味方全員が回復するというアイテムが。あれも錬金術だったな。思えば私のルーツはそのゲームなのかも。
兵士たちに事情を聞き取ると、ジークは彼らに指示を出し、持ち場に戻らせた。
念のため一本ずつキュアポーションを配ったんだけど、兵士の皆さん、なんか微妙な表情で私を見たのはなんだろう。兵士の間では、錬金術師ってそんなうさん臭い存在と思われているんだろうか。薬師とそんなに変わらないんだけどなぁ。
「……いや、マニアックな爆弾魔と思われたんじゃないのかな」
「マニアックな爆弾魔……」
不本意すぎる二つ名がどんどん増殖していく謎。
単にアイテムのバリエーションをつけるのが楽しいだけなのに。
北の塔に戻ると、そこには結界が張ってあった。
その外側を、やっぱり兵士たちが取り囲んでいる。ヴィクトールさんが張った結界を破れないでいるようだ。
同じようにキュア爆弾をお見舞いして退散してもらう。
「さあ、行こう」
「え、でも結界」
「多分私たち、特に君は通れるだろう」
咄嗟にそんな術を組み立てるなんてできるんだろうか。
半信半疑で足を進めると、普通に塔の入口をくぐることができた。
……万能すぎない?
「もしかしてヴィクトールさんならディートさんを蘇生させるくらいできるんじゃ?」
「うーん。無理じゃないかなぁ。クライネルトの人間が回復魔術を使うところなんて見たことがない。下手すると死霊操術になると思う」
怖い事を想像させないでほしい。
ディートさんがいる牢には、もう一人増えていた。
床に膝をついているから、どれくらいの身長の人かはよく分からないけど、がっちりした体形の、壮年男性だった。一瞬軍人かな、と思ったけど、隣にいるヴィクトールさんと見比べるとその正体は明らかだ。
激しい焦燥を浮かべていた表情が、ジークを見た途端に平静に戻る。そのまま跪き、一礼した。
「殿下」
「クライネルト公爵。……ご無事だったか」
「殿下こそ、よくご無事で。愚息が多少はお役に立ちましたようで」
それまで手にしていたランプを床に置いて、ディートリッヒさんの容態を診る。
私が渡したエリクシールは、完全に気休めだったみたいだ。足からの出血は止まっているし、火傷も多少はましになっている、ような気もするけれど、ただそれだけだ。
「じゃあ、飲ませるよ」
「……ああ」
「呼びかけて、ジーク」
「ディート。ディートリッヒ。聞こえるか?」
意識のない人に薬を飲ませるのは結構難しい。飲み込んでもらわなければ効果は期待できないし、器官に詰まらせて窒息されては目も当てられない。
王様と違って、死に瀕しているディートリッヒさんに、嚥下する力が残っているかどうかさえ怪しい。
「ディート」
かすかに瞼が震える。でもそれだけだ。意識が戻っているのか戻っていないのか、判断はつかない。でも、無反応じゃないだけ希望はある。
ヴィクトールさんと公爵に手伝ってもらって体を起こし、ひび割れた唇の間に水差しを差し入れ、少しずつハイエリクシールを流し込んでいく。
「大丈夫だ。飲み込め」
ディートリッヒさんの喉が小さく上下した。
やった。
「もうちょっと頑張って」
「……ぅ」
たった一口でも、ちゃんと効果はあったみたいだ。
低い呻き声と共に、ディートリッヒさんが少し体をよじる。
……まぁ、あの、この薬、さっき調合した後味見したんだけど、
超絶不味いんだよね……。
でも、一本分は飲ませなくちゃ。
意識が完全に回復する前に飲み込んでくれないもんだろうか。
一口、二口と注いでいくと、ディートリッヒさんの眉間にはっきりと皺が寄った。
あー。意識回復してるな、これ。
舐めただけで後悔したもんなぁ。でも、口の中に溜めとくよりとにかく飲んじゃえば何とかなるから! 多分!
「あとちょっと。気合で飲み込んで!」
「気合って……」
ヴィクトールさんが小声で突っ込んだ。
後で味見してみれば分かるって。
傷口が塞がり、かさぶたになり、剥がれ落ちて新しい皮膚が再生する。
早回しのフィルムを見ているように、あっという間にディートリッヒさんは回復していった。
完全に意識を回復し、目を開けたディートリッヒさんは、少々涙目になりながら必死にハイエリクシールを嚥下した。
うっ、可愛い。
変な扉開きそう。
「ディート、ほら。水」
「ありがとう……ございます……」
ジークが水の入ったグラスを渡すと、ディートリッヒさんは礼を言って受け取った。
「これがハイエリクシールの効果か。素晴らしい」
「あまりの……不味さに、死ぬかと思いましたが」
「うーむ。そこは改善したいけど、余計なものを入れた時の効果の変化が怖いかなぁ」
まず暗闇の花の増産が成功しないと話にならないけどね。
味を調えるもの。蜂蜜、ミント、シトラス?
色々思い浮かべていると、ディートリッヒさんは体を起こし、私とジークに向かって頭を下げた。
「助けていただき、ありがとうございました。……それで、殿下。その女性は、殿下の……恋人でいらっしゃる?」
「えっ、ちょっと!」
「どうだろうな。まだ将来の約束まではできてない。『私の特別な人』であるのには間違いないかな」
将来。
どきん、と心臓が一つ、大きく打った。
だって。この騒動が終わったら、私は――帰る。元の世界に。
家族も友人も仕事も、何もかも捨てて、ここに留まるなんて、多分、できない。
でも、じゃあクエスト達成したから帰るねさよなら、とジークと別れられるかと言ったら、自信はない。
「ジーク」
見上げると、ジークは分かっている、とでも言うように微笑んだ。
あれ?
その微笑、たっぷり何かを含んでないか?
「これから口説くから、大丈夫、安心して」
「……何が!?」
ジークは私の手を掬い取って、指先にキスを落とした。
何度かされたことのある筈のキスなのに、顔が真っ赤になるのが自分ではっきり分かった。
ああ、もう。ホント、最初から最後まで翻弄される。
でも、イヤじゃない。
最初から、そうだった。
多分、私は……。
「何一つ後悔はさせないって事」
何か当てがある訳でもないだろうに、ジークは余裕たっぷりに言い切った。
後悔しない――ようになんて、できるのかな。
どちらを選んでも、後悔してしまいそうなのに。
「さて。私たちはユリウスの所へ行ってくる。ディートは少し休んでいるといい」
「いいえ! 何を仰いますか!」
ジークの言葉に、ディートリッヒさんは激しく首を横に振った。
「私は殿下の側近、護衛です。非力非才の身ですが、どうか私をお連れください」
「殿下、どうぞお連れください。多少はお役に立つでしょう」
助け舟を出したのは、クライネルト公爵だった。やや苦笑気味だったけれども。
「置いていったら多分、相当恨まれますよ」
「うーん」
部下の真面目さに直面して、ジークは唸った。
喜びよりも、困惑の方が強い。
その理由にようやく思い当って、私も横から口を挟んだ。
「休むというより、ディートリッヒさんは、とにかくお風呂に入って着替えられた方がいいと思いますよ」
「あ」
「あっ! し、失礼しました!」
完全回復薬は、人間の体は直してくれても、衣服は直してくれないんだよね。当たり前だけど。一週間も牢に放り込まれて、拷問も受けていたディートさんの服はボロボロで、必死に隠そうと布地をかきあわせる姿はまぁ……ちょっと変な扉開きそう(二回目)。
外套羽織れば隠せるとは言っても、やっぱり、ねぇ?
「体を清めて、着替えて参ります、ですから!」
「分かったよ、待ってるから行っておいで」
「とにかく、ここを出ましょう」
ヴィクトールさんが言って、全員立ち上がった。
「ところで殿下。畏れながら申し上げます。……北の塔地下の環境改善をどうか、お願い致します」
「ああ、この件にカタを付けたら一番に着手しよう」
地上に出るとホッとする。
「ナナミ殿」
「はい?」
「弟を助けてくださり、ありがとうございました」
ヴィクトールさんが再び私に頭を下げた。
その表情が強張っているのは、やっぱり王宮の薬草園から暗闇の花をもらったせいだろう。
うーん、そんなに大事なのか。
でもさ、私だってただディートさんを助けるために決まりを破って暴走した訳でもないんだよ。建前くらい思いついている。
「ジーク」
「うん?」
「これを、国王陛下に。……ディートリッヒさんに毒見というか、実験をしてもらったから、効果は証明できたよね?」
そう、今回製薬したハイエリクシールは二本。
ディートリッヒさんには、王様に投与する前の臨床実験に付き合ってもらったのだ。
何か不都合でもある?
ヴィクトールさんは、自分がハイエリクシールを飲まされたみたいな顔をする。その表情が面白かったのか、ジークが噴き出した。
「ありがたくいただこう。感謝する、ナナミ」
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