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【番外編】罪人と人体実験とコーラ
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「こんにちはーっ」
「……また来たのか、女神の爆弾魔」
「誰が爆弾魔だ」
それはもちろん、牢の扉を気軽に開けて飛び込んできた女に決まっている。
ユリウスはため息をついて、開いていた書物に栞を挟んでテーブルの上に戻した。
この女が襲来したら、安穏と読書などしてはいられないのは、非常に残念ながら身に染みている。
囚人の名は、ユリウス=ライマー=エーレンフリート。
エーレンフリート王国の第二王子だ。
……いや、だった、と言うべきだろうか。表向きは急病による療養中だが、誰の目にも、兄である第一王子を害そうとして失敗した罪人だ。
そして、許可も得ずにユリウスの向かいに腰を下ろした女は、ナナミ=ユノキ。ほんの十四、五歳にしか見えないが、何と二十四歳にもなる、れっきとした成人女性なのだという。異世界人だからなのだろうか。何度顔を合わせても、年下にしか見えない。
そう、彼女は異世界人だ。
世が乱れる時、女神が送り込むと言われる御遣い。
もっとも、ナナミを上から下まで眺めてみても、そんな神聖性はまったく感じられない。不細工という訳ではなく、頑張れば可愛いと言えななくもない、やや地味な顔立ちだ。黒い瞳は好奇心でキラキラと光っていて、それがナナミの評価を多少押し上げている。
兄のジークフリードは「私の女神」と讃え、あまつさえ彼女を恋人にしているのだが――まぁあの兄もどこかズレているからなというのがユリウスの見解だ。あの男は、未来の王妃の座を巡る、上位貴族令嬢の仁義なき戦いを目の当たりにしすぎている。
「……で、今日は何をしに来た。悪いが、あの奇天烈な爆弾の餌食になるのはもう遠慮したいんだが」
「あー……、あれはちょっと失敗だった。ごめんなさい」
大体、発想が異常なのだ。
楽しい気分になる爆弾だとか、もはや字面からして何か間違っている。
ちなみに、先週持ち込まれたその爆弾は、ただひたすらにユリウスとナナミが笑い続けるという効果を発した。楽しい気分にはカケラもならなかったのは、ある意味凄いと言えるだろう。しかもキュアが効かなかった。笑いすぎで集中できなかったせいかもしれないが。
「今日はねぇ、試飲! 試飲をお願いしたくて」
「嫌な予感しかしないんだが」
「大丈夫、毒とかじゃないから。えっとね、例の事件の時、ハイエリクシール調合したじゃない? あれがすっごく不味くてね。暗闇の花の量産ができるくらいまでに、味の改良の実験をしようと思ってさ」
「味の人体実験の間違いでは」
「そうとも言う。暗闇の花のフラワーウォーター使って、いくつか作成して味見してみたんだけどね。ユリウス君の意見も聞いてみようかと思って」
あっさり肯定しやがった。
フラワーウォーターとは、暗闇の花の成分を水蒸気で取り出した後に残る水分だそうだ。多少の効果が残留するため、ハイポーションなどに少々混ぜるだけでエリクシールと同等の効果が得られるらしい。
ただし、味が犠牲になる。
不味いものを飲まされると聞いて苦い顔をしたユリウスに一切頓着することなく、ナナミはアイテムボックスから一口大の小さなカップを取り出してテーブルに並べていく。
「えっとね、これが原液。これがレモンを入れたやつね。あと、こっちが砂糖、蜂蜜、塩、お酢、それから」
「ちょっと待て、酢って」
「いやそれが、お酢が割と良かったんだよ、私的には。ん、まぁとりあえず飲んで感想聞かせて」
こっそり《鑑定》してみるが、それらを添加したことによって体に悪いものに変化したりはしていないようだ。
とりあえず、一つカップを手に取って、深呼吸したのち、口の中にその液体を放り込んだ。
「……ぐっ!」
「あ、蜂蜜から行ったか。微妙でしょ?」
微妙なんて優しいものではなかった。
暗闇の花の味なのだろうか、ほのかなえぐみと青臭さと苦みに、蜂蜜の癖のある甘味がねっとりと絡みついている。
このえぐみと青臭さと苦みが、本来のハイエリクシールの濃度だったら?
死ぬ。
少なくとも精神が死ぬ。
「……人間の飲むものじゃない」
「そ、そこまで? うーむ、蜂蜜はやっぱり却下かぁ。じゃ、次お願い」
「不味い。蜂蜜よりはましだが、これを飲むくらいなら原液の方がいいだろう」
「ふむふむ」
ナナミに言われるがまま、すべての試飲をこなす、案外律儀なユリウスだった。
すべてのカップが空になると、ナナミは口直しにと炭酸のジュースをくれた。
この世界では飲んだことのない、数種類のスパイスとバニラ、レモンで煮出したシロップを炭酸水で割ったそのジュースは、ひそかにユリウスを虜にしていた。いくら自分が罪人で、彼女が兄の恋人であろうとも、数々の微妙な人体実験に応じるのは、最後にこれが出てくるからだ。
「ねえ、ユリウス君さ、そろそろ北の塔、出ない?」
突然そう切り出されて、危うくユリウスは大切なジュース――ナナミは自家製コーラと言っていた――を吹き出しそうになった。
「何言ってんだあんた。そもそも、俺が好き好んでここに引きこもっているとでも思ってるのか?」
「思ってないけどさ。……んー、んー……出たい?」
「……どうかな」
罪を犯し、争いに敗れた身だ。まして、王の血を引いていないと暴露されている。
死刑はどうやら免れた模様だが、一生北の塔に幽閉でもおかしくないと覚悟はしていた。
離島送りになった母はどうなっただろう。
死を賜ったのだろうか。一度、訪れたジークフリードに尋ねてみたけれど、明確な回答がなかったとろこをみると、既に亡くなっているのかもしれない。
ずっと、母親の言葉を、望みを叶えなければと走ってきたユリウスだが、一度引き離されてみれば、どうしてそこまで盲目に母に従っていたんだろうと我ながら不思議に思う。
あの、真面目でどこかお人よしの兄なら、「洗脳されていたんだろう」と言うのだろうが。
分からない。ただそうしなければならないと思っていたあの頃が、――遠い。
母の生死さえ、他人事のように思いをはせるだけとは、何と薄情な人間なのだろう。兄を陥れようとした罪人に相応しい酷薄さだ。
「俺を外に出せば、火種になるだろう」
「ずっとここに閉じ込めておいたって火種にはなるよね」
ナナミが遠慮会釈なしに突っ込む。
「王妃と第二王子が姿を消して療養中、だなんて醜聞を疑ってくれって言わんばかりだし」
「だから外に出すって? 無茶苦茶言うなよ」
「いや、それがさぁ……言いづらいんだけど」
軽く問い返すと、何故かナナミが視線をうろうろと彷徨わせた。
「何だよ。早く話せ爆弾魔」
「だから爆弾魔じゃないって。……その、近々、いわゆる恩赦があるかも、という話、で……」
「へえ。求婚を受けたのか。おめでとう義姉上?」
「ぐあっ、やめて! ド直球投げ込むのやめて!」
「何だ、ド直球ってのは」
野球のない世界の住人に「ド直球」は伝わらなかったが、ナナミはそれについて説明する気はなさそうだった。
テーブルの上にぐしゃっと崩れ落ちる。
「……まだ受けてない」
「ふうん」
「だって、この世界に永住する決心がつかなくて」
「結婚したら永住しなきゃならないのか?」
「普通はそうじゃない?」
「知らん。兄上と相談すりゃいいじゃないか。大体、非常識の塊みたいなあんたに普通を語られたくないんだが」
「非常識の塊!?」
ナナミがガバッと顔を上げた。
心外だ、とその表情が主張している。
「私、至って普通の人間なのに……」
「ああ、そういうのいいから。普通の人間は異世界から渡ってこないし、珍妙な爆弾作ったりハイエリクシールの味改善に乗り出したり、その人体実験を王子でしたりしないから」
「うぐっ」
ショックを受けたところを見ると、本当に自分が「普通」だと思っていたようだ。
そもそも、普通とは何なのか、分からないけれど。
平均?
何の平均なのか。
「ま、嫌なら断れば? あんたに断られたら、兄上は一生独身だろうけどね。あんな顔して割と女性不信だからあの人」
「あうっ」
「兄上がフラれるというのはちょっと面白いな。ぜひお願いしたい」
「――勘弁してくれ」
第三者の声が割り込んだ。
さっきから気配がしていたのでユリウスは身じろぎもしなかったが、扉を背にしていたナナミは驚いて、文字通り飛び上がった。
「ジーク! え、いや、その」
気の毒なくらいうろたえるナナミの手に、ジークがキスを落とす。
まったく、嫌になるくらい絵になる男だった。
これが女性不信とか、いっそ笑える。
「君を縛り付けたい訳じゃない。今まで通り、異世界と行き来してくれればいい」
「でも、ジーク……」
「そういうの他所でやってくれないかな」
冷たい声でユリウスは割り込んだ。
独り身の男の部屋――牢だけど――でイチャイチャするとか罪は重いぞ。爆発しろ。
「すまない」
「ごめんなさい」
「結婚に関する調整は二人で話し合って、クライネルト公爵にでも相談してみなよ。根回しが済んだらあの影の薄い宰相に書類を整えてもらえばいい。で、恩赦については、まぁ、ありがたく受ける。兄上の即位と同時に臣籍に降りるから、適当に空いている領地を見繕っておいてくれ。以上、他に何か疑問点は?」
「アリマセン……」
「よし、じゃあ解散」
「ユリウス君が冷たい……でも優しい……」
「ナナミ、私の前で他の男を褒めないように」
カップルは相変わらずイチャイチャしながら去っていった。
ようやく静寂の戻った牢で、ユリウスは一つため息をついて、途中だった書物を開く。
どうやら、北の塔でゆったりと過ごす生活は、そろそろ終わりが近いらしい。
ここを出たら、あの賑やかな人々の間に戻らなければならないだろう。
何とも憂鬱な話だった。
「……とはいえ、この飲み物がいつでも飲めるならそれもいいかな」
独り言をつぶやいて、ユリウスはナナミのお手製コーラシロップに、新たな炭酸水を注いだ。
その唇が笑みを浮かべていることに、気づかないふりをしながら。
FIN
「……また来たのか、女神の爆弾魔」
「誰が爆弾魔だ」
それはもちろん、牢の扉を気軽に開けて飛び込んできた女に決まっている。
ユリウスはため息をついて、開いていた書物に栞を挟んでテーブルの上に戻した。
この女が襲来したら、安穏と読書などしてはいられないのは、非常に残念ながら身に染みている。
囚人の名は、ユリウス=ライマー=エーレンフリート。
エーレンフリート王国の第二王子だ。
……いや、だった、と言うべきだろうか。表向きは急病による療養中だが、誰の目にも、兄である第一王子を害そうとして失敗した罪人だ。
そして、許可も得ずにユリウスの向かいに腰を下ろした女は、ナナミ=ユノキ。ほんの十四、五歳にしか見えないが、何と二十四歳にもなる、れっきとした成人女性なのだという。異世界人だからなのだろうか。何度顔を合わせても、年下にしか見えない。
そう、彼女は異世界人だ。
世が乱れる時、女神が送り込むと言われる御遣い。
もっとも、ナナミを上から下まで眺めてみても、そんな神聖性はまったく感じられない。不細工という訳ではなく、頑張れば可愛いと言えななくもない、やや地味な顔立ちだ。黒い瞳は好奇心でキラキラと光っていて、それがナナミの評価を多少押し上げている。
兄のジークフリードは「私の女神」と讃え、あまつさえ彼女を恋人にしているのだが――まぁあの兄もどこかズレているからなというのがユリウスの見解だ。あの男は、未来の王妃の座を巡る、上位貴族令嬢の仁義なき戦いを目の当たりにしすぎている。
「……で、今日は何をしに来た。悪いが、あの奇天烈な爆弾の餌食になるのはもう遠慮したいんだが」
「あー……、あれはちょっと失敗だった。ごめんなさい」
大体、発想が異常なのだ。
楽しい気分になる爆弾だとか、もはや字面からして何か間違っている。
ちなみに、先週持ち込まれたその爆弾は、ただひたすらにユリウスとナナミが笑い続けるという効果を発した。楽しい気分にはカケラもならなかったのは、ある意味凄いと言えるだろう。しかもキュアが効かなかった。笑いすぎで集中できなかったせいかもしれないが。
「今日はねぇ、試飲! 試飲をお願いしたくて」
「嫌な予感しかしないんだが」
「大丈夫、毒とかじゃないから。えっとね、例の事件の時、ハイエリクシール調合したじゃない? あれがすっごく不味くてね。暗闇の花の量産ができるくらいまでに、味の改良の実験をしようと思ってさ」
「味の人体実験の間違いでは」
「そうとも言う。暗闇の花のフラワーウォーター使って、いくつか作成して味見してみたんだけどね。ユリウス君の意見も聞いてみようかと思って」
あっさり肯定しやがった。
フラワーウォーターとは、暗闇の花の成分を水蒸気で取り出した後に残る水分だそうだ。多少の効果が残留するため、ハイポーションなどに少々混ぜるだけでエリクシールと同等の効果が得られるらしい。
ただし、味が犠牲になる。
不味いものを飲まされると聞いて苦い顔をしたユリウスに一切頓着することなく、ナナミはアイテムボックスから一口大の小さなカップを取り出してテーブルに並べていく。
「えっとね、これが原液。これがレモンを入れたやつね。あと、こっちが砂糖、蜂蜜、塩、お酢、それから」
「ちょっと待て、酢って」
「いやそれが、お酢が割と良かったんだよ、私的には。ん、まぁとりあえず飲んで感想聞かせて」
こっそり《鑑定》してみるが、それらを添加したことによって体に悪いものに変化したりはしていないようだ。
とりあえず、一つカップを手に取って、深呼吸したのち、口の中にその液体を放り込んだ。
「……ぐっ!」
「あ、蜂蜜から行ったか。微妙でしょ?」
微妙なんて優しいものではなかった。
暗闇の花の味なのだろうか、ほのかなえぐみと青臭さと苦みに、蜂蜜の癖のある甘味がねっとりと絡みついている。
このえぐみと青臭さと苦みが、本来のハイエリクシールの濃度だったら?
死ぬ。
少なくとも精神が死ぬ。
「……人間の飲むものじゃない」
「そ、そこまで? うーむ、蜂蜜はやっぱり却下かぁ。じゃ、次お願い」
「不味い。蜂蜜よりはましだが、これを飲むくらいなら原液の方がいいだろう」
「ふむふむ」
ナナミに言われるがまま、すべての試飲をこなす、案外律儀なユリウスだった。
すべてのカップが空になると、ナナミは口直しにと炭酸のジュースをくれた。
この世界では飲んだことのない、数種類のスパイスとバニラ、レモンで煮出したシロップを炭酸水で割ったそのジュースは、ひそかにユリウスを虜にしていた。いくら自分が罪人で、彼女が兄の恋人であろうとも、数々の微妙な人体実験に応じるのは、最後にこれが出てくるからだ。
「ねえ、ユリウス君さ、そろそろ北の塔、出ない?」
突然そう切り出されて、危うくユリウスは大切なジュース――ナナミは自家製コーラと言っていた――を吹き出しそうになった。
「何言ってんだあんた。そもそも、俺が好き好んでここに引きこもっているとでも思ってるのか?」
「思ってないけどさ。……んー、んー……出たい?」
「……どうかな」
罪を犯し、争いに敗れた身だ。まして、王の血を引いていないと暴露されている。
死刑はどうやら免れた模様だが、一生北の塔に幽閉でもおかしくないと覚悟はしていた。
離島送りになった母はどうなっただろう。
死を賜ったのだろうか。一度、訪れたジークフリードに尋ねてみたけれど、明確な回答がなかったとろこをみると、既に亡くなっているのかもしれない。
ずっと、母親の言葉を、望みを叶えなければと走ってきたユリウスだが、一度引き離されてみれば、どうしてそこまで盲目に母に従っていたんだろうと我ながら不思議に思う。
あの、真面目でどこかお人よしの兄なら、「洗脳されていたんだろう」と言うのだろうが。
分からない。ただそうしなければならないと思っていたあの頃が、――遠い。
母の生死さえ、他人事のように思いをはせるだけとは、何と薄情な人間なのだろう。兄を陥れようとした罪人に相応しい酷薄さだ。
「俺を外に出せば、火種になるだろう」
「ずっとここに閉じ込めておいたって火種にはなるよね」
ナナミが遠慮会釈なしに突っ込む。
「王妃と第二王子が姿を消して療養中、だなんて醜聞を疑ってくれって言わんばかりだし」
「だから外に出すって? 無茶苦茶言うなよ」
「いや、それがさぁ……言いづらいんだけど」
軽く問い返すと、何故かナナミが視線をうろうろと彷徨わせた。
「何だよ。早く話せ爆弾魔」
「だから爆弾魔じゃないって。……その、近々、いわゆる恩赦があるかも、という話、で……」
「へえ。求婚を受けたのか。おめでとう義姉上?」
「ぐあっ、やめて! ド直球投げ込むのやめて!」
「何だ、ド直球ってのは」
野球のない世界の住人に「ド直球」は伝わらなかったが、ナナミはそれについて説明する気はなさそうだった。
テーブルの上にぐしゃっと崩れ落ちる。
「……まだ受けてない」
「ふうん」
「だって、この世界に永住する決心がつかなくて」
「結婚したら永住しなきゃならないのか?」
「普通はそうじゃない?」
「知らん。兄上と相談すりゃいいじゃないか。大体、非常識の塊みたいなあんたに普通を語られたくないんだが」
「非常識の塊!?」
ナナミがガバッと顔を上げた。
心外だ、とその表情が主張している。
「私、至って普通の人間なのに……」
「ああ、そういうのいいから。普通の人間は異世界から渡ってこないし、珍妙な爆弾作ったりハイエリクシールの味改善に乗り出したり、その人体実験を王子でしたりしないから」
「うぐっ」
ショックを受けたところを見ると、本当に自分が「普通」だと思っていたようだ。
そもそも、普通とは何なのか、分からないけれど。
平均?
何の平均なのか。
「ま、嫌なら断れば? あんたに断られたら、兄上は一生独身だろうけどね。あんな顔して割と女性不信だからあの人」
「あうっ」
「兄上がフラれるというのはちょっと面白いな。ぜひお願いしたい」
「――勘弁してくれ」
第三者の声が割り込んだ。
さっきから気配がしていたのでユリウスは身じろぎもしなかったが、扉を背にしていたナナミは驚いて、文字通り飛び上がった。
「ジーク! え、いや、その」
気の毒なくらいうろたえるナナミの手に、ジークがキスを落とす。
まったく、嫌になるくらい絵になる男だった。
これが女性不信とか、いっそ笑える。
「君を縛り付けたい訳じゃない。今まで通り、異世界と行き来してくれればいい」
「でも、ジーク……」
「そういうの他所でやってくれないかな」
冷たい声でユリウスは割り込んだ。
独り身の男の部屋――牢だけど――でイチャイチャするとか罪は重いぞ。爆発しろ。
「すまない」
「ごめんなさい」
「結婚に関する調整は二人で話し合って、クライネルト公爵にでも相談してみなよ。根回しが済んだらあの影の薄い宰相に書類を整えてもらえばいい。で、恩赦については、まぁ、ありがたく受ける。兄上の即位と同時に臣籍に降りるから、適当に空いている領地を見繕っておいてくれ。以上、他に何か疑問点は?」
「アリマセン……」
「よし、じゃあ解散」
「ユリウス君が冷たい……でも優しい……」
「ナナミ、私の前で他の男を褒めないように」
カップルは相変わらずイチャイチャしながら去っていった。
ようやく静寂の戻った牢で、ユリウスは一つため息をついて、途中だった書物を開く。
どうやら、北の塔でゆったりと過ごす生活は、そろそろ終わりが近いらしい。
ここを出たら、あの賑やかな人々の間に戻らなければならないだろう。
何とも憂鬱な話だった。
「……とはいえ、この飲み物がいつでも飲めるならそれもいいかな」
独り言をつぶやいて、ユリウスはナナミのお手製コーラシロップに、新たな炭酸水を注いだ。
その唇が笑みを浮かべていることに、気づかないふりをしながら。
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