隙なしハイスペ女子大生は恋愛偏差値が低すぎる。

深野ゆうみ

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20歳

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 帰りにスーパーで食材を買い、家に着いてから俺は斉木さんのリクエストに応えてカレーライスを作った。「食の趣味が小学生男子だね」とからかうと、ムッとしつつも「否定できません」と素直に認めるのが面白い。


「じゃあ今度は唐揚げとハンバーグとオムライス作ってもらおう~」

 ご飯を食べ終わり、洗い物をする俺の隣でお茶当番をする斉木さんは、開き直ったように"小学生男子の好物メニュー"を挙げる。

「今度はさ、一緒に作ろうよ」

 俺は洗い終わった食器類をキッチンクロスで拭きながら言った。斉木さんと一緒にこうやって肩を並べながらなら、家事も楽しいものなんだなと考えながら。

「えっ、でも本当に私何も作れない…」

「大丈夫だよ、一緒にやりながらだったら絶対」

 斉木さんは自信無さげな表情で見上げてくるが、俺は笑って答えた。

「じゃあ優しく教えてください先生……」

 スティックコーヒーの入ったマグカップにお湯を注ぎながら斉木さんが小さく言う。湯気の立ち上るマグカップからは途端にコーヒーの良い匂いが広がる。不思議と心が温まり、その香りと共に大きな幸福感に包まれているような感じがした。

 それから二人で並んでテレビやYouTubeを見たりしながら斉木さんの誕生日の瞬間を待った。

「大野くん、あの、シャワー借りていいですか?」

 気がつくと時計が11時を回ろうとしていた。斉木さんは遠慮がちになると何故か敬語になってしまう癖があるらしい。俺がタオルなど準備して渡すと斉木さんは洗面所へ向かっていった。

「……はぁ」

 シャワーの音になんとなくどきどきしてしまう自分がいる。いつもならちょっと時間があるとスマホを触ったり音楽を聴いたりするのに、今は手持ち無沙汰でずっとそわそわした気持ちでぼうっとしている。

(プレゼント、喜んでくれるかな)

 クローゼットにしまってあるプレゼントの存在が脳裏を過ぎる。先週いきなり誕生日ということが判明して何をあげたら良いのか悩み悩んで、でも唐突だったからリサーチする間もなく準備せざるを得なくて。斉木さんのことだからきっと何をあげても喜んでくれるだろうなとは思う。思うけど、内心がっかりされたり趣味じゃないと思われたりするかもしれない、と考えても全く意味のないことばかりが浮かんできてしまう。

 一人でどきどきしていると、斉木さんが出てきた。考えても仕方のないことを考えていたら30分近く経ってしまっていたようだ。

「大野くん、貸してくれてありがとう」

 襟のついたパジャマにショートパンツを穿き、リブ編みのニットを羽織った斉木さんの姿は、それはそれはもう可愛すぎてすぐには直視できなかった。いつも綺麗に巻いてある髪の毛も毛先まで真っ直ぐさらさらで。いつも化粧は薄めだけど完全にすっぴんになると、顔立ちが途端に幼く見えた。

「じゃ、俺もパッと入ってくるね」

 ちょっと変に思われてるかもしれないような、そわそわした態度で俺は洗面所に入っていった。洗面所に駆け込むと一人の空間になぜか安心し、大きくため息をつく。

(いつまで斉木さんにどきどきさせられるんだろう……)

 見たことのない"斉木さん"があとどれくらいあるのか、いつになったら慣れるのか、いや、きっといつまでも慣れないだろうな、なんて思いながら手早くシャワーを浴びた。

 自身の気持ちを落ち着かせ、シャワーを出て時計を見てみると11時50分になっていた。

「おわ、もうすぐ12時になるね」

「うん、もうそんな年じゃないのに、なんかうきうきしてきちゃった」

 その言葉に俺もつい笑ってしまう。自分もいつからか誕生日なんてそこまで気にもしなくなったはずなのに、誰かの誕生日でこんなに浮わついた気持ちになるなんてちょっと信じられない。

「ケーキとお酒準備するね」

「うん!」

 食材の買い物ついでに1人1缶ずつチューハイを購入していたのだ。俺はもう20歳を迎えていたしある程度いろんなお酒も試してみたけど、斉木さんは全くの初めての飲酒ということで、お酒を選ぶ時はとっても楽しそうにしていた。

 お皿にそれぞれが選んだカットケーキを載せる。マグカップに氷を入れる。俺は一通りの準備をして斉木さんの待つ座卓へ一つずつお酒と共に運んでいく。

「お酒…美味しいかなぁ…」

 桃味の缶チューハイを握りしめて期待と不安の入り混じった目でじっとラベルを見つめる。

「度数も低いし甘いから美味しいと思うよ」

 でもなんとなくだけど、勝手な予想だけど斉木さんはお酒に弱そうな気がする。だから、きっと1缶も飲み切らないだろうなぁなんて考える。

 俺は斉木さんの手から缶を取るとそれを開け、斉木さんのマグカップの中に注いだ。しゅわっという音に斉木さんが「おおっ」と小さく感動した。それから自分のチューハイも開けて自分のカップに注ぐ。準備は万端だ。スマホの時計を見て0:00になる瞬間を、1分切ったあたりから二人してじっと待つ。お正月のカウントダウンでもここまではしないのに。

 二人で座卓に置いた俺のスマホの時間表示を黙って見続けて数十秒後。

「変わった…!」

 時計の時間と日付が変化した瞬間、俺は声を上げた。それからマグカップを持って斉木さんの方を向く。

「斉木さん、誕生日おめでとう」

 同じように俺に向き合ってマグカップを持った斉木さんはちょっと気恥ずかしそうに笑う。

「ありがとう」

 二人で持ったマグカップをコツンと優しく打ち合わせると、斉木さんは恐る恐る少しずつ口を付けた。俺は自分のお酒に口も付けず、ただ黙ってその様子を見守る。斉木さんはほんの一口ばかりを口内に流し込むと、小難しい顔をしてゴクリと喉を鳴らした。

「…どう?美味しい?」

 興味深げに俺が尋ねると、斉木さんはまた更に難しい顔をして首を傾げた。

「んー、アルコールの匂いがちょっと強くて…桃の味は美味しいんだけどね。飲み切れるかなぁ」

「無理しなくていいよ。飲みきれなかったら俺がもらうから」

 人生で初めてアルコールを体内に入れる斉木さんは、多分期待していたお酒の美味しさではなかったのだろう。少し残念そうにしていた。

「もしかしたら他の種類のお酒の方が好みかもしれないしね。二人で色々試そうよ」

 斉木さんの好みのお酒を一緒に探していくのも悪くない。こうやって同じ時間を過ごして同じものを共有して、その積み重ねによってもっともっと斉木さんのことを知っていきたいと思う。

「うん、そうしよ!それはそれで楽しみかも」

 斉木さんは残念そうな顔から一変、満面の笑みにころっと変わる。それから「ケーキも食べよう」と言ってケーキにフォークを入れていった。やはりケーキは斉木さんの期待を裏切らない美味しさだったようで、一口目から最後までずっとご満悦の表情で「おいしいおいしい」と何度も言いながらぺろっと食べ切った。子供みたいな斉木さんが可愛くて「俺のケーキも食べて良いよ」と声をかけると、申し訳なさそうな態度をとりながらしっかりと美味しく食べてくれた。

「美味しかったねぇ、幸せ。あ、トイレ借りてもいい?」

 ケーキを食べ終え、お皿とフォークを洗うと斉木さんが言ってトイレへ入っていった。お酒は結局ほんの少ししか飲めていないようだった。

 その隙に、俺はクローゼットにしまってあるプレゼントに手を伸ばした。バタバタのリサーチ不足で購入した、ネックレス。外資系の高級ブランドではないものの、学生としては少し背伸びをしたお値段の、一粒ダイヤの物だ。華奢な斉木さんのデコルテに映えるだろうと買ったものの、買った後は「本当に大丈夫かな」と今の今までどきどきしていた。

「トイレありがとう」

 斉木さんが戻ってくると座卓の前に座る俺の隣に着いた。渡すなら今なんだろうな、と思って斉木さんの方へ向かい合う姿勢になる。

「斉木さん、これ。気に入るか分からないけど…誕生日おめでとう、ってことで…」

 なんとなく歯切れの悪い感じが、自分でかっこ悪いなと思ってしまった。俺は後ろ手に持っていたネックレスの入った箱を斉木さんの方へ差し出した。

「えー!?こ、これって…アクセサリーだよね…?高かったんじゃないの…」

 斉木さんも斉木さんで「ありがとう」の前に俺のお財布事情の心配をする。こうやって考えるとやっぱり斉木さんは不器用だし、俺だって斉木さんの前だと情けない男になってしまう。意外と良い組み合わせなのかも、と自分で思ってしまうのだった。

「まぁまぁ。はい、受け取ってください」

 俺がさらっと流すと斉木さんは申し訳なさそうにようやく「ありがとう…」と言って俺から箱を受け取った。

「わ…!かわいい…!」

 ゆっくり箱を開けたと同時に斉木さんは感嘆の声を上げる。斉木さんはいつも一つ一つのリアクション全てが俺を喜ばせてくれるな、と思った。目を少し潤ませて嬉しそうな表情でネックレスを眺めている斉木さんが愛おしい。

「付けてみる?」

 眺めるだけでわぁわぁ言っている斉木さんを少し落ち着かせるために俺が口を挟むと、斉木さんは「うん!」と即答した。俺は立ち上がって斉木さんの背後に回った。

「はい、ちょうだい」

 後ろから俺が声をかえると斉木さんはわくわくしているような雰囲気を全面に出しながらネックレスの留め具を首の後ろまで回して持ってくる。留め具を受け取った俺はうなじの辺りでチェーンを留めた。留めるとすぐにまた元の位置に戻って斉木さんの正面に向かい合って腰掛ける。

「に、似合う…?て言っても、今、こんなパジャマだしな…」

 嬉しそうな恥ずかしそうな、遠慮がちな感じで自分の姿について斉木さんは意見を求めてきた。もちろん似合わないなんてことは全くなく。というよりも、めちゃくちゃ似合っていた。鎖骨の中心で輝く小さいダイヤは斉木さんの実は控えめな性格とよく合っている。

「すっごく似合ってる。かわいい」

 俺はそう言うとそのまま唇を近づけて重ねた。斉木さんからはほんのりとアルコールの匂いが漂ってくる。それがとても新鮮で、斉木さんの大事な節目の年の始まりに居合わせられたんだなという喜びを実感させた。

 軽いキスを何度も何度も繰り返す。斉木さんも俺の求めに応えるように唇を重ねてくれているのが伝わってくるのが嬉しい。俺は唇を離し、斉木さんの顔を見て改めて真っ直ぐと言った。

「お誕生日おめでとう」

 斉木さんはにこっと微笑んだ。「今日は本当にありがとう」と言う斉木さんの顔は初めてのお酒のせいか、少し頬が赤く染まり、目がとろんとしていた。

 時刻は夜中の1時になろうとしている。世界には二人しかいないのかもしれないという錯覚に陥るような、深い静寂の時間。俺は誕生日を迎えて一つ大人になった斉木さんを、ベッドの上へと促した。
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