双星のギリカ・カーレ

 梨々帆

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始めての郡学

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 レニアとシュナベル、マレーシャの三人が郡学の教室である寮の大広間に入ると、既に席に着いていたナップが、その高い背丈を生かして三人に手を振った。
彼の横にはマルスとレセンも座っている。
どうやら、先に着いていた三人はレニアたちの席を確保しておいてくれたらしい。

「おつかれ、三人とも。まだ一限残ってるけどな」

ナップがニカッと笑いながら言う。
活発な彼が笑うと八重歯が少しだけ覗いた。

「剣術の授業は案外時間キッチリまでやるんだな。俺たちなんて、話にならないって言わるだけで授業が終わっちゃったぜ」

「こっちも散々だったわよ。みんなの剣がどこに当たるのか分からないくらい」

「僕もあまり上手くできなかったかなぁ…」

マレーシャがなかなか辛辣な返答を返した横でシュナベルが申し訳程度に囁く。
マレーシャはそんな彼の囁きなど聞こえていない様子だ。

「みんなあんまり大差がないと思う、
シュナベル」

レニアがシュナベルを励ますように言うと、マレーシャが反論をしてきた。

「そんなこと言ったら、あたしたちの中であなたが一番上手だったわよ、レニア」

「あら、レニアは剣術が得意なの?
羨ましいわ」

「これでも一応、入学前から剣術を教えてもらっていたの」

マレーシャとレセン、加えてシュナベルもそれは本当に羨ましい限りだという顔をした。

「昨日会ったお兄さんかい、レニア?」
 
「うん、昔から兄さんにはよく指導してもらっていたの」

「いいなぁ、レニアは。
それにシュナベルとマレーシャだってレニアに習うことだってできるじゃないか。
俺たちなんて、教えてもらう前から才能無し判定だぜ」

「それは、少し先生がひどくないかしら。
ナップ、あなた何の選択科目を受けているの?」
 
「格闘術さ、レセン。全く、郡学もこんな感じの先生ならごめんだぜ。」

「郡学の先生はこの郡を監督している郡監の先生だよ。確か、天文学が専門の先生だったはずだ」

マルスが何でそんなことを知っているのだろうということを教えてくれた。
レニア以外のみんなはどうして知っているのだ、という驚いた表情をするが、彼女はさほど驚かなかった。
マルスが物知りで頭がいいのは入学式の日に十分わかっている。

「天文学かぁ~、まだ受けたことがない授業だから、先生には会ったことがないね」

シュナベルはどんな先生だろうと、期待しているのか不安なのか分からない調子で呟く。
レニアとしてはあまり試験が難しくない先生を期待したいところだ。
まだ初回の授業なのに、これからの魔術魔法陣学に対する不安が既に大きい。
 六人が郡監の先生に対する議論を交わしていると、授業開始のチャイムが高らかに鳴った。
それから少し遅れて、遂に郡監の先生が姿を現す。その先生は彼女たちの期待とは随分異なっている、白髪の老人だった。
長い後ろ髪を緩く一本の紐で結び、大きくてまん丸レンズの眼鏡をかけ、少し腰は曲がっている。
 この郡監、カークライン先生はなんと、昨日のアリシア郡の歓迎パーティーで新入生を鼓舞する大演説を披露したあの郡将、パース・カークラインの祖父に当たる人物だった。あの爽やかなパースの面影はどこからきたのか、何とも頼りなさそうな郡監だった。
 学校では天文学の授業を受け持つカークライン先生の郡学は、これから先が思いやられるほど退屈で、前の授業で体を動かした生徒は眠気を振り払おうと必死になった。

「寝るなよ、レセン」

「寝てないわ…。あなたこそ気を付けなさい」

普段から眠たそうなレセンは既に睡魔の手にかかり、自身も眠そうなナップが肘で小突いて起こしている。
レニアは大切そうな単語とその説明をノートに書き込み、カークライン先生の話が天文学の分野に脱線する度に手を休めていた。
 レニアのノートは一番最初の行にギリカ・カーレの三つの郡名が書かれ、それぞれ簡単に説明が書かれている。
そこから少し行間を空けて、将団と書かれた枠に役職が書いてある所で止まっていた。


・アリシオ郡:戦略、策特化
      シンボル=月 カラー=青と銀

・ステマラ郡:個々の能力重視
      シンボル=星 カラー=紫と金

・ソレイユ郡:実力重視
      シンボル=太陽 カラー=赤と橙

   将団

 各郡の代表生徒の集まり

・郡将:各郡に一人、郡のリーダー

・副将:郡将の補佐官

・執務官:書記官と会計官、
     それぞれ一人ずつ

・学年令:各学年男女一人ずつ、学年代表


 ここまで説明をしたカークライン先生は、アリシオ郡のシンボルマークが月というところからまた天文学の分野へと話が飛んだ。
月の満ち欠けと海の干潮、満潮について語り始めた先生に生徒はうんざりした目を向ける。
もしくは、ありがたく眠り始める者もいた。
レセンとナップはお互いで起こしあっていたが、今は二人ともとうとう撃沈している。
 レニアはこの隙に自分が書き漏らしたところがないかとマルスのノートを控えめに覗きみた。マルスは六人の中で唯一睡魔に圧勝していて、その目はガッポリと満月のように開き、手は滑らかに動いている。
 マルスのノートはレニアの想像以上だった。
彼女が書いている内容に加え、先生の脱線した天文学の分野までノートに書き込み、何年の戦争で、何という将軍がどんな作戦を実行したかなどのレニアがこんなこと言っていただろうかと思うことまで書いていた。
こんな文章量を書き込みながらも、彼の顔は全く疲れを見せずに涼しげなのが一層奇妙に思えてくる。
彼のノートを見るなら、新しく書き直した方が早そうだ。
 待ちわびた終業のチャイムがやっと鳴り、生徒たちがそれぞれの部屋に帰っていくなか、レニアはマルスに質問をした。

「どうして天文学の分野までノートに書く必要があるの?」

「あぁ、だって天文学でもいづれやるだろうし。カークライン先生は天文学専任の教師だからね」

レニアはそれを聞いて少し嫌そうな顔をした。

「じゃあ、戦法とそれを実戦に活用した将軍の名前とかは?」

「それは、アリシア郡は戦略特化の郡だから、僕たちの郡学は主に戦法とか策とかになりそうだなと思って。そうなると、テストにでそうじゃない。」

マルスはさらっと答えて訝しげな顔をした。

「ねぇ、僕のノートを見たのかい?」

「えっと…自分が聞き漏らしてないか確認させてもらおうと思って…」

最初こそ申し訳なさそうに答えたレニアはすぐに勢いをつけて続けた。

「でも、マルスのノートから書き洩らしを写すのは無理だわ。私にはそのノートの半分の内容で十分な気がする」

マルスは彼女にそう言われて自分のノートをめくり始めたが、(レニアのノートはめくれるほど埋まっていない)その後レニアはマルスみたいにノートをとるべきだったと思い知らされる。
 次の日から始まった天文学と郡学の授業で彼が言ったことがほとんど的中したからだ。
レニアを含めた五人は度々マルスのノートを失敬した。
 また、マルスが授業でここが出そうだなとか呟く度にみんな揃って嫌そうな顔をした。
彼が言うとその分テスト範囲が上乗せされるような気がしたから、そういうことは黙っていて欲しかった。
でも、彼女たちの最初の滑り出しが良かったのはマルスのおかげとしか言いようがないのも確かだった。
 そのマルスの助けがあってこそのギリカ・カーレでの最初の一週間が過ぎた。




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