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第1章 魔術学院編

第3話 悪の目覚め

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 部屋に響き渡る水音。そして男女の荒い息。

 俺は舌をセレスの口内に侵入させ、二人はお互いの唾液を啜りあった。

 二人の唇が離れたのは唇を重ねた15分後だった。

 キスをした瞬間、セレスの理性が吹っ飛んだみたいで、激しく俺を求めてきた。自分の舌を俺の舌に絡め、蛇みたいに動かしていた。だが、途中からセレスは力が抜けたみたいで、俺はそれに乗じてセレスをなすがままにした。俺はセレスの口の中のあらゆる部分を確かめるように、舌を潜らせて入念に動かせていた。そして貪欲にセレスの唾液を啜り、自分の唾液をセレスの口内に注ぎ込むことも忘れない。

 ファーストキスにしては激しすぎたかな。

 いや、俺にもファーストキスは好きな人と唇を合わせるだけの淡いキスをしたいという願望はあるが、それが俺の男の欲望にあっさり負けてしまった。

 唇を離した瞬間、俺とセレスの唇を一縷の液体がつないでいた。ああ、いやらしい。

 こんな美少女、しかも『真眼』の魔女との異名を持つS級魔術師であるセレス・イスフォード侯爵が俺のキスでうっとりした顔になってるなんて興奮しないはずがない。

 そろそろいいかな。

 俺はそっと手をセレスの胸に差し伸べようとした。だが、その瞬間、セレスは口を開いた。

「ご主人さま~」

 セレスはうっとりとした目で俺を見つめて、そう囁いた。全身が小刻みに震えていて、ちょっと不気味。

「ご主人さま?」

 そのセレスの囁きに、俺は聞き返す。

「はい、フィリ様はうちのご主人様なの~」

「頭でも打ったのか?」

 もともと残念な性格していると思ったけど、まさかここまでとは。思わずディスりたくなったので、遠回しにディスってやった。

「そういうひどいことをいうご主人様も素敵~」

 よく見てみると、セレスは蕩けきった表情を浮かべていて、もはや貴族ともS級魔術師とも思えない、ただの雌犬のような顔をしていた。

 うわあーー、ちょっと引くな。

 俺はスケベだが、ここまでの趣味はないぞ。でも少しそそる……

「セレスさん? からかうのやめて、俺はちゃんと魔術を使えたかどうかを教えてほしい」

 そろそろ本題に戻す。

「そんなことより……」

 そんなことよりだと!? 俺の人生に関わる話だろうが!

「うちの胸触ってみない~?」

 お言葉に甘えて、揉み揉み……って、違う!

「いい加減にしろ! 早く教えてくれ……あれ?」

 いくらバカで天然で能天気とはいえ、セレスの様子はさすがに変だ。俺は首を傾げた。

 もしかして、セレスがこうなったのは俺とキスしたから?

 いや、そんなことないか。こいつが単に変態なだけか。

 ってどこ触ってんだ! おい!

「ご主人様~ もっと抱きしめてよ~」

「はいはい、セレスさんの変態な趣味に後で付き合ってあげるから、はやく俺がどんな魔術が使えるのか教えてくれ」

 もちろん、後でたっぷりと付き合ってあげるよ。

 そう思うと、俺はさっきまでの子犬みたいな純真な表情(であろう)と打って変わって、邪悪な笑みを浮かべた。

 この手で女を抱ける日がやってくるとは……神様は俺を見捨てたわけじゃないのね。

「分かんにゃい~」

 にゃい? なに言ってんの? S級魔術師だろうが、分からないわけがないだろう。

 あれ、ちょっと待ってよ。

 一応試してみる価値はある。

「セレスさん、いや、セレス、俺の前で平伏しろ!」
 
 俺は冷たく言葉を言い放った。

 すると セレスはためらいもせず、すぐさまベッドから降りて、俺の前で平伏して頭をカーペットの上に擦り付けた。
 
 やはり……どうやらこれが俺の魔術の効果らしい。

 セレスの姿を見て、俺はにんまりと笑った。

 多分だけど、俺の魔術の効果はキスした相手に絶対的な忠誠を誓わせるものなのだろう。

 でも、慎重に越したことはない。

 俺は確認するためにセレスに聞いてみた。

「セレス、お前の俺に対する忠誠は絶対なのか?」

「忠誠~? なんの話なの~」

 違った!? マジで? もう平伏させちゃったよ。どうしよう。

 俺の額から冷や汗が垂れ、全身に動揺が走った。

「うちにとって、ご主人様はうちの一番愛しい人~ 愛してる~」

 あれ?

「うちの夢だったんだよ~ 愛する人をご主人様と呼び、その命令に従うのが~」

 ちょっと待って、なんかぴんときそう。

「俺の前で平伏したのも?」

「はい~ ご主人様が愛しくて~」

 そう言いながら、セレスはそわそわして、ゆっくりと頭を上げて俺を見つめてくる。その目はなにかを訴えてるかのように潤んでいる。そして、なぜか、セレスの下のカーペットに少しシミができていた。

 なるほど……

 俺はまた頭痛をこらえるように、こめかみに手を添えて、ため息をついた。

 やっと俺の魔術のほんとの効果が分かったよ。

 俺の魔術は絶対的な忠誠を誓わせるものじゃなくて、どうやらキスした相手を心底から惚れさせるものみたい。

 そして、認めたくはないが、セレスがこんなに従順になったのは、残念ながら、セレス自身のマゾな願望によるものらしい。つくづく残念な女だ……

 そう思うと、俺は苦笑いした。

 これじゃ、『真眼』の魔女が聞いて呆れるわ。ただの奴隷気質のド変態じゃないか。

 でも、あいにく、俺も変態だ。

 そのセレスの様子が俺の嗜虐心と欲望を刺激する。

「セレス、俺の膝の上に座ってくれる?」

 俺は優しいセレスに言葉をかける。

 セレスは言われるがままに、体を起こし、顔を紅潮させながら、ゆっくりと俺の膝の上に座った。

 意外と軽いな。おっぱいはそんなにデカいのに?

 そう思いながら、俺は言葉をつづけた。

「セレスは俺のことをどう思ってるの?」

 俺に聞かれて、セレスは純真爛漫な笑みを満面に浮かべて、言葉を綴った。

「愛しいよ~ 愛してる~ フィリ様はうちのご主人様で、最愛の人なの~ 私はご主人様の奴隷~ ご主人様になら、なにされてもいいと思うの……」

 恥ずかしくなったのか、最後らへんのセレスの声は少し小さくなった。

 想像以上にド変態だ……

 でも、「なにされてもいい」という言葉が俺の理性を容易くひっぺがした。自分の膝の上に座っている美少女に愛してると言われて、おまけにこれ見よがしに自分の双峰を揺らして、内腿をもじもじさせているのだから、男なら我慢のしようがない。

 とうとう俺の積年の欲望が一気に爆発した。

 俺は枷を外し、セレスをベッドの上に押し倒した……

 セレスからもらったクッキーのせいか、俺の精力はかつてないほど高ぶっていた。だから、一回では終わらなかった。



 自分の横でへとへとになって、肩で息をしているセレスを見て、俺は征服欲と支配欲が満たされていく。

 ふとある考えが俺の頭をよぎる。

 男にキスしても、惚れてもらえるだろうか……いや、死んでも男とキスしてたまるか。

 俺はひょっと浮かんできた考えを必死に振り払った。

 セレスのプラチナ色の髪を手で弄りながら、俺はそっと口を開いた。

「はじめて?」

「うん……」

 俺の問いにセレスはまた顔を紅潮させてしまった。

「俺はセレスの養子になるよ」

「ほんとに~ ご主人様はうちの子供になっちゃった~」

 そういって、セレスは幸せな笑みを浮かべた。

「そのご主人様って言い方はどうにかならないのか?」

「えっ? うちは愛する人をご主人様と呼びたいもん~」

「二人きりの時ならまだしも、人がいる前にそう言われたら変な目で見られるだろう」

「分かった……二人きりの時だけご主人様って呼ぶね~」

 俺の魔術にかかっても、セレスは相変わらず能天気で、あどけなかった。多分、あくまで惚れさせるだけで、人格を変えることはできないのだろう。

「……ところで、セレス、一つ聞きたいことがある」

 真剣な顔に切り替えて、俺はゆっくりと口を開いた。

「なに~」

「セレスの魔術を、あたかも俺が使ってるように見せかけることはできるか」

「できるよ~」

 セレスの返事を聞いて、俺はにんまりと笑った。これは俺がセレスの養子になるって決意した理由だからだ。

「なにをするつもりなの~」

「もう一度マリエス帝国魔術師学院の入学試験を受けたいんだ。今度こそ合格してみせる」

「なんで~?」

「S級魔術師になって、帝国の頂点にのし上がろうと思って」

 俺は決して善良な人間ではない。かと言って、最初から邪悪な存在でもなかった。貴族はみんな自分勝手でわがままな生き物だ。俺もその例外ではなかった。

 魔術が使えるはずの年になっても、魔術を使えないせいで、両親だけではなく、屋敷の使用人たちにも蔑まれ、冷ややかな目で見られるようになった。プライドが踏みにじられている苦痛を俺は何年も味わってきた。

 だからか、追放された自分の家よりも格上であるイスフォード侯爵家の当主、帝国でも数人しかいない最強のS級魔術師にして『真眼』の魔女の異名を持つ絶世の美少女であるセレスでも、俺はキス一つでいとも簡単に平伏させられて、あまつさえ彼女自身を抱いたのだから、長年に抑圧されていた野心が反動でかつてないほど燃え上がった。

「ああ~」

 ここまでいうと、セレスはすぐに理解したみたい。マリエス帝国魔術師学院ってのは貴族の子女が競って入学を希望する名門校である。

 16歳になった魔術の才能を有する者だけが入学を許され、二年の学業を経て、卒業試験が行われる。マリエス帝国魔術師学院を卒業した者にはS級魔術師の認定試験を受ける資格が与えられ、特に成績が上位な者には爵位や領土すら皇帝陛下から与えられる。

 だから、下位貴族はもちろん、上位貴族も領土を広めるために、必死に自分たちの子供を育て、あらゆる手段を使って入学させ、いい成績を取ってくるように言いつけている。

 俺の父―ラスマ・シュバルージェもその例外ではなかった。俺を使って、家を地位をさらに向上させたかったのだろう。

 だから、入学できなかった俺は家を追放されたのだ。

「S級魔術師になるために、俺はまず学院を首席で卒業する必要がある。セレス、手伝ってくれるか?」

「もちろん~ ご主人様に頼りにされるなんて嬉しすぎる~」

「ああ、頼むよ、おさま」

「お義母さまって言い方なんていや~ セレスがいい~」

 俺はセレスの不満を無視して、言葉をつづけた。

「これから俺の名前はフィリ・イスフォード。見ていろよ、俺を見下していた者ども、必ずS級魔術師になって、この国の頂点に上り詰めてやる……」
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