上 下
28 / 33
第2章 五芒星編

第27話 悪による悪の眷属救出作戦

しおりを挟む
「ここか……」

 私はマリエス学院の男子寮の二階の角部屋の前にたどり着いた。



 昨日、私の眷属は何人か気配が弱くなった。

 私と眷属の間で構築されている膨大な念話ネットワークと通しても、連絡がつかない。

 ちなみに、私はいつでも眷属に念話で呼びかけられるのに対して、眷属は私の許可がないと、そもそも念話が私に繋がらないのだ。

 だって、しょうがないんだもの。

 別に可愛い眷属をないがしろにしてるわけじゃないんだよ?

 想像でもしてみて? 
 
 私を敬愛する眷属たちはみんな、それはそれはいつも私と会話をしたくうずうずしているわけで、制限でもしないと、何万人もいる私の眷属が一斉に念話で私に話しかけたら、脳みそはパンクするわよ?

 今回のマリエス学院潜入のために、この学院にいる眷属が私に念話で話しかけることを許可している。

 だが、昨日、何人かからの連絡が急に途絶えた。

 だから、私は急いで、マリエス学院の学院長にすぐにでも教師になることを申し入れた。

 本来なら、もっとゆっくりことを進めるつもりだったけど、もし可愛い眷属たちに何かがあったらと思うと、気が気じゃなかった。

 もし拒否でもされたら、学院長を従順な眷属にしてやろうと思ってたのだが、案外物分かりがいいのよね。

 いや、物分かりがいいというか、あのスケベジジイ、終始私の顔、胸、お尻に視線を行き来させていたな……どう考えても、私のご機嫌取りなわけね。

 あとで、恩着せがましく私をご飯にでも誘うつもりかしら?

 下心が見え見えだつーの。人間という下等生物のくせに……

 まったく、美しすぎるのも罪だね。

 

 とりあえず、一人の眷属に私の魔力を流し込んで、分身を作った。

 戦闘力は私には到底及ばないけど、見た目と性格は完全に再現できている。

 分身を朝、私が担当するクラスに向かわせて、私は弱くなったけどわずかに残っている眷属たちの気配をたどって、ここまでやってきた。

 ドアに手を当ててみると、空間魔術が施されているのがすぐに分かった。ドアは異空間につながっていて、そのままドアを開いてもそこに到達することができないようになっている。

 だが、同時に、これが普通の空間魔術ではないことにも気づいた。

 普通の空間魔術なら、私の手が触れたとたん、それは私の魔力に侵食され、すぐに消え去るはずだから。

 厄介ね……

 仕方ない。

 私は全魔力を手のひらに集中させて、空間魔術の解除を試みた。

 次の瞬間、私は驚きを隠せなかった。

 全魔力を注いでも、私はこのドアにかけられている空間魔術を解くことできなかった。

 せいぜい、この空間魔術によって作られた異空間への侵入を可能にしたくらい。

 でも、これで一応目的の半分は達成された。

 おそらく、行方不明になった私の眷属たちはこの異空間の中に閉じ込められている。

 私はただ、そこに侵入し、眷属たちを救出するだけ。

 私はかりにも『再生』の聖女として帝国の愚民どもに慕われてるから、ことを荒げるつもりははなからないわ。

 まして、私は今このマリエス学院に潜入しているわけだし、さっさとこの異空間に入って、誰にも見つからずに眷属たちを救い出せれば御の字だ。

 まあ、見つかっても抹消すればいい話。

 私はゆっくり、ドアノブを捻って、異空間の中へ入っていった……

 

 唖然とした。

 今の私の心情を表すのに、この以上にしっくりくる言葉はないだろう。

 異空間なんだから、荒野とかジャングル、もしくは光ってる星々に囲まれてる無重力空間を想像していたが、私の想像は見事に裏切られた。

 なんやここは!?

 可愛さ全開のメルヘンチックな部屋じゃないか!?

 なに、このカーペット!? めっちゃふわふわ!!

 あーあ、裸足で踏んでみたい。どれほど気持ちいいんだろうね……

 じゃなくて!!

 なにこの状況!!

 部屋の真ん中にあるテーブルの前に、足を組んで座っている女が優雅にティーカップで紅茶を啜り、その隣に局部丸出しのボンデージごと縄で亀甲縛りにされているメイドらしき女の子が侍っている。

 目を疑う光景だ……

 そして、私の混乱した精神にとどめを刺したのは、その優雅に紅茶を飲んでいる女が『真眼』の魔女だと気づいたことだ。

 ドアに空間魔術が施されているだと分かったとき、いやな予感はしていた。

 でも、最悪な事態ってそうそう出会えるものではない。

 私は心のどこかで楽観していたのかもしれない。

 『真眼』の魔女……悪魔じゃないかよ!?

 いや、悪魔は私だけど、こいつは悪魔にとっても悪魔だ!

 『真眼』の魔女がいくつの街を焼いてきたって、私の眷属たちは泣きながら報告してきた。

 そして、なによりの証拠に、ほら、こいつは隣のこんな可憐な女の子になんて恰好させてんだ。

 好き好んでこんな格好をする女の子はまずいない! よほどの変態でもないかぎりな!

 きっとこれは『真眼』の魔女、こいつが無理やり着せたに違いない!

 そう思うと、私は人間である目の前の女の子に同情の念を抱き始めた。どうせ眷属たちを救うなら、この子もついでに救おう。

 ふふっ、私が人間に情を抱くなんて、珍しいこともあるもんだ。

 まあ、その方が私にとっても都合がいい。拉致られた女の子を救い出したとなれば、私はマリエス学院で教師としてみんなに信頼されるに違いない。

 悪の魔女から、拉致られた生徒を救い出した聖女。ふふっ、悪くない響きだ。

「あらあら~ お客さん~?」

 『真眼』の魔女の急な呼びかけに、私は思わず悪寒がした。

 それは間違いなく恫喝だ。これからあなたを抹殺するわって意思表明に違いない! なぜなら、私もこのセリフを愛用しているからだ。そう言って、私は数多くの人間を屠ってきたのだ。

 落ち着け、私。

 相手はあの悪名高い『真眼』の魔女―セレスだとしても、怖くないわ……そう、全然怖くないんだから!

 私だってS級魔術師だし、しかも人間と違って、最上位魔族―悪魔だぞ?

 いくら『真眼』の魔女が最強だと謳われてるとはいえ、私がに、人間に負けるはずないわ!

 そうだ! これはチャンスだ!

 『真眼』の魔女―セレスは我々『五芒星』が帝国を掌握する計画の中における不確定要素。

 ここで、私が倒してやったら、インフェルのやつも私のことを見直すに違いない。

 あいつは『五芒星』のリーダーを気取っているのは気に食わないけど、それだけの実力はあるから、表立って反抗的な態度が取れないんだよね。

 でも、『真眼』の魔女を倒したとなると、インフェルにも私の実力を認めてもらえるだろう。高笑いして、「お前があれほど恐れていた『真眼』の魔女を私があっさりと葬ったわ」ってやつをからかうこともできよう。

 もしかして、そのまま私が正式に『五芒星』のリーダーになったりしてー。

 やばい、想像したら涎が止まらない。

「あの~?」

「うるさいわ! 今いいところなのに!」

 愉快な妄想を邪魔されて、思わず怒鳴ったけど、すぐ私は激しい後悔に襲われた。

 やばい、セレスめっ、首を傾げておる。

 きっとどんなふうに私を処刑するか考えてるに違いない。

 あーあ、私のバカ! なんで悪魔のような女を刺激したんだろう……

「あっ、ごめんね? 声大きかった~?」
 
 こいつ! どこまでも私を見下してくれる!

 あはは、私の声が大きかったからびびったの? とでも嘲笑っているつもりだろう。

 ほんとに、悪魔よりも悪魔のような女だ。

 ふふっ、さっきから額から汗がぽたぽたと地面に滴っていく。

 セレスよ、これでお前のお気に入りのカーペットも私の汗で汚れていくのだ、わっはっはっは。

 これもお前が私を威圧したせいだ! 自業自得とはこのことだ!

 いや、ちょっと待って……冷静になろう。

 思考が少しバグってる。

 私の汗なんだぞ? 聖水より綺麗に決まっておろう! むしろこれじゃ、セレスのカーペットを綺麗に洗浄しているようなもんだ。

 なんか違うな……

 私は一体何を考えているんだろう。

 とりあえず、何か言わないと。

 そうだ、ここはかっこよく決めるとしよう。

「『真眼』の魔女―セレスよ、そこの可哀そうな女の子を開放するんだ!」

 決まった。

「はい~?」

「あっ、ごめんなさいごめんなさい! 汚い汗であなたのカーペットを汚した上に偉そうにしてごめんなさい! って違う! そこの女の子を拉致してそんなはしたない恰好をさせて人間として恥ずかしくないのか!」

 ついセレスの威圧に圧倒されて平謝りしてしまった……でも、ほめてほしい。ちゃんと悪魔として人間を説教してやったぞ。

「いや、これはこの子が自分で……」

「そんなわけあるか! 普通の女の子が自分でそんな恰好になるわけないだろう!」

 そう、ド変態でもない限り、自分でそんな恰好をする女の子はいない!

 そんなド変態を、長く生きてきた私でも、一度も見たことがないわ。

「ほんとなのに~ ねえ、メアリ―ちゃん?」

「はい、私はこの恰好じゃないと落ち着かないので、ご主人様とセレス様の許可を得てこの恰好をさせていただいてます」

 おのれ、どこまでも卑劣な! 『真眼』の魔女よ! どうやら眷属たちから聞いた話はほんとのようだ。こいつは本物の悪魔だ。もちろん、種族的な話ではない。

 女の子を拉致して、こんな破廉恥な衣装を着せるだけでなく、脅して言いたくもない嘘をつかせるなんて、我々悪魔顔負けの極悪ぶり……

 やばい、体が震えてきた。手汗もすごい。

 そうだ、これは武者震いなだけで、決して恐怖によるものではない!

「セレス! お前を消したあと、次はセロを倒したお前の息子―フィリを殺させてもらうわ」

 私に威嚇されて、セレスの顔から余裕の笑みが消えた。

 ふふっ、やはり今までのは虚勢だったのか。たかが人間、悪魔を目の前にすると恐怖を感じないわけがない。

「今、なんて言った?」

 あれ? 気のせいか、なんかこいつめっちゃ殺気立ってるんだけど?

 って、知るか! 聞こえてなかったらもう一度言ってやるまで。

「お前とお前の息子を仲良くあの世に送ってやるって言ったんだよ!」

「コバエめっ」

 えっ、今コバエって言われた? 聞き間違い?

「うちのことはともかく、ご主人様に危害を加えようだなんて生かしておけなくなったわ。そうね、ここでコバエを叩きつぶしたら部屋が汚れるから、場所を移動しようか?」

 そう言って、セレスは指をパチンと鳴らした。

 すると、周囲の景色が変わり、私は四方を白い壁で囲まれただだっ広い部屋に放り込まれた。

 立ち直ると、私はすぐに気づいた。ここの壁は空間の断層でできていて、破ることはおろか、傷つけることも困難極まりない。

 つまり、セレスを倒さないと、私はここから出られないってことか。

 ふふっ、面白い。どっちが強いか白黒つけようじゃないか……武者震いがさらに加速してるけど、無視だ。

「って、なんでその女の子までここに連れてきてんだよ! 人質にするつもりか! どこまでも卑劣な!」

 セレスのほうに視線を配ると、私は思わず叫んだ。

 てっきり私とセレスだけがここに転移されて、これから激戦が繰り広げられるだろうと思っていたのに、さっきのかわいそうな女の子まで一緒にここに転移させられたんじゃないか。

 私の力を恐れて、人質にでもするつもりなんだろう。

「いや、メアリーちゃんを一人だけ部屋に残すと、またあなたのようなコバエが入ってきては危ないから、守るために連れてきたの~」

 どこまでも私を愚弄するつもりなんだ!!

 そんな見え透いた嘘を!!

 ついに私の堪忍袋の緒が切れた。

 私は自慢の長い赤髪を逆立たせて、世界中に散らばっているわが眷属たちから魔力を吸い上げ始めた。
しおりを挟む

処理中です...