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1.プロローグ
しおりを挟むほんの数時間前の俺に問いたい。これは夢か、現実か。
目の前で無防備にすやすやと寝息を立てる男の顔を、ひとしきり見つめた後でふと我に帰った。
空が青白く染まっている、夜明けが近い。
「……目が覚めた?」
ふと、声がしたと思うと、再びベッドの中に引き戻されてしまう。暖かい腕の中にすっぽり収まると、男は満足そうに笑った。
「すっかり冷えてしまっているね」
そういって、足を絡めてくれる。その優しさに思わず泣きたくなるほどに感動したが、それよりも恋人同士のように密着されることの方で心臓が爆発してしまいそうだった。頬が熱い、きっと今俺の顔は、真っ赤に染まっていることだろう、それを見て男がふっと笑った。
「……何もしない、そういう約束だからね」
「別に俺は……、」
言いかけて、はっと口を噤む。美しく整った顔が目の前にあった。こんな贅沢なことは無い。長い睫毛、きめ細やかな肌、本当に同じ人間だろうか。
「何? 続きを、聞かせて」
促すようにゆったりと問い掛ける。普段と違う、優しくて少し低い落ち着いた声。このギャップも堪らない。
"貴方になら、何をされてもいい"
そんなことを正直に打ち明けたら、彼は望みを叶えてくれるだろうか。これがもしも夢なら、最後まで、いけるところまで堕ちてみたい。
ーーなんて、高望みはしないけど。
これは、ある意味では夢と同じ。ここらで現実とはっきり線を引かなくては、貴方に嫌われてしまう前に。
「もうすぐ、夜が明けますね」
「ああ、そうだね」
彼の腕の中からようやく解放された。安宿のベッドが二人分の体重を乗せて軋む。
「……夜が明ける前に、ここを出ましょう」
そう言うと、彼は少しだけ寂しそうに笑った。
「貴方の後を、私も遅れて出て行きます」
皺にならないように掛けておいたシャツに袖を通す。きっちりと首元まで留めると、彼はそれを見て小さく笑った。
「……美しいね」
一瞬、自分のことを言っているのかと思い動揺したが、おそらく彼が言っているのはこの制服の着こなしだ。
常々彼は、『すべてにおいて、規律と秩序が正しく守られていることが美くしい』と言っている。若い使用人は特に着崩すことはしなくても、行事以外はボタンの一番上は外している。それを特別咎められることもないのだが、普段からきっちりと着る方が好みだった。
「ありがとうございます」
「本当に、一緒じゃなくていいの?」
これは彼の本心からの言葉なのか、それともただ揶揄っているだけだろうか。溶けてしまいそうな暗い部屋の中、曖昧に微笑むから余計分からなくなる。
「……ええ、アルベルト王子」
どちらを選択しても、きっと後悔することになる。結局は破滅の道が待っているのだから。
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