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22.正しさとは
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「ネイト!」
「ああ、チャーリー」
いつもの小屋の裏側、煙草にちょうど火をつけたタイミングだった。チャーリーだと分かっていても、ここにいていきなり声を掛けられると体がビクッと反応してしまう。誤魔化すように吐いた息を、チャーリーは溜息だと思ったらしい。
「どうしたの、今日は随分とやさぐれているじゃないか」
キャンベルさんに叱られたの、と能天気に笑う。半分はお前のせいだよ、とは言えずに曖昧に笑ってみせる。もう半分はアルベルト王子だ。
「まぁな……」
「そうだ、昨夜はどこに行ってたの?」
核心に迫る質問に、ネイトは思わず咳き込んだ。大丈夫、と背中をさするチャーリーの手は優しかった。
「昨夜、ネイトの部屋に行ったらいなかったからさ……結局キャンベルさんに頼んだから良いんだけど」
チャーリーは言い終えてから、ハッと怖い顔をした。
「……気を付けなよ、俺だから良かったけど」
どうやら夜間の無断外出だと思っているらしい。
「悪かったよ」
まったく、そういう季節なの? とチャーリーは呆れたような顔をして胃のあたりを軽く摩った。彼も何かと苦労が絶えないらしい。
「危ないこと、してないよね?」
チャーリーは心配そうな表情でネイトを覗き込む。少し上目遣いになると、子どもの頃と何も変わらない幼い顔になる。ネイトはほとんど吸っていない煙草を揉み消した。
「してないよ、それよりどうかしたのか?」
チャーリーは随分と慌ててネイトを引き留めたように見えた。
「ああ、大した用事はなくて……ただ見掛けたからさ」
だって久しぶりだったから、とチャーリーは俯いて少し照れたように笑った。
「あとね、アルベルト王子の誕生祭の後のことなんだけど……これは後でキャンベルさんからも聞くと思う。しばらくクレア・バンクス様のお世話を頼みたいんだ。向こうも侍女を連れてくるみたいだけどね」
「……クレア・バンクス様?」
ネイトは思わず声が上擦ってしまった。
「そう、アルベルト王子の婚約者だよ……一応ね。なんでも子どもの頃の口約束らしいけど。少しの間クレール城に滞在するご予定らしい」
子どもの頃の口約束、というのはあながちただの言い訳ではなかったらしい。そうは言っても事実は何も変わらないのだが。
「美人?」
「ああ、美人だよ。何年か前に偶然お見掛けしたんだ。珍しいね、ネイトがそんなこと聞くなんて」
チャーリーがころころと笑う。こんなにゆったりと話したのは久しぶりだった。
「気になるだろう」
チャーリーの即答ぶりからして本当に美人なのだろう。まだ癒えてない胸の傷に塩を塗ってしまった。
「でもね、ネイトの好みじゃなさそうだよ」
「……へぇ、なんで?」
「美人だけど、キツめの美人なんだよね。あんまり笑わなくて、いつも窓の向こうを見ているような方」
チャーリーはネイトの耳に手を当てて、こっそりと囁いた。
「いいじゃないか」
「嘘だ、ネイトってもっとふんわりした人が好きでしょう?」
「そうかな、美人は好きだよ」
「俺はネイトには、ふんわりした人が合うと思う。ネイトがやさぐれたときに癒してくるような人」
絵に描いたような幸せを、チャーリーはきっと望んでいる。太陽みたいに屈託ない笑顔を浮かべて、誰しもがそうあるべきだと疑わない。
「……ねぇ、あの男ともう会ったりしてないよね?」
チャーリーが度々警戒している"あの男"とは、ロイのことだ。ネイトが城で働くより前に関係を持っていた男だ。
チャーリーはその頃既にクレール城で働いていて、長い休暇の際にロイと偶然鉢合わせたことがある。
ロイはきっと本名ではない。本当の名前は知らないし、恋人でもなかった。ただ、一晩だけの関係をずるずると続けていただけ。でも、唯一ネイトが自宅に招き、本当の名前を教えた相手だった。今までで一番、恋人同士にほど近い関係だったと思う。
明日の約束もない二人だから、当然ネイトがクレール城にいることなんて知らない。いつの間にか消えたと思われているだろう。そろそろ、二人の関係も潮時だった。
それを、後悔していないと言ったら嘘になる。体の相性は抜群だったし、何より見た目がネイトの理想そのものだった。アルベルト王子とそっくりの顔立ちだった。
だからといって、やり直したいだなんて思っていない。何度もそう言っているのだが、チャーリーはどうにも納得してくれない。
『一度縁が出来たら、簡単には切れないものだから』
そう信じて疑わないのだ、それが少し羨ましい。
「会ってないよ」
チャーリーはロイのことが毛嫌いしている。彼は確かに碌でもない奴だった。賭け事も煙草も、世間で悪とされていることは全部彼が教えてくれたようなものだった。生きていくために体を売ることも、自分に価値があるということを教えてくれたのもロイだった。
チャーリーはそれを全て知っているが、一つだけ間違っていることがある。
「もう終わったことだから」
「何かあったらなんでも話してよ。俺はいつでもネイトの味方だから」
俺たちの間に、正しい恋愛感情なんて一切なかったということ。
「ああ、チャーリー」
いつもの小屋の裏側、煙草にちょうど火をつけたタイミングだった。チャーリーだと分かっていても、ここにいていきなり声を掛けられると体がビクッと反応してしまう。誤魔化すように吐いた息を、チャーリーは溜息だと思ったらしい。
「どうしたの、今日は随分とやさぐれているじゃないか」
キャンベルさんに叱られたの、と能天気に笑う。半分はお前のせいだよ、とは言えずに曖昧に笑ってみせる。もう半分はアルベルト王子だ。
「まぁな……」
「そうだ、昨夜はどこに行ってたの?」
核心に迫る質問に、ネイトは思わず咳き込んだ。大丈夫、と背中をさするチャーリーの手は優しかった。
「昨夜、ネイトの部屋に行ったらいなかったからさ……結局キャンベルさんに頼んだから良いんだけど」
チャーリーは言い終えてから、ハッと怖い顔をした。
「……気を付けなよ、俺だから良かったけど」
どうやら夜間の無断外出だと思っているらしい。
「悪かったよ」
まったく、そういう季節なの? とチャーリーは呆れたような顔をして胃のあたりを軽く摩った。彼も何かと苦労が絶えないらしい。
「危ないこと、してないよね?」
チャーリーは心配そうな表情でネイトを覗き込む。少し上目遣いになると、子どもの頃と何も変わらない幼い顔になる。ネイトはほとんど吸っていない煙草を揉み消した。
「してないよ、それよりどうかしたのか?」
チャーリーは随分と慌ててネイトを引き留めたように見えた。
「ああ、大した用事はなくて……ただ見掛けたからさ」
だって久しぶりだったから、とチャーリーは俯いて少し照れたように笑った。
「あとね、アルベルト王子の誕生祭の後のことなんだけど……これは後でキャンベルさんからも聞くと思う。しばらくクレア・バンクス様のお世話を頼みたいんだ。向こうも侍女を連れてくるみたいだけどね」
「……クレア・バンクス様?」
ネイトは思わず声が上擦ってしまった。
「そう、アルベルト王子の婚約者だよ……一応ね。なんでも子どもの頃の口約束らしいけど。少しの間クレール城に滞在するご予定らしい」
子どもの頃の口約束、というのはあながちただの言い訳ではなかったらしい。そうは言っても事実は何も変わらないのだが。
「美人?」
「ああ、美人だよ。何年か前に偶然お見掛けしたんだ。珍しいね、ネイトがそんなこと聞くなんて」
チャーリーがころころと笑う。こんなにゆったりと話したのは久しぶりだった。
「気になるだろう」
チャーリーの即答ぶりからして本当に美人なのだろう。まだ癒えてない胸の傷に塩を塗ってしまった。
「でもね、ネイトの好みじゃなさそうだよ」
「……へぇ、なんで?」
「美人だけど、キツめの美人なんだよね。あんまり笑わなくて、いつも窓の向こうを見ているような方」
チャーリーはネイトの耳に手を当てて、こっそりと囁いた。
「いいじゃないか」
「嘘だ、ネイトってもっとふんわりした人が好きでしょう?」
「そうかな、美人は好きだよ」
「俺はネイトには、ふんわりした人が合うと思う。ネイトがやさぐれたときに癒してくるような人」
絵に描いたような幸せを、チャーリーはきっと望んでいる。太陽みたいに屈託ない笑顔を浮かべて、誰しもがそうあるべきだと疑わない。
「……ねぇ、あの男ともう会ったりしてないよね?」
チャーリーが度々警戒している"あの男"とは、ロイのことだ。ネイトが城で働くより前に関係を持っていた男だ。
チャーリーはその頃既にクレール城で働いていて、長い休暇の際にロイと偶然鉢合わせたことがある。
ロイはきっと本名ではない。本当の名前は知らないし、恋人でもなかった。ただ、一晩だけの関係をずるずると続けていただけ。でも、唯一ネイトが自宅に招き、本当の名前を教えた相手だった。今までで一番、恋人同士にほど近い関係だったと思う。
明日の約束もない二人だから、当然ネイトがクレール城にいることなんて知らない。いつの間にか消えたと思われているだろう。そろそろ、二人の関係も潮時だった。
それを、後悔していないと言ったら嘘になる。体の相性は抜群だったし、何より見た目がネイトの理想そのものだった。アルベルト王子とそっくりの顔立ちだった。
だからといって、やり直したいだなんて思っていない。何度もそう言っているのだが、チャーリーはどうにも納得してくれない。
『一度縁が出来たら、簡単には切れないものだから』
そう信じて疑わないのだ、それが少し羨ましい。
「会ってないよ」
チャーリーはロイのことが毛嫌いしている。彼は確かに碌でもない奴だった。賭け事も煙草も、世間で悪とされていることは全部彼が教えてくれたようなものだった。生きていくために体を売ることも、自分に価値があるということを教えてくれたのもロイだった。
チャーリーはそれを全て知っているが、一つだけ間違っていることがある。
「もう終わったことだから」
「何かあったらなんでも話してよ。俺はいつでもネイトの味方だから」
俺たちの間に、正しい恋愛感情なんて一切なかったということ。
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