【完結】王子、"それ以上"なんておこがましいことは申しません!〜素直になれない二人は今夜もすれ違う〜

桐野湊灯

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39.幸せ

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ーーだめじゃないか、勝手にイくなんて。

 いつもの優しい笑顔で、冷酷に笑う。汗ばんだ背中をなぞられるたびに体がビクビクと跳ねるのを面白がっているようだ。
 だらりと開けた口に、乱暴に指をねじ込まれる。ネイトの舌を軽く摘むと、再び腰を打ち付ける。声を抑えることもできず、無理矢理開けられた口は喘ぐことしかできない。唾液と涙でぐしゃくしゃな顔を覗き込むと、アルベルトがにっこりと笑う。

ーーお仕置きだって、言っただろう?


 夢はそこで終わった。あともう少しだったのに。

 ネイトは大きな舌打ちと盛大な溜息を吐くと、いつも通りの支度を始めた。

 あれは夢だったのかもしれない。"愛してる"だなんて、アルベルト王子の口から聞ける日が来るなんて……!

 浮かれて舞い上がっては、夢ではないかと落ち込み、また昨夜のことを思い出しては舞い上がる。

「……さっさと支度しよう」

 ネイトはペチペチと自分の頬を叩いた。

 朝食の給仕もいつも通りだった。ただ、違うのは二人の視線が絡み合うこと。これまではネイトが一方的に盗み見るだけだったのに、今は笑顔まで向けてくれる。

 焼きたてのパンを掴む、その手も美しい。


 幸せな気持ちに浸りながら、時間はあっという間に過ぎて行く。使用人室へ戻る途中、外の方でこっそりと手招きをする姿が見えた。

「……アルベルト王子!」

 ネイトは慌てて駆け出した。外の空気はひんやりと冷たいが、今のネイトは全く気にならない。 

「やあ、ネイト」

 アルベルトがふわっと笑った。鼻先が僅かに赤くなっている。

「君に話があってきたんだ」

 アルベルトは唐突に改まった口調で、両手をぎゅっと胸の前で握り締めた。何か言いにくいことがある時の彼の癖だ。

ーーやっぱり気の迷いだった。そう言いに来たのだろうか。

 ネイトは急激に心が萎んでいくのを感じた。

「覚悟は、いつでも出来ています」

 覚悟なんて本当は出来てない。だが、こんなことがあったって驚かない。ネイトは固くぎゅっと瞼を閉じて、これから先訪れる衝撃を待った。

「……良かった! 実は今日、父と母にネイトとのことを話そうと思う」

「……なんですって?」

 想像していた言葉とは正反対の台詞に、ネイトは思わず素っ頓狂な声を上げ、目を見開いた。そんなに驚くことか、とアルベルトの方が呆気に取られている。

「それは……まだ少しお時間が必要かと」

 アルベルトは大層不満げだった。きっとネイトは喜ぶと思ったのだろう。

「何故だ、覚悟は出来ているのだろう?」

 それは勘違いしていたからだ、とは口が裂けても言えない。

「お気持ちは大変嬉しいのですが、」

 それはアルベルトの本音だった。不確かな関係は嫌だと言った翌日に、両親に紹介すると言ってもらえるなんて憧れの台詞を聞けるなんて、今にも踊り出してしまいそうだ。だが、現実はそう簡単ではない。問題が山積みだ。

「世間が許していても、この関係を許せない者もいるでしょう。ましてや貴方はヴィクトワール国の王子、私は後継者を産むことが出来ません」

「私はデヴィッド王子と違って、継承権なんてほとんどないに等しい」

 アルベルトは自嘲気味に笑った。デヴィッド王子に子どもが産まれれば、アルベルトの継承権はどんどん遠ざかる。

「それでもです……そもそも、貴方と私では身分が違い過ぎます」

 言葉にすると、結構なダメージを喰らってしまう。今がこんなに幸せなのに、終わらせられる理由が多過ぎる。ネイトは胃のあたりをぎゅっと抑えた。不安と恐怖から、不快感の塊が迫り上がってくる。

「関係ない」

 アルベルトのキッパリとした物言いが、今のネイトには救いだった。

お二人国王夫妻は反対なさるでしょう。ですが、それは仕方ないことなのです」

 それは息子と、国の幸せの為なのだから。

「それでは、ずっと黙っているのか。私は今すぐにでも
パレードしたい気分だというのに」

 アルベルトは不服そうに眉を顰めた。だが、ネイトはその言葉が堪らなく嬉しかった。

「今はしばらく、二人だけで楽しみましょう」

 いずれ、折り合える日が来るかもしれない。ネイトは祈るような思いで言った。
 人目を偲ぶように、ネイトはアルベルトの胸に触れる。温かい体温がすぐそこに確かにあった。これは夢ではない。

「……もしもこれから先、貴方にとって条件のいい縁談話があったら、どうか迷わずそちらを選んでください」

「そんなことある訳ないだろう」

 アルベルトの手が、そっと重なる。

「もしも、です。こんな時に言うことではないかもしれませんが、きっとこんな時でないと言えませんから」

 アルベルトは返事をしなかった。わかった、とは言ってくれないと思ったけれど、心のどこかに留めて置いてほしい。返事の代わりに、アルベルトは責めるような哀しい目でネイトをじっと見つめた。

「……そんなお顔をしないでください。私は今人生で一番幸せなんです」

 そう言うと、アルベルトはふとネイトの唇になぞるように触れると、その指を自らの唇に押し当てた。

「……私は生涯、君だけを愛してる」




 
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