【完結】王子、"それ以上"なんておこがましいことは申しません!〜素直になれない二人は今夜もすれ違う〜

桐野湊灯

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43.どこか遠くへ

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 その夜、ネイトは部屋のドアを小さくノックする音で目が覚めた。最初は空耳かと思ってやり過ごしたのだが、その音は少しづつ大きくなっていく。

「はい、どうかされました……?」

 ドアを開けると、そこには私服姿のアルベルトが立っていた。

「服を着替えて」

 声を殺して、囁くように指示をする。

「あの……どうかしたんですか?」

 しっ、と人差し指を立ててネイトの口を留める。言われた通り、外出用の服に着替えると、最低限の荷物を鞄に詰め込んだ。

「出来ました」

「……それでは寒い」

 アルベルトはそう言うと、手近にあったマントをぐるっとネイトの首に巻いた。

「静かに、出発するぞ」

 軋む窓の音を警戒しながら、まだ眠ったままの草を踏み締める。外はまだ真っ暗で月明かりも無い。見上げると、満天の星空が広がっている。

「……綺麗ですね」

 思わず呟くと、アルベルトはようやうネイトの瞳を真っ直ぐ見て微笑んだ。

「そうだな」

 この庭を突破できれば、誰にも見つからずに外に出ることが出来る。これはネイトが何度も試した道順だったが、アルベルトも随分と慣れているようだ。同じ道順を使っていたのかもしれない。

ーーそれであの夜、城を抜け出したとき見つかってしまったのか。

 アルベルトは警戒しながら木の影を器用に利用しながら進んで行く。ようやく城を抜け出すと、アルベルトは深くフードを被った。そして、ネイトの顔も見えないようにと、マントを器用に巻き直した。

「大通りに出よう」

 しばらく歩くと、アルベルトがすっと手を上げた。一台の辻馬車が止まった。アルベルトは周囲をぐるっと見回すと、ただ一言だけ短く告げた。

「……港まで」

 普段スティーブ家の穏やかな安全運転に慣れてる身としては、ガタガタと揺れる車内は快適とはいえなかった。アルベルトは黙ったまま窓の外を見ている。
 運転手はただならぬ気配を察したのか、目的地を告げてから一言も発さない。黙ったまま、前だけを見ている。

 夜の港は、静かに波の音が聞こえるばかりでただ恐ろしいだけだった。波をじっと見つめていると、このまま飲み込まれてしまうのではないかという錯覚に襲われる。

「……ネイト?」

 アルベルトが、ふと足を止めた。生温い潮風が纏わり付く。

「いえ、なんでもありません」

「どうした、そんな表情をするな」

 夜風に当たって冷えた頬を、アルベルトは両手で包んだ。その手はじんわりと温かく、心解いていく。
 鞄から小さなランタンを二つ取り出す。アルベルトは慣れた手つきで中の蝋燭に火をともすと、その内の一つをネイトに手渡した。

「あそこに灯台があるだろう、泊まれるんだ」

 アルベルトはそう言って、岩場をどんどん進んで行く。ごろごろとした岩は歩き辛くて、まるで巡礼者のようだと思った。

ーーそれなら俺たちは、一体何を祈っているのだろう。

 ゆらゆらと前を歩くアルベルトの背中を見ながら、ネイトは息を吐いた。

ーー息が、白い。

 何故こんな所に来たのか、アルベルトはまだ話してくれない。時折心配そうに振り返ってくれているのは分かるのだが、こちらからは表情さえ分からない。

「ここだ」

 ようやく発せられた言葉に促されるように見上げる。真っ白な石造りの灯台は、それほどの高さはない。
 中は螺旋状の階段で、登り切った先には木の扉が一枚あるだけだった。その扉を開けると、こじんまりとした小さな部屋だった。大きなベッドと、テーブル。それから小さな椅子が二つあるだけ。青を基調としたその部屋は、清潔感があり、とても快適そうだった。

「もう使われていない灯台を買い取ったんだ。秘密基地みたいだろう」

「素敵ですね」

 窓の外は漆黒の闇だが、明るくなれば一面に海が広がる。とても景色が良いだろう。

「こんな素敵な場所に連れてきてくださってありがとうございます」

 アルベルトの目は憂いを帯びた目をしていた。なんとなく、その目の意味をネイトは理解していた。

「……お話されたんですね」

「ああ」

 短い返事に浮かない表情、ゆらゆらと蝋燭の灯がそれを照らしている。

「君の言った通り、母上には理解できないようだった」

 アルベルトはそう言って寂しそうに笑った。

「……だが、私は諦めない」

 浅いベッドに腰掛けると、二人分の体重に僅かに軋んだ。

「何度だって話す、少し時間が掛かるかもしれない。だが、私は君を愛している」

 ネイトの頬に優しく触れる。壊れ物を扱うように、確かめるように肌をなぞる。

「……私は、生涯君と生きたい。必ず幸せにする」

 アルベルトがポケットから取り出したのは、シンプルな
銀色の指輪だった。

 これは、約束の証だ。そう言って、ネイトの手を取るとするすると指輪を嵌めてくれる。
いつの間に用意していたのだろう、ネイトの左手の薬指にぴったりだった。

「俺も、貴方と共に生きたい」

 蝋燭の灯にかざした自分の指は、まるで自分の指ではないようだった。指輪が鈍く煌めくのを、何度も見ていられる。

「……このまま君と、どこか遠くに逃げてしまいたい」

 そう言って、アルベルトはネイトに覆い被さるようにベッドに倒れ込んだ。冷えた背中に手を回して、そっと抱き寄せる。

ーーこのまま夜が明けなければいいのに。



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