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47 獣の姿
しおりを挟む「ワウ……!」
思わず頭を抱える。
同時に、新しい展開に頭を回転させ、状況を整理しようとしていた。
まず間違いなく、あの足音の相手が何かをした為に、こんな姿にされてしまったのだろう。つまり、この姿は魔術具で変身させられる類のもので、だとすれば元に戻すのも、その魔術具さえ手に入れば可能ということである。
さらには、何かの意思を持って変えられたということは、エルンには狙われる理由があったということである。
「……ワウ」
ため息をつきながら、今自分が持っている情報を確認する。
最近の進捗と言えば、ルーヴェルが化けている理由として花粉原因説を提唱しているくらいだが、他にも何かあるだろうか。
動物の前足で頭を抱えてうんうん唸る。
この姿のままだと意思の疎通が難しい。そもそも、襲ってくる冒険者たちを振り切り、無事にルーヴェルたちのもとへ戻ることはできるのか。
先程、攻撃してきた冒険者たちを思い出して、エルンは暗澹たる気持ちになった。
人間だった時には向けられたことのない、憎悪にまみれた視線はひどく恐ろしかった。
自分はエルンだと、人間だと告げても通じない絶望感はひどく焦燥したし、またあの場所に戻れと言われても怖くて足がすくんでしまう。
ルーヴェルは、あんな視線を向けられていたのか。
その事実に思い至ると、エルンはたまらずその場に座り込んだ。
七年前、ルーヴェルがあの姿になったとわかった時、自分はどんな顔をしていただろうか。今となっては思い出せないが、少なくともいい顔はしていなかった。他の人達も、困惑した表情を見交わしていた。
自分が最も絶望しているはずなのに、さらに周囲の冷たい視線を浴び続ける。それはどれほど苦しかっただろうか。
そして、その原因を作ったのは他ならぬエルン自身だった。
あんな辛い思いをしたうえに、さらにその元凶と共に暮らさなければならない。そう思うと、エルンの胸は重く沈んでいく。
今になって振り返ると、あまりにも無神経だった。何も気にしていないなどと、心から言えるはずもない。
考えていると、目頭が熱くなってきた。けれど、涙はこぼれ落ちない。どうやらこの獣は感情で涙は出ないようだ。
泣くことも出来ないのか。
エルンは両前足の中に頭を突っ伏す。
ふいに、タッタッという足音と、柔らかく甘い香りが鼻の中に入った。
「……ワウ?」
目を開け、入ってきた廊下の方を振り返ると、獣の姿のルーヴェルが立っていた。
『大丈夫か?』
ルーヴェルの鳴き声は変わっていないのに、ニュアンスで彼の言いたいことがわかる。がばりとエルンは飛び起きた。
『ルーヴェル君! ……言葉が通じる!』
エルンの鳴き声に、ルーヴェルも意外そうに目を丸くしていた。
『……どうやら獣の姿になると、意思の疎通ができるようだな』
ついついしっぽを振ってしまう。衝動のままに、彼に近づき、体を擦り寄せてしまった。途端に自分の匂いがルーヴェルからも香ってくる。充足感を感じ、胸が温かくなる。しかしすぐに、くっつきすぎだと退いた。
『あ……、ごめん、安心しちゃって』
すぐに離れると、クゥ……、とエルンは首を下げる。ルーヴェルはゆっくりと首を振った。
『魔獣が出たとキャンプ地が騒然となっていて、君が帰ってこなくて、どこにも見当たらなかったから、匂いを嗅いでここまで来た』
ルーヴェルはこれまでのことを説明すると、じっとエルンの姿を見た。
『一体何があったんだ?』
エルンはゆるく首を横に振る。
『わからないんだ……。誰かの靴音がしたと思ったら、いきなり光に包まれて……。でも、残っていた匂いは、嗅いだことがある匂いだと思うんだ』
エルンはどこかであの匂いを嗅いだことがある。きっと知り合いだ。けれど、どこでだったかが思い出せないのだ。
『……なるほど』
ルーヴェルはクゥ、と俯く。その背中には荷物が取り付けられていた。このおかげでルーヴェルは誰かに使役されているのだと思われ、冒険者たちから警戒されないでいられたのだ。
中には黒板もある。戻れなくても、これで意思疎通ができるだろうと思い、ホッとした。
『ちょうど水もあるし、今晩はここで一晩明かそう。明日、人間の姿に戻ったら、シーダ達とも合流しよう』
『え、大丈夫かな……?』
『いちおう、シーダに明日まで時間をくれと言っておいた』
ちらりとルーヴェルは背中の荷物を見る。きっと黒板に書いて伝えてきたのだろう。
『……そっか』
だとすると、二人は今頃心配しているのではないだろうか。
戻るように促そうとしたが、ルーヴェルは真面目な顔になってその場に座った。
『……ちょうどいいから君に伝えておきたいことがある』
話は長くなるのだろう、とエルンも彼の正面に腰を下ろした。
『以前、アカデミーに聞き込みをする際に、君には言えないことがあると言っていた事を覚えているか?』
コクリ、とエルンは頷く。再会した翌日の朝の話だ。
『結論から言うと、我々騎士団と研究所はフローリアンを始めとしたオーリストのアカデミーを疑っているんだ。今回の、人が魔獣になってしまう事件の黒幕があそこにいるのでは、と』
『えっ』
思わず立ち上がりそうになり、再び座る。この二年間、エミールと文通をしていたが、彼もそんなことは一言も言わなかった。
『君がアーランドを去った後、アカデミーでは研究チームが発足され、魔術具の調査が進められていた。そうして、二年前に木の根に挿されていた魔術具を調べた結果、それがオーリストで作られた可能性が高いと判明した。研究チームによれば、魔術具を扱う際には魔方陣などの式を書く必要があり、その書き方にはアカデミーごとの独特なクセが現れるという。そのクセを辿ったところ、オーリストにある……、フローリアンや君が所属するアカデミーのものだと特定されたんだ』
『……うん』
エルンはコクリと頷く。嫌な予感がして、背中にぞくぞくとした感覚が浮かんできた。
『だから、秘密裏に俺が調査に来た。証拠が揃わないまま騒ぎ立てれば、首謀者は気配を察して逃げてしまうかもしれないからな……。他にも、研究員が何人かアカデミーに潜入している。……とはいえ、シーダには言っていないが……』
彼は口が軽そうだと思っていたが、ルーヴェルたちも同じように考えていたのか、とエルンは苦笑を浮かべた。
『そっか……。つまり、フローリアンさんも容疑者のうちの一人ということだね?』
ルーヴェルは頷く。
『植物学や魔術具への造詣が深いという点では、第一容疑者だ。だが、証拠は何もない。だからこそ、一緒にダンジョンに入り、何か手がかりをつかめればと思っていたのだが……』
じ、とルーヴェルの四つの赤い目がエルンを射抜く。
『君がこの姿になってしまった時刻、俺はずっとフローリアンと一緒にいた。この姿にしたのは、彼じゃないだろう』
エルンもそれは同意だったので頷きを返した。
『うん、フローリアンさんの匂いじゃなかった』
『……そうか』
彼は俯いて何かを考えているようだった。
彼の思索の邪魔になるだろうかと考えながらも、エルンは黙っていられなくて話しかける。
『この姿になった時、人間がすごく怖くなった。……君は七年前に、あんな気持ちを味わっていたんだなって思うと、辛くなった……。せっかく無事に戻れたと思っていたのに、また獣の姿になって……。同じ立場に立って、ようやくどんなに辛かったかわかったよ』
ぽつり、ぽつりと呟いていると、ルーヴェルがそっと近寄ってきて隣に座った。すり、と自分の体を擦り寄せたかと思うと、額のあたりを舐めてくる。
『えっ……!?』
身を固めたが、すぐに気持ちよくなって体が蕩けたようになってしまう。
ルーヴェルの匂いが甘くて心地よく、眠ってしまいそうだった。
『慰めてくれるんだね』
ふふ、と笑って告げると、ルーヴェルは気まずそうに視線をそらした。
『……まぁ』
『ありがとう……。二人共、無事に戻れると良いね』
ルーヴェルはしっかりと首を縦に振る。
『そうだな……。今日はそろそろ寝て、明日に備えよう』
『うん……』
最後に、エルンは今度は自分の方から彼の頬のあたりを舐める。ざらりとした毛皮の感触は不快ではなかった。むしろ、彼からする自分の匂いが強くなったことで、じんわりと胸が温かくなる。
ルーヴェルは驚いたようにしばらく固まって動かなくなっていたが、すぐにエルンに頬を擦り寄せてきた。
まるで番のようだ、と考え、胸が温かくなる。
ダンジョンの奥で、水場だと言うのに寒いとは感じなかった。
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