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第一章「運命は突然に」

第6話 運命への前奏曲

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 中央棟には学生生活に必要な施設を揃えているため外見は他の建物と同じネオクラシック様式の趣あるものだが内部は近代的な設備が整えられている。若者たちは魔術を志す身だが存分に科学の恩恵も身に受けているのだ。

 そんな中一か所だけ時代に取り残されたところがある。中央棟の中心びそびえ立つ塔だ。

 ここだけは科学ではなく魔術ですべてが動いている。灯もリフトも魔力で動く。塔の天辺には時を刻み知らせる鐘がある、がもちろん魔力によるものだ。

 最新技術の中に取り残された時計塔には何があるのか。考えるまでもない。学園の長たる者がいるに決まっている。

 教室を出た双魔は中央棟へと向かい学園長室に昇るためにリフトに乗っていた。

 (……学園長に呼び出されるのなんて久々だな)

 双魔が学園長に最後に呼び出されたのは魔術科の臨時講師の枠に欠員が出た際にその枠を埋める打診をされた時が最後なので昨年の三月だ。払いがいいので受けたが基本的に学園長に呼び出されるというのは厄介ごとに巻き込まれる予兆というのが皆の共通認識だ。

 (やっぱり面倒ごとか?……面倒なのは勘弁だな)

 そんなことを考えていると最上階に着いたことをベルの軽快な音が知らせる。

 リフトの扉が開くと目の前に重厚な木製の扉が現れた。リフトから降りてノックする。数秒の間を置いて重々しく感じられる質感を顕すようにゆっくりと扉が開く。

 室内は簡素な造りの執務室と応接室を合わせたようになっていて手前に来客用のソファーとテーブル一式、奥にシンプルだが高級感漂う黒の木製机と椅子がある。

そこには左眼を覆う眼帯と白い美髯が特徴的な好好爺然とした小柄な老人が深く腰掛けその横にはヴィクトリア様式のクラシックな給仕服を身に纏った美女が侍っている。

 部屋に一歩踏み入れ双魔は居住まいを正す。

 「遺物科二年伏見双魔お呼びとのことで参上いたしました」

 老人、学園長室にいるのだから学園長である。ヴォーダン=ケントリス、ブリタニア王国王立魔導学園学園長、世界遺物使いランキング序列三位“英雄”、世界魔術師ランキング序列一位“叡智”、異名は“槍魔の賢翁”。今、この世界において間違いなく最強の一角である人物だ。

 「うむ、よく来てくれた。伏見先生、いや今日は伏見君と言った方がよいかな?フォッフォッフォ」

 髭を弄びながら笑みを浮かべる。その姿はとても世界最強クラスの遺物使い、または魔術師には見えないが道を究めた者とは得てしてそのようなものだろう。学園長はゆっくりと立ち上がり移動するとソファーにゆったりと腰掛けた。

 「まあ、座りなさい」

 双魔に向かいのソファーに座るように勧める。それに従って双魔もソファーに座った。

 「ご主人様、お飲み物はいかがいたしましょうか?」

 メイドさんが机の脇の棚からカップなどを取り出しながら尋ねる。

 「この前インドから送られてきた紅茶があっただろう。あれがいい。双魔君も紅茶でいいかね?」

 双魔は首肯して答える。

 「お紅茶ですね。それでは少々お待ちください」

 メイドさんはテキパキとお茶の準備を始める。彼女の額と両手の甲にはルーン文字が刻まれている。蒼
銀の髪は編み上げられてキャップに収められており、前髪にはトネリコの葉を象った銀細工の髪飾りが光っている。

 グングニル、またはグングニール。ヴォーダンの契約遺物である。北欧神話に謳われる大神オーディンの一撃必中の魔槍。クラスはもちろん神聖。そんな彼女がなぜメイド姿なのかは誰も知らない。

 「気になるかね?我が愛槍のことが」

 無意識のうちにグングニルの方に視線を送っていたようで学園長がそんなことを聞いてくる。

 「せっかく来てくれたのだ。気になることがあれば……何でも答えようじゃないか」

 髭を弄りながら笑顔でそう言ってくる。

 「では、お言葉に甘えさせていただきます……どうしてメイド服なんですか?」
 「フォッフォッフォ!儂の趣味じゃよ!君の故郷でも色んなメイドがおるじゃろう?実にいい!女子は清楚で落ち着きのある服に限るわい!」
 「はあ……」

 以前ハシーシュが「あの爺さん普段は惚けた振りしてるからな。小物は大概あれに騙されて転がされるんだ」と言っていたのを思い出した。

 今まであまり話す機会はおろか会うこともなかったがなるほど、こうして向かい合って話してみると世界最強クラスの人物とは思えない。愛嬌のあるただの老人のようだ。

 「ご主人様、お紅茶が入りました。伏見様、お砂糖、レモン、ミルクはいかがいたしましょうか?」
 「あ、自分はストレートでお願いします」
 「かしこまりました」

 グングニルは双魔の前にティーカップを置くと紅茶を注ぎ、数枚のクッキーが載せられた皿をその横に置いた。そしてトレイに残ったもう一つのカップに紅茶を注ぐとミルクと砂糖をたっぷりと入れ、スプーンでよくかき混ぜてから学園長の前に差し出した。

 「では。ごゆっくり」

 学園長が紅茶の入ったカップを受け取るとそう言ってグングニルは双魔が部屋に入った時の位置に戻る。

 「儂は甘いのが好きでな。いつもこうしてミルクティーにしておる。いい歳した爺がおかしいじゃろ?」

 学園長は楽し気にそんなことを言いながらカップに口をつける。

 「うむ、実に美味じゃ。双魔君も飲みなさい」

 学園長に勧められたので双魔もカップを手に取る。口元に近づけると芳醇な茶葉の香りが漂う。口に含むと濃厚な風味が口の中に広がるがすっきりとしていて実に飲みやすい。

 「これは……いい茶葉ですね」
 「そうじゃろう。茶葉は収穫する季節によって風味や味が違う。それぞれを楽しみたい故季節ごとにインドから送ってもらっているんじゃ」
 「そうなんですか」
 「フォッフォッフォ!気に入ってくれたようじゃの。今度はまた違った茶葉を馳走してやる故楽しみにしておきなさい」

 それからしばらく世間話をしながら紅茶を楽しんだ。学園のカリキュラムをどう思うか、遺物についてどう考えているか、遺物と契約者の理想像そんなことについて話した。カップが空になるとグングニルが紅茶を注いでくれた。

 三杯目の紅茶が半分無くなった頃に学園長の表情が突然変わった。口元に笑みは浮かんだままだが明らかに目つきが違う。強者の放つ重圧だ。

 双魔はこの感覚を何度も味わったことがあった。穏やかだが全てを飲み込む月夜の湖面のようなオーラ。双魔は無意識に背筋を伸ばした。二人の視線は決して交差することなくすることはなく静かに見つめ合った。

 「さて…………」

 学園長が静寂を破る。

 「それでは今日君をここに呼んだ本題に入るとしよう」
 「……本題……ですか?」

 双魔は自分の身体を巡る魔力が微かに乱れたことが分かった。緊張だ。いや、恐怖かもしれない。普段はそんな感覚とは無縁だが確かに感じている。

 「今までのやり取りで君には資質があると判断した。儂の眼鏡にかなったのだ、君は誇ってよい。フォッフォ」
 「…………」
 「何、そんなに身構えることはない楽にしなさい」
 「……はあ」

 学園長の放っていた重圧が霧散したので双魔は気が抜けてそんな返事しかできなかった。

 「まあ、儂が君を認めたとしても君を選ぶかどうかはあの娘次第じゃからな」
 「学園長、お言葉ですが話が見えてこないのですが……」
 「おっと、すまんすまん。では次こそ本当に本題じゃ。双魔君、君には契約遺物がいない。それは間違いないな?」
 「まあ、はい。いません」
 「うむ、よろしい!というわけで君の契約遺物になり得る遺物を連れてきておる。それも神話級遺物じゃ。今言ったように君には申し分ない資質と資格がある。あとは本人次第じゃ」
 「…………は?」

 双魔は呆気に取られた。学園長の言っていることの意味は理解しているが思考がついてきていない。

 自分に契約遺物がいないから候補を連れてきた?遺物はそんなにホイホイと連れてこられる存在ではない。遺物協会によって厳重に管理されているからだ。

 ある一族で代々受け継がれている遺物を次期当主に契約委譲する際も厳しい審査が行われるにも関わらず、学生がいきなり遺物と契約などあり得ない。

 しかも学園長は“神話級”と言った。その身一つで世界を滅ぼすと言われる代物をあたかも軽いノリで連れてきただなんて信じられない。

 (意味がわからん!めちゃくちゃだ……ああ、この感覚、覚えがあるぞ……師匠とか母さんがさらっと無茶言ってきた時と同じだ。ということは嘘でもなんでもなく……神話級遺物がいる)

 「ではご対面と行こうか!入りなさい」

 双魔が頭の中を整理しているのなどお構いなしに学園長が言った。

 グングニルがいつの間にか部屋の端に移動し壁の一部分を押し込む。ガコンッと重い音が部屋に響き壁がずれ始める。隠し部屋があるようだ。

 「ちょっと待ってくだ……さ…………い」

 双魔の制止などに聞く耳を持たない。どうしようかと一瞬考えたが隠し部屋から現れたモノに双魔のすべては拭い去られた。
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