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第三章「反魂香」
第24話 休日の朝の呼び出し
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学園長による選挙の新ルールの説明が行われた翌日、双魔は休日の早朝にもかかわらず学園への道を歩
いていた。隣にはもちろんティルフィングがいて双魔の左手を握っている。
「せっかくの休日だってのに……」
「む、ソーマ!元気がないぞ!」
もこもこ姿のティルフィングに怒られる。先日の装備に加えて左文が何処からか仕入れてきた赤い耳当てを着けている。
「ティルフィングは元気だな……はあ」
ため息はすぐに白くなり空気に溶けていく。
「うむ!我以外の遺物に会うのが楽しみだからな!他の遺物たちの存在は感知してはいるが、しっかり顔を合わせるとなるとグングニル以外では初めてだ!」
「……そうなのか」
大概の遺物たち、特に神話級の遺物たちはその数も多くないので顔見知りであることが少なくない。因縁や友情などの様々な関係を築いている。
(……初めてってのも記憶喪失に関係しているのか?)
そんな双魔の疑問を他所にティルフィングはウキウキしながら歩いている。
遡ること数十分前、双魔はいつもの休日のごとく普段学園に通う日の起床時刻を過ぎても布団の中で微睡んでいた。休日なので左文も双魔を起こすことはせず、せっせと家事をこなしていた。そこに一本の電話が掛かってきた。
「あら、お電話ですか」
左文は洗っていた皿を置いてタオルで手を拭って電話へと向かう。
「はい、伏見でございます。どちら様でしょうか?」
「あ、左文さんですか?おはようございます。オーエンです」
「あら、オーエンさまですか。おはようございます。休日の朝から如何なされましたか?」
「双魔に用があるんですけど……やっぱりまだ寝てますか?」
「はい、今日は学園はお休みですので……ご用件があればお伝えしておきますが」
「双魔と双魔の契約遺物を紹介してもらう約束をしていたので今日はどうかな?と思ったんですけど」
「あら、左様でございますか」
アッシュと話しながらチラリとソファの方に目をやるとティルフィングがテレビをじーと見つめている。が、どこか退屈そうに見える。
先程いつものように双魔を起こしに向かおうとしたのを「休日だから……」と止めたのが原因だろう。
左文としては双魔を寝かせておいてあげたいのは山々だがつまらなそうにしているティルフィングをそのままにしておくの可哀想だ。それにアッシュは双魔と約束をしていたと言う。
(……仕方ありませんね)
「それでは時間と場所を指定していただければ坊ちゃまに伝えておきますので」
「……早めの時間になってしまっても大丈夫でしょうか?」
電話越しでも分かる。アッシュはかなり遠慮しているようだ。
一瞬、双魔の不機嫌そうな寝ぼけ顔が思い起こされたが最近は身体の調子も悪くないよに見える。たまには休日の午前中から出掛けるのも身体にいいだろう。
(そうです!私は旦那様と奥様に坊ちゃまを任されている身。ここでは坊ちゃまの母、姉代わり!たまには厳しくするべきです!ええ、そうですとも!)
「大丈夫ですよ。坊ちゃまもお友達との約束の大切さは分かっていらっしゃるでしょうから」
「そうですか……じゃあ、八時半に学園の正門で待ち合わせ、と伝えておいて下さい」
「かしこまりました、それでは失礼いたします」
通話を切って受話器を置くとティルフィングの方に向き直る。
「ティルフィングさん」
「む、なんだ?」
ティルフィングはテレビの画面から目を離すと首を傾げながら左文の方を見る。
「坊ちゃまがお友達とお出掛けするようなので起こしてきてもらえますか?ティルフィングさんも一緒に行っていいそうですよ」
「本当か!」
ティルフィングは左文の言葉を聞くと目を輝かせて飛び上がった。
「ええ」
「それでは我は双魔を起こしてくるぞ!」
その数秒後、微睡む無防備な双魔は腹に鋭い一撃を喰らい悶絶、リビングに降りると左文にアッシュとの約束の件を説明され、日課の新聞を読む時間も与えられずに出掛ける準備を強いられ、家を出て今に至る。
双魔の足取りは重いが、道を進んでいけば学園は段々と近づいてくる。
ご機嫌な様子でマフラーを揺らしながら先を行くティルフィングに引っ張られるように街路樹に沿って道を進む。
人通りのほとんどない休日、それも朝早くに幼い少女にグイグイ引かれる少年。傍から見ればなかなかに滑稽な光景だ。その内学園の正門が見えてきた。
正門の傍ではこちらに気付いたのか先に到着して待っていたらしい。いつも通り制服の上に灰色のコートを着込んだアッシュが手を振っている。その隣には一人の背の高い女性が立っていた。
友人の姿が見えてついに観念したのか双魔はティルフィングに引っ張られるのをやめてしっかりと足取りで正門までの短い距離を歩いた。
「おはよう、双魔。休みの日なのにごめんね」
開口一番、アッシュは少し申し訳なさそうに謝ってきた。先にそう言われてしまっては文句を垂れるのも野暮というものだ。
「……ん、約束はしてたからな。気にするな」
こめかみをグリグリしながらそう答える。
「ウフフ……ずいぶん眠そうね、双魔。でも、前に会った時よりもとても調子がいいように見えるわ」
アッシュの隣に立っていた長身の美女が微笑みながら声を掛けてくる。
かなりの長身で双魔よりも目線が高い。年齢は若くも、老いても見えるが美しさは際立っている。冬空の下では異彩を放つ古代ギリシアのキトンを纏い、緩くウェーブのかかった金髪を肩にかけ、彫深い彫刻のような顔に絶対的な強さを感じさせる碧の瞳。そして、頭には山羊の角が生えている。片方は折れているが、それが、彼女が人間ではないことを表してしていた。
「アイギスさん、おはようございます」
「少し、久しぶりかしら?元気そうで何よりだわ」
アイギス、そう呼ばれた彼女はギリシャの主神ゼウスが娘である知恵の女神アテナに与えた神盾、世界最高クラスの防御力を有する神話級遺物、そしてアッシュ=オーエンの契約遺物である。アッシュは幼い頃にアイギスと契約を結んだため当然双魔とも知った中である。アッシュには”アイ”と呼ばれている。
「双魔が元気双で安心したけど……今日の本命は別なのよ。ねえ、アッシュ」
「うん、アイの言う通りだよ。君が双魔の契約遺物さんだよね?」
アッシュとアイギスは目線を双魔の隣に下げる。二人も遠目から見えていたが予想していたよりも幼い見た目だった。
「双魔、此奴らは何者だ?また双魔の友達か?」
ティルフィングは双魔とアッシュたちを交互に見上げている。
「ん、そうだ。背が低い方がアッシュ=オーエン。高い方が契約遺物のアイギスさんだ」
「背が低いは余計だよ。えーと……」
「ティルフィングだ」
そう言えばティルフィングの名前を教えていなかった。思い出した双魔は自分の契約遺物の名前を教る。
「ティルフィングさん」
アッシュはティルフィングに手を差し出す。それを見てティルフィングは双魔の顔を見る。
「握手だ。こうやって手を握るんだ。よろしくってな」
双魔はぬるりと腕を動かし、差し出されたアッシュの手を軽く握った。
「ひゃっ!」
手を握られたアッシュは素っ頓狂な声を上げる。それに驚いたのかティルフィングは双魔の後ろに隠れてしまった。この遺物、割と不測の事態には弱いらしい。
「いきなり変な声出すなよ……」
「そ、双魔こそいきなり触らないでよ!吃驚したじゃないか!」
「別にいいだろ……」
「よくないよ!」
アイギスは二人の言い合いを楽しそうに見ていたが、スッと双魔の後ろに隠れたティルフィングの傍に寄った。
「初めまして……よね?貴方と会った記憶、私にも無いもの」
「う、うむ。我もお主の顔は見たことがない」
アイギスはこれまで様々な遺物と出会い面識があるのだがティルフィングを見たことはただの一度もなかった。
「私はアイギス。アテナの盾、アイギスよ。いえ、今はアッシュの盾かしら?フフフ、よろしく」
アッシュと同じように笑みを浮かべてティルフィングに手を差し出す。
「うむ、我はティルフィング!そうだな……双魔の剣、ティルフィングだ。よろしく頼む」
握手の概念を理解したティルフィングはアイギスの手を握った。
「あっ!アイ、ずるいよ!僕が先にティルフィングさんと握手しようとしたのに!」
言い合いは終わったのかアイギスがティルフィングの手を握っているのに気が付いたアッシュが少し大きな声を上げた。
「悪いわね、代わってあげるから拗ねないの。ほら、アッシュとも握手してあげて」
アイギスが手を離すとアッシュはサッとティルフィングの前に出て再び手を差し出した。
「僕の名前はアッシュ=オーエン。双魔の友達だよ。アッシュって呼んでくれていいからね。よろしく」
「我はティルフィングだ。双魔の友達ならば、我も友誼を持たなければな。よろしく頼む」
そうしてティルフィングとアッシュは握手を交わした。
「あ、私のことはアイギスでいいわ。貴女のことはティルフィングと呼ばせてもらうわね」
ふと思い出したのかそう言ったアイギスにティルフィングは笑顔で頷き返した。
「じゃあ、行こうか」
アッシュは正門の方に足を向けて歩きはじめる。
「行くって……朝飯でも食べるのか?」
そう言えば朝食を摂っていなかった。少し空腹感も感じる。確か学園のカフェテリアは休日でも朝から営業していたはずだ。
「アハハ、違うよ。もしかして……双魔、朝ごはん食べてないの?」
「ん、まあな。休みの日なのにどこかの誰かのせいで叩き起こされたからな」
「……双魔、もしかしてちょっと怒ってる?」
「……別にそんなことはない」
双魔はアッシュを抜かしていつの間にか手を繋ぎなおしていたティルフィングと先に正門を潜る。
「やっぱり怒ってるでしょ!?」
アッシュが追い付いて双魔の顔を見上げる。
「別に怒ってない。この後、何かするならさっさと何をするのか教えて欲しいだけだ」
双魔は立ち止まってアッシュの顔を見降ろした。流石にティルフィングより背は高いがアッシュの顔は双魔よりだいぶ下にあった。
「休みが終わったらすぐに選挙でしょ?双魔はティルフィングさんと契約してからまだそんなに経ってないみたいだから。もしかしたら遺物としての力はまだ行使したことがないんじゃないかと思って」
「ん、確かに機会はなかったな」
「もしかして……ぶっつけ本番で使おうとしてたの?」
「まあ……何とかなるだろうと思ってな。勝ち残る気なんてさらさらないし」
「また、そんなこと言って」
双魔の返答にアッシュは呆れ顔だ。双魔のある種の豪胆さとやる気のなさへの呆れだろう。
「とにかく、ぶっつけ本番は避けて一度どんな力なのか見ておいた方がいいよ!これは先輩遺物契約者からの警告だよ。そもそも双魔はティルフィングさんがどんな遺物なのか本人に聞いたの?」
「ん?聞いてないが……」
「はあ……よかったよ確認しておいて、本当に」
アッシュは深いため息をついた。
「双魔はもっと遺物契約者になった自覚を持つこと!いいね!」
「……ん」
アッシュの言い分に分があると悟ったのか双魔は短く返事をすると頷いた。
「アイギス、双魔はどうしてアッシュに怒られているのだ?」
二人のやり取りを見ていたティルフィングがアイギスに問う。
「んー、そうねえ。ティルフィングは双魔と仲良くしたいでしょう?」
「うむ、もちろんだ」
「それには私たちの力を契約者に知ってもらうというのは大事なことなのよ」
「そうなのか?」
「ええ、これから貴女にとって双魔はかけがえのない存在になるわ。いいえ、もしかしたらもうそうかもしれないけれど……」
アイギスは何かを思い浮かべているかのように一瞬、目を瞑った。そしてしゃがみ込むと開いた目でティルフィングの瞳を覗き込んだ。
「いい、貴女はこれから双魔のことがもっと好きになるわ。きっとね。そして双魔の力になりたいと思うわ。貴女が力になるためには……貴女の力が何なのか、双魔が知っていなければいけない」
「…………」
ティルフィングは黙ってアイギスの話を聞いていた。真紅の瞳には双魔を思う気持ちが写っているようだ。アイギスにはそう見えた。
(……この子と双魔、詳しくは分からないけれどかなり大きな因果の糸で繋がっているわね)
「まあ、難しく考えなくていいわ。貴女にどんな力あるのか私は知らないけれど双魔のことを考えて貴女は力を使えばいいの」
「うむ、分かった」
ティルフィングは真剣な面持ちで頷いた。
話が終わると双魔とアッシュの本日二回目となる言い合いも終わったようだ。
「ティルフィング、取り敢えず闘技場でお前の力を一度使ってみることになった」
「僕たちも一応お手本ってことで少しデモンストレーションをすることになったよ」
ティルフィングとアイギスはそれぞれ自分の契約者の言葉に笑顔で頷く。
そうして四人は闘技場へと向かった。休日なので学園内に生徒はほとんどいない。何人かの職員とすれ違っただけで闘技場に到着した。
「…………」
不意にアイギスが誰もいないはずの二方向を見つめる。しかし、それも一瞬ですぐに視線をアッシュたちに戻した。
他の三人は自分たちに遠く離れた場所から視線を送っている人影が二つあることに気づくことはなかった。
いていた。隣にはもちろんティルフィングがいて双魔の左手を握っている。
「せっかくの休日だってのに……」
「む、ソーマ!元気がないぞ!」
もこもこ姿のティルフィングに怒られる。先日の装備に加えて左文が何処からか仕入れてきた赤い耳当てを着けている。
「ティルフィングは元気だな……はあ」
ため息はすぐに白くなり空気に溶けていく。
「うむ!我以外の遺物に会うのが楽しみだからな!他の遺物たちの存在は感知してはいるが、しっかり顔を合わせるとなるとグングニル以外では初めてだ!」
「……そうなのか」
大概の遺物たち、特に神話級の遺物たちはその数も多くないので顔見知りであることが少なくない。因縁や友情などの様々な関係を築いている。
(……初めてってのも記憶喪失に関係しているのか?)
そんな双魔の疑問を他所にティルフィングはウキウキしながら歩いている。
遡ること数十分前、双魔はいつもの休日のごとく普段学園に通う日の起床時刻を過ぎても布団の中で微睡んでいた。休日なので左文も双魔を起こすことはせず、せっせと家事をこなしていた。そこに一本の電話が掛かってきた。
「あら、お電話ですか」
左文は洗っていた皿を置いてタオルで手を拭って電話へと向かう。
「はい、伏見でございます。どちら様でしょうか?」
「あ、左文さんですか?おはようございます。オーエンです」
「あら、オーエンさまですか。おはようございます。休日の朝から如何なされましたか?」
「双魔に用があるんですけど……やっぱりまだ寝てますか?」
「はい、今日は学園はお休みですので……ご用件があればお伝えしておきますが」
「双魔と双魔の契約遺物を紹介してもらう約束をしていたので今日はどうかな?と思ったんですけど」
「あら、左様でございますか」
アッシュと話しながらチラリとソファの方に目をやるとティルフィングがテレビをじーと見つめている。が、どこか退屈そうに見える。
先程いつものように双魔を起こしに向かおうとしたのを「休日だから……」と止めたのが原因だろう。
左文としては双魔を寝かせておいてあげたいのは山々だがつまらなそうにしているティルフィングをそのままにしておくの可哀想だ。それにアッシュは双魔と約束をしていたと言う。
(……仕方ありませんね)
「それでは時間と場所を指定していただければ坊ちゃまに伝えておきますので」
「……早めの時間になってしまっても大丈夫でしょうか?」
電話越しでも分かる。アッシュはかなり遠慮しているようだ。
一瞬、双魔の不機嫌そうな寝ぼけ顔が思い起こされたが最近は身体の調子も悪くないよに見える。たまには休日の午前中から出掛けるのも身体にいいだろう。
(そうです!私は旦那様と奥様に坊ちゃまを任されている身。ここでは坊ちゃまの母、姉代わり!たまには厳しくするべきです!ええ、そうですとも!)
「大丈夫ですよ。坊ちゃまもお友達との約束の大切さは分かっていらっしゃるでしょうから」
「そうですか……じゃあ、八時半に学園の正門で待ち合わせ、と伝えておいて下さい」
「かしこまりました、それでは失礼いたします」
通話を切って受話器を置くとティルフィングの方に向き直る。
「ティルフィングさん」
「む、なんだ?」
ティルフィングはテレビの画面から目を離すと首を傾げながら左文の方を見る。
「坊ちゃまがお友達とお出掛けするようなので起こしてきてもらえますか?ティルフィングさんも一緒に行っていいそうですよ」
「本当か!」
ティルフィングは左文の言葉を聞くと目を輝かせて飛び上がった。
「ええ」
「それでは我は双魔を起こしてくるぞ!」
その数秒後、微睡む無防備な双魔は腹に鋭い一撃を喰らい悶絶、リビングに降りると左文にアッシュとの約束の件を説明され、日課の新聞を読む時間も与えられずに出掛ける準備を強いられ、家を出て今に至る。
双魔の足取りは重いが、道を進んでいけば学園は段々と近づいてくる。
ご機嫌な様子でマフラーを揺らしながら先を行くティルフィングに引っ張られるように街路樹に沿って道を進む。
人通りのほとんどない休日、それも朝早くに幼い少女にグイグイ引かれる少年。傍から見ればなかなかに滑稽な光景だ。その内学園の正門が見えてきた。
正門の傍ではこちらに気付いたのか先に到着して待っていたらしい。いつも通り制服の上に灰色のコートを着込んだアッシュが手を振っている。その隣には一人の背の高い女性が立っていた。
友人の姿が見えてついに観念したのか双魔はティルフィングに引っ張られるのをやめてしっかりと足取りで正門までの短い距離を歩いた。
「おはよう、双魔。休みの日なのにごめんね」
開口一番、アッシュは少し申し訳なさそうに謝ってきた。先にそう言われてしまっては文句を垂れるのも野暮というものだ。
「……ん、約束はしてたからな。気にするな」
こめかみをグリグリしながらそう答える。
「ウフフ……ずいぶん眠そうね、双魔。でも、前に会った時よりもとても調子がいいように見えるわ」
アッシュの隣に立っていた長身の美女が微笑みながら声を掛けてくる。
かなりの長身で双魔よりも目線が高い。年齢は若くも、老いても見えるが美しさは際立っている。冬空の下では異彩を放つ古代ギリシアのキトンを纏い、緩くウェーブのかかった金髪を肩にかけ、彫深い彫刻のような顔に絶対的な強さを感じさせる碧の瞳。そして、頭には山羊の角が生えている。片方は折れているが、それが、彼女が人間ではないことを表してしていた。
「アイギスさん、おはようございます」
「少し、久しぶりかしら?元気そうで何よりだわ」
アイギス、そう呼ばれた彼女はギリシャの主神ゼウスが娘である知恵の女神アテナに与えた神盾、世界最高クラスの防御力を有する神話級遺物、そしてアッシュ=オーエンの契約遺物である。アッシュは幼い頃にアイギスと契約を結んだため当然双魔とも知った中である。アッシュには”アイ”と呼ばれている。
「双魔が元気双で安心したけど……今日の本命は別なのよ。ねえ、アッシュ」
「うん、アイの言う通りだよ。君が双魔の契約遺物さんだよね?」
アッシュとアイギスは目線を双魔の隣に下げる。二人も遠目から見えていたが予想していたよりも幼い見た目だった。
「双魔、此奴らは何者だ?また双魔の友達か?」
ティルフィングは双魔とアッシュたちを交互に見上げている。
「ん、そうだ。背が低い方がアッシュ=オーエン。高い方が契約遺物のアイギスさんだ」
「背が低いは余計だよ。えーと……」
「ティルフィングだ」
そう言えばティルフィングの名前を教えていなかった。思い出した双魔は自分の契約遺物の名前を教る。
「ティルフィングさん」
アッシュはティルフィングに手を差し出す。それを見てティルフィングは双魔の顔を見る。
「握手だ。こうやって手を握るんだ。よろしくってな」
双魔はぬるりと腕を動かし、差し出されたアッシュの手を軽く握った。
「ひゃっ!」
手を握られたアッシュは素っ頓狂な声を上げる。それに驚いたのかティルフィングは双魔の後ろに隠れてしまった。この遺物、割と不測の事態には弱いらしい。
「いきなり変な声出すなよ……」
「そ、双魔こそいきなり触らないでよ!吃驚したじゃないか!」
「別にいいだろ……」
「よくないよ!」
アイギスは二人の言い合いを楽しそうに見ていたが、スッと双魔の後ろに隠れたティルフィングの傍に寄った。
「初めまして……よね?貴方と会った記憶、私にも無いもの」
「う、うむ。我もお主の顔は見たことがない」
アイギスはこれまで様々な遺物と出会い面識があるのだがティルフィングを見たことはただの一度もなかった。
「私はアイギス。アテナの盾、アイギスよ。いえ、今はアッシュの盾かしら?フフフ、よろしく」
アッシュと同じように笑みを浮かべてティルフィングに手を差し出す。
「うむ、我はティルフィング!そうだな……双魔の剣、ティルフィングだ。よろしく頼む」
握手の概念を理解したティルフィングはアイギスの手を握った。
「あっ!アイ、ずるいよ!僕が先にティルフィングさんと握手しようとしたのに!」
言い合いは終わったのかアイギスがティルフィングの手を握っているのに気が付いたアッシュが少し大きな声を上げた。
「悪いわね、代わってあげるから拗ねないの。ほら、アッシュとも握手してあげて」
アイギスが手を離すとアッシュはサッとティルフィングの前に出て再び手を差し出した。
「僕の名前はアッシュ=オーエン。双魔の友達だよ。アッシュって呼んでくれていいからね。よろしく」
「我はティルフィングだ。双魔の友達ならば、我も友誼を持たなければな。よろしく頼む」
そうしてティルフィングとアッシュは握手を交わした。
「あ、私のことはアイギスでいいわ。貴女のことはティルフィングと呼ばせてもらうわね」
ふと思い出したのかそう言ったアイギスにティルフィングは笑顔で頷き返した。
「じゃあ、行こうか」
アッシュは正門の方に足を向けて歩きはじめる。
「行くって……朝飯でも食べるのか?」
そう言えば朝食を摂っていなかった。少し空腹感も感じる。確か学園のカフェテリアは休日でも朝から営業していたはずだ。
「アハハ、違うよ。もしかして……双魔、朝ごはん食べてないの?」
「ん、まあな。休みの日なのにどこかの誰かのせいで叩き起こされたからな」
「……双魔、もしかしてちょっと怒ってる?」
「……別にそんなことはない」
双魔はアッシュを抜かしていつの間にか手を繋ぎなおしていたティルフィングと先に正門を潜る。
「やっぱり怒ってるでしょ!?」
アッシュが追い付いて双魔の顔を見上げる。
「別に怒ってない。この後、何かするならさっさと何をするのか教えて欲しいだけだ」
双魔は立ち止まってアッシュの顔を見降ろした。流石にティルフィングより背は高いがアッシュの顔は双魔よりだいぶ下にあった。
「休みが終わったらすぐに選挙でしょ?双魔はティルフィングさんと契約してからまだそんなに経ってないみたいだから。もしかしたら遺物としての力はまだ行使したことがないんじゃないかと思って」
「ん、確かに機会はなかったな」
「もしかして……ぶっつけ本番で使おうとしてたの?」
「まあ……何とかなるだろうと思ってな。勝ち残る気なんてさらさらないし」
「また、そんなこと言って」
双魔の返答にアッシュは呆れ顔だ。双魔のある種の豪胆さとやる気のなさへの呆れだろう。
「とにかく、ぶっつけ本番は避けて一度どんな力なのか見ておいた方がいいよ!これは先輩遺物契約者からの警告だよ。そもそも双魔はティルフィングさんがどんな遺物なのか本人に聞いたの?」
「ん?聞いてないが……」
「はあ……よかったよ確認しておいて、本当に」
アッシュは深いため息をついた。
「双魔はもっと遺物契約者になった自覚を持つこと!いいね!」
「……ん」
アッシュの言い分に分があると悟ったのか双魔は短く返事をすると頷いた。
「アイギス、双魔はどうしてアッシュに怒られているのだ?」
二人のやり取りを見ていたティルフィングがアイギスに問う。
「んー、そうねえ。ティルフィングは双魔と仲良くしたいでしょう?」
「うむ、もちろんだ」
「それには私たちの力を契約者に知ってもらうというのは大事なことなのよ」
「そうなのか?」
「ええ、これから貴女にとって双魔はかけがえのない存在になるわ。いいえ、もしかしたらもうそうかもしれないけれど……」
アイギスは何かを思い浮かべているかのように一瞬、目を瞑った。そしてしゃがみ込むと開いた目でティルフィングの瞳を覗き込んだ。
「いい、貴女はこれから双魔のことがもっと好きになるわ。きっとね。そして双魔の力になりたいと思うわ。貴女が力になるためには……貴女の力が何なのか、双魔が知っていなければいけない」
「…………」
ティルフィングは黙ってアイギスの話を聞いていた。真紅の瞳には双魔を思う気持ちが写っているようだ。アイギスにはそう見えた。
(……この子と双魔、詳しくは分からないけれどかなり大きな因果の糸で繋がっているわね)
「まあ、難しく考えなくていいわ。貴女にどんな力あるのか私は知らないけれど双魔のことを考えて貴女は力を使えばいいの」
「うむ、分かった」
ティルフィングは真剣な面持ちで頷いた。
話が終わると双魔とアッシュの本日二回目となる言い合いも終わったようだ。
「ティルフィング、取り敢えず闘技場でお前の力を一度使ってみることになった」
「僕たちも一応お手本ってことで少しデモンストレーションをすることになったよ」
ティルフィングとアイギスはそれぞれ自分の契約者の言葉に笑顔で頷く。
そうして四人は闘技場へと向かった。休日なので学園内に生徒はほとんどいない。何人かの職員とすれ違っただけで闘技場に到着した。
「…………」
不意にアイギスが誰もいないはずの二方向を見つめる。しかし、それも一瞬ですぐに視線をアッシュたちに戻した。
他の三人は自分たちに遠く離れた場所から視線を送っている人影が二つあることに気づくことはなかった。
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クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。
相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。
現在、第四章フェレスト王国ドワーフ編
出来損ない貴族の三男は、謎スキル【サブスク】で世界最強へと成り上がる〜今日も僕は、無能を演じながら能力を徴収する〜
シマセイ
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実力至上主義の貴族家に転生したものの、何の才能も持たない三男のルキウスは、「出来損ない」として優秀な兄たちから虐げられる日々を送っていた。
起死回生を願った五歳の「スキルの儀」で彼が授かったのは、【サブスクリプション】という誰も聞いたことのない謎のスキル。
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絶望の淵で彼に寄り添うのは、心優しき専属メイドただ一人。
役立たずと蔑まれたこの謎のスキルが、やがて少年の運命を、そして世界を静かに揺るがしていくことを、まだ誰も知らない。
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