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第五章「選挙開幕」

第51話 甦りし悲劇

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 「……チビノホウハオモシレエガ……ヒョロイホウハツマラネェナァ……マジュツシカ?マアイイ、ソッチガコナイナラオレサマハジャマナコッパヲナギタオシテソトノニンゲンドモヲブチコロスダケダァ!」

 早速グレンデルは一番近くにあった樫の樹に巨爪で一撃を繰り出した。

 「オラァ!」

 剛腕に為す術なく樫の樹はバキバキと音を立てて倒れる。その奥に生えていた樹も既に幹が抉られて少しつついただけでも倒れそうだ。

 「ギャハハハハハハ!コンナモノデオレサマヲトジコメヨウナンテアマインダヨ!」

 自分の力で易々と魔術師の生意気な結界を破ったグレンデルはそれを嘲笑った。

 「ギャハハ!タシタコトネェナ!…………ッ!?ナンダト!?」

 しかし、それは一瞬のことだった。倒れた樹が消えたかと思うとそこから巨木が一本生えてきたのだ。グレンデルはもう一度生えてきた樹をなぎ倒す。そこからまた生えてくる。

 この繰り返しを数回繰り返した。何度やっても、場所を変えてみても一様に樹はたちまち復活して外に出られる気配はない。

 「チッ!」

 グレンデルは舌打ちをするとその竜の眼で忌々し気にティルフィングの後ろにいる双魔を睨んだ。

 「クソマジュツシ……マズハテメェカラコロサネェトナラネェヨウダナァ!」

 グレンデルは素早く身体を反転させる。結界を発動させている双魔を葬ればおのずとこの緑の檻から出ることができると判断したのだろう。

 「ティルフィング!来るぞ!」
 「うむ!安心しろソーマは我が守る!」

 脚の筋肉をバネのようにして地面を蹴り、その巨体からは想像できない猛スピードでグレンデルが突っ込んでくる。

 右手の巨爪を前に出す。双魔があの爪を喰らってしまえばひとたまりもないだろう。ティルフィングは迎撃して双魔を守るために前に踏み出した。否、踏み出してしまった。

 ザシュッ!!

 一瞬、双魔は何が起きたか分からなかった。自分の前には頼りになる契約遺物がいてしっかりと自分を守ってくれるはずだ。

 不測の事態が起きても全身に剣気を纏っているし、すぐに魔術を発動できるように構えていたはずだ。

 油断はなかったはずだ。しかし、ティルフィングへの信頼が僅かに、ほんの僅か、広大な森林を蠢く小さな虫ほどの隙を作ってしまった。

 「……ガフッ」

 腹部を強烈な熱が襲う。その熱は急速に上がってきて口から噴き出した。ゆっくりと目線を下にやると腹部をグレンデルの爪が刺し貫いていた。

 「ガフッ!ゴフッ!」

 さらに口から血が噴き出す。ガクリと膝が折れてその場にうずくまる。

 ティルフィングも異変にすぐに気が付いた。目の前の怪物の爪が突然伸びたのだ。その爪は自分を通り過ぎて後ろへと伸びていった。

 「ッ!?」

 ティルフィングは事態を一瞬で見極め双魔を守るべく身を反転させた。しかし、その隙を見落とすグレンデルではなかった。

 「ギャハ!」

 ティルフィングを左腕で吹き飛ばす。

 「グゥ!あああああああ!ガハッ!」

 ティルフィングは受け止めきれずに樹壁に激突する。一瞬、閉じられた瞳をすぐに開ける。

 その瞳に映ったのは血まみれになってうずくまる双魔とそれに止めを刺そうとするグレンデルだった。

 「貴様ァアアアアーーーーーーー!」

 一瞬でその身には流れていないはずの血液が沸騰した。激昂し、紅の剣気を膨れ上がらせてグレンデル目掛けて突進する。

 「ッ!?チッ!」

 さすがのグレンデルも怖気づいたのかすぐさま双魔から離れた。双魔を刺し貫いた爪はグレンデルの指先から抜け落ちフルンティングへと姿を変えた。

 双魔の腹に緑毒の魔剣が深々と突き刺さっている。

 前に曲がった身体を弓なりに反らせ、そのまま仰向けに倒れた。

 グレンデルが逃げる。ティルフィングは勢いのままに双魔の許へ向かった。

 「ソーマ!ソーマ!大丈夫か!?」

 双魔の顔を覗き込んで手を握る。貫かれた腹部からはドクドクと尋常でないほどの血が流れ出し、口からも血を吐いている。毒に侵されているのか傷口の周りは緑色に変色し、一方で大量の失血からか顔色は死人のように青白い。

 「ティ……ティル……フィング……か…………大丈夫だ……心配する……な」

 そう言って微笑むと震える右腕をゆっくりと上げてティルフィングの頬を優しく撫でる。

 「そ、ソーマ!嫌だぞ!我は嫌だ!」

 ティルフィングの胸の奥を存在しないはずの記憶が苛み張り裂けそうになる。

 「俺……は……お前……を置い……てい……ガフッ」
 「ソーマ!」

 (……駄目、だ……身体から熱が抜けていく。目も霞んできたし耳も聞こえなくなってきた)

 この世に生を受けて十余年。一度目というわけではないが徐々に弱まる聴力がはっきりと死神の足音を感知する。

 (不味い…………)

 意識が薄れていく。ほとんど闇に侵された視界には涙を浮かべ悲嘆と恐怖に染まったティルフィングの顔が一杯に映っている。

 (ああ……泣かないでくれ……ティルフィ……ング……)

 双魔の意識はそこで完全に途切れた。

 するりと。頬に当てられた手が力を失って地面に落ちた。ティルフィングの陶人形のように白い肌は双魔の血によって緋色に染められていた。

 「……ソーマ?ソーマ!ソーマ!」

 懸命に契約を交わした心根の優しい魔術師の名前を呼ぶ。涙が止めどなく溢れてくる。

 「ソーマ……ずっと……我と一緒にいてくれると言ったではないか!ソーマ!目を開けてくれ!ソーマ…………ソーマぁあーーーーーーー!」

 ティルフィングの絶叫が青々と生い茂る樫の樹の森に木霊した。

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