52 / 268
第六章「果たされる誓い」
第52話 紅氷剣姫の涙
舞台上に怪物が現れ、そして、すぐさま緑の中に消えていってからしばらくが経過した。ヴォーダンは顎髭を撫でながら目を閉じて唸っていた。
「フム…………これは少し不味いかもしれんのう……」
「ケ、ケントリス殿?……な、何が不味いのですか?」
その隣には多少落ち着きを取り戻した視察官が座っていた。ほとんどごまかしたようなものだったがヴォーダンの説明に納得をしたようだ。しかし、それでもまだ不安で顔が青い。
「なに、もう少しで決着が着くであろうと言うだけじゃ。両者が思っていたより負傷しているようで、それを心配しているだけじゃ」
「そ、そうですか」
視察官はホッとしたように息をつくと舞台へと視線を戻した。
(外側はこれでいい。むやみやたらに大事にしたくはないからのう……しかし、こうなってしまったか)
ヴォーダンの眼帯の奥の失われた左眼に写し出されていたのは血塗れの双魔とそれに縋りついて泣きじゃくるティルフィングだった。
(干渉もやむを得んか……チャンスはまだあるじゃろうて。グングニル)
言葉を発さずに傍に控えるグングニルに念を送る。
(はい、ご主人様)
(ドンナーとマックール君を下で待機させておくように)
(かしこまりました。ペンドラゴン様はいかがいたしますか?)
(ハシーシュ君には草刈りを頼んである。呼ばなくてもよい)
(かしこまりました。それでは行ってまいります)
(うむ、頼んだぞ)
「所用を思い出しました。少々失礼いたします」
グングニルは頭を下げると来賓席を出ていった。
「フム」
騒然としていた観客席の喧騒は今は収まり、皆静かに舞台を見守っている。
(もう少しだけ様子を見るとしようかの)
ヴォーダンはいつの間にか再びとしていた右眼を開くと椅子に深く座り直し舞台を見降ろし、余人の知ることない秘めたる記憶に思いを馳せた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
グレンデルは苛立ちで狂いそうだった。
かつて、忌々しきベーオウルフに殺される前に人間たちがヘオロット宮殿にて連日喧しい祝宴を開いていた時もこれほど苛つきはしなかっただろう。
「アノクソマジュツシヲブッコロシタッテノニ……ナンデケッカイガヤブレネェンダ!」
双魔にフルンティングを喰らわせ致命傷を与えた後、グレンデルは結界を破ろうと樹を手当たり次第になぎ倒しまくっていた。
爪を通じて毒を樹に沁み込ませて腐らせる。
それでも、樫の樹は次々に再生してグレンデルを阻む。何重に生えているのかすらも分からない。どれだけ倒しても外が見えない。
「クソガァ!」
怒りのままにまた数本の樹をなぎ倒した時だった。
「ッ!?」
首筋にチリチリとした感覚が走ったと思った次の瞬間。凄まじい殺気が牙を剥いて襲い掛かってきた。
グレンデルは獣の本能が働いたのか素早くその場から飛び退いた。
パキンッ!パキパキパキ……
グレンデルが立っていた場所は紅氷の槍が突き刺さり、刺さった点から凍てつき紅蓮が咲き誇ったかのようになっている。
「ソーマ……ソーマ……」
殺気が飛んできた方を見るとチビが死に掛けの魔術師に縋りついて泣いている。
「チッ!」
グレンデルがもう一度立っていた場所を飛び退いた。
パキンッ!
再び地面に紅蓮が咲く。
「……クソガキガァ!」
どうやらチビは無意識に主人の仇を討とうとしているようだ。殺気と凍気がグレンデルを追ってくる。それを幾度も避ける。そして、ついに竜頭の巨人は痺れを切らした。
「サッサト……シニヤガレェェエエエエエエエエエ!」
全身から噴き出た毒気を両の腕と牙に纏わせて泣きじゃくるチビに躍りかかる。
凶悪な爪が無防備な少女の背中に迫る。
その時、結界の中の時の流れが、誰に気づかれることなく急激に緩まった。
「フム…………これは少し不味いかもしれんのう……」
「ケ、ケントリス殿?……な、何が不味いのですか?」
その隣には多少落ち着きを取り戻した視察官が座っていた。ほとんどごまかしたようなものだったがヴォーダンの説明に納得をしたようだ。しかし、それでもまだ不安で顔が青い。
「なに、もう少しで決着が着くであろうと言うだけじゃ。両者が思っていたより負傷しているようで、それを心配しているだけじゃ」
「そ、そうですか」
視察官はホッとしたように息をつくと舞台へと視線を戻した。
(外側はこれでいい。むやみやたらに大事にしたくはないからのう……しかし、こうなってしまったか)
ヴォーダンの眼帯の奥の失われた左眼に写し出されていたのは血塗れの双魔とそれに縋りついて泣きじゃくるティルフィングだった。
(干渉もやむを得んか……チャンスはまだあるじゃろうて。グングニル)
言葉を発さずに傍に控えるグングニルに念を送る。
(はい、ご主人様)
(ドンナーとマックール君を下で待機させておくように)
(かしこまりました。ペンドラゴン様はいかがいたしますか?)
(ハシーシュ君には草刈りを頼んである。呼ばなくてもよい)
(かしこまりました。それでは行ってまいります)
(うむ、頼んだぞ)
「所用を思い出しました。少々失礼いたします」
グングニルは頭を下げると来賓席を出ていった。
「フム」
騒然としていた観客席の喧騒は今は収まり、皆静かに舞台を見守っている。
(もう少しだけ様子を見るとしようかの)
ヴォーダンはいつの間にか再びとしていた右眼を開くと椅子に深く座り直し舞台を見降ろし、余人の知ることない秘めたる記憶に思いを馳せた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
グレンデルは苛立ちで狂いそうだった。
かつて、忌々しきベーオウルフに殺される前に人間たちがヘオロット宮殿にて連日喧しい祝宴を開いていた時もこれほど苛つきはしなかっただろう。
「アノクソマジュツシヲブッコロシタッテノニ……ナンデケッカイガヤブレネェンダ!」
双魔にフルンティングを喰らわせ致命傷を与えた後、グレンデルは結界を破ろうと樹を手当たり次第になぎ倒しまくっていた。
爪を通じて毒を樹に沁み込ませて腐らせる。
それでも、樫の樹は次々に再生してグレンデルを阻む。何重に生えているのかすらも分からない。どれだけ倒しても外が見えない。
「クソガァ!」
怒りのままにまた数本の樹をなぎ倒した時だった。
「ッ!?」
首筋にチリチリとした感覚が走ったと思った次の瞬間。凄まじい殺気が牙を剥いて襲い掛かってきた。
グレンデルは獣の本能が働いたのか素早くその場から飛び退いた。
パキンッ!パキパキパキ……
グレンデルが立っていた場所は紅氷の槍が突き刺さり、刺さった点から凍てつき紅蓮が咲き誇ったかのようになっている。
「ソーマ……ソーマ……」
殺気が飛んできた方を見るとチビが死に掛けの魔術師に縋りついて泣いている。
「チッ!」
グレンデルがもう一度立っていた場所を飛び退いた。
パキンッ!
再び地面に紅蓮が咲く。
「……クソガキガァ!」
どうやらチビは無意識に主人の仇を討とうとしているようだ。殺気と凍気がグレンデルを追ってくる。それを幾度も避ける。そして、ついに竜頭の巨人は痺れを切らした。
「サッサト……シニヤガレェェエエエエエエエエエ!」
全身から噴き出た毒気を両の腕と牙に纏わせて泣きじゃくるチビに躍りかかる。
凶悪な爪が無防備な少女の背中に迫る。
その時、結界の中の時の流れが、誰に気づかれることなく急激に緩まった。
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗@オートスキル第1巻発売中
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
妻に不倫され間男にクビ宣告された俺、宝くじ10億円当たって防音タワマンでバ美肉VTuberデビューしたら人生爆逆転
小林一咲
ライト文芸
不倫妻に捨てられ、会社もクビ。
人生の底に落ちたアラフォー社畜・恩塚聖士は、偶然買った宝くじで“非課税10億円”を当ててしまう。
防音タワマン、最強機材、そしてバ美肉VTuber「姫宮みこと」として新たな人生が始まる。
どん底からの逆転劇は、やがて裏切った者たちの運命も巻き込んでいく――。
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……
S級クラフトスキルを盗られた上にパーティから追放されたけど、実はスキルがなくても生産力最強なので追放仲間の美少女たちと工房やります
内田ヨシキ
ファンタジー
[第5回ドラゴンノベルス小説コンテスト 最終選考作品]
冒険者シオンは、なんでも作れる【クラフト】スキルを奪われた上に、S級パーティから追放された。しかしシオンには【クラフト】のために培った知識や技術がまだ残されていた!
物作りを通して、新たな仲間を得た彼は、世界初の技術の開発へ着手していく。
職人ギルドから追放された美少女ソフィア。
逃亡中の魔法使いノエル。
騎士職を剥奪された没落貴族のアリシア。
彼女らもまた、一度は奪われ、失ったものを、物作りを通して取り戻していく。
カクヨムにて完結済み。
( https://kakuyomu.jp/works/16817330656544103806 )
落ちこぼれの貴族、現地の人達を味方に付けて頑張ります!
ユーリ
ファンタジー
気がつくと、見知らぬ部屋のベッドの上で、状況が理解できず混乱していた僕は、鏡の前に立って、あることを思い出した。
ここはリュカとして生きてきた異世界で、僕は“落ちこぼれ貴族の息子”だった。しかも最悪なことに、さっき行われた絶対失敗出来ない召喚の儀で、僕だけが失敗した。
そのせいで、貴族としての評価は確実に地に落ちる。けれど、両親は超が付くほど過保護だから、家から追い出される心配は……たぶん無い。
問題は一つ。
兄様との関係が、どうしようもなく悪い。
僕は両親に甘やかされ、勉強もサボり放題。その積み重ねのせいで、兄様との距離は遠く、話しかけるだけで気まずい空気に。
このまま兄様が家督を継いだら、屋敷から追い出されるかもしれない!
追い出されないように兄様との関係を改善し、いざ追い出されても生きていけるように勉強して強くなる!……のはずが、勉強をサボっていたせいで、一般常識すら分からないところからのスタートだった。
それでも、兄様との距離を縮めようと努力しているのに、なかなか縮まらない! むしろ避けられてる気さえする!!
それでもめげずに、今日も兄様との関係修復、頑張ります!
5/9から小説になろうでも掲載中
最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。
MP
ファンタジー
高校2年の夏。
高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。
地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。
しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。