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第六章「果たされる誓い」
第52話 紅氷剣姫の涙
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舞台上に怪物が現れ、そして、すぐさま緑の中に消えていってからしばらくが経過した。ヴォーダンは顎髭を撫でながら目を閉じて唸っていた。
「フム…………これは少し不味いかもしれんのう……」
「ケ、ケントリス殿?……な、何が不味いのですか?」
その隣には多少落ち着きを取り戻した視察官が座っていた。ほとんどごまかしたようなものだったがヴォーダンの説明に納得をしたようだ。しかし、それでもまだ不安で顔が青い。
「なに、もう少しで決着が着くであろうと言うだけじゃ。両者が思っていたより負傷しているようで、それを心配しているだけじゃ」
「そ、そうですか」
視察官はホッとしたように息をつくと舞台へと視線を戻した。
(外側はこれでいい。むやみやたらに大事にしたくはないからのう……しかし、こうなってしまったか)
ヴォーダンの眼帯の奥の失われた左眼に写し出されていたのは血塗れの双魔とそれに縋りついて泣きじゃくるティルフィングだった。
(干渉もやむを得んか……チャンスはまだあるじゃろうて。グングニル)
言葉を発さずに傍に控えるグングニルに念を送る。
(はい、ご主人様)
(ドンナーとマックール君を下で待機させておくように)
(かしこまりました。ペンドラゴン様はいかがいたしますか?)
(ハシーシュ君には草刈りを頼んである。呼ばなくてもよい)
(かしこまりました。それでは行ってまいります)
(うむ、頼んだぞ)
「所用を思い出しました。少々失礼いたします」
グングニルは頭を下げると来賓席を出ていった。
「フム」
騒然としていた観客席の喧騒は今は収まり、皆静かに舞台を見守っている。
(もう少しだけ様子を見るとしようかの)
ヴォーダンはいつの間にか再びとしていた右眼を開くと椅子に深く座り直し舞台を見降ろし、余人の知ることない秘めたる記憶に思いを馳せた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
グレンデルは苛立ちで狂いそうだった。
かつて、忌々しきベーオウルフに殺される前に人間たちがヘオロット宮殿にて連日喧しい祝宴を開いていた時もこれほど苛つきはしなかっただろう。
「アノクソマジュツシヲブッコロシタッテノニ……ナンデケッカイガヤブレネェンダ!」
双魔にフルンティングを喰らわせ致命傷を与えた後、グレンデルは結界を破ろうと樹を手当たり次第になぎ倒しまくっていた。
爪を通じて毒を樹に沁み込ませて腐らせる。
それでも、樫の樹は次々に再生してグレンデルを阻む。何重に生えているのかすらも分からない。どれだけ倒しても外が見えない。
「クソガァ!」
怒りのままにまた数本の樹をなぎ倒した時だった。
「ッ!?」
首筋にチリチリとした感覚が走ったと思った次の瞬間。凄まじい殺気が牙を剥いて襲い掛かってきた。
グレンデルは獣の本能が働いたのか素早くその場から飛び退いた。
パキンッ!パキパキパキ……
グレンデルが立っていた場所は紅氷の槍が突き刺さり、刺さった点から凍てつき紅蓮が咲き誇ったかのようになっている。
「ソーマ……ソーマ……」
殺気が飛んできた方を見るとチビが死に掛けの魔術師に縋りついて泣いている。
「チッ!」
グレンデルがもう一度立っていた場所を飛び退いた。
パキンッ!
再び地面に紅蓮が咲く。
「……クソガキガァ!」
どうやらチビは無意識に主人の仇を討とうとしているようだ。殺気と凍気がグレンデルを追ってくる。それを幾度も避ける。そして、ついに竜頭の巨人は痺れを切らした。
「サッサト……シニヤガレェェエエエエエエエエエ!」
全身から噴き出た毒気を両の腕と牙に纏わせて泣きじゃくるチビに躍りかかる。
凶悪な爪が無防備な少女の背中に迫る。
その時、結界の中の時の流れが、誰に気づかれることなく急激に緩まった。
「フム…………これは少し不味いかもしれんのう……」
「ケ、ケントリス殿?……な、何が不味いのですか?」
その隣には多少落ち着きを取り戻した視察官が座っていた。ほとんどごまかしたようなものだったがヴォーダンの説明に納得をしたようだ。しかし、それでもまだ不安で顔が青い。
「なに、もう少しで決着が着くであろうと言うだけじゃ。両者が思っていたより負傷しているようで、それを心配しているだけじゃ」
「そ、そうですか」
視察官はホッとしたように息をつくと舞台へと視線を戻した。
(外側はこれでいい。むやみやたらに大事にしたくはないからのう……しかし、こうなってしまったか)
ヴォーダンの眼帯の奥の失われた左眼に写し出されていたのは血塗れの双魔とそれに縋りついて泣きじゃくるティルフィングだった。
(干渉もやむを得んか……チャンスはまだあるじゃろうて。グングニル)
言葉を発さずに傍に控えるグングニルに念を送る。
(はい、ご主人様)
(ドンナーとマックール君を下で待機させておくように)
(かしこまりました。ペンドラゴン様はいかがいたしますか?)
(ハシーシュ君には草刈りを頼んである。呼ばなくてもよい)
(かしこまりました。それでは行ってまいります)
(うむ、頼んだぞ)
「所用を思い出しました。少々失礼いたします」
グングニルは頭を下げると来賓席を出ていった。
「フム」
騒然としていた観客席の喧騒は今は収まり、皆静かに舞台を見守っている。
(もう少しだけ様子を見るとしようかの)
ヴォーダンはいつの間にか再びとしていた右眼を開くと椅子に深く座り直し舞台を見降ろし、余人の知ることない秘めたる記憶に思いを馳せた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
グレンデルは苛立ちで狂いそうだった。
かつて、忌々しきベーオウルフに殺される前に人間たちがヘオロット宮殿にて連日喧しい祝宴を開いていた時もこれほど苛つきはしなかっただろう。
「アノクソマジュツシヲブッコロシタッテノニ……ナンデケッカイガヤブレネェンダ!」
双魔にフルンティングを喰らわせ致命傷を与えた後、グレンデルは結界を破ろうと樹を手当たり次第になぎ倒しまくっていた。
爪を通じて毒を樹に沁み込ませて腐らせる。
それでも、樫の樹は次々に再生してグレンデルを阻む。何重に生えているのかすらも分からない。どれだけ倒しても外が見えない。
「クソガァ!」
怒りのままにまた数本の樹をなぎ倒した時だった。
「ッ!?」
首筋にチリチリとした感覚が走ったと思った次の瞬間。凄まじい殺気が牙を剥いて襲い掛かってきた。
グレンデルは獣の本能が働いたのか素早くその場から飛び退いた。
パキンッ!パキパキパキ……
グレンデルが立っていた場所は紅氷の槍が突き刺さり、刺さった点から凍てつき紅蓮が咲き誇ったかのようになっている。
「ソーマ……ソーマ……」
殺気が飛んできた方を見るとチビが死に掛けの魔術師に縋りついて泣いている。
「チッ!」
グレンデルがもう一度立っていた場所を飛び退いた。
パキンッ!
再び地面に紅蓮が咲く。
「……クソガキガァ!」
どうやらチビは無意識に主人の仇を討とうとしているようだ。殺気と凍気がグレンデルを追ってくる。それを幾度も避ける。そして、ついに竜頭の巨人は痺れを切らした。
「サッサト……シニヤガレェェエエエエエエエエエ!」
全身から噴き出た毒気を両の腕と牙に纏わせて泣きじゃくるチビに躍りかかる。
凶悪な爪が無防備な少女の背中に迫る。
その時、結界の中の時の流れが、誰に気づかれることなく急激に緩まった。
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