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第六章「東方の英雄」

第111話 悪霊の小径

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 双魔たちを乗せた天空は化野周辺に漂う瘴気と陰陽師たちの気配を察知して、規制線内の封鎖された道路にふわりと着地した。

 空を駆ける天空を視認して移動を開始していた先行部隊がすぐに追いついてきた。

 「お待ちしていました!」

 先頭を走っていまとめ役と思われる陰陽師の後ろに、その他の人員が整列している。

 上から見下ろすと目に入るのは陰陽寮の制服だけだ。

 移動中に受けた檀の補足説明によると、今回の捕縛作戦においては二条の武官は分が悪いということで、晴久が上手く断ってくれたらしい。

 「じゃあ、みんな降りて」

 そう言いながら剣兎が天空の背中から飛び降りる。檀、春日もそれに続き、残ったのは双魔と鏡華の二人だけだ。

 「さて、俺たちも降りるか」
 「…………うん」

 双魔は平然と、当たり前のように鏡華を抱きかかえる。

 一方、鏡華は先ほどより人の目が増えたせいか今度は顔の全体が朱に染まっている、が、双魔に身を任せた。

 「よっ…………と!」

 あまり天空の背中を強く踏むのも気がはばかられたので双魔は力をほとんどいれずに落ちるように飛んだ。スタッと軽やかに着地すると鏡華を優しく地面に降ろす。

 「ん、大丈夫か?」
 「うん、ありがと」

 顔が火照ってしまった鏡華はパタパタと手で顔を扇いで風を送っている。

 「よし、全員降りたね。天空」
 「わん!」

 天空は一鳴きするとシュルシュルと身を縮め、普通の大型犬くらいの大きさになった。剣兎の傍によると、行儀よくお座りの姿勢を取り、毛並みのいい尻尾をゆらゆらと揺らす。

 「それでは、これより作戦を開始します!まずはこの道路を北上、五分ほどで見えてくる脇道に入り、そこから十分ほどで千子山縣邸跡に到着します。到着後は打ち合わせの通り、配置についてください!」
 「「「「はっ!」」」」

 檀が鋭い声で指示を飛ばすと、陰陽師たちからは覇気の籠った頼もしい返事が返ってきた。

 「それじゃあ、行こうか」

 剣兎と檀を先頭、その後ろに春日、双魔と鏡華、そしてその他の人員約五十人が続く。

 檀の言う通り山に登っていく道を五分ほど歩くと舗装されていない雪が残る脇道が見えてくる。

 脇道に入ろうとした時、突然ティルフィングが話しかけてきた。

 (ソーマ)
 (ん、どうした?)
 (このまま入ると悪霊に妨害されるぞ)
 (…………もういるのか?)

 周囲の気配を探ってみるが双魔には瘴気はまだ遠い感じがする。が、ティルフィングが言うなら間違いないだろう。

 前にいる剣兎に声を掛けようとしたが、既に止まっていた。

 「ワン!」

 どうやら天空が何かを察知したらしい。

 春日も立ち止まって印を結び、目を閉じて術を発動している。眉間に皺が寄ってかなり厳しそうな表情だ。

 「ここから先に行くのはかなり厄介ですね…………一見何ともないように見えますが土地に染み込んだ死者の念が活性化しています。下手に入ると……憑り殺されるかもしれません」
 「賀茂殿と天空がそう感じるなら間違いないだろうけど……確かに瘴気は感じるけどそこまでひどくはないような……幸徳井かでい殿」
 「はい」

 剣兎に声を掛けられた檀は懐から人型の紙を取り出した。

 それを右手の人差し指と中指に挟んで魔力を注入する。髪は青白い光を放つ簡易の式神と化した。式神をピッと前に投げると中にふわふわと浮き、舗装されていない道へと進んでいく。

 全員の視線が式神に集中する。

 式神は青白い光を放ちながら夜闇を進み、少し進んだところで突如くしゃくしゃになり、塵へと姿を変え、地面にはらはらと散っってしまった。

 状況から推測するに、土地に染み込んだ悪しきものに魔力を食われたようだ。

 人間も同じようになることを想像すると恐ろしいどころの話ではない。

 「ううん、これは困ったな…………ここまでひどいとは」
 「弓削ゆげ家一門の人員も配備できればよかったのですが……」

 ”弓削家一門”とは土御門十二分家の一つで主に厄や悪しき霊などの「祓い」を得意とする家だ。残念ながら今は宮中の儀式に一門を総動員していて協力して貰うことが出来なかった。

 部隊の動き完全にが止まってしまう。

 檀が巻物を開いて確認すると山縣の反応はまだ屋敷跡から動いていない。しかし、既に半日以上動いていない上に、動き出すとすれば今、この時間帯だ。ここで手をこまねいている場合ではない。

 誰もが頭を抱えたその時、鏡華がスーッと静かに剣兎と檀に出た。

 「お嬢さん?危ないよ」

 鏡華は剣兎の忠告も聞かずに静々と前へ進んでいく。

 「鏡華さん!危険です!戻ってください!」

 檀が大きな声を出す。それでも、鏡華は止まらない。

 「大丈夫、大丈夫、そない心配することあらへんよ」
 「双魔さん!鏡華さんを止めてください!」

 檀が叫んだ瞬間、式神が塵と化した場所に足を踏み入れる。

 剣兎たちに緊張が走る。ただ一人、双魔だけが焦ることなく鏡華の背中を見つめていた。
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