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推しとの切なくも甘い新婚生活
①
央輔と結婚し予想外な初夜を過ごしてから一ヶ月が経過した。
初夜以降、央輔は、杏璃の報酬のためにと夜毎子作りに励んでくれている。
とはいえ、仕事に支障がないので、その点は気遣ってくれているようだった。
九月上旬。暦の上では秋だというのに、厳しい暑さが続いている。今日も予想気温が高く、熱中症警戒アラートが出されていた。
「今日も気温が高くなるとのことですので、園児の体調管理には十分注意を払ってくださいね」
職場である保育園でも、熱中症対策が欠かせない。
幼児は背が低く大人よりも高温の影響を受けやすく、汗をかく機能も未発達だ。暑さを感じてから汗をかくまでに時間がかかり、熱中症になるリスクが高くなる。重症化するのも早いため、少しの変化も見逃せない。
朝番からの引き継ぎを終え、職員室を出た杏璃は気を引き締めつつ受け持ちのクラスへと向かった。
登園してくる園児たちを受け入れ、保護者からの健康状態や家庭での様子などを聞くためだ。
受け入れ準備を整えた杏璃が園庭側の出入り口で登園の様子を見守っていると、保護者に伴われた園児が元気に声をかけてくる。杏璃はにこやかに挨拶を返した。
「おはようございます」
「杏璃せんせー、おはようございま~す!」
「おはようございます。巧《たくみ》くん、今日も元気いっぱいだね」
「うんっ! だって楽しいもん!」
「巧は、杏璃先生のことが大好きだもんね~?」
「うん! だいすき!」
「わぁ、嬉しいなぁ。ありがとう」
この春入園したばかりの巧は、当初登園するのも嫌がり母親から引き離すのも一苦労だった。
それが今ではこうして、自ら進んで挨拶するまでになったのだ。保育士にとって、これほど嬉しいことはない。そのうえ慕ってくれているなんて、感激だ。
――何より笑顔が愛しい。可愛すぎる。
(あ~、ハグしたい)
「あっ、そろそろ行かないと。匠、先生の言うことよく聞くのよ?」
「うん!」
「先生、よろしくお願いします」
「はい。いってらっしゃい」
匠の愛くるしい笑顔に理性を手放しかけたものの、何とか無事に職務を遂行できた。
気を引き締め直した杏璃が別の園児を出迎えていると、背後から軽口が聞こえてくる。
「先輩、なんか最近ムダに明るいですけど、何かありました?」
声の主は、杏璃とともにクラスを任されている後輩保育士の加瀬裕子だ。
裕子は杏璃とは真逆のオシャレ女子である。恋愛経験も豊富らしく、休憩時間になると若い職員と恋バナで盛り上がっている。
杏璃の男性に関する知識の八割は裕子から得たものだ。それは、参考になっているので密かに感謝しているのだが……。色恋に関して異常なほどに鼻が利くので油断ならない。
――央輔とのソロ活婚がバレてしまったら大変だ。気を引き締めなければ。
とは思うものの、杏璃には隠し通す自信がなかった。それもこれも、央輔と一線を越えてしまったせいだ。
裕子の鋭い指摘に、杏璃は不覚にもビクッと肩をびくつかせてしまうのだった。
「……そ、そうかな? いつも通りだと思うんだけど」
「全然違いますよ。それに今、動揺しましたよね」
動揺を隠そうと普段通りに返事をしたつもりが、失敗に終わったようだ。
だからといって、裕子に本当のことを話すわけにいかない。そんなことになったら、央輔にも迷惑がかかってしまう。表向きには、お見合い結婚だということになっているのだから。
「……な、夏バテだからだよ、きっと」
「あっ、わかった! 結婚したとたん旦那さんの本性がわかって後悔してるとかですか?」
「ま、まさか。そんなことないよ。……むしろ優しすぎて……怖いくらいだし」
(ソロ活婚を続けるための優しさなのに、本当に愛されているんじゃないかと勘違いしてしまいそうで……)
「なんだ、ガッカリ。『幸せすぎて怖い~』ってヤツですか。惚気なら他をあたってください」
人知れず央輔のことで思い悩んでいた杏璃の憂いをよそに、裕子は興味を失ったとばかりに朝の業務を熟していく。
話を振っておいてその態度はどうかと思う。
だがそれよりも今は追及を免れて、ほっとしたような落胆したような、複雑な心境である。
色恋に詳しい裕子なら、央輔の気持ちがわかるかもしれない――そんな馬鹿げた考えが頭を掠めたせいだ。
(そんなの絶対ダメ。自分からバラすようなもんじゃない)
と、頭では理解していても、馬鹿げた考えを捨てきれないでいる。
こうなった元凶は、央輔の変わりようにあった。
初夜以降、央輔は、杏璃の報酬のためにと夜毎子作りに励んでくれている。
とはいえ、仕事に支障がないので、その点は気遣ってくれているようだった。
九月上旬。暦の上では秋だというのに、厳しい暑さが続いている。今日も予想気温が高く、熱中症警戒アラートが出されていた。
「今日も気温が高くなるとのことですので、園児の体調管理には十分注意を払ってくださいね」
職場である保育園でも、熱中症対策が欠かせない。
幼児は背が低く大人よりも高温の影響を受けやすく、汗をかく機能も未発達だ。暑さを感じてから汗をかくまでに時間がかかり、熱中症になるリスクが高くなる。重症化するのも早いため、少しの変化も見逃せない。
朝番からの引き継ぎを終え、職員室を出た杏璃は気を引き締めつつ受け持ちのクラスへと向かった。
登園してくる園児たちを受け入れ、保護者からの健康状態や家庭での様子などを聞くためだ。
受け入れ準備を整えた杏璃が園庭側の出入り口で登園の様子を見守っていると、保護者に伴われた園児が元気に声をかけてくる。杏璃はにこやかに挨拶を返した。
「おはようございます」
「杏璃せんせー、おはようございま~す!」
「おはようございます。巧《たくみ》くん、今日も元気いっぱいだね」
「うんっ! だって楽しいもん!」
「巧は、杏璃先生のことが大好きだもんね~?」
「うん! だいすき!」
「わぁ、嬉しいなぁ。ありがとう」
この春入園したばかりの巧は、当初登園するのも嫌がり母親から引き離すのも一苦労だった。
それが今ではこうして、自ら進んで挨拶するまでになったのだ。保育士にとって、これほど嬉しいことはない。そのうえ慕ってくれているなんて、感激だ。
――何より笑顔が愛しい。可愛すぎる。
(あ~、ハグしたい)
「あっ、そろそろ行かないと。匠、先生の言うことよく聞くのよ?」
「うん!」
「先生、よろしくお願いします」
「はい。いってらっしゃい」
匠の愛くるしい笑顔に理性を手放しかけたものの、何とか無事に職務を遂行できた。
気を引き締め直した杏璃が別の園児を出迎えていると、背後から軽口が聞こえてくる。
「先輩、なんか最近ムダに明るいですけど、何かありました?」
声の主は、杏璃とともにクラスを任されている後輩保育士の加瀬裕子だ。
裕子は杏璃とは真逆のオシャレ女子である。恋愛経験も豊富らしく、休憩時間になると若い職員と恋バナで盛り上がっている。
杏璃の男性に関する知識の八割は裕子から得たものだ。それは、参考になっているので密かに感謝しているのだが……。色恋に関して異常なほどに鼻が利くので油断ならない。
――央輔とのソロ活婚がバレてしまったら大変だ。気を引き締めなければ。
とは思うものの、杏璃には隠し通す自信がなかった。それもこれも、央輔と一線を越えてしまったせいだ。
裕子の鋭い指摘に、杏璃は不覚にもビクッと肩をびくつかせてしまうのだった。
「……そ、そうかな? いつも通りだと思うんだけど」
「全然違いますよ。それに今、動揺しましたよね」
動揺を隠そうと普段通りに返事をしたつもりが、失敗に終わったようだ。
だからといって、裕子に本当のことを話すわけにいかない。そんなことになったら、央輔にも迷惑がかかってしまう。表向きには、お見合い結婚だということになっているのだから。
「……な、夏バテだからだよ、きっと」
「あっ、わかった! 結婚したとたん旦那さんの本性がわかって後悔してるとかですか?」
「ま、まさか。そんなことないよ。……むしろ優しすぎて……怖いくらいだし」
(ソロ活婚を続けるための優しさなのに、本当に愛されているんじゃないかと勘違いしてしまいそうで……)
「なんだ、ガッカリ。『幸せすぎて怖い~』ってヤツですか。惚気なら他をあたってください」
人知れず央輔のことで思い悩んでいた杏璃の憂いをよそに、裕子は興味を失ったとばかりに朝の業務を熟していく。
話を振っておいてその態度はどうかと思う。
だがそれよりも今は追及を免れて、ほっとしたような落胆したような、複雑な心境である。
色恋に詳しい裕子なら、央輔の気持ちがわかるかもしれない――そんな馬鹿げた考えが頭を掠めたせいだ。
(そんなの絶対ダメ。自分からバラすようなもんじゃない)
と、頭では理解していても、馬鹿げた考えを捨てきれないでいる。
こうなった元凶は、央輔の変わりようにあった。
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