53 / 68
従兄の奇襲
①
一時間後、杏璃は自宅玄関で、急遽呼び出され仕事に向う央輔のお見送りをしているところだ。
「央輔さん、気をつけていってきてくださいね」
「なるべく早く帰る。杏璃も気をつけていってくるんだぞ」
昨夜、想いが通じ合ってからというもの、人が変わったように気持ちを曝け出してくれるようになった央輔。
今も、数時間家を空けるだけだというのに、心から心配そうに杏璃を気遣ってくれている。それだけで、胸の中がポカポカと暖かくなる。
胸に渦巻いていた不安さえも薄れてゆく。
(幸せって、こういうことを言うんだなぁ)
杏璃はふとした瞬間に、そう感じては密かにまどろみのような幸福を噛みしめていた。
「海兄が迎えに来てくれるらしいので、大丈夫ですよ」
返した言葉も自然に弾んでしまう。
ところが、どういうわけか央輔は途端にムスッとした表情に変化した。先ほどまでの蕩けるような甘さが跡形もない。
――どうしたのだろうか?
杏璃が不思議に思って首を傾げたちょうどその時、央輔が面白くなさそうに声をポロッと漏らした。
「だから心配なんだろ……」
「え?」
あまりに小さく、杏璃は聞き逃してしまう。
すると間髪入れずに「いや、なんでもない」と言ってきた央輔の腕に閉じ込められた。
たちまち、央輔のぬくもりと匂いに包み込まれて、安堵感と幸福感が満ちてゆく。
何もかもがどうでも良くなってくる。
央輔と離れがたくて、このままずっとずっとこうしてくっついていたいぐらいだ。
央輔もそう思ってくれているのだろうか。骨が軋むほどぎゅぎゅっと抱きしめられた。
そうして思い切るようにして杏璃を腕から解いた央輔が、チュッと額に甘いキスを降らせた。
「じゃぁ、いってくる」
「……はい」
それでもまだ離れがたくて、杏璃は後ろ髪を引かれる思いで央輔から離れようとした、その刹那のことである。
「央輔~、会いたかったわぁ!」
どこからともなく放たれた女性の甲高い声がフロア内に響き渡った。語尾にハートマークがついていそうな甘ったるい声音だ。
驚いている間もなく、こちらに駆け寄ってきた声の主が目の前の央輔に凄い勢いで抱きついた。
――も、もしかしてこれは、噂に聞く『修羅場』というやつだろうか?
などと、頭の中では冷静なもう一人の自分が呑気なことを呟くのに。あたかも後頭部を鈍器で殴りつけられたかのようなとてつもない衝撃が杏璃の全身に駆け巡る。心臓が鷲づかみにでもされたのかと思うほどの痛みが胸を襲う。
気づけば杏璃の頬を温かな雫が濡らしていた。
どうすることもできずに茫然としていると、楽しそうな女性の声が杏璃にかけられた。
「あっ! こちらが杏璃さん? まぁ、可愛らしい~! 央輔との新婚生活はどう? って、あらあら、ラッブラブのようね~!」
(あれ? これって……修羅場じゃなかったの? だったら何? どういうこと?)
杏璃はわけがわからずポカンとするしかない。涙を拭うような余裕もない。
そこに央輔から盛大な溜息が吐き出される。続いて、これまで一度も耳にしたことのない怒りに満ちた低音が炸裂した。
「啓輔! おまえが来るなんて聞いてないぞ! いや、それよりキモいからさっさと離れろ! 杏璃が誤解したらどうしてくれる?」
「あ~ら、ごめんなさい。でも、遅かったみたいよ。杏璃ちゃん、泣いちゃってるもの」
どうやら、修羅場ではなかったようだが、『啓輔』と呼ばれた女性? は一体誰なのだろうか。
華やかで魅力的な美女にしか見えないが、女性にしては身長が高く、央輔と大差ない。そういえば、声も少し低いような。
謎は深まるばかりだ。
「央輔さん、気をつけていってきてくださいね」
「なるべく早く帰る。杏璃も気をつけていってくるんだぞ」
昨夜、想いが通じ合ってからというもの、人が変わったように気持ちを曝け出してくれるようになった央輔。
今も、数時間家を空けるだけだというのに、心から心配そうに杏璃を気遣ってくれている。それだけで、胸の中がポカポカと暖かくなる。
胸に渦巻いていた不安さえも薄れてゆく。
(幸せって、こういうことを言うんだなぁ)
杏璃はふとした瞬間に、そう感じては密かにまどろみのような幸福を噛みしめていた。
「海兄が迎えに来てくれるらしいので、大丈夫ですよ」
返した言葉も自然に弾んでしまう。
ところが、どういうわけか央輔は途端にムスッとした表情に変化した。先ほどまでの蕩けるような甘さが跡形もない。
――どうしたのだろうか?
杏璃が不思議に思って首を傾げたちょうどその時、央輔が面白くなさそうに声をポロッと漏らした。
「だから心配なんだろ……」
「え?」
あまりに小さく、杏璃は聞き逃してしまう。
すると間髪入れずに「いや、なんでもない」と言ってきた央輔の腕に閉じ込められた。
たちまち、央輔のぬくもりと匂いに包み込まれて、安堵感と幸福感が満ちてゆく。
何もかもがどうでも良くなってくる。
央輔と離れがたくて、このままずっとずっとこうしてくっついていたいぐらいだ。
央輔もそう思ってくれているのだろうか。骨が軋むほどぎゅぎゅっと抱きしめられた。
そうして思い切るようにして杏璃を腕から解いた央輔が、チュッと額に甘いキスを降らせた。
「じゃぁ、いってくる」
「……はい」
それでもまだ離れがたくて、杏璃は後ろ髪を引かれる思いで央輔から離れようとした、その刹那のことである。
「央輔~、会いたかったわぁ!」
どこからともなく放たれた女性の甲高い声がフロア内に響き渡った。語尾にハートマークがついていそうな甘ったるい声音だ。
驚いている間もなく、こちらに駆け寄ってきた声の主が目の前の央輔に凄い勢いで抱きついた。
――も、もしかしてこれは、噂に聞く『修羅場』というやつだろうか?
などと、頭の中では冷静なもう一人の自分が呑気なことを呟くのに。あたかも後頭部を鈍器で殴りつけられたかのようなとてつもない衝撃が杏璃の全身に駆け巡る。心臓が鷲づかみにでもされたのかと思うほどの痛みが胸を襲う。
気づけば杏璃の頬を温かな雫が濡らしていた。
どうすることもできずに茫然としていると、楽しそうな女性の声が杏璃にかけられた。
「あっ! こちらが杏璃さん? まぁ、可愛らしい~! 央輔との新婚生活はどう? って、あらあら、ラッブラブのようね~!」
(あれ? これって……修羅場じゃなかったの? だったら何? どういうこと?)
杏璃はわけがわからずポカンとするしかない。涙を拭うような余裕もない。
そこに央輔から盛大な溜息が吐き出される。続いて、これまで一度も耳にしたことのない怒りに満ちた低音が炸裂した。
「啓輔! おまえが来るなんて聞いてないぞ! いや、それよりキモいからさっさと離れろ! 杏璃が誤解したらどうしてくれる?」
「あ~ら、ごめんなさい。でも、遅かったみたいよ。杏璃ちゃん、泣いちゃってるもの」
どうやら、修羅場ではなかったようだが、『啓輔』と呼ばれた女性? は一体誰なのだろうか。
華やかで魅力的な美女にしか見えないが、女性にしては身長が高く、央輔と大差ない。そういえば、声も少し低いような。
謎は深まるばかりだ。
あなたにおすすめの小説
黒瀬部長は部下を溺愛したい
桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。
人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど!
好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。
部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。
スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。
**俺、東大院生の実験対象にされてた。**同居している美人家庭教師のやばい秘密
まさき
恋愛
俺は今、東大院生の実験対象になっている。
ある雨の夜、アパートの前にずぶ濡れの美女が立っていた。
「家庭教師です。住まわせてください」
突然すぎる申し出に困惑しながらも、なぜか断れなかった。
桐島咲楽、東大大学院生。成績は天才、料理は壊滅的、距離感はおかしい。毎日転ぶ、焦がす、なぜか距離が近い。そのくせ授業は鬼のように丁寧で、俺のことを誰よりもよく見ていた。
偏差値42だった俺の成績は、気づけば上がっていた。でも、それより気になることがある。
咲楽さんが、研究ノートに何かを書いている。「被験者」という文字が、見えた気がした。
距離が近いのは、データのためか。褒めてくれるのは、実験のためか。でも、あの顔は。あの声は。
「データじゃなくて、私がそう思っています」
嘘をついているような顔じゃなかった。
偏差値42の俺に、東大院生の美女が押しかけてきた。ドタバタな毎日の中で、俺の心臓が休まる暇がない。これはドキドキなのか、心配なのか。それとも、もう恋なのか。
不器用な天才と、鈍感な高校生の、やばい同居生活。
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
花に溺れ恋に純情~僕様同期御曹司の愛が私を捕らえて離さない~
美凪ましろ
恋愛
「――狂いそうなくらいに、きみが好きだ」
三途の花と揶揄される私、川瀬花子。にこりともしないことで有名で、仲のいい同期もいない。
せっかくIT系大手企業に入って頑張って三ヶ月もの研修に耐えたのに配属されたのはテスターのいる下流の部署。
プライドが傷つきながらも懸命に働いて三年目。通勤途中に倒れかけたところを同期の御曹司・神宮寺恋生に救われ――。
恋に、仕事に奮闘し、セレブとの愛に溺れる、現代版シンデレラストーリー。
◆エブリスタ様にも掲載。
https://estar.jp/novels/26483585
恋に異例はつきもので ~会社一の鬼部長は初心でキュートな部下を溺愛したい~
泉南佳那
恋愛
「よっしゃー」が口癖の
元気いっぱい営業部員、辻本花梨27歳
×
敏腕だけど冷徹と噂されている
俺様部長 木沢彰吾34歳
ある朝、花梨が出社すると
異動の辞令が張り出されていた。
異動先は木沢部長率いる
〝ブランディング戦略部〟
なんでこんな時期に……
あまりの〝異例〟の辞令に
戸惑いを隠せない花梨。
しかも、担当するように言われた会社はなんと、元カレが社長を務める玩具会社だった!
花梨の前途多難な日々が、今始まる……
***
元気いっぱい、はりきりガール花梨と
ツンデレ部長木沢の年の差超パワフル・ラブ・ストーリーです。
イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。
すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。
そこで私は一人の男の人と出会う。
「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」
そんな言葉をかけてきた彼。
でも私には秘密があった。
「キミ・・・目が・・?」
「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」
ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。
「お願いだから俺を好きになって・・・。」
その言葉を聞いてお付き合いが始まる。
「やぁぁっ・・!」
「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」
激しくなっていく夜の生活。
私の身はもつの!?
※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
では、お楽しみください。
体育館倉庫での秘密の恋
狭山雪菜
恋愛
真城香苗は、23歳の新入の国語教諭。
赴任した高校で、生活指導もやっている体育教師の坂下夏樹先生と、恋仲になって…
こちらの作品は「小説家になろう」にも掲載されてます。
会社のイケメン先輩がなぜか夜な夜な私のアパートにやって来る件について(※付き合っていません)
久留茶
恋愛
地味で陰キャでぽっちゃり体型の小森菜乃(24)は、会社の飲み会で女子一番人気のイケメン社員・五十嵐大和(26)を、ひょんなことから自分のアパートに泊めることに。
しかし五十嵐は表の顔とは別に、腹黒でひと癖もふた癖もある男だった。
「お前は俺の恋愛対象外。ヤル気も全く起きない安全地帯」
――酷い言葉に、菜乃は呆然。二度と関わるまいと決める。
なのに、それを境に彼は夜な夜な菜乃のもとへ現れるようになり……?
溺愛×性格に難ありの執着男子 × 冴えない自分から変身する健気ヒロイン。
王道と刺激が詰まったオフィスラブコメディ!
*全28話完結
*辛口で過激な発言あり。苦手な方はご注意ください。
*他誌にも掲載中です。