訳あって、推しに激似のクールな美容外科医と利害一致のソロ活婚をしたはずが溺愛婚になりました

羽村 美海

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相手を想うがゆえに

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 央輔の浮気現場を目撃したという海の発言により、揺れに揺れていた高邑家は、ようやく元の静けさを取り戻しつつあった。

「それにしても、一時はどうなるかと思ったが、誤解も解けたことだし、一安心だな」

 だが、ここに至るまでには紆余曲折あった。しかも、短期間だったので、皆一様に疲れの色が見て取れる。

 あの後、杏璃はショックを受けながらも央輔が浮気したとはどうしても思えなかった。

 なので「央輔さんがそんなことするわけない! きっと見間違いだよ」そう言って海に迫ったのだ。

 すると海は「ここに証拠写真だってある」そう言ってスマホ画面に表示された画像を高らかに掲げて見せた。

 そこに映っていたのが、途轍もなく不機嫌そうな顔をした央輔に抱きついている啓輔の姿だったことで、浮気疑惑は晴れた。

 ところが、これにて一件落着とはいかず……ほっと安堵した祖父は気が抜けたのかすっ転んだのである。けれど、倒れて痛みに悶えている本人以外は急病で倒れたのだと思い込んだ。

 それからは、上を下への大騒ぎ。あたかも狂言の一幕のようであったとかなかったとか。

 とにもかくにも、直ちに主治医に往診してもらい、ただの捻挫と判明したため、皆して胸を撫で下ろしているところだ。

「ええ、本当に。一体どうなることかと思ったけど……、大したことなくて本当に良かったわ」

 騒動の発端は央輔の浮気疑惑にあるので、杏璃としては責任を感じずにはいられなかった。

「……私がもっと早く勘違いだって気づいていたら、こんなことにならなかったのに……、皆に余計な心配までかけちゃって、本当にごめんなさい」

 だから、家族に頭を下げたのだが、祖父をはじめ皆が優しい言葉をかけてくれた。

「何を言ってるんだ、足を滑らせた儂の不注意が招いたことだ。杏璃が気に病む必要はない」
「そうよ、杏璃は何も悪くないわ」
「そうだぞ、杏璃」

 家にいたときと何ら変わらない家族の有り様に、杏璃は胸にぐっときて、危うく泣きそうになったほどだ。

 それでも、人間国宝である祖父の立場を思うと、どうしても不安が拭いきれない。

 杏璃は皆に感謝を告げると、祖父に向き直った。

「……皆、ありがとう。けど、お祖父ちゃん、本当に大丈夫なの? 舞台もあるのに」
「ああ、大事ない。湿布のおかげで痛みもおさまったし。休み明けに念のため検査はするが、先生もただの捻挫だと言っていたしな。二週間もあれば元に戻るだろう。それに、こういう時のために、シテ(主役)の代役を務められる後見がいるんだ、心配には及ばん。大きな声では言えんが、いい骨休みになると喜んでるぐらいだ」

 狂言の舞台では、シテのケガなど不測の事態に備えて、舞台上の目立たない場所に控え、シテの乱れた装束を整えたり小道具を出し入れしたりといった補助や代役を務める役割を担う――後見《こうけん》がいる。なので、問題ないとのことらしい。

 とはいえ、人間国宝の祖父が出演できないのだから、問題がないわけがない。けれど、懸念だった痛みも落ち着いて、舞台に穴を開ける心配もないようで、少し心が軽くなったような気がした杏璃だった。

 そんな中、恐る恐ると言った様子で謝罪を口にするのは、ずっと居心地悪そうに部屋の隅で身を縮めていた従兄ふたりだ。

「「……お騒がせして、誠に申し訳ありませんでした」」

 さすがは双子、神妙な面持ちも、声も、所作も、綺麗に揃っている。
 祖父はゆったりとした所作でふたりに向き直ると、ふっと柔和な笑みを浮かべてから穏やかな口調で言葉を紡いだ。

「確かに酷く取り乱しもしたが、足を滑らせたのは儂の不注意だ。おまえたちのせいでもない。何より、杏璃を案じる気持ちは痛いほどわかる。目に入れても痛くはない可愛い孫だからな。儂がおまえたちを想うのと同じだ。だが、何事も感情にまかせてはいかん。もっと精進しなさい」
「「……はい、肝に銘じておきます」」

「こんなことで家族に心配をかけるようでは……儂もまだまだ精進が足りんなぁ」 

 頭を下げるふたりに続いて、気恥ずかしそうに口を開いた祖父が朗らかに笑っている。

 一時はどうなることかと案じたが……。家族を想う気持ちに免じて、特におとがめなしで済んだようで、何よりである。 

 ホッとした途端、杏璃は夫である央輔のことを思い出す。

 ふと壁時計に視線をやれば、もうすぐ七時を迎えようとしていた。

 央輔が出がけに、七時には帰ると言っていたのを思いだした杏璃は、思わず大きな声をあげる。

「あっ、いっけない。央輔さんに連絡入れなきゃ」

 それを聞いた途端、正面の海が何とも言えない複雑な表情になり、再び俯いてしまった。

 不思議に思った杏璃が首を捻っていたちょうどその時、背後の襖の向こうから使用人の遠慮がちな声がかけられた。

「ご歓談中、失礼いたします。お客様がお見えです」

 いつもなら祖父か伯父が返事をしてから襖がゆっくり開けられるはずなのだが……

「杏璃っ! 杏璃は何処ですか! 杏璃に早く会わせてくださいっ!」

 やけに切羽詰まった声と共に、襖が無遠慮に開け放たれた。

 そればかりか、何事かと皆が揃って視線を向けたそこには、血相を変えた央輔の姿があった。

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