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〜エピローグ〜
②
しおりを挟む国立能楽堂の見所(客席)に脚を踏み入れると、人間国宝である泰臣の晴れ舞台の開演を待ちわびる観客らで賑わっていた。
「わぁ、凄い。満員ですね」
「ああ、そうだな。今日のチケットも翌日には完売だったらしいしな」
「ええ、翌日に完売なんて、凄い」
「ああ、さすがは人間国宝だな。ケガのほうも完治したようで、何よりだ」
「はい、安心しました」
央輔が腕のいいリハビリ医を紹介してくれたおかげで、泰臣のケガもすっかり癒えている。
ちなみに、泰臣のケガの元となった啓輔から、高邑家にお見舞いの品々が大量に届いたらしい。ハリウッド女優の件は白紙になった代わりにリフトアップの施術を引き受けることになったようだ。
その際、央輔の愛妻家ぶりに感銘を受けたと言って、女優から啓輔を介して豪勢な薔薇の花束が贈られてきたので、杏璃の懸念は杞憂に終わった。
一時はどうなることかと案じたが、完全復帰した泰臣をはじめ伯父も双子の従兄も、新春能狂言の舞台を皮切りに、例年同様忙しい年始を過ごしていたようだ。
どの舞台も満員御礼だったというので、杏璃も央輔もようやく肩の荷を降ろすことができた。
能舞台の正面に位置する見所の指定席に腰を下ろすと、立派な松の木が描かれた鏡板が視界一面に映し出された。
「わぁ、本当に松の木が描かれてる」
「ああ。そういえば、舞台は初めてだって言ってたな」
「……あまり大きな声で言えませんけどね」
「ははっ、確かに。まぁ、俺も爺さんの受け売りだがな」
祖父が泰臣の熱烈なファンだという央輔は、子どもの頃祖父によく観劇に連れてこられたそうで、その際に得た知識を披露してくれた。
それによると、能舞台ごとに松の木のデザインが変わると言うのだから、驚きだ。
悲劇とされる能と喜劇とされる狂言とは、扱う題材も雰囲気もまったく違うが、昔から同じ舞台でセットで演じられてきたそうだ。
相反する雰囲気を交互に味わうことで、悲劇を観た観客の緊張を喜劇で解すという意図があったとされているらしい。
人間国宝の孫ではあっても、狂言にそれほど関心のなかった杏璃は、央輔の話がどれも新鮮で、終始感心しきりだった。
日本古来の文化芸能を堪能した後は、近くのラグジュアリーホテルの煌びやかな広間へと移動した。
央輔の親族らと歓談しながら杏璃の親族の到着を待っている合間も、杏璃と央輔のイチャつきぶりは続いていた。
「女性に対する苦手意識が和らいだせいか、近頃では海外からの指名もあるようで、愚弟も喜んでおりました。杏璃さんのおかげですよ。本当にありがとう」
「いえいえ、そんな……私は何も」
「いや、杏璃のおかげだ。いつも傍で支えてくれて、ありがとう」
――無理もないだろう。
相変わらず央輔の変貌ぶりを杏璃のおかげだと喜ぶ親族からの言葉に対して、央輔までもが便乗してきて。
「もう、央輔さんまで、やめてください」
「本当のことを言っただけだ、そんなに照れなくてもいいだろう」
「もう、やだ。ますます恥ずかしいじゃないですかぁ」
ふたり仲良く、そんなことはないと言い合っているうちに、いつものようにふたりだけの世界が出来上がっているのだから。
両家が揃い、ふたりから妊娠の報告をしてからは、皆口々に喜んでくれて「お~、それは新年からめでたいめでたい」と言って大いに盛り上がった。
「いや~、仲が良くて何よりです。この分だと可愛い家族が増えて、家が託児所になりそうですな~」
「本当ですね~。儂もまだまだ長生きしなくては」
「もちろんですよ。ふたりで仲良く長生きしたいものですな~」
「ははっ、まったくです」
「それにしても、不思議なご縁ですな~。あの頃小学生だった央輔と赤子だった杏璃さんとが、こうして夫婦になるなんて」
「儂もちょうどその時の事を思い出していたところです。もしかすると、あの時からふたりは赤い糸で結ばれていたのかもしれませんねぇ」
「そうかもしれませんなぁ」
「おふたりとも、それはどういうことですか?」
それぞれが盛り上がっていた中で、泰臣と央輔の祖父が穏やかに語り合っているのを耳にした晴臣がふたりに問い掛けたことで、皆の意識がふたりに集中する。
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