20 / 44
女装男子の裏事情
④
いつものことながら情けないことだが、同じ歳とは言え、数ヶ月早く生まれているせいか、これまで言い負かしたことがない相手だ。そう簡単にはいかない。
とはいえ、やはり面白くはない。
言い負かされた秀が苦い心持ちで無言を貫きつつも、なんとか気持ちを切り替えようとグラスに手を伸ばしたかけたときのことだ。
何かを思い出した素振りの文から、すっかり頭から抜け落ちていた人物の名前が飛び出してきた。
「それはそうと、青山のことなんとかしなさいよね。今回はいい方に転がってくれたからよかったけど……」
青山とは、代々藤堂家に住み込みで仕えてくれている執事のことだ。
いつの頃からか『鬼畜眼鏡』なんて呼ばれているが。神経質そうな痩身に銀縁眼鏡とオールバックの漆黒の髪がトレードマークの、確かに異名通りの風貌である。
歳は一回りほど上だっただろうか。子供の時分から身の回りのことはもちろん、勉強も見てもらっていたこともあり、秀にとっては、歳の離れた兄のような存在だった。
今でも、実家を出てホテル住まいの秀のことを公私にわたりサポートしてくれている。
簡単に言えば、監視役だ。
口に出しはしないが。もうすぐ三十三になろうかとしているのに、仕事が恋人というように、浮いた話のひとつもない、後継者である秀のことを案じているであろう、父・渉の命により、職場にも自由に出入りしている。
さすがは代々医者の家系である藤堂家に代々仕えているだけあり、執事としてはもちろんだが、経営学にも長けており、医師免許まで持っているという、切れ者である。
ただひとつだけいただけないところがあった。
それは、藤堂家に並々ならぬ忠誠心を捧げているという点においてだ。
「ああ、わかってる。ちゃんと釘を刺しておいた」
秀は文にそう答えながら、昼間の青山とのやり取りを思い返していた。
今日も職場である藤花総合病院の医局に姿を現せた青山に、仕事上がりに釘を刺していたのだが……。
青山はさも当然のことをしたまでだと言わんばかりの口吻で、今後も改める気はないようだった。
ーーまぁ、予想通りではあったが。こうなったら、もう後には引けない。前進あるのみだ。
いくら知らなかったこととは言え、若干の後ろめたさがないと言ったら嘘になる。だが済んだことを嘆いていてもしょうがない。
そう腹をくくっていた秀に、青山もそう促してくる。
『もう既に匙は投げられたのですから、坊ちゃまがそのまま娶られてはどうでしょう。そうなれば、藤堂家も安泰。お父様はもちろん、お母様も草葉の陰で喜ばれていることでしょう』
『他人事だと思って』
……とは言いながらも、それもそうだなと思い直す。
『他人事などとは心外でございます。私がどれほど藤堂家の繁栄を願っているか。おわかりでしょうに。あんまりでございます』
つい零してしまった秀の言葉に、青山が泣きそうな顔で嘆くのを尻目に、秀は恋のことを思い浮かべていた。
今は偽っていても、受け入れてはもらえたのだから、そのうちきっとーー。
ーーいいや、必ずこの手で恋のことを幸せにしてみせる。
そう胸の内でひっそりと誓いを立てて今に至る。
数時間前のことを思い返していた秀の思考に、ほろ酔い状態の文から間延びした声音が割り込んでくる。
秀は意識と視線とを文へと向ける。
「まぁ、けど、よかったじゃない。あんたのことだから、こういうきっかけでもなかったら、一生恋ちゃんにプロポーズどころか、告白だってできなかっただろうしね。で、なんて言って伝えたのよ」
「……」
けれども、思いもよらない言葉だったために、秀は二の句を継げなかった。
それどころか、周囲にギクリという効果音が聞こえたんじゃないかと思うほどの動揺を見せてしまう。
「まさかあんた。恋ちゃんに肝心なこと伝えてないなんて言わないわよね。いくら一千万を肩代わりするための、結婚を申し込んだって言っても。肝心なあんたの気持ち伝えてないんじゃ、恋ちゃんからしてみたら、あんた正真正銘の俺様鬼畜の変態だからねッ!」
「……ごもっともです」
落ち着いた店内にジャズの音色が心地よく流れている中、トドメの一撃とばかりに、鼻息荒く捲し立ててきた文が大仰に吐き出した溜息と秀の情けない声とが虚しく響き渡っていたのだった。
とはいえ、やはり面白くはない。
言い負かされた秀が苦い心持ちで無言を貫きつつも、なんとか気持ちを切り替えようとグラスに手を伸ばしたかけたときのことだ。
何かを思い出した素振りの文から、すっかり頭から抜け落ちていた人物の名前が飛び出してきた。
「それはそうと、青山のことなんとかしなさいよね。今回はいい方に転がってくれたからよかったけど……」
青山とは、代々藤堂家に住み込みで仕えてくれている執事のことだ。
いつの頃からか『鬼畜眼鏡』なんて呼ばれているが。神経質そうな痩身に銀縁眼鏡とオールバックの漆黒の髪がトレードマークの、確かに異名通りの風貌である。
歳は一回りほど上だっただろうか。子供の時分から身の回りのことはもちろん、勉強も見てもらっていたこともあり、秀にとっては、歳の離れた兄のような存在だった。
今でも、実家を出てホテル住まいの秀のことを公私にわたりサポートしてくれている。
簡単に言えば、監視役だ。
口に出しはしないが。もうすぐ三十三になろうかとしているのに、仕事が恋人というように、浮いた話のひとつもない、後継者である秀のことを案じているであろう、父・渉の命により、職場にも自由に出入りしている。
さすがは代々医者の家系である藤堂家に代々仕えているだけあり、執事としてはもちろんだが、経営学にも長けており、医師免許まで持っているという、切れ者である。
ただひとつだけいただけないところがあった。
それは、藤堂家に並々ならぬ忠誠心を捧げているという点においてだ。
「ああ、わかってる。ちゃんと釘を刺しておいた」
秀は文にそう答えながら、昼間の青山とのやり取りを思い返していた。
今日も職場である藤花総合病院の医局に姿を現せた青山に、仕事上がりに釘を刺していたのだが……。
青山はさも当然のことをしたまでだと言わんばかりの口吻で、今後も改める気はないようだった。
ーーまぁ、予想通りではあったが。こうなったら、もう後には引けない。前進あるのみだ。
いくら知らなかったこととは言え、若干の後ろめたさがないと言ったら嘘になる。だが済んだことを嘆いていてもしょうがない。
そう腹をくくっていた秀に、青山もそう促してくる。
『もう既に匙は投げられたのですから、坊ちゃまがそのまま娶られてはどうでしょう。そうなれば、藤堂家も安泰。お父様はもちろん、お母様も草葉の陰で喜ばれていることでしょう』
『他人事だと思って』
……とは言いながらも、それもそうだなと思い直す。
『他人事などとは心外でございます。私がどれほど藤堂家の繁栄を願っているか。おわかりでしょうに。あんまりでございます』
つい零してしまった秀の言葉に、青山が泣きそうな顔で嘆くのを尻目に、秀は恋のことを思い浮かべていた。
今は偽っていても、受け入れてはもらえたのだから、そのうちきっとーー。
ーーいいや、必ずこの手で恋のことを幸せにしてみせる。
そう胸の内でひっそりと誓いを立てて今に至る。
数時間前のことを思い返していた秀の思考に、ほろ酔い状態の文から間延びした声音が割り込んでくる。
秀は意識と視線とを文へと向ける。
「まぁ、けど、よかったじゃない。あんたのことだから、こういうきっかけでもなかったら、一生恋ちゃんにプロポーズどころか、告白だってできなかっただろうしね。で、なんて言って伝えたのよ」
「……」
けれども、思いもよらない言葉だったために、秀は二の句を継げなかった。
それどころか、周囲にギクリという効果音が聞こえたんじゃないかと思うほどの動揺を見せてしまう。
「まさかあんた。恋ちゃんに肝心なこと伝えてないなんて言わないわよね。いくら一千万を肩代わりするための、結婚を申し込んだって言っても。肝心なあんたの気持ち伝えてないんじゃ、恋ちゃんからしてみたら、あんた正真正銘の俺様鬼畜の変態だからねッ!」
「……ごもっともです」
落ち着いた店内にジャズの音色が心地よく流れている中、トドメの一撃とばかりに、鼻息荒く捲し立ててきた文が大仰に吐き出した溜息と秀の情けない声とが虚しく響き渡っていたのだった。
あなたにおすすめの小説
迷子を助けたら生徒会長の婚約者兼女の子のパパになったけど別れたはずの彼女もなぜか近づいてくる
九戸政景
恋愛
新年に初詣に来た父川冬矢は、迷子になっていた頼母木茉莉を助け、従姉妹の田母神真夏と知り合う。その後、真夏と再会した冬矢は真夏の婚約者兼茉莉の父親になってほしいと頼まれる。
※こちらは、カクヨムやエブリスタでも公開している作品です。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
俺様上司に今宵も激しく求められる。
藤白ましろ
恋愛
鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。
蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。
ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。
「おまえの顔、えっろい」
神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。
――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。
**2026.01.02start~2026.01.17end**
◆エブリスタ様にも掲載。人気沸騰中です!
https://estar.jp/novels/26513389
天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】
田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。
俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。
「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」
そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。
「あの...相手の人の名前は?」
「...汐崎真凛様...という方ですね」
その名前には心当たりがあった。
天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。
こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。
絶交した幼馴染と大学の合コンで再会した。
孤独な蛇
恋愛
中学生の浅野春樹は上級生と喧嘩騒動を起こしたことがあった。
その上、目つきが悪く地毛は茶髪のため不良少年のような扱いを受けて学校では孤立していた。
そんな中、幼馴染の深瀬志穂だけは春樹のことをいつも気遣ってくれていた。
同じ高校に行こうと声を掛けてくれる志穂の言葉に応えたい一心で受験勉強にも力を入れていた。
春樹にとって、学校で孤立していることは問題ではなかった。
昔から志穂が近くにいてくれるから……。
しかし、3年生なってから志穂の態度がよそよそしくなってきた。
登下校も別々になり、学校で話しかけてくることも無くなった。
志穂の心が自分から離れていってしまっている気がした春樹は焦っていた。
彼女と話がしたい。笑った顔が見たい。
志穂と一緒に帰ろうと、彼女が部活動を行っている体育館へ向かったのだが……。
そこで春樹が耳にしたのは、自分の悪口を言って部活の友達と楽しそうにしている志穂の声だった。
その瞬間、春樹の中で志穂に対する想いや信頼は……消滅した。
うちの幼馴染がデレすぎてて俺の理性はもう限界。でも毎日が最高に甘いからもうどうでもいいや
静内燕
恋愛
相沢悠太の日常は、規格外の美少女である幼馴染、白石葵によって完全に支配されている。
朝のモーニングコール(ベッドへのダイブ付き)から始まり、登校中の腕組み、そして「あーん」が義務付けられた手作り弁当。誰もが羨むラブラブっぷりだが、悠太はこれを「家族愛」だと頑なに誤解(無視)している。
「ゆーたは私の運命の相手なんだもん!」と、葵のデレデレは今日も過剰の一途。周囲の冷やかしや、葵を狙う男子生徒のプレッシャーが高まる中、悠太の**「幼馴染フィルター」**はついに限界を迎える。
この溺愛っぷり、いつまで「家族」で通せるのか?
甘すぎる日常が、悠太の鈍感な理性を溶かし尽くす――最初からクライマックスの、超高濃度イチャイチャ・ラブコメ、開幕!
クラスのマドンナがなぜか俺のメイドになっていた件について
マカロニ
恋愛
名家の御曹司として何不自由ない生活を送りながらも、内気で陰気な性格のせいで孤独に生きてきた裕貴真一郎(ゆうき しんいちろう)。
かつてのいじめが原因で、彼は1年間も学校から遠ざかっていた。
しかし、久しぶりに登校したその日――彼は運命の出会いを果たす。
現れたのは、まるで絵から飛び出してきたかのような美少女。
その瞳にはどこかミステリアスな輝きが宿り、真一郎の心をかき乱していく。
「今日から私、あなたのメイドになります!」
なんと彼女は、突然メイドとして彼の家で働くことに!?
謎めいた美少女と陰キャ御曹司の、予測不能な主従ラブコメが幕を開ける!
カクヨム、小説家になろうの方でも連載しています!
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。