偽りのはずが執着系女装ワンコに娶られました

羽村 美海

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偽りの婚約者


 どこからともなく、期待感のようなものまでが顔を出しムクムクと膨れ上がっていく。

 彼の言葉は、親友である恋に対するものであって、それ以上の意味合いなんてないはずなのに。

 知らず識らずのうちに、それ以上の何かがあるのではないかと期待してしまっている。

 ーー私、どうしちゃったんだろう? この前からおかしい。

 これまで男性恐怖症に思い悩んできた恋にとって、異性は避けるべき対象でしかなかった。

 自身が抱いてしまっている妙な感情に混乱するばかりだ。

 ーーも、もしかして、これが恋愛感情というものなんじゃ……。って、待って! カレンは親友である前に女装男子で、ずっと男性にしか興味がなかったんだよね。ゲイだと思い込んでたくらいだし。この前たまたま私に欲情したってだけなんだよね。そんなの勘違いかもしれないし。だったら、不毛な感情なんじゃ。

 ……駄目だ。考えれば考えるほど、こんがらがってくる。否、考えるだけ無駄な気がする。もう降参。参りました!

 恋愛の経験など皆無だった彼女には、何となく想像はできても、未知の領域だ。

 ましてや女装男子などという特殊な要素が孕んでいるのだから。そう簡単に理解が追いつくはずがない。

 簡単に言えばキャパオーバー。

 胸の内で大混乱を巻き起こしつつも、恋は親友である秀の想いに何とか応えようと必死だった。

 親友である秀への想いが打ち勝ったのだ。

 恋は強制的に思考回路をシャットダウンする。

「……う、ううん。私もカレンじゃなくて。す、秀のこと特別だって思ってる」
「そうか、安心した。じゃあ、挨拶は今週末ってことで話は進めておく。いいな?」
「う、うん……」

 とはいえ、秀の両親に親友としてではなく、結婚相手として挨拶しなければならないのだ。

 ーーそんなの不安しかないに決まってる。私、大丈夫なのかな。

 今度は違った意味での緊張感に苛まれることに。

 だが秀はいち早くそれを察知して、恋の不安を何とかして取り除こうと、カレンと同じ優しい表情を浮かべて、言葉を尽くしてくれていた。

「そんなに不安がらなくてもいい。うちは母親を早くに亡くしていて、父は再婚して腹違いの妹もいる。だから盆と正月ぐらいしか実家には顔を出さないし、挨拶って言っても形だけだしな」

 その中で、秀が自身と同じように、早くに母親を亡くしていることを知って。

 秀のことを何一つ知らないと言うことを改めて知らしめられてしまい、やるせない気持ちが胸の中で増幅するのを感じてもいた。

 そのことに言いようのない寂しさを感じると同時に、これまで秀が恋のことをどんなに気にかけてくれていたかを思い出す。

 それに対して自分は、よく悩みや愚痴を聞いてもらっていたけれど。そういえば一方的に相談してばかりで、カレンからは一度も聞いたことがなかった。

 ーーそれって、意図的だったのかな? いつかこうやって、互いの利益のための結婚を提案しようとしていたからなのかな?

 秀の境遇を考えると、それも当然かもしれないけれど。

 ーーそうだったら嫌だなぁ……って、私ってば、また。何おかしなこと考えちゃってんだろう。秀に限ってそんなことあるはずないのに。

 ……本当に? そう言い切れる?

 おかしな思考までが浮上してきて、余計頭の中がこんがらがってくる。

「……そうなんだ」

 それらが恋の声にも表情にもありありと表れていたのだろう。

「どうした?」

  問い返してきた秀は、怪訝そうにしていた。

「あっ、ううん。何でも」
「何でもいってほしい」

  そう言われても、この気持ちを正直に言える訳がない。濁した恋の言葉にも、秀はちゃんと向き合おうとしてくれる。

 そんな秀の真摯な態度に、つい今しがた過った疑念への罪悪感も相まって、いたたまれない心持ちになってくる。

 最初に抱いたことだけを正直に話した。

「カレンのこと何も知らなかったんだなって、思って……」
「これから知っていけばいいだろ」
「うん、そうだね」

 秀の言葉ひとつにこんなにも心を揺さぶられしまうのはなぜだろう。

 いつしか自分の中に芽生えてしまっている、不可解な感情の正体がわからず、モヤモヤしっぱなしだった。

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