フェチらぶ〜再会した紳士な俺様社長にビジ婚を強いられたはずが、世界一幸せな愛され妻になりました〜

羽村 美海

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思いがけないアクシデント


 そこに再び奏のバリトンボイスが響き渡った。

「あまり干渉されたくはないので、父にはまだ知らせておりませんが。それはもう私には勿体ないほど素晴らしい女性ですよ。実は、一月ほど前に運命的な再会を果たしましてね。熱烈なアプローチを重ねて、やっと交際の申し入れを受け入れてもらえました」

 そう言って照れくさそうに浅葱に説明する奏は、迫真の演技を披露している。

 全ては縁談を断るためのお芝居だとわかっているのに、どうにも面映ゆい。耐えかねた穂乃香は奏から思わず目を逸らした。

 だが照れている場合ではない。役目はここからである。

 穂乃香は自身の役割を果たすべく目の前の奏に再び意識を戻した。

「せっかくなので、改めてご紹介いたしますね。こちらが素敵な女性である葛城穂乃香さんです」

「今後とも、どうぞよろしくお願い致します」

奏の言葉に倣うようにして頭を下げた穂乃香は、何とかそれらしく見えるよう精一杯努めた。

「おー、なんと、会長よりも先に。それは光栄だなぁ。いやぁ、そうとは知らずに無粋な真似をして悪かったねぇ」

「いえいえ、とんでもないことです。浅葱社長には、子どもの時分から何かと気にかけて頂いてましたから、私も嬉しいですよ」

「嬉しいことを言ってくれるねぇ。今夜は祝杯といこうじゃないか。ささ、呑もう呑もう」

「ありがとうございます」

 ハラハラさせられたが、浅葱社長にもようやく縁談を諦めてもらえたようだ。

 さっきまで悠長に味わっているような余裕などなかったが、何とか無事にミッションもクリアできた。後は時が過ぎるのを待つばかり。穂乃香もようやく肩の荷が下りてほっと一安心。

 役目を果たした穂乃香は、なかなかお目にかかることなどない豪勢な懐石料理を心置きなく堪能していたのだった。

 そろそろお開きになりそうな頃合いで、穂乃香はお手洗いに行くため奥座敷をそうっと抜け出した。

 もちろん中座する旨を柳本に伝えてある。

 艶やかに磨き上げられた廊下は縁側に設けられており、立派な和風庭園を眺めることができる。

 歩みを進めながらそちらに視線をやると、石灯籠の灯りでライトアップされた庭園が視界いっぱいに映し出された。

爽やかな夜風がさわさわと木の葉を優しく撫でるたびに、仄かに青みを帯びた灯籠の灯りがゆらゆらと揺らめいて見える。

 夜の帳におぼろげに浮かぶ蒼白い光。その中で、四季折々の花々や樹木がざわめき彩りをなしている様は、とても幻想的で美しい。

 先ほどまで緊張感に苛まれていた心が洗われるよう。

 穂乃香は、美しい景観をうっとりと堪能しつつ、ほろ酔い気分でゆったりと歩みを進めていた。

 ふとそこに、背後からこちらへと向かってくる足音が耳に届いた。刹那、穂乃香は背後から身体を拘束され口元を手で覆われてしまう。

「――っ!?」

 驚いているような猶予も与えられぬまま、穂乃香は暗闇に閉ざされた座敷へと連れ込まれてしまった。

 大きな声をあげて助けを呼ぼうにも、しっかりと口を封じられていて叶わない。

 ならば暴れて抵抗しようと手足をばたつかせてみるが、相手はビクともしない。男は「抵抗するだけ無駄だ」とでも言うように、穂乃香の身体を壁に押しつけ低い声を放った。

「安心しろ。大人しく言うことを聞くなら危害は加えない」

(……そんなこと言われたって、安心なんてできるわけないでしょう。バカなの?)

 内心でいきまいたところで、女性である穂乃香の力ではどう足掻いたって無理だろう。

 ここは大人しく従っておいた方が賢明だ。

 そう判断した穂乃香は抵抗の意がないことを相手に知らしめるため、身体から力を抜いて息を潜めた。

 そして静かに相手の出方を待つ。

 どうして穂乃香がこんなにも冷静でいられるかというと、実はこれも想定内だったから。
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