23 / 91
思いがけないアクシデント
④
そこに再び奏のバリトンボイスが響き渡った。
「あまり干渉されたくはないので、父にはまだ知らせておりませんが。それはもう私には勿体ないほど素晴らしい女性ですよ。実は、一月ほど前に運命的な再会を果たしましてね。熱烈なアプローチを重ねて、やっと交際の申し入れを受け入れてもらえました」
そう言って照れくさそうに浅葱に説明する奏は、迫真の演技を披露している。
全ては縁談を断るためのお芝居だとわかっているのに、どうにも面映ゆい。耐えかねた穂乃香は奏から思わず目を逸らした。
だが照れている場合ではない。役目はここからである。
穂乃香は自身の役割を果たすべく目の前の奏に再び意識を戻した。
「せっかくなので、改めてご紹介いたしますね。こちらが素敵な女性である葛城穂乃香さんです」
「今後とも、どうぞよろしくお願い致します」
奏の言葉に倣うようにして頭を下げた穂乃香は、何とかそれらしく見えるよう精一杯努めた。
「おー、なんと、会長よりも先に。それは光栄だなぁ。いやぁ、そうとは知らずに無粋な真似をして悪かったねぇ」
「いえいえ、とんでもないことです。浅葱社長には、子どもの時分から何かと気にかけて頂いてましたから、私も嬉しいですよ」
「嬉しいことを言ってくれるねぇ。今夜は祝杯といこうじゃないか。ささ、呑もう呑もう」
「ありがとうございます」
ハラハラさせられたが、浅葱社長にもようやく縁談を諦めてもらえたようだ。
さっきまで悠長に味わっているような余裕などなかったが、何とか無事にミッションもクリアできた。後は時が過ぎるのを待つばかり。穂乃香もようやく肩の荷が下りてほっと一安心。
役目を果たした穂乃香は、なかなかお目にかかることなどない豪勢な懐石料理を心置きなく堪能していたのだった。
そろそろお開きになりそうな頃合いで、穂乃香はお手洗いに行くため奥座敷をそうっと抜け出した。
もちろん中座する旨を柳本に伝えてある。
艶やかに磨き上げられた廊下は縁側に設けられており、立派な和風庭園を眺めることができる。
歩みを進めながらそちらに視線をやると、石灯籠の灯りでライトアップされた庭園が視界いっぱいに映し出された。
爽やかな夜風がさわさわと木の葉を優しく撫でるたびに、仄かに青みを帯びた灯籠の灯りがゆらゆらと揺らめいて見える。
夜の帳におぼろげに浮かぶ蒼白い光。その中で、四季折々の花々や樹木がざわめき彩りをなしている様は、とても幻想的で美しい。
先ほどまで緊張感に苛まれていた心が洗われるよう。
穂乃香は、美しい景観をうっとりと堪能しつつ、ほろ酔い気分でゆったりと歩みを進めていた。
ふとそこに、背後からこちらへと向かってくる足音が耳に届いた。刹那、穂乃香は背後から身体を拘束され口元を手で覆われてしまう。
「――っ!?」
驚いているような猶予も与えられぬまま、穂乃香は暗闇に閉ざされた座敷へと連れ込まれてしまった。
大きな声をあげて助けを呼ぼうにも、しっかりと口を封じられていて叶わない。
ならば暴れて抵抗しようと手足をばたつかせてみるが、相手はビクともしない。男は「抵抗するだけ無駄だ」とでも言うように、穂乃香の身体を壁に押しつけ低い声を放った。
「安心しろ。大人しく言うことを聞くなら危害は加えない」
(……そんなこと言われたって、安心なんてできるわけないでしょう。バカなの?)
内心でいきまいたところで、女性である穂乃香の力ではどう足掻いたって無理だろう。
ここは大人しく従っておいた方が賢明だ。
そう判断した穂乃香は抵抗の意がないことを相手に知らしめるため、身体から力を抜いて息を潜めた。
そして静かに相手の出方を待つ。
どうして穂乃香がこんなにも冷静でいられるかというと、実はこれも想定内だったから。
あなたにおすすめの小説
俺様上司に今宵も激しく求められる。
藤白ましろ
恋愛
鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。
蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。
ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。
「おまえの顔、えっろい」
神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。
――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。
**2026.01.02start~2026.01.17end**
◆エブリスタ様にも掲載。人気沸騰中です!
https://estar.jp/novels/26513389
悪役令嬢にされたので婚約破棄を受け入れたら、なぜか全員困っています
かきんとう
恋愛
王城の大広間は、いつも以上に華やいでいた。
磨き上げられた床は燭台の光を反射し、色とりどりのドレスが揺れるたびに、まるで花畑が動いているかのように見える。貴族たちの笑い声、楽団の優雅な旋律、そして、ひそやかな噂話が、空気を満たしていた。
その中心に、私は立っていた。
――今日、この瞬間のために。
「エレノア・フォン・リーベルト嬢」
高らかに呼ばれた私の名に、ざわめきがぴたりと止む。
ワケあって、お見合い相手のイケメン社長と山で一夜を過ごすことになりました。
紫月あみり
恋愛
※完結! 焚き火の向かい側に座っているのは、メディアでも話題になったイケメン会社経営者、藤原晃成。山奥の冷えた外気に、彼が言い放った。「抱き合って寝るしかない」そんなの無理。七時間前にお見合いしたばかりの相手なのに!? 応じない私を、彼が羽交い締めにして膝の上に乗せる。向き合うと、ぶつかり合う私と彼の視線。運が悪かっただけだった。こうなったのは――結婚相談所で彼が私にお見合いを申し込まなければ、妹から直筆の手紙を受け取らなければ、そもそも一ヶ月前に私がクマのマスコットを失くさなければ――こんなことにならなかった。彼の腕が、私を引き寄せる。私は彼の胸に顔を埋めた……
抱かれたい騎士No.1と抱かれたく無い騎士No.1に溺愛されてます。どうすればいいでしょうか!?
ゆきりん(安室 雪)
恋愛
ヴァンクリーフ騎士団には見目麗しい抱かれたい男No.1と、絶対零度の鋭い視線を持つ抱かれたく無い男No.1いる。
そんな騎士団の寮の厨房で働くジュリアは何故かその2人のお世話係に任命されてしまう。どうして!?
貧乏男爵令嬢ですが、家の借金返済の為に、頑張って働きますっ!
【R18】愛され総受け女王は、20歳の誕生日に夫である美麗な年下国王に甘く淫らにお祝いされる
奏音 美都
恋愛
シャルール公国のプリンセス、アンジェリーナの公務の際に出会い、恋に落ちたソノワール公爵であったルノー。
両親を船の沈没事故で失い、突如女王として戴冠することになった間も、彼女を支え続けた。
それから幾つもの困難を乗り越え、ルノーはアンジェリーナと婚姻を結び、単なる女王の夫、王配ではなく、自らも執政に取り組む国王として戴冠した。
夫婦となって初めて迎えるアンジェリーナの誕生日。ルノーは彼女を喜ばせようと、画策する。
一夜の過ちで懐妊したら、溺愛が始まりました。
青花美来
恋愛
あの日、バーで出会ったのは勤務先の会社の副社長だった。
その肩書きに恐れをなして逃げた朝。
もう関わらない。そう決めたのに。
それから一ヶ月後。
「鮎原さん、ですよね?」
「……鮎原さん。お腹の赤ちゃん、産んでくれませんか」
「僕と、結婚してくれませんか」
あの一夜から、溺愛が始まりました。
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041