悪役令嬢にされた私たちで、同盟を組みました

月森野菊

文字の大きさ
4 / 12

第4話「悪役令嬢たちの同盟、結成」

しおりを挟む



「要するに、私たちは共通の敵に、それぞれ別の角度から刺されたってことよね」

 ティナはテーブルの上に、まとめた文書の束を叩きつけた。
 それは、王都の交友録、舞踏会の出席者名簿、婚約破棄の公的記録、貴族新聞の切り抜き、さらにはリシェルが保管していた私信の写しまでを含む、情報の断片だった。

「王太子、騎士団長、枢機卿の甥、王妃の縁者。みんなアリシアに落ちた男たち。しかも、全員がほぼ半年以内に、正式な婚約者と破局してる」

「しかも、表向きにはすべて「男側が自主的に決断した」という形で……」

 私はため息をつきながら、手元の資料を静かにめくる。
 そこには、私たち以外にも何人もの令嬢の名があった。
 どの名にも見覚えがある――けれど、誰一人、今では社交界でその姿を見ることはない。

「家の都合で引きこもった」「体調を崩して静養中」「本人の希望で国外留学」――表向きの理由はどれも穏やかで、当たり障りのないものばかりだ。
 だが、婚約破棄の記録が残っているのに、詳細な経緯が一切残されていないという事実が、かえって何よりの異常を物語っていた。

 彼女たちは、存在ごと記録からそっと剥がされたのだ。
 悪意を証明することも、被害を訴えることもできないまま、静かに、名誉を奪われ、忘れられていく。

 胸の奥がざわりと波打つ。
 もし私が、ここに来なかったら──きっと、あの中のひとりになっていた。

 いいえ、まだ私たちも、完全に消されていないだけで、同じ運命に向かっているのかもしれない。
 それがわかっているからこそ、立ち止まるわけにはいかない。

「……もう、私たちで終わらせましょう。これ以上、悪役を増やすわけにはいかない」

 私は手を止め、ゆっくりと顔を上げた。

「彼女の裏を追うなら、もっと強い証拠が必要だわ」

 ティナが腕を組み、唸るように言う。

「ただの嫉妬や逆恨みに見られたら終わりだもの。私たちはすでに負けた側のレッテルを貼られてる」

 クロエが、そっと口を開いた。

「……じゃあ、負けなかった側と繋がるしかない。誰か、あの子に落ちなかった人はいないのかな」

 その言葉に、私とティナは一瞬顔を見合わせた。

「アリシアに靡かなかった者、か……」

「存在すれば、その人は彼女の本性を見抜いたか、拒んだか。どちらにせよ、彼女が最も排除したがっている存在よね」

「探してみましょう。殿下やその周辺に近づける人脈、過去に拒絶した記録……何かあるはずよ」

 ティナが椅子を蹴るように立ち上がった。

「やるからには徹底的に。もう、誰かの筋書き通りに負けてたまるものですか」

 彼女の目に宿るのは、怒りではなく、もっと冷えた意志だった。
 私は頷く。

「私も。もう、いい子でいるつもりはないわ。奪われたままで終わるなんて、まっぴら」

 クロエも、小さくうなずいた。

「……だったら、名前をつけようよ」

「名前?」

「私たちの集まり。誰かの陰口じゃなくて、私たち自身が、自分たちの意思でここにいるって、示すための名前」

 静かな沈黙のあと、ティナがぽつりと呟いた。

「……同盟。悪役令嬢たちの、名誉回復のための、同盟」

「いいわね」

 私は微笑んで言った。

「この瞬間から、ただの元令嬢じゃない。私たちは、反撃を始める側よ」







 その夜。三人はエルミナ夫人の元を訪れ、明かりの落ちた談話室で向かい合った。

 火の灯る暖炉の前、夫人は手ずから茶葉を選び、静かに湯を注いでいた。
 その手つきは変わらず優雅で、だが、私たちの瞳に映るのは、どこか神聖な儀式のようでもあった。

 言葉がなくとも、彼女はすべてを察していた。

「……覚悟を決められたのですね」

 ふと、夫人は静かに微笑み、湯気立つ紅茶のカップをそれぞれに差し出した。
 その香りは、いつもと同じ。けれど今は、どこか張り詰めた空気の中で、その温もりが逆に切なく感じられた。

「貴女たちの行動が、やがてこの国の歯車を動かすかもしれませんわ。――ですが、覚悟はしておきなさい。真実に触れれば、戻れなくなりますよ」

 その声は穏やかだった。
 けれど、その言葉の一つひとつが、胸の奥に静かに杭を打ち込むようだった。

 沈黙の中で、ティナがまっすぐ夫人を見据える。

「誰かが止めなきゃ、また誰かが潰される。次は、私たちじゃ済まないかもしれないんです」

 クロエは小さくうなずき、そっとカップを両手で包み込んだ。

 私は深く頷いた。
 迷いはない。怯えもある。けれど、それ以上に、譲れないものがあった。

「……もう、誰かの物語の悪役として消えていくのは、たくさんです」

 夫人は目を細め、小さく笑った。

「よろしい。ならば、願わくば――この戦いが、貴女たち自身の手で終止符を打たれますように」

 私たちは迷わず頷いた。
 なぜなら、もうすでに戻る場所など、どこにも残されていなかったのだから。

 それでも私たちは、前へ進むことを選んだ。
 たとえその道が、茨で覆われていようとも――

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。

渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。 しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。 「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」 ※※※ 虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。 ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

死に戻ったら、私だけ幼児化していた件について

えくれあ
恋愛
セラフィーナは6歳の時に王太子となるアルバートとの婚約が決まって以降、ずっと王家のために身を粉にして努力を続けてきたつもりだった。 しかしながら、いつしか悪女と呼ばれるようになり、18歳の時にアルバートから婚約解消を告げられてしまう。 その後、死を迎えたはずのセラフィーナは、目を覚ますと2年前に戻っていた。だが、周囲の人間はセラフィーナが死ぬ2年前の姿と相違ないのに、セラフィーナだけは同じ年齢だったはずのアルバートより10歳も幼い6歳の姿だった。 死を迎える前と同じこともあれば、年齢が異なるが故に違うこともある。 戸惑いを覚えながらも、死んでしまったためにできなかったことを今度こそ、とセラフィーナは心に誓うのだった。

断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜

深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。 処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。 なぜなら彼女は―― 前世で“トップインフルエンサー”だったから。 処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。 空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。 タイトルは―― 『断罪なう』。 王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。 すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、 国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。 そして宣言される、前代未聞のルール。 支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。 処刑台は舞台へ。 断罪はエンタメへ。 悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。 これは、 処刑されるはずだった悪役令嬢が、 “ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。 支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、 それとも――自由か。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

処理中です...