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第4話「悪役令嬢たちの同盟、結成」
しおりを挟む「要するに、私たちは共通の敵に、それぞれ別の角度から刺されたってことよね」
ティナはテーブルの上に、まとめた文書の束を叩きつけた。
それは、王都の交友録、舞踏会の出席者名簿、婚約破棄の公的記録、貴族新聞の切り抜き、さらにはリシェルが保管していた私信の写しまでを含む、情報の断片だった。
「王太子、騎士団長、枢機卿の甥、王妃の縁者。みんなアリシアに落ちた男たち。しかも、全員がほぼ半年以内に、正式な婚約者と破局してる」
「しかも、表向きにはすべて「男側が自主的に決断した」という形で……」
私はため息をつきながら、手元の資料を静かにめくる。
そこには、私たち以外にも何人もの令嬢の名があった。
どの名にも見覚えがある――けれど、誰一人、今では社交界でその姿を見ることはない。
「家の都合で引きこもった」「体調を崩して静養中」「本人の希望で国外留学」――表向きの理由はどれも穏やかで、当たり障りのないものばかりだ。
だが、婚約破棄の記録が残っているのに、詳細な経緯が一切残されていないという事実が、かえって何よりの異常を物語っていた。
彼女たちは、存在ごと記録からそっと剥がされたのだ。
悪意を証明することも、被害を訴えることもできないまま、静かに、名誉を奪われ、忘れられていく。
胸の奥がざわりと波打つ。
もし私が、ここに来なかったら──きっと、あの中のひとりになっていた。
いいえ、まだ私たちも、完全に消されていないだけで、同じ運命に向かっているのかもしれない。
それがわかっているからこそ、立ち止まるわけにはいかない。
「……もう、私たちで終わらせましょう。これ以上、悪役を増やすわけにはいかない」
私は手を止め、ゆっくりと顔を上げた。
「彼女の裏を追うなら、もっと強い証拠が必要だわ」
ティナが腕を組み、唸るように言う。
「ただの嫉妬や逆恨みに見られたら終わりだもの。私たちはすでに負けた側のレッテルを貼られてる」
クロエが、そっと口を開いた。
「……じゃあ、負けなかった側と繋がるしかない。誰か、あの子に落ちなかった人はいないのかな」
その言葉に、私とティナは一瞬顔を見合わせた。
「アリシアに靡かなかった者、か……」
「存在すれば、その人は彼女の本性を見抜いたか、拒んだか。どちらにせよ、彼女が最も排除したがっている存在よね」
「探してみましょう。殿下やその周辺に近づける人脈、過去に拒絶した記録……何かあるはずよ」
ティナが椅子を蹴るように立ち上がった。
「やるからには徹底的に。もう、誰かの筋書き通りに負けてたまるものですか」
彼女の目に宿るのは、怒りではなく、もっと冷えた意志だった。
私は頷く。
「私も。もう、いい子でいるつもりはないわ。奪われたままで終わるなんて、まっぴら」
クロエも、小さくうなずいた。
「……だったら、名前をつけようよ」
「名前?」
「私たちの集まり。誰かの陰口じゃなくて、私たち自身が、自分たちの意思でここにいるって、示すための名前」
静かな沈黙のあと、ティナがぽつりと呟いた。
「……同盟。悪役令嬢たちの、名誉回復のための、同盟」
「いいわね」
私は微笑んで言った。
「この瞬間から、ただの元令嬢じゃない。私たちは、反撃を始める側よ」
その夜。三人はエルミナ夫人の元を訪れ、明かりの落ちた談話室で向かい合った。
火の灯る暖炉の前、夫人は手ずから茶葉を選び、静かに湯を注いでいた。
その手つきは変わらず優雅で、だが、私たちの瞳に映るのは、どこか神聖な儀式のようでもあった。
言葉がなくとも、彼女はすべてを察していた。
「……覚悟を決められたのですね」
ふと、夫人は静かに微笑み、湯気立つ紅茶のカップをそれぞれに差し出した。
その香りは、いつもと同じ。けれど今は、どこか張り詰めた空気の中で、その温もりが逆に切なく感じられた。
「貴女たちの行動が、やがてこの国の歯車を動かすかもしれませんわ。――ですが、覚悟はしておきなさい。真実に触れれば、戻れなくなりますよ」
その声は穏やかだった。
けれど、その言葉の一つひとつが、胸の奥に静かに杭を打ち込むようだった。
沈黙の中で、ティナがまっすぐ夫人を見据える。
「誰かが止めなきゃ、また誰かが潰される。次は、私たちじゃ済まないかもしれないんです」
クロエは小さくうなずき、そっとカップを両手で包み込んだ。
私は深く頷いた。
迷いはない。怯えもある。けれど、それ以上に、譲れないものがあった。
「……もう、誰かの物語の悪役として消えていくのは、たくさんです」
夫人は目を細め、小さく笑った。
「よろしい。ならば、願わくば――この戦いが、貴女たち自身の手で終止符を打たれますように」
私たちは迷わず頷いた。
なぜなら、もうすでに戻る場所など、どこにも残されていなかったのだから。
それでも私たちは、前へ進むことを選んだ。
たとえその道が、茨で覆われていようとも――
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