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第5話「騎士団に潜入せよ」
しおりを挟む「……私が行くわ」
そう言ったのは、意外にもクロエだった。
静かな朝食の席。アリシアの動向を調べる手段として「王都の近衛騎士団への接触」を検討していた時のことだった。
「彼女、今でも週に一度は騎士団長のもとに差し入れを届けているって噂がある。――騎士団の厨房なら、あまり顔を見られずに済むと思う」
「でも、危険よ。騎士団は閉鎖的だし、部外者が入るのは……」
私が口を挟むと、クロエは静かに首を横に振った。
「私なら大丈夫。厨房の管理人、昔うちに仕えていた家の分家筋なの。口をきいてもらえる」
彼女の声は決して強くはなかった。けれど、消え入りそうなその声の奥に、確かな意志の炎が灯っていた。
ティナが苦笑する。
「まさか、クロエが行動班とはね。……でも、悪くない。あんた、見た目が地味だから警戒されないし」
「褒めてるのか、けなしてるのか……」
「褒めてるわよ。優秀な潜入者ってこと」
私は二人のやり取りを聞きながら、ふと、クロエの瞳に浮かぶ静かな怒りを見逃さなかった。
──彼女もまた、すべてを奪われた者のひとり。
そして、失ったものをただ嘆くのではなく、自ら取り戻そうとする覚悟を、今ここで持ったのだ。
クロエが王都へ向けて出発してから、十日が経っていた。
往復の馬車だけで六日はかかるこの距離。調査のための聞き込みや厨房への潜入にも時間を要し、私たちはその間、ひたすら彼女の無事と成果を祈っていた。
夕暮れ時、彼女は屋敷へと戻ってきた。
埃と汗のにじんだ袖を払いながらも、その瞳には明確な確信の光が宿っていた。
「……報告、いくつかあるの」
クロエは椅子に腰を下ろすと、懐から折り畳んだ手帳を取り出して開いた。
「王都へ向かう途中、旧ローエン街道沿いの宿で、ある女性と同宿になったの。彼女、もと侯爵家に仕えていた侍女だった」
ティナと私は顔を見合わせる。
「その人が仕えていた令嬢。名は、アマーリエ。三年前に婚約を破棄されて、今は行方知れずになってる」
「……記録上では、婚約者側が失踪になってるはずよ。あの事件、確か……」
「でも、その侍女の話では違った。あの令嬢は、破棄をきっかけに家を追い出されて、その後なぜかヒロインに罪を擦り付けた悪役として名指しされてたって」
「記録を書き換えられた……?」
私は思わず声を漏らした。
クロエは無言でうなずき、続ける。
「彼女の言葉が本当なら、記録を都合よく作り直す誰かがいる。しかも、アリシアを守るために。それが騎士団長なのか、それとももっと上かはまだわからない」
「……けど、情報の加工はできる。物語を書き換える力が、どこかで動いてる」
ティナの言葉に、部屋の空気が冷たくなる。
「それと……聞いたわ、騎士団で。アリシアは、毎週決まった時間に団長と二人きりで話してる。しかも、部下には『来客扱いせずに通せ』って命令してるらしいの」
「まるで、公式じゃない会合ってことね」
ティナが鋭く言う。
「話の中で、騎士団の機密――警備スケジュールや、派遣任務の内容まで彼女に伝えていたって、厨房の子がぽろっと漏らしてたわ」
クロエの声がわずかに震えた。
「『この間の情報、王妃殿下の方にも喜ばれました』って、団長が……」
その言葉に、空気が凍る。
「……つまり、王妃とアリシアは繋がってる。そして騎士団長は、その橋渡しをしている……?」
私の問いに、クロエは無言でうなずいた。
「彼女は情報の受け手じゃない。――流通させてる、要なのよ」
ティナの目が細くなる。
「じゃあ、本当に彼女がただの侯爵令嬢なら、こんなことはできない。アリシア・ミルフォードの正体そのものが、虚構である可能性が高い」
「それを裏付ける証拠が欲しい」
私は立ち上がり、部屋の書棚から一冊の地図を取り出した。
「彼女の家系図。出生記録。それに、爵位授与の正式文書……全部洗い出すわ。きっと、なにかが抜けてるはずよ」
「その前に、一つ気になる話があるわよ」
ティナが切り出す。
「この前王都に出たとき、偶然「エミリア」って子に会ったの。あんたたち、覚えてる?昔、枢機卿の甥と婚約してた伯爵令嬢。突然婚約破棄されて姿を消した」
「ええ、記憶にあるわ」
「彼女が言ってた。『私、アリシアの素性に触れた瞬間、すべてを失った』って。……あの子、今はもう、名乗る姓も残ってない」
私はゆっくり息を吐いた。
真実に触れた者が、ひとり、またひとりと消えていく。
「だからこそ……私たちは、消される前に辿り着かないといけない」
この手で、明かさなければならない。
誰かが用意したヒロインという仮面の、その下にある真の顔を。
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