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第6話「第四の被害者、現る」
しおりを挟む「エミリアに、会いに行くのね」
私がそう口にすると、ティナは軽く頷いた。
「うん。今は名前も名乗れないし、社交界からも完全に消えてるけど……彼女は知ってる。アリシアに触れた者の末路を」
「どこにいるの?」
「表向きには国外に療養ということになってる。でも実際は、王都郊外の古書屋の離れで隠れるように暮らしてるらしいの」
「そんな状態なのに、会えるの……?」
「私が昔、彼女に借りをつくったの。今回はそれを返すだけよ」
ティナはいつもの毒気を抑え、珍しく静かな声でそう言った。
それから二日後。ティナがエミリアと再会を果たした夜、彼女は一通の手紙と数枚の書類を手に、荘園へと戻ってきた。
「……これ、彼女が残した記録の写し。王宮図書室から消された、ある年の爵位授与名簿の抜粋よ」
私は目を見開く。
「消された……?」
「アリシア・ミルフォードの名が、侯爵家の令嬢として掲載されたその年だけが、なぜか閲覧不能になってた。彼女が持っていたのは、以前に偶然手に入れていた写しだった」
クロエが表紙を撫でるようにめくる。
「……アリシアの欄、空白になってる」
「そう。侯爵家長女と記載されているのに、誕生日・洗礼・記録番号がすべて欠落してる。あり得ないわ」
ティナが目を細める。
「これ、普通に記載ミスだったら、そのまま公表されるはず。でも実際にはその年だけ丸ごと閲覧不能になってるのよ」
つまり――誰かが存在を整えるために、あえて記録を抹消した。
「エミリアは、アリシアの素性を調べようとして、婚約破棄され、家を追われた。記録も信用もすべて奪われた」
私は書類の角を指先でなぞりながら、静かに言った。
「……そして、消された」
ティナはうなずく。
「だから彼女、言ってた。『アリシアは、誰かの理想のヒロインとして、作られた存在だ』って」
「それが、王妃?」
クロエがぽつりと口にする。
「まだ確証はない。でも、今の王妃が即位してから、ミルフォード家は不自然なほど急成長してる。それまでは、爵位のない準男爵家だったはずなのに」
「じゃあ、彼女の本当の素性は……」
その先を、私は口にできなかった。
けれど、皆が同じ思いを抱いていた。
アリシア・ミルフォード。
その名前は、血筋ではなく、何かの目的のために与えられた仮面なのかもしれない。
その夜、談話室にはいつになく張り詰めた空気が漂っていた。
ティナが持ち帰った名簿の写しを、エルミナ夫人は蝋燭の灯りの下でじっと眺めていた。
沈黙のあいだ、紅茶の香りすら届かないほど、私たちは息をひそめていた。
やがて夫人は、そっと手を止め、落ち着いた声で言った。
「この名簿……昔、私が王妃付きの侍女だった頃に目にした原本とは、細部が違っています。記憶違いではないと思います」
「記憶違いではない?」
私が思わず問い返すと、夫人はゆっくりと首を横に振った。
「ええ。なにせ、原本には……アリシア・ミルフォードという名は、載っていませんでしたから」
言葉が、音としてではなく、冷たい事実として空間を貫いた。
私は手にしていたカップを思わず強く握りしめる。ティナが小さく息を呑み、クロエが目を見開いたまま硬直する。
「……どういうこと、ですか?」
「つまり、彼女は最初から侯爵令嬢ではなかったということです」
夫人の声音は変わらない。けれどその静けさは、私たちの心により深い衝撃を与えた。
「では、彼女の記録は、あとから……?」
「誰かが、そこにあるはずだった存在として記録を作ったのでしょう。王家の権限があれば、文書の一つや二つ、書き換えることなど造作もありません」
そして夫人は、わずかに視線を落とすようにして呟いた。
「ミルフォード家の娘が、はじめから存在していなかったとしたら──あの子は、どこから来たのかしらね」
それは、ただの疑問ではなかった。
私たちは直感する。真実はすぐそこにある、と。
そしてその真実は、おそらく私たちが思っていたよりもずっと、深く、危険な場所に埋まっている。
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