10 / 58
長期休暇②
しおりを挟む
今日はミカイルが一日、僕の家で寝泊まりすることが決まっている。彼曰く、半日じゃ足りない、ということで、僕もせっかく会えるなら色々話が聞きたいと思っていたし、快く了承したのはつい先日の事だ。
玄関では、待機していた母さんが出迎えてくれた。
「ミカイル様、お久しぶりです」
「アディーラ様…今日はお世話になります」
「遠慮しないで、ゆっくりしていってくださいね。……それにしてもなんだか、暫く見ないうちにすごく大人びた感じがしますわ」
「ふふ……そうですか?ユハンにもさっき言われましたよ」
「うちのユハンは全然変わらないでしょう?」
「……そうですね。でも、僕はユハンが変わっていなくて安心しました」
ミカイルがそっと微笑む。それを横目に、僕はたった一年でそんなに変わらないだろ、と口を尖らせていた。
母さんは久しぶりにミカイルと会えて嬉しそうだ。幼い頃はよく彼に、母さんが取られるのではないかと不安だったのを思い出す。
今にして思えば、ミカイルは母さん達の前では猫を被っていたため、当時の愛らしい彼の言うことに拒否など出来るはずがなかったのだ。だからいつも僕が反抗すると、叱られる嵌めになったのではないかと思う。
あの頃はその理不尽さのせいで、やりきれない想いを胸に抱え込んでしまったが、成長した今ではそれも大分薄れていた。
夕食まではまだ時間があるから、ゆっくり二人で過ごすといいわ────母さんにそう言われ、僕は自分の部屋へミカイルを招待した。ここに彼が訪れるのも、随分と久しぶりだ。
「ミカ。学校での話、もっといろいろ聞かせてくれよ」
「うーん、そうは言ってもほとんど手紙に書いた通りだよ?毎日授業を受けて、部屋へ帰ったら課題をする。その繰り返しで特に言うこともないんだけど……」
「僕が聞きたいのは、クラスメイトのこととか先生の話とか、どんな人達がいるのかってことだ。さっきは友達なんていない、なんて言ってたけどさ。クラスメイトとは話くらいするだろ?」
ミカイルは少し黙った後、表情を僅かに強ばらせて僕に問いかけた。
「………なんで、ユハはクラスメイトの話が聞きたいの?」
「なんで、って……。そりゃあ、どんな人達がいるかは気になるよ」
「それって、僕以外の人に興味があるってこと?」
「え?まあ、そうなるのか……?」
そういう意図で聞いたつもりは全くなかった。
しかしながら────どうやらそれはミカイルの地雷だったらしい。彼は今まで浮かべていた穏やかな笑顔を完全に失くすと、僕を冷ややかな瞳で見つめてきた。
辺りを険悪な雰囲気が漂い始める。
沈黙を破ったのは、ミカイルの声ではなく、誰かが扉をノックする音だった。
「ユハン、ミカイル様が来てるって聞いたんだけど……」
入ってきたのは父さんだ。
ミカイルは父さんを見ると先ほどまでの冷たい表情を一転させ、いつもの微笑を浮かべた。
「お邪魔しています、イーグラント卿」
「ああ!ご挨拶するのが遅くなって申し訳ないです」
「いえ、僕ももう少し遅く到着する予定だったんですが、気が競ってしまい……、当初の約束した時間より大幅に早く着いてしまいました。むしろ謝るのはこちらの方です」
「そんなそんな!ミカイル様が謝るなど滅相もない!!」
父さんは大袈裟に手を顔の前で振る。険悪な雰囲気も一緒に霧散したようで、僕はほっと一息ついた。
「父さん、なんだかんだミカイルとちゃんと話すのは初めてだよな?」
「ああ、そうだね」
父さんは仕事柄家を外すことが多かったから、ミカイルが家へ遊びに来ても滅多に会うことはなかった。
僕の言葉に頷いて、父さんがミカイルを見る。
「改めて、いつもユハンと仲良くしてくださり、ありがとうございます」
「そんなにかしこまらないでください。むしろ、ユハンが僕に仲良くしてくれているんです。お礼を言いたいのは僕の方ですよ」
「そうなんですか……?でも、ユハンもミカイル様のことを大切な友達だと思っているはずです。現に、今年の誕生日はミカイル様へ手紙を書きたいからと言ってペンをプレゼントに……」
「うわあっ!父さん!それは言うなよ!!」
「ええ!?だめだった!?」
まさか父さんにそれをバラされるとは思わず、僕は立ち上がり大きな声で遮った。
しかし、残念ながらそれは全く意味をなさなかったようだ。ミカイルは訝しげな表情で、こちらを見上げていた。
「ユハン、どういうこと?」
「あ、あ~、……そ、そういえば僕、母さんに用があるんだった!また後で!」
母さんに用などあるわけもなく、僕はその場から逃げ出した。どうしても、ミカイルにプレゼントでもらったペンのことを言うのは気恥ずかしかったのだ。
玄関では、待機していた母さんが出迎えてくれた。
「ミカイル様、お久しぶりです」
「アディーラ様…今日はお世話になります」
「遠慮しないで、ゆっくりしていってくださいね。……それにしてもなんだか、暫く見ないうちにすごく大人びた感じがしますわ」
「ふふ……そうですか?ユハンにもさっき言われましたよ」
「うちのユハンは全然変わらないでしょう?」
「……そうですね。でも、僕はユハンが変わっていなくて安心しました」
ミカイルがそっと微笑む。それを横目に、僕はたった一年でそんなに変わらないだろ、と口を尖らせていた。
母さんは久しぶりにミカイルと会えて嬉しそうだ。幼い頃はよく彼に、母さんが取られるのではないかと不安だったのを思い出す。
今にして思えば、ミカイルは母さん達の前では猫を被っていたため、当時の愛らしい彼の言うことに拒否など出来るはずがなかったのだ。だからいつも僕が反抗すると、叱られる嵌めになったのではないかと思う。
あの頃はその理不尽さのせいで、やりきれない想いを胸に抱え込んでしまったが、成長した今ではそれも大分薄れていた。
夕食まではまだ時間があるから、ゆっくり二人で過ごすといいわ────母さんにそう言われ、僕は自分の部屋へミカイルを招待した。ここに彼が訪れるのも、随分と久しぶりだ。
「ミカ。学校での話、もっといろいろ聞かせてくれよ」
「うーん、そうは言ってもほとんど手紙に書いた通りだよ?毎日授業を受けて、部屋へ帰ったら課題をする。その繰り返しで特に言うこともないんだけど……」
「僕が聞きたいのは、クラスメイトのこととか先生の話とか、どんな人達がいるのかってことだ。さっきは友達なんていない、なんて言ってたけどさ。クラスメイトとは話くらいするだろ?」
ミカイルは少し黙った後、表情を僅かに強ばらせて僕に問いかけた。
「………なんで、ユハはクラスメイトの話が聞きたいの?」
「なんで、って……。そりゃあ、どんな人達がいるかは気になるよ」
「それって、僕以外の人に興味があるってこと?」
「え?まあ、そうなるのか……?」
そういう意図で聞いたつもりは全くなかった。
しかしながら────どうやらそれはミカイルの地雷だったらしい。彼は今まで浮かべていた穏やかな笑顔を完全に失くすと、僕を冷ややかな瞳で見つめてきた。
辺りを険悪な雰囲気が漂い始める。
沈黙を破ったのは、ミカイルの声ではなく、誰かが扉をノックする音だった。
「ユハン、ミカイル様が来てるって聞いたんだけど……」
入ってきたのは父さんだ。
ミカイルは父さんを見ると先ほどまでの冷たい表情を一転させ、いつもの微笑を浮かべた。
「お邪魔しています、イーグラント卿」
「ああ!ご挨拶するのが遅くなって申し訳ないです」
「いえ、僕ももう少し遅く到着する予定だったんですが、気が競ってしまい……、当初の約束した時間より大幅に早く着いてしまいました。むしろ謝るのはこちらの方です」
「そんなそんな!ミカイル様が謝るなど滅相もない!!」
父さんは大袈裟に手を顔の前で振る。険悪な雰囲気も一緒に霧散したようで、僕はほっと一息ついた。
「父さん、なんだかんだミカイルとちゃんと話すのは初めてだよな?」
「ああ、そうだね」
父さんは仕事柄家を外すことが多かったから、ミカイルが家へ遊びに来ても滅多に会うことはなかった。
僕の言葉に頷いて、父さんがミカイルを見る。
「改めて、いつもユハンと仲良くしてくださり、ありがとうございます」
「そんなにかしこまらないでください。むしろ、ユハンが僕に仲良くしてくれているんです。お礼を言いたいのは僕の方ですよ」
「そうなんですか……?でも、ユハンもミカイル様のことを大切な友達だと思っているはずです。現に、今年の誕生日はミカイル様へ手紙を書きたいからと言ってペンをプレゼントに……」
「うわあっ!父さん!それは言うなよ!!」
「ええ!?だめだった!?」
まさか父さんにそれをバラされるとは思わず、僕は立ち上がり大きな声で遮った。
しかし、残念ながらそれは全く意味をなさなかったようだ。ミカイルは訝しげな表情で、こちらを見上げていた。
「ユハン、どういうこと?」
「あ、あ~、……そ、そういえば僕、母さんに用があるんだった!また後で!」
母さんに用などあるわけもなく、僕はその場から逃げ出した。どうしても、ミカイルにプレゼントでもらったペンのことを言うのは気恥ずかしかったのだ。
181
あなたにおすすめの小説
【完結】婚約破棄したのに幼馴染の執着がちょっと尋常じゃなかった。
天城
BL
子供の頃、天使のように可愛かった第三王子のハロルド。しかし今は令嬢達に熱い視線を向けられる美青年に成長していた。
成績優秀、眉目秀麗、騎士団の演習では負けなしの完璧な王子の姿が今のハロルドの現実だった。
まだ少女のように可愛かったころに求婚され、婚約した幼馴染のギルバートに申し訳なくなったハロルドは、婚約破棄を決意する。
黒髪黒目の無口な幼馴染(攻め)×金髪青瞳美形第三王子(受け)。前後編の2話完結。番外編を不定期更新中。
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
愛する公爵と番になりましたが、大切な人がいるようなので身を引きます
まんまる
BL
メルン伯爵家の次男ナーシュは、10歳の時Ωだと分かる。
するとすぐに18歳のタザキル公爵家の嫡男アランから求婚があり、あっという間に婚約が整う。
初めて会った時からお互い惹かれ合っていると思っていた。
しかしアランにはナーシュが知らない愛する人がいて、それを知ったナーシュはアランに離婚を申し出る。
でもナーシュがアランの愛人だと思っていたのは⋯。
執着系α×天然Ω
年の差夫夫のすれ違い(?)からのハッピーエンドのお話です。
Rシーンは※付けます
転生したらスパダリに囲われていました……え、違う?
米山のら
BL
王子悠里。苗字のせいで“王子さま”と呼ばれ、距離を置かれてきた、ぼっち新社会人。
ストーカーに追われ、車に轢かれ――気づけば豪奢なベッドで目を覚ましていた。
隣にいたのは、氷の騎士団長であり第二王子でもある、美しきスパダリ。
「愛してるよ、私のユリタン」
そう言って差し出されたのは、彼色の婚約指輪。
“最難関ルート”と恐れられる、甘さと狂気の狭間に立つ騎士団長。
成功すれば溺愛一直線、けれど一歩誤れば廃人コース。
怖いほどの執着と、甘すぎる愛の狭間で――悠里の新しい人生は、いったいどこへ向かうのか?
……え、違う?
元執着ヤンデレ夫だったので警戒しています。
くまだった
BL
新入生の歓迎会で壇上に立つアーサー アグレンを見た時に、記憶がざっと戻った。
金髪金目のこの才色兼備の男はおれの元執着ヤンデレ夫だ。絶対この男とは関わらない!とおれは決めた。
貴族金髪金目 元執着ヤンデレ夫 先輩攻め→→→茶髪黒目童顔平凡受け
ムーンさんで先行投稿してます。
感想頂けたら嬉しいです!
初夜の翌朝失踪する受けの話
春野ひより
BL
家の事情で8歳年上の男と結婚することになった直巳。婚約者の恵はカッコいいうえに優しくて直巳は彼に恋をしている。けれど彼には別に好きな人がいて…?
タイトル通り初夜の翌朝攻めの前から姿を消して、案の定攻めに連れ戻される話。
歳上穏やか執着攻め×頑固な健気受け
お荷物な俺、独り立ちしようとしたら押し倒されていた
やまくる実
BL
異世界ファンタジー、ゲーム内の様な世界観。
俺は幼なじみのロイの事が好きだった。だけど俺は能力が低く、アイツのお荷物にしかなっていない。
独り立ちしようとして執着激しい攻めにガッツリ押し倒されてしまう話。
好きな相手に冷たくしてしまう拗らせ執着攻め✖️自己肯定感の低い鈍感受け
ムーンライトノベルズにも掲載しています。
アルファのアイツが勃起不全だって言ったの誰だよ!?
モト
BL
中学の頃から一緒のアルファが勃起不全だと噂が流れた。おいおい。それって本当かよ。あんな完璧なアルファが勃起不全とかありえねぇって。
平凡モブのオメガが油断して美味しくいただかれる話。ラブコメ。
ムーンライトノベルズにも掲載しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる