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二日目
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────翌日の朝。
今日は職員室に行く用事もないため、昨日よりも余裕をもって朝御飯の支度をすることが出来た。
我ながら少し料理が上手になってきた気がする。これなら卒業する頃には母さんよりも得意になっているかもしれない。
心なしか自慢げな顔つきで料理を並べていれば、着替え終わったミカイルが洗面所から出てきた。彼は僕の前では絶対に服を脱がないので、起床すると必ず洗面所に直行する。
本当は僕にもそうしてほしいみたいだが、わざわざ服を持っていくのは面倒なので断っていた。
「おはよう、ユハ。今日も美味しそうだね」
「だろ?僕も段々上達してる気がするんだ。そのおかげで最近は料理するのも楽しくなってきたしな」
「じゃあ卒業したら僕の家でシェフをしてよ。もちろん住み込みでね」
「おい……、僕にも一応継ぐ家があるんだぞ」
「ふふっ、冗談だよ」
じっとりとした目で見るとミカイルは薄笑いを浮かべた。彼の冗談は冗談に聞こえない。
今だって、全く目が笑っていなかった。
そのまま僕達は朝御飯を食べて部屋を出る。
今日の通学路は、昨日よりもたくさんの生徒で溢れていた。
どうやら時間を遅らせるとこんなに多くなるらしい。それならば多少早起きしてでも空いてる道を歩きたいくらいだった。
ミカイルの隣を歩きながら、ふいに周囲の視線を感じる。クラスで向けられた悪意とはまた違う種類のもの。
何か可笑しいところでもあるのか、服や髪の毛を確認するが何も見当たらない。
「ユハ、急にどうしたの?」
「あのさ、僕に何か変なものでもついてないか?」
「うーん、特に何も見えないけど……。何かあった?」
「いや、何もないならいいんだ」
ミカイルに後ろ側も見てもらったが何もなさそうだ。
変に心配もかけたくないのでこれ以降は気にしないことにする。昨日のことで少し敏感になりすぎているのかもしれなかった。
教室に近づくにつれて心臓が嫌な音をたてる。気丈に振る舞っていても、体は正直だった。
無意識の内に歩みも遅くなっていたようで、ミカイルが心配そうに眉を下げ、僕を見てきた。
「ユハ……顔色が悪いけど大丈夫?」
「別に、なんともない。今日から授業が始まるから、ちょっと緊張してるんだろ」
「………………本当に?」
「しつこいな。僕が大丈夫って言ってるんだからこれ以上聞いてくるな」
誤魔化そうとして口調が強くなってしまう。
咄嗟に顔を背けたが、こんなもの、大丈夫じゃないと言っているのと同じだ。
ミカイルが僕に言い聞かせるように覗き込んでくるのが視界に入る。
「…………じゃあこれだけは言わせて。僕はどんな時でも、ユハの味方だよ。これは絶対に変わらないから。だから、何かあったら必ず僕に言うこと。分かった?」
そんなこと、いちいち言われなくても分かってる。僕が言えないのは、ただのちっぽけなプライドのせいなのだ。
ミカイルとはいつだって対等でいたいと思うからこそ、彼に同情されるなど絶対に許せなかった。
「……何かあったらな。まあ、何もないと思うけど。……そんなことより、そろそろ予鈴が鳴りそうだ。急ごう」
重い足を何とか前に出して教室を目指す。
依然として不安そうな眼差しを向けられるものの、それには気付かない振りをして、ただひたすら歩くことに集中した。
気づけば予鈴は鳴ってしまい、教室の前に着いたミカイルは再度心配そうにこちらへ視線をやった。
僕はそれを無視して開けるように目線で促すと、彼はそのまま黙って扉に手を掛ける。ガラッという音の後に、着席している全員の目がこちらを向くのが分かった。
僕はとにかくジークと顔を合わせるのだけは避けたくて、皆が口々にミカイルへ話しかけるのを横目に急いで自分の席へと向かう。
しかしながら────前方の扉から入ってしまったせいで、このままだとハインツの横を通らないといけないことに気がついた。他の席の間を通っても良かったが、もう窓際まで来てしまっている。
今さら引き返すわけにもいかず、なるべく視界に入らないよう俯いた。鞄を握りしめる手に思わず力が入る。
「あ、ユハン君!おはよう!」
「えっ……?」
ちょうどハインツの席に差し掛かった辺りで呼ばれた名前に、驚愕して目を見開く。
彼は昨日と変わらぬ優しい笑みを浮かべていた。が、それもすぐに申し訳なさそうな表情へ変えると、落ち込んだように肩を下げた。
「昨日はすぐに助けてあげられなくてごめんね。ボクも止めようとしたんだけど、ミカイル君の方が速かったよ……」
「ハ、ハインツも助けてくれようとしたのか!?」
「うん……。でも、全然駄目だった。ミカイル君はやっぱりすごいね。……それに比べてボクはまだまだだなあ………」
ハインツは意気消沈しているようだが、僕からすればその気持ちだけで十分に嬉しい。
「そんなに落ち込まないでくれ。正直……ハインツはもう僕と話してくれないだろうと思っていたから、こうして普通に接してくれるだけでも有難いんだ」
「そんなのは当たり前だよ!ボクはユハン君と仲良くしたいと思ってるだけだから、何も特別なことはしてないよ」
「…………でも、このクラスの人はあんまり僕のことが気に入らないみたいだからさ……」
「それは……、」
ポツリと本音が漏れる。
ハインツはその言葉を聞いてはっとしたように目を瞬かせていた。何か理由を知っているのかそのまま口を開くと、それはタイミング悪く鳴ったチャイムの音によってかき消された。
既に予鈴は鳴っているからこれは本鈴だ。タルテ先生が入ってくるのが見えて、急いで席に着く。
先生はクラスの出席確認をすると、今日も今日とてダルそうに連絡事項を話し始めた。
それにしても────先程のハインツの表情を思い出す。彼は思い当たる節があるように何かを語り出そうとしていた。
僕には何故こんなに嫌われるのか全く検討もついていない。
だから、もし知っているのであれば是非とも教えて欲しかった。そうして本当に僕に悪いところがあるのであれば、それを直す気概さえ持っていた。
そのままソワソワとしていると朝のHRが終わり、続けて一時間目の授業が始まってしまう。
そうだった。今日から通常の時間割になるのだった。
ハインツの話は気になるが今は勉強を優先しなければならない。話を聞くのは後でだってできるのだから。
僕は教科書を取り出して聞きたい気持ちを抑えながら、授業に集中するよう気持ちを切り替えた。
今日は職員室に行く用事もないため、昨日よりも余裕をもって朝御飯の支度をすることが出来た。
我ながら少し料理が上手になってきた気がする。これなら卒業する頃には母さんよりも得意になっているかもしれない。
心なしか自慢げな顔つきで料理を並べていれば、着替え終わったミカイルが洗面所から出てきた。彼は僕の前では絶対に服を脱がないので、起床すると必ず洗面所に直行する。
本当は僕にもそうしてほしいみたいだが、わざわざ服を持っていくのは面倒なので断っていた。
「おはよう、ユハ。今日も美味しそうだね」
「だろ?僕も段々上達してる気がするんだ。そのおかげで最近は料理するのも楽しくなってきたしな」
「じゃあ卒業したら僕の家でシェフをしてよ。もちろん住み込みでね」
「おい……、僕にも一応継ぐ家があるんだぞ」
「ふふっ、冗談だよ」
じっとりとした目で見るとミカイルは薄笑いを浮かべた。彼の冗談は冗談に聞こえない。
今だって、全く目が笑っていなかった。
そのまま僕達は朝御飯を食べて部屋を出る。
今日の通学路は、昨日よりもたくさんの生徒で溢れていた。
どうやら時間を遅らせるとこんなに多くなるらしい。それならば多少早起きしてでも空いてる道を歩きたいくらいだった。
ミカイルの隣を歩きながら、ふいに周囲の視線を感じる。クラスで向けられた悪意とはまた違う種類のもの。
何か可笑しいところでもあるのか、服や髪の毛を確認するが何も見当たらない。
「ユハ、急にどうしたの?」
「あのさ、僕に何か変なものでもついてないか?」
「うーん、特に何も見えないけど……。何かあった?」
「いや、何もないならいいんだ」
ミカイルに後ろ側も見てもらったが何もなさそうだ。
変に心配もかけたくないのでこれ以降は気にしないことにする。昨日のことで少し敏感になりすぎているのかもしれなかった。
教室に近づくにつれて心臓が嫌な音をたてる。気丈に振る舞っていても、体は正直だった。
無意識の内に歩みも遅くなっていたようで、ミカイルが心配そうに眉を下げ、僕を見てきた。
「ユハ……顔色が悪いけど大丈夫?」
「別に、なんともない。今日から授業が始まるから、ちょっと緊張してるんだろ」
「………………本当に?」
「しつこいな。僕が大丈夫って言ってるんだからこれ以上聞いてくるな」
誤魔化そうとして口調が強くなってしまう。
咄嗟に顔を背けたが、こんなもの、大丈夫じゃないと言っているのと同じだ。
ミカイルが僕に言い聞かせるように覗き込んでくるのが視界に入る。
「…………じゃあこれだけは言わせて。僕はどんな時でも、ユハの味方だよ。これは絶対に変わらないから。だから、何かあったら必ず僕に言うこと。分かった?」
そんなこと、いちいち言われなくても分かってる。僕が言えないのは、ただのちっぽけなプライドのせいなのだ。
ミカイルとはいつだって対等でいたいと思うからこそ、彼に同情されるなど絶対に許せなかった。
「……何かあったらな。まあ、何もないと思うけど。……そんなことより、そろそろ予鈴が鳴りそうだ。急ごう」
重い足を何とか前に出して教室を目指す。
依然として不安そうな眼差しを向けられるものの、それには気付かない振りをして、ただひたすら歩くことに集中した。
気づけば予鈴は鳴ってしまい、教室の前に着いたミカイルは再度心配そうにこちらへ視線をやった。
僕はそれを無視して開けるように目線で促すと、彼はそのまま黙って扉に手を掛ける。ガラッという音の後に、着席している全員の目がこちらを向くのが分かった。
僕はとにかくジークと顔を合わせるのだけは避けたくて、皆が口々にミカイルへ話しかけるのを横目に急いで自分の席へと向かう。
しかしながら────前方の扉から入ってしまったせいで、このままだとハインツの横を通らないといけないことに気がついた。他の席の間を通っても良かったが、もう窓際まで来てしまっている。
今さら引き返すわけにもいかず、なるべく視界に入らないよう俯いた。鞄を握りしめる手に思わず力が入る。
「あ、ユハン君!おはよう!」
「えっ……?」
ちょうどハインツの席に差し掛かった辺りで呼ばれた名前に、驚愕して目を見開く。
彼は昨日と変わらぬ優しい笑みを浮かべていた。が、それもすぐに申し訳なさそうな表情へ変えると、落ち込んだように肩を下げた。
「昨日はすぐに助けてあげられなくてごめんね。ボクも止めようとしたんだけど、ミカイル君の方が速かったよ……」
「ハ、ハインツも助けてくれようとしたのか!?」
「うん……。でも、全然駄目だった。ミカイル君はやっぱりすごいね。……それに比べてボクはまだまだだなあ………」
ハインツは意気消沈しているようだが、僕からすればその気持ちだけで十分に嬉しい。
「そんなに落ち込まないでくれ。正直……ハインツはもう僕と話してくれないだろうと思っていたから、こうして普通に接してくれるだけでも有難いんだ」
「そんなのは当たり前だよ!ボクはユハン君と仲良くしたいと思ってるだけだから、何も特別なことはしてないよ」
「…………でも、このクラスの人はあんまり僕のことが気に入らないみたいだからさ……」
「それは……、」
ポツリと本音が漏れる。
ハインツはその言葉を聞いてはっとしたように目を瞬かせていた。何か理由を知っているのかそのまま口を開くと、それはタイミング悪く鳴ったチャイムの音によってかき消された。
既に予鈴は鳴っているからこれは本鈴だ。タルテ先生が入ってくるのが見えて、急いで席に着く。
先生はクラスの出席確認をすると、今日も今日とてダルそうに連絡事項を話し始めた。
それにしても────先程のハインツの表情を思い出す。彼は思い当たる節があるように何かを語り出そうとしていた。
僕には何故こんなに嫌われるのか全く検討もついていない。
だから、もし知っているのであれば是非とも教えて欲しかった。そうして本当に僕に悪いところがあるのであれば、それを直す気概さえ持っていた。
そのままソワソワとしていると朝のHRが終わり、続けて一時間目の授業が始まってしまう。
そうだった。今日から通常の時間割になるのだった。
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