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研究②
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タルテ先生の部屋にいると、どのくらい時間が経ったのか分からなくなる。窓には分厚いカーテンが引かれていて、時計も置かれていないからだ。
しかし、体感的にはもうそろそろ帰った方がいいと感じ始めていた。
「前回から今回呼ばれるまで二ヶ月くらい経ってますけど、次回もそれくらい開いてしまうんですか?」
「いや、結果はすぐに出るから、そうならねェようにはするつもりだ」
「……! それならよかったです。アルト先輩とも、またすぐ会えそうですね」
「オレは毎日でもユハに会いたいくらいだけど。なあオジサン、少し教室覗くくらいだったらよくね?」
「許すわけねェだろうが。お前は学園じゃ姿を隠してねェんだから、こいつのとこに来たら目立ちすぎる。少しは自分の及ぼす影響のことも考えろ」
「なんだよ……、ちょっと言ってみただけじゃん。そんなに目くじら立てんなよな」
「じゃあ、その時だけでも魔法で変えたらいいじゃないですか」
僕は先輩に会えない寂しさからか、つい言葉を挟んでしまった。先生の厳しい眼差しが僕を突き刺す。
「それでも駄目だ」
「え、」
「ごめん、ユハ。オレだってできればそうしたいけど、アイツがいるから……」
「おいアルト」
「分かってるって。とにかく、すぐに会えるようにはするから、ユハもそんな不安そうな顔すんな」
先生が強く睨むと、先輩は言いかけていたことを諦めて僕の顔を両手で包み込んできた。存外温かい手のひらの温もりに、知らず知らずの内に感じていた不安がゆっくりと落ち着いていく。
そして、そのまま先輩は僕の口角を上げようと、親指で唇の端を持ち上げてきた。
「なにひゅるんでひゅか、やへてくだひゃい」
「アハハ! おもしろ!」
僕の制止に止まることはなく、先輩は楽しそうに笑って指を動かす。途中、僕の唇の感触が良かったのか、ただふにふにと触るだけになると、見かねた先生が先輩の腕を掴んで離してくれた。
執拗に弄くり回された口元がじんじんと熱を持って熱い。
恐らく僕を元気づけるためにやってくれたのだろうが、それにしても触りすぎだ。先輩から距離をとるため扉の前まで行くと、後ろから急にお腹に手を回され、強く抱き締められた。
「ユハ、怒った? ごめんな。なんでか知らねえけど、触りたいのが止められなかったんだ」
「……別に、怒ってません。ただ、やめてほしいと言ったら次は聞いてくださいね」
「分かった」
頭の横で先輩がこくんと頷くのが視界に入る。彼はミカイルと違って素直だ。とても安心する。
もしこれがミカイルであれば、絶対に頷かないどころか逆に僕を言いくるめようとしてくるだろう。
だから、そういったところでは僕は先輩に対して、好印象しか抱いていなかった。
「それじゃあ……僕は帰ります」
「ええ! もうちょっとゆっくりしてけよ!」
お腹に回された手がぎゅっと強まる。うっ、と僕が声を上げれば慌てて先輩は体を離してくれた。
「ごめん! 痛かったか?」
振り返って先輩の顔を見上げると、彼は落ち込んだように眉を下げ、心配そうにこちらを見ている。
「……大丈夫です。驚いて声が出てしまっただけなので、そんなに気にしないでください」
実際は少し痛かったけど、まさか先輩がそんな表情をしているとは思わず、咄嗟に誤魔化した。
アルト先輩に悲しい顔は似合わない。僕が安心させるように微笑むと、先輩もニッと歯を見せて笑ってくれる。
「じゃあ、本当に今日はもう帰りますね」
「分かった。……またな」
「はい。タルテ先生も、また明日」
「ああ」
いつの間にか近くまで見送りに来てくれていた先生にも挨拶をする。前回よりも名残惜しそうな先輩に、どこか嬉しい気持ちになって部屋を出ると、またピシャリと扉は閉まった。
次に呼ばれるのはいつになるだろうか。なるべくなら早い内が良い。少なくともここにいる間は、余計なことを考えずに過ごすことができるのだ。
そういえば、結局アルト先輩にはユハと呼ばれたままだった。ミカイルにバレたら何か言われるかもしれないが、先輩とはこの部屋以外で会うことはないはず。
だからきっと、二人が邂逅することもないだろう。ミカイルにさえ知られなければ、なんと呼ばれていたって構わない。
しかし────そんな楽観的な考えが後々大変なことになるなど、この時の僕には全く知るよしもなかった。
ただただ楽しい思い出だけに浸り、辛い現実から目を逸らそうと必死で、これ以上深く考えることはできなかったのである。
しかし、体感的にはもうそろそろ帰った方がいいと感じ始めていた。
「前回から今回呼ばれるまで二ヶ月くらい経ってますけど、次回もそれくらい開いてしまうんですか?」
「いや、結果はすぐに出るから、そうならねェようにはするつもりだ」
「……! それならよかったです。アルト先輩とも、またすぐ会えそうですね」
「オレは毎日でもユハに会いたいくらいだけど。なあオジサン、少し教室覗くくらいだったらよくね?」
「許すわけねェだろうが。お前は学園じゃ姿を隠してねェんだから、こいつのとこに来たら目立ちすぎる。少しは自分の及ぼす影響のことも考えろ」
「なんだよ……、ちょっと言ってみただけじゃん。そんなに目くじら立てんなよな」
「じゃあ、その時だけでも魔法で変えたらいいじゃないですか」
僕は先輩に会えない寂しさからか、つい言葉を挟んでしまった。先生の厳しい眼差しが僕を突き刺す。
「それでも駄目だ」
「え、」
「ごめん、ユハ。オレだってできればそうしたいけど、アイツがいるから……」
「おいアルト」
「分かってるって。とにかく、すぐに会えるようにはするから、ユハもそんな不安そうな顔すんな」
先生が強く睨むと、先輩は言いかけていたことを諦めて僕の顔を両手で包み込んできた。存外温かい手のひらの温もりに、知らず知らずの内に感じていた不安がゆっくりと落ち着いていく。
そして、そのまま先輩は僕の口角を上げようと、親指で唇の端を持ち上げてきた。
「なにひゅるんでひゅか、やへてくだひゃい」
「アハハ! おもしろ!」
僕の制止に止まることはなく、先輩は楽しそうに笑って指を動かす。途中、僕の唇の感触が良かったのか、ただふにふにと触るだけになると、見かねた先生が先輩の腕を掴んで離してくれた。
執拗に弄くり回された口元がじんじんと熱を持って熱い。
恐らく僕を元気づけるためにやってくれたのだろうが、それにしても触りすぎだ。先輩から距離をとるため扉の前まで行くと、後ろから急にお腹に手を回され、強く抱き締められた。
「ユハ、怒った? ごめんな。なんでか知らねえけど、触りたいのが止められなかったんだ」
「……別に、怒ってません。ただ、やめてほしいと言ったら次は聞いてくださいね」
「分かった」
頭の横で先輩がこくんと頷くのが視界に入る。彼はミカイルと違って素直だ。とても安心する。
もしこれがミカイルであれば、絶対に頷かないどころか逆に僕を言いくるめようとしてくるだろう。
だから、そういったところでは僕は先輩に対して、好印象しか抱いていなかった。
「それじゃあ……僕は帰ります」
「ええ! もうちょっとゆっくりしてけよ!」
お腹に回された手がぎゅっと強まる。うっ、と僕が声を上げれば慌てて先輩は体を離してくれた。
「ごめん! 痛かったか?」
振り返って先輩の顔を見上げると、彼は落ち込んだように眉を下げ、心配そうにこちらを見ている。
「……大丈夫です。驚いて声が出てしまっただけなので、そんなに気にしないでください」
実際は少し痛かったけど、まさか先輩がそんな表情をしているとは思わず、咄嗟に誤魔化した。
アルト先輩に悲しい顔は似合わない。僕が安心させるように微笑むと、先輩もニッと歯を見せて笑ってくれる。
「じゃあ、本当に今日はもう帰りますね」
「分かった。……またな」
「はい。タルテ先生も、また明日」
「ああ」
いつの間にか近くまで見送りに来てくれていた先生にも挨拶をする。前回よりも名残惜しそうな先輩に、どこか嬉しい気持ちになって部屋を出ると、またピシャリと扉は閉まった。
次に呼ばれるのはいつになるだろうか。なるべくなら早い内が良い。少なくともここにいる間は、余計なことを考えずに過ごすことができるのだ。
そういえば、結局アルト先輩にはユハと呼ばれたままだった。ミカイルにバレたら何か言われるかもしれないが、先輩とはこの部屋以外で会うことはないはず。
だからきっと、二人が邂逅することもないだろう。ミカイルにさえ知られなければ、なんと呼ばれていたって構わない。
しかし────そんな楽観的な考えが後々大変なことになるなど、この時の僕には全く知るよしもなかった。
ただただ楽しい思い出だけに浸り、辛い現実から目を逸らそうと必死で、これ以上深く考えることはできなかったのである。
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