魔女は微笑みながら涙する

Cecil

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想像を絶する苦しみと絶望

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翌日から早速葉月によって、サレンが闇を克服する為の荒療治が開始された。
 それは、七歳の女の子がとても耐えられるものではなかった。
 普通の女の子なら、一日で廃人になってもおかしくはないレベルである。
 妖を殺したいと、四六時中考えているサレンの目の前に、葉月が魔力で作り上げたホログラムの妖がいる。
 ホログラムではあるが、妖の熱量も動きもあの意味不明な叫びも、その全てが忠実に再現されている。
 
本来は、幼い魔女が妖と戦う為の訓練に用いられる。
 偽の妖と戦いながら、妖の性質や妖との戦い方。弱点や得意な攻撃などを、徐々に学んでいく。
 しかし今回は、その目的でホログラムの妖を作り上げた訳ではない。
 目的は、サレンが妖を殺したい。妖が無理なら別の生き物を殺したいと願ってしまう。そんな闇の力に支配されない様に、闇の力をコントロールする事を、サレンに出来る様になってもらう為に、妖そして、人間を含めた複数の生き物のホログラムを作りあげたのである。

葉月が作り上げた妖や人間を見たサレンは、ねぇ、殺していいの? と目の色を変えて葉月に聞く。
「ええいいわよ。そこから攻撃が届くのならいくらでもいいのよ」
 サレンの攻撃が届かない事をわかった上で、敢えて許可を出す。
 サレンとホログラムの間には、サレンには見えないが、薄い壁がある。
 これも葉月が作り出したのだが、アナスタシアや依子には見えているが、いくら超級の魔女とは言え、まだ幼いサレンには作り出された壁は見えてはいなかった。

今のサレンなら、容易く見破る事が出来るだろうが、当時のサレンには、そこまでの実力もなければ、闇に心を飲まれていた為に完全に盲目になっていた。
 ただ妖でも人間でもいいから、沢山殺したいと言う気持ちしかなかったのである。

許可を貰ったサレンは、嬉しそうに妖や人間に攻撃を加える。
 しかし、全く攻撃が届かない。
 サレンは、更に力を込めて攻撃するが、いくら攻撃をしても、相手に自分の攻撃は全く届かない。
「あれ? どうして効いてないの?」
 自分と相手との間にある壁に気付いていないサレンには、攻撃が届かないと言う不可思議な現象が、どうしても理解出来ない。
「ねえ、どうして効いてないの?」
「さあ? どうしてかしらね。考えてみなさい」
 葉月の言葉にアナスタシアや依子も、同意して、サレン良く考えてみなさいと、それしかアドバイスをくれない。
 お母さん達の意地悪と思いながら、闇に心を飲まれているサレンは、早く相手を蹂躙したい。早く殺して沢山の血を浴びたいと、そればかりで、肝心の攻撃が届かない理由にまでは、頭が回っていなかった。

「当時の私は、ただ相手を蹂躙したいと破壊したいと、そればかりで何も見えていなかったんです」
 当時を振り返りながら、本当に自分は何て愚かだったのだろうと、サレンは今でもまだ後悔している。

初日は、一撃も攻撃を与えられずに訓練は終了した。
 葉月から、どうして攻撃が当たらなかったのか、どうしたら攻撃が当たるのかをしっかり考えなさいと言われてしまった。
 答えは簡単である。
 サレンが闇の力をコントロール出来ればいいだけの事で、コントロール出来れば、冷静に相手を観察して、答えを導き出せる。
 葉月は、サレンにその事に気付いて欲しかったのである。

訓練を開始してから、一週間が経っても一ヶ月が経っても、サレンは闇の力をコントロールする事が出来ない。
 コントロール出来ない以上は、ホログラムに攻撃を与える事は、叶う筈もなくサレンはイライラを募らせていた。
 サレンのイライラに気付きながらも、葉月は容赦なくサレンを追い詰めていく。
「このままなら、一生ここで生活をする事になるわね。沙霧達と遊ぶ事はおろか、外に出る事も出来ないわよ」
「そんなの嫌! 絶対にお外に出るもん」
「なら期限を設けましょう。そうね。三年以内に力をコントロール出来なければ、貴女は一生ここで生活してもらいます」
「そ、そんな……」
 三年もあるではないかと思うかもしれないが、もし期限内に力をコントロール出来なければ、こんな暗くて陰鬱な雰囲気の場所に一生一人でいなくてはいけない。
 そんな事は、絶対に嫌だった。

早く元の明るくて綺麗な広いお部屋で、お母さん達と過ごしたい。
 そして、沙霧達ともう一度遊びたい。
 その為には、何が何でも力をコントロールしなくてはいけない。
 そう気持ちだけが先走ってしまい、サレンは半年が経っても結果を出せずにいた。

葉月の命令なのか、あれ以来沙霧達とは殆ど会えていない。
 二人に会いたい。
 二人と早く遊びたい。
 そして学校にも行きたい。
 学校には、葉月から連絡が入っているので進級には何も問題はないが、早く学校に行ってお友達とお話ししたり、遊んだりしたい。

焦る気持ちから、サレンは闇の力のコントロールだけじゃなくて、自分の力のコントロールも、そして自分と言う魔女すらもコントロール出来なくなり初めていた。
 一年が過ぎる頃には、母親や葉月ともまともに会話出来ない程に、心を病んでしまい。
完全に自信を失っていた。

それからのサレンは、目の前の妖や人間にも興味を示さなくなり、いつも自分は落ちこぼれだから、だから嫌われてるんだと、自分を貶める様な発言を繰り返す様になっていた。
「葉月様、サレンは大丈夫なんでしょうか?」
 今のサレンは、誰が見てもまともではない。
 自分を貶めるだけに留まらずに、自傷行為まで行なっている。
 早く止めなくては、自ら命をとアナスタシアと依子は心配で堪らない。
 大切な愛娘である。
 もう解放してあげたい。
 例え闇の力をコントロール出来なくても、自分達がいつもサレンの側に居て、サレンをサポートしてあげればいいじゃないかと、二人はもう解放してあげてくださいと、葉月に懇願するが、葉月はそれを拒否した。

「サレンなら大丈夫よ」
「どうしてですか? あんなにも苦しんでおかしくなってるではないですか」
 葉月には、遅かれ早かれサレンがああなる事は予想出来ていた。
 だから、サレンがいくら自傷行為を行っても、死に至らない様に一種の催眠術をサレンに施していたのである。
「催眠術もかけてるし、あの娘は貴女達が思っている以上に強い女の子よ。きっと乗り越えて闇の力もコントロール出来る様になる。そうなったら、あの娘はきっと最強の魔女になる」
 葉月は、サレンに大きな期待を掛けていた。娘を沙霧をサポート出来るのは、サレンしかいない。
 雫も超級魔女だが、サレンには及ばない。
 しかしサレンは、沙霧をも超える可能性を持っている。
 だからこそ、情を捨てて心を鬼にしてまで、サレンに厳しく当たっている。

翌日から、やり方を変える事にした。
 昨晩アナスタシア達には、その意図を伝えてある。
 全てサレンの為にであり、サレンを想うからこそ厳しくしているのだ。
 完全に自信を喪失しているサレンに、今まではただ自分の目の前に立っていただけの、妖と人間のホログラムが、いきなり攻撃を仕掛けてきた。
 不意を突かれたサレンは、そのまま数メートル吹き飛ばされてしまう。
 起き上がったサレンは、何が起きたのと、今までただ自分を見ていただけの存在達が、いきなり自分に牙を向けてきた。
 困惑するサレンに、妖と人間達は容赦なく襲い掛かる。

恐怖から逃げ惑いながら、ママ助けてと叫ぶサレンに、アナスタシア達は、貴女は魔女なんだから、その程度の敵は自分で対処しなさいと厳しい言葉を投げかける。
 本当なら、妖達に痛めつけられる娘をサレンを助けたい。
 助けて、もう大丈夫よと強く強く抱きしめてあげたい。
 だがそれでは、サレンの為にならない。
 心でごめんなさいと泣いて謝りながら、二人は心を鬼にして、敢えて厳しい言葉をサレンに投げかける。

サレンは、ただ泣きじゃくるだけである。
 恐怖と痛みから、泣き叫びながらママ助けて! と痛いよ! と年相応の女の子の様に泣きながら助けを求めるだけである。
 自信を完全に失ってしまったサレンは、もはやただの幼い女の子だった。
「サレン。自分で何とかしなさい! 自分で何とかするしか方法はないのよ」
 早く闇の力も自分の魔力もコントロール出来る様になって、自分で解決しなさいと誰も助けてくれないのよと、葉月はサレンに言い放つ。
 自信を失い、闇の力だけじゃなく自分の魔力すらもコントロール出来なくなってしまった。
 
このままでは、魔女として使い物にはならない。
 そう判断されれば、サレンは最悪この屋敷から月波家から追放されてしまう。
 葉月は、それが嫌なら月波家の魔女として立派に戦いなさいと、頭首として娘を持つ母親として沙霧に接する様に、もしかしたらそれ以上にサレンに厳しく当たる。
 沙霧同様にサレンを愛しているから、サレンが可愛いからこそである。

そんな葉月の親心は、この時のサレンには届いてはいなかった。
 ただ泣きじゃくるだけで、妖達にボロボロにされるだけであった。

身体中が痛い。
 今は、あの恐ろしい悪魔達は、ただ自分を見つめるだけで、全く微動だにしていない。
 どうして、私だけがこんな目にあうの?
 もう死にたい。
 そう思ったサレンは、自分の魔力で刃を作り出すと、喉を思い切り突いた。
 やっと解放される。
 そう思ったのに、刃は全く喉元を貫いても、傷一つすら付けてくれなかった。
「諦めなさい。サレン貴女は死ぬ事を許されていないのよ」
 その声に驚きながら、振り返ると葉月がサレンを見ながら、貴女は自分では絶対に死ねないのと、死ぬ事を考えるよりも自分の魔力を自分の力を信じなさいと、そう優しく微笑みながら、サレンに話し掛ける。

サレンは、私なんか生きていても皆んなの邪魔になるだけだから、だから死なせてとお願いするが、葉月はそれを否定する。
「皆んな貴女が大好きで、貴女を必要としているのよ。だから敢えて厳しく当たっているの」
「どうして? 大好きなら優しくしてくれてもいいのに、どうしていじめるの?」
 幼いサレンには、母親や葉月が自分をいじめてるとしか思えなくて、つい本音が口から溢れてしまう。
「サレンに強くなってほしいから、早く闇の力をコントロールして、元のサレンに戻ってほしいからよ」
 そう言うと、葉月はサレンを強く抱きしめながら、貴女は沙霧や雫と同じで私にとって大切な娘なんだから、こんな事で負けないでと、早く元のサレンに優しくて、笑顔の素敵なサレンに戻ってと伝える。

いつぶりだろうか?
 誰かに抱きしめてもらうなんて、あまりにも前の事で、サレンは抱きしめられる喜びも、人の温もりすらも完全に忘れてしまっていた。
 そんなサレンに、家族の温かみを人の温もりを葉月は思い出させてくれた。
「葉月様。私、明日から頑張るから、だから今だけは泣いてもいい?」
「ええ、思い切り泣いて、泣くだけ泣いたら明日は頑張ろうね」
 葉月の言葉に、サレンは子供らしく思い切り泣いて泣いて、ようやく前を向こうと強くなろうと思う事が出来た。
 約束の日までには、必ず克服してやると強く心に誓いを立てた瞬間だった。
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