魔女は微笑みながら涙する

Cecil

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変貌した少女

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夕食を終えて、全員でお風呂と思ったのだが、サレンの姿が見えない。
 心配になった一葉は、サレンを探して広い屋敷内を歩き回る。
 未だに一人だと迷子になると言う事を、完全に失念していた。

案の定迷子になった。
「ここは何処ですか?」
 普段は、沙霧やサレン達と一緒に行動している。唯一部屋から一人でも行ける様になったのは、トイレ位である。

この広い屋敷で迷子になると言う事は、下手すれば数時間から半日は見つけて貰えない可能性すらある。
 ジタバタ動いて、すれ違ってはいけないと仕方なく一葉は、その場に座りながら、サレンの事を考える。

一葉個人の意見としては、別に無理して話す必要はないと思っている。
 誰にだって、知られたくない秘密の一つ位はある。
 一葉にだってあった。
 魔力も解放出来ていなかったから、その事を誰にも知られたくなくて、ずっと一人であのボロアパートで、母親の帰りを待っていた。

結局は、十年経っても帰っては来なかった。生きているのかすら、大好きなお母さんの生死すら把握出来ない。
 そんな自分が嫌になる時もあった。
 でも、今でもお母さんは生きていると信じている。
 母親が、どのレベルの魔女だったのか、当時七歳の一葉にはわからない。

例え弱かったとしても、そんなのは構わないし、今無事で生きていてくれるのなら、いつの日かただいまとひょっこり帰って来てくれさえすれば、それでいい。

「一葉さん? どうしてこんな所に?」
 名前を呼ばれて振り向くと、そこにはサレンが不思議そうな顔で、こちらを見ている。
「皆んなでお風呂って、えっとサレンさんが見当たらないから、探しに出たら逆に迷子になりました」
 一葉らしいなと思いながら、ありがとうとサレンは一葉に微笑みながら、ここは礼拝堂ですよと、近くの扉を開けて案内してくれる。

まさか、家の中に礼拝堂まであるなんて、どんな豪邸ですか! と一葉は少し妬ましく思いながらも、素直に礼拝堂に案内される。
「悩みがある時、いつもここに来るんですよ」
 サレンは、幼い頃から悩んだり、悔しかったりすると、良くこの礼拝堂を訪れては心を落ち着けていた。

「私は、別に無理にお話を聞きたいとは思っていないんです。誰にだって、知られたくない事はありますし、秘密があっても私はサレンさんは、優しい人だって、私の大好きな人には変わりありませんし」
「本当に優しいのね。一葉さんありがとう。でも、ちゃんと話すわ」
 そう言うと、お風呂に行きましょうとサレンは、一葉が迷子にならない様に、手を繋いでくれた。

お風呂場でも、サレンは沈んだ顔をしている様に見えて、一葉はずっとサレンの隣りでサレンの様子を、心配そうに見つめていた。
 そんな一葉に気が付いたのか、大丈夫ですよとサレンは、いつもの笑顔を見せてくれたが、一葉の心配がなくなる事はなかった。

パジャマパーティーと言う名の女子会が始まる。
 可憐や祈は経験がないのだろう。どうしていいのかわからないと言った顔で、オロオロとしている。
「取り敢えずは、パジャマパーティーもいいけど、サレンの話しを先に聞きましょうね」
 沙霧の一言で、全員がサレンに注目する。

サレンは、心を決めたのかゆっくりと一言一言を、噛み締める様に自分の過去を話し始める。

過ちを犯してしまったのは、沙霧お嬢様が一人で戦争を終わらせに行っていた時。
 お嬢様の代わりに、私と雫が妖退治に駆り出されていたのだが、私は一人で妖を深追いしてしまった。

実力的には、問題はなかったのだが、その妖には仲間がいた様で、その仲間が少し厄介な妖だった。
 最初の妖は難なく退治したのだが、待ち伏せていた妖は、異常に防御力が高いのかスタミナがあるのか、中々退治出来ずにいた。

一人で深追いした以上は、自分一人で片付けて周りに迷惑は掛けたくないと、サレンは今まで封印していたある能力の封印を、母親の許可もなく解いてしまった。

能力と言うか、それは妖を殺す事を躊躇わなくなる力。
 闇の魔力である。魔女の歴史の中でも、この能力を闇の魔力を持っていた魔女は、殆どいないと言われている位に、珍しい魔力である。
 どんな魔女であっても、殺戮と言う行為には、多少なりとも躊躇いが生じてしまうもので、それは沙霧や雫も例外ではない。

いくら相手が妖であり倒すべき敵であると、頭では理解していても、中々殺すと言う行為には慣れるものではない。
 ましてや、幼い魔女なら尚更である。
 しかし、サレンには物心つく前から妖を殺すと言う行為に対して、一切の躊躇いが見られなかった。
 それを不安視した母親が、サレンのその能力を、躊躇いなく殺せる闇の魔力を封印したのである。

その封印を解くのは、サレンが成長してからと、サレンが高校生位の年齢になり、自分でその能力を使いこなせる様になるまでは、絶対に封印を解いてはいけないと、そうきつく言われていたのだが、サレンはその約束を破り封印を解いてしまった。

普通の魔女なら、母親が封印した力を七歳で解く事など、到底叶わないのだがサレンはいとも簡単に封印を解いてしまった。
「私は、母親との約束を破りました。封印を解いたらどうなるかもわからずに」
 ただ妖を殺す事に躊躇いがなくなるのなら、母親も能力を封印などしない。
 しかし、精神面で成長しきっていない子供が、この能力を使えば恐ろしい副反応があると言われている。
 その事を危惧して、サレンの能力も封印したのだ。

殺す事に躊躇いがなくなる。
 それは、自分の感情の一部を優しさや良心と言われる感情を封印すると言う恐ろしい能力である。
 分別のつく大人なら、大人とは言わないが精神面がある程度成長している魔女なら、そこまでの問題はないので、能力の封印もしないし、本人の意思に任せるのだが、当時のサレンは幼い子供だった。

「にゃは、楽しく殺し合いしようね」
 サレンの心は、完全に妖を殺戮すると言う感情に飲まれてしまった。
 母親達が、サレンを見つけた時には、サレンの周りには無惨な死に体を晒す多くの、数えきれない程の妖の死骸が転がっていた。

妖は、死ねば一定時間で消滅する。
 しかし母親がサレンを見つけたのは、サレンが大量の妖を殺戮してから、僅かな時間であった為に、サレンの周りには言葉にするのもおぞましい妖の死骸。
 妖の死骸に囲まれながら、笑みを浮かべてもっと殺したかったなと、全身妖の血で染まったサレンが立っていた。

「サレン、貴女封印を解いたの?」
「お母さん。私、一人で殺したんだよ。偉いでしょ。でも、もっと殺したいの」
 サレンの言葉に母は言葉を無くした。
 この時のサレンは、心を闇に飲まれて妖を殺したいと言う感情しかなかったのである。

「それからの私は、妖を殺したいと、妖を殺せないのなら、他の生き物でもいいから、とにかく殺したいのと、完全に心を闇に支配されていました」
 サレンは、暫くの間。地下に監禁される事になった。
 症状が落ち着くまでは、例え沙霧や雫であっても行動を共にさせる訳にはいかなかった。
 沙霧や雫を襲う可能性があったので、母親が四六時中サレンを監視していた。

妖相手ならいざ知れず。もし本家の跡取りである沙霧や同じ分家の雫を襲ってしまえば、さすがに庇う事は不可能である。
 可哀想だとは思うが、サレンが愛娘が闇に勝つまでは、闇の心を自分でコントロール出来る様になるまでは、監禁と監視を解く訳にはいかなかった。

「お母さん。いつになったら、ここから出られるの? いつになったら妖を殺せるの?」
 監禁してから、一週間が経ったがサレンは未だに闇に飲まれたままである。
「サレンが、その能力をしっかりとコントロール出来る様になるまでは、出す訳には行かないの」
 この時の母親の悲しそうで、本当に申し訳なさそうな顔は、今でも忘れる事が出来ない。

今考えれば、きっと自分の力を過信していたのだろう。
 周りからは、エリートだと超級魔女なんて本当に凄いと、そう褒められて育ってきたから、超級魔女は数える程しか存在していないし、魔女の歴史の中でも数えられる程度にしか存在していない。
 二人の母親は上級魔女であり、娘のサレンが超級になる見込みは、殆どなかったのだが奇跡的に超級魔女として生まれたのだ。

沙霧の母親も雫の母親も片方は、超級魔女なので、二人が超級魔女として産まれて来るのはありえたのだが、サレンの場合は殆どなかった為に、周りから持て囃されてしまった感は否めなかった。

沙霧と雫が心配そうに、何度も訪ねて来てくれたのだが、サレンはそんな二人に興味を示す事はなかった。
 サレンの興味は、ただ妖を殺したいだけであり、その他の事には興味を示さなくなっていたのである。

サレンの心を守る為に、妖との戦いには何度もサレンを連れて行ったが、その度に恐ろしい形相で次々と妖を惨殺していく。
 そうしなければ、妖を殺したいと幼いサレンは、魔力を暴走させて自らを死に至らしめるかもしれない。
 そうならない為の対処だった。
 症状が緩和しないサレンに、母親達はある手段を取る事にした。
 それは、再びサレンの能力を封印すると言うものである。
 頭首である沙霧の母親に許可を得ようと、このままでは娘が不憫だと訴えたのだが、頭首からは、サレンなら心配ないと今は様子を見なさいと言われてしまった。

「お母様が、そんな事を仰っていたの?」
「はい。頭首様はサレンなら克服出来ると、そう仰ってくださいました」
 それは、サレンが監禁されてから既に数ヶ月が経過した頃の事である。
 沙霧の母親であり月波家頭首が、自らサレンの元を訪れたのである。
 多忙を極める頭首自らが、分家の娘の為に行動を起こしてくれたのである。
「サレン。貴女は、そんなにも弱い心の持ち主なのですか?」
「どう言う意味ですか?」
 サレンには、頭首の言葉の意味がわからなくて、ただ首を傾げる。
「貴女の母は、とても立派な魔女です。魔女として、沢山の人間を救っています。そして自らの力で闇を克服しています」
 サレン貴女は、そんな立派な魔女の娘なのですから、その程度の闇位コントロールしなさいと、その為なら力になりましょうと、頭首自らが、サレンに闇を克服する術を教えると言ってくれたのだ。

「頭首様。そんな畏れ多い事は、サレンには勿体ない事であります」
「依子、アナスタシア。サレンは私にとっても沙霧と同じ位に大切な子供なんですよ。遠慮は無用です」
 月波家頭首。月波葉月の言葉は、サレンの母である二人には、とてもありがたく心強い言葉であった。
 依子とアナスタシアの二人は、再びサレンの能力を闇を封印しようと考えていたが、失敗する可能性もあった。
 失敗すれば、サレンは一生闇に飲まれたままで、地下に監禁されて生涯を終える可能性すらあった。
 例えそうなっても、二人にとってはかけがえの無い娘である。
 一生側に居ると二人は誓い合って、葉月に許可を貰いに行っていたのだ。

「サレン。とても厳しくて辛い治療になりますが、耐えられますか?」
「頭首様。どうしても、この気持ちは捨てないといけないんですか?」
「捨てるのではありません。自由に使いこなせる様に、サレンの力として使える様にするのですよ」
「やってみます。私、もう一度沙霧様や雫ちゃんと遊びたい」
 やっと子供らしい発言が出て、三人は安堵の笑みを漏らす。

能力を闇の能力を解放して以来、数ヶ月サレンから子供らしい言葉が、遊びたいと言う言葉を聞く事がなかった。
 依子とアナスタシアの二人は、泣きながら娘をサレンをお願いしますと、葉月に頭を下げていた。
 翌日から、サレンにとって地獄の様な日々が開始される事になる。
 それでも、依子とアナスタシアの二人はサレンに子供に戻って欲しかった。
 可愛い娘の笑顔をもう一度見たかった。
 サレンだけが、何もわからずにただ泣いている母親達を見つめていた。
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