魔女は微笑みながら涙する

Cecil

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光と闇が共存する時

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自ら再び目を潰した。
 もしかしたら、二度と視力が回復しないかもしれない。
 それも覚悟のうえだった。

例え失明してでも、葉月に認められたい。認められなければいけない。
 そうしなければ、自分はこの屋敷に居られなくなったしまう。
 悪い言い方かもしれないが、利用価値がないと判断されてしまう。
 魔女としての利用価値がなければ、それ即ち存在意義がないと言う事。

月波家の分家の娘として生まれた意味。
 サレンは、痛む目を自分の洋服を破った包帯で、軽く巻くと考え始める。
 生まれた意味を、そして生まれてからの僅か十年を、十歳の女の子にしてはやはり大人びていた。
 
優しくも厳しい母親達の一人娘として、この世に生を受けた。
 物心つく頃には、すでに魔女としてのトレーニングを開始していたし、すぐにその才能を発揮して、本家の娘である沙霧すら脅かす存在に、沙霧を越えるかもしれない存在になっていた。

サレン自体は、それに浮かれたつもりはなかったが、周りからは常にチヤホヤされていた。
 そんな周りの期待に答えるかの様に、成長していき、妖との戦いにおいても期待以上の働きを見せていた。
 考えれば、この頃から妖と戦う様になってから、少しずつ変わっていったのかもしれない。

普通の魔女なら、妖との戦いを楽しいなんて思わない。
 出来るのなら、戦わずに普通に過ごして行きたいと考える。
 命を落とす危険性が常に付き纏う。
 沙霧や雫と言った超級魔女ですら、一つ間違えれば、命を落としかねない戦いに当時は恐怖を感じていたし、幼かった事もあり戦いたくないと、屋敷で遊んでいたいと思っていた。
 だがサレンだけは、妖との戦いを楽しんでいた感じすらあった。

この状況に追い込まれて、サレンは初めてあの時から、自分は少しずつだけど闇に飲まれ始めていたのだと、やっと気付く事が出来た。
 遅かったと後悔しても、後の祭り。
 すぐに自分がおかしいのでは?
 どうして妖を殺すのが楽しいの?
 そう疑問に感じて、アナスタシアや依子に相談をしていれば、結果は違った。

「後悔しても遅いよね。もうやれる事をするしかないよね」
 約束の日に結果を出せなければ、私はこの屋敷には居られない。
 嫌だけど、約束だから仕方ないよね。
 捨てられた魔女が集まる場所を探して、そこでそこに居る魔女達と力を合わせて、皆んなで楽しく暮らすしかないよね。
 恐怖はあったが、サレンは自分が招いた種なんだからと、意識をホログラムに集中させる。

何となくだが、ホログラムの妖や人間の気の流れがわかる。
 そして、この時になって目の前にいた妖が作り物だと気づいた。
「これは、葉月様の魔力だよね? もしかして作り物だったの?」
 今までは、目の前に存在する妖や人間は本物だと思っていた。
 不思議に感じる時も確かにあった。
 自分が気を失うと、夜になると攻撃を止める。
 人間ならわかるが、妖にそんな知能はない筈。
 きっと葉月様やお母さん達が、上手く妖を抑えてくれていたんだと、そう思い込んでいたのだが、自ら目を潰し甘えを捨てて覚悟を決めた事で、初めて今まで三年近くも戦い続けて、倒せなかった妖が葉月が作り出した偽物の妖だと理解した。

そして、情けなくなった。
 三年もの間。こんな出来損ないの分家の娘一人の為に、月波家頭首が付き合ってくれていたのに、何一つ結果を出せていなかった事に、情けなさと怒りがサレンの中に沸き起こる。
「私は、本当に何をしていたの! ただ怖いと追い出されたくないって、お母さんや葉月様に泣きつくばかりで、自分で解決しようともしないで!」
 サレンのバカ!
 サレンの弱虫!
 サレンの泣き虫!
 サレンの臆病者!
 こんなんだから、追い出されそうになるのよ! とサレンは自分の不甲斐なさに今までにない位に、月波サレンと言う女の子に対して怒りを覚えた。

葉月達が、サレンの様子を見に来た。
 見に来て、サレンが自ら両目を潰していた事に驚き駆け寄る。
「サレン、何をしたの!」
「その目はどうしたの?」
「まさか、貴女自分で」
 三人の質問には答えない。
 真っ赤に染まった包帯が、事の全てを物語っている。
「葉月様、やっと気付きました。目の前にいたのは、全て葉月様が作り出していたのだと、気の流れで理解しました。今まで気付けなくて泣いてばかりで、本当に申し訳ありませんでした」
 つい数時間前とは、明らかに雰囲気が違う事に葉月をはじめ、三人は気付いた。

「葉月様、私は例えこの屋敷に居られなくても魔女として、捨てられた魔女達を救いたいと思います」
「サレン、貴女その話しを何処で?」
 葉月の反応に、やはり存在しているんだとなら、自分のやるべき道はただ一つ。
 その娘達を救う事である。
「噂話に聞いていました。葉月様、無理なお願いをしてもいいですか?」
 葉月が言ってご覧なさいと言ってくれたので、サレンは自分の考えを素直に葉月に伝える。
「私がもし心眼を身に付けたら、その娘達を探して、そしてここで雇い入れて貰えませんか?」
 捨てられたままなんて、親を失ったままだなんて、あまりにも可哀想だ。
 非情過ぎると、サレンはどうか受け入れてあげて下さいと、頭首葉月に頭を深々と下げる。
「わかりました」
「ありがとうございます。もう一つだけ、我儘いいですか? もし私が心眼を身に付けられなかったとしても、その娘達だけは受け入れて貰えませんか?」
 自分は追い出されたままでいいのでと、二度と母親や沙霧達に会えなくてもいいので、その娘達だけは、救って欲しいと受け入れて欲しいと、土下座してお願いする。
「サレン、貴女」
「お願いします。私は今まで沢山の愛を貰いましたから、でもその娘達はずっと辛い状況にいるから、だから……お願いします」
 サレンの決意が本気なんだと悟った葉月は、わかりましたとでもサレンがいないと駄目ですよと答えた。

頭首である葉月に許可は貰えた。
 これで、結果を気にせずに残りの日々を心眼を少しでも身に付ける事に集中出来る。
 サレンの孤独な戦いも終盤を迎えていた。約束の日は、数日後に迫っていた。

サレンには、恐怖も怯えもなかった。
 自分のやるべき事を見つけたから、僅か十歳の女の子が、苦しい境遇にある魔女達を救いたいと願ったのだ。
 その為には、もう自分がこの屋敷に居られるかなんてどうでも良かった。
 自分の目が視える様になるかなんて、そんな事は些細な事だった。

闇に飲まれるかもなんて、もう考えて怯える事なんてない。
 だって、闇の力と呼ばれた存在だって、自分の一部なんだから、人間だって魔女だって光があれば闇がある。
 そのどちらも持ち合わせていて、光が強ければ正義に闇が強ければ悪に染まっていく。ただそれだけの事だ。
 私の様に闇に染まってしまった時に、助けてくれる人がいるのは、とても大切な事なんだと知る事が出来た。
 そのお陰で、自分がやるべき事が見つかった。
 そう考えれば、闇に飲まれたのも悪い事ではなかったと、サレンは今まで怖がって忌み嫌ってごめんねと、自分の中に存在する闇の力に謝る。
 サレンが闇の力を受け入れて、サレンの中に光と闇の両方の力が宿った瞬間だった。

約束の日が来た。
 まだ完璧に力を制御出来ていないし、心眼も完璧ではないが、サレンの顔はとても清々しい顔をしている。
「お母様、サレンは大丈夫なの?」
「葉月様。サレンの目はどうしたの?」
 サレンの希望もあり沙霧と雫も呼んで貰った。
 ありのままの自分を二人には見て欲しい。
 それで、二人が恐怖して自分を拒絶するのなら仕方ない。
 隠して二人と変わらぬ生活なんて、絶対にしたくない。
 まあ出来ればの話しだけどねと、サレンは微笑を浮かべる。

葉月いいですか? の言葉にサレンは頷くと意識を集中させる。
 自分で潰した両目の視力は、ほぼ回復していない。
 あれから、依子が治療を施してくれてはいるが、ほぼ視えていない状況に変わりはなかったが、サレンは自分の力を信じて妖に立ち向かっていく。
「やぁぁぁぁぁあ!」
 何の迷いもなく妖に攻撃を加えるが、攻撃が浅く反撃を食らう。
「ちっ! 浅かった」
 吹き飛ばされながら、体勢を整える。
 形勢は不利であるか、サレンは果敢に立ち向かう。
「無理だよ! お母さん止めさせてよ」
「サレンが死んじゃうよ!」
 沙霧と雫の二人は、もう止めてと葉月達に懇願するが、三人はしっかりと見なさいと二人にサレンを信じなさいと言って、サレンと妖の戦いを止めない。

まだまだですわ。
 もう少し深く攻撃が入れば、サレンは一度沙霧と雫の気配がする方を振り向く。
「サレン?」
 サレンの微笑みに二人は、どうして微笑んでるの? とサレンの微笑みの意味を理解出来ない。
「沙霧ちゃん、雫ちゃん、これから本当の私を見せるね。怖がっても嫌ってもいいから最後まで見ててね。私の一生のお願いだよ」
 サレンのお願いに意味も解らずに、二人は同意する。
 二人がわかったと言ってくれたので、サレンは光ではなくて、闇の力を解放した。

一気に辺りに闇の力が充満していく。
 沙霧と雫の二人は、何が起こってるの? とどうしてサレンから、あんなにも強烈な闇の力が? と事情を知らない二人はただ困惑するだけである。
「さあ、終わらせましょう。何もかも、私の此処での生活も!」
 そう言うと、悪魔と化したサレンがホログラムの妖と人間を次々と殺して行く。
「あははははぁあ! 楽しい! 楽しい! もっと! もっと! 沙霧ちゃん、雫ちゃん、これも私なの。ちゃんと最後まで見ていてね」
 その悪魔の微笑みに、沙霧と雫の二人はへたり込んで、いつの間にかお漏らしまでして二人で抱き合いながら、ガタガタと震えて泣いている。

サレンが、私達の知ってるサレンじゃないと、サレンは何処に行ったの?
 あの優しいサレンは、一体何処に消えてしまったの?
 目の前にいるのは、サレンの顔をした悪魔だよね?
 二人は現実を受け入れられずに、ただサレンを返してよ! と泣きじゃくっている。

そんな二人の叫びを聞きながら、こうなるよねとサレンは、分かりきっていたが、心はとても痛くて、本当は泣き出したかった。
 でも、これでいいんだ。
 今はまだ力を完全に制御出来なくても、心眼を会得出来ていなくても、私には目標が出来たから、その為に頑張ると決めたんだから……そして、光と闇の両方と生きて行くと決めたんだからと、サレンは手を緩めずに全ての妖と人間を屠った。

殺し終えたサレンは、葉月の前に立つと頭を下げる。
「約束を守れずにごめんなさい。私はまだ力の制御も心眼の会得も出来ていません。約束通りにここを出ていきます」
「サレン、出て行くってどう言う事? お母さんどう言う事なの?」
 へたりながら、沙霧が葉月に問い掛ける。雫も、どう言う事ですか? って顔をしている。
「沙霧ちゃん、約束だったの。三年前におかしくなった時に、葉月様と三年以内に力の制御が出来なければ、此処を追い出しますって言われて、私は出来なかったから、だから仕方ないの」
「そんなの嫌だ! サレンの居ない生活なんて、ずっとずっと我慢したんだよ。雫と二人でサレンとまた遊べるって、サレンも頑張ってるから、私達も頑張ろうって」
 そうだったんだと、こんな自分を待ってくれていた事に感謝するが、サレンはごめんなさいとだけ言って、葉月に荷物だけ纏めたら出て行きますと、どうかあの約束だけはお願いしますと言って、沙霧と雫の二人の前に座る。

「沙霧ちゃんも、雫ちゃんも、漏らす程私は怖かった? 酷いな……でも最後まで見てくれてありがとう。いつか何処かで妖退治の現場で会ったら……その時は……その時は……きっと笑顔で元気にしてた? って、そう言って欲しいな」
「サレン……嫌だよ」
「サレン、ずっと一緒って約束したじゃん。私とお嬢と三人で、ずっと一緒に居るって約束破るの?」
 サレンは、雫を抱き締めるとごめんなさいと謝る。
「私が情け無いばかりに、葉月様が三年も時間をくれたのに、私はただ怖がって、ま、お母さんがきっと助けてくれるって、そんな甘い考えだったの」
 だからこの結果は、その時には見えていたんだよと、沙霧も一緒に抱きしめながら、私の事を絶対に忘れないでねと言うと、二人を眠らせた。
「さ、サレ……ン? 酷い……よ」
「ごめんなさい。忘れないでね。私は二人を忘れないし、ずっと愛してるから」
 サレンは、優しく二人を寝かせるとお願いしますと頭を下げて、僅かな荷物を纏める。

「サレン、本当にいいんですか?」
「葉月様?」
「私は、貴女に此処から出て行きなさいとは、そう結果を伝えてませんよ。貴女は頑張りました」
 確かに力の制御と心眼を完璧には会得していないが、ここまで力を操れるのなら問題はないと、だから沙霧達の為にも此処に残りませんか? とそう言ってくれたが、サレンは首を横に振る。
「葉月様、私が捨てられた魔女達と戻った時に判断してくれませんか? 私は修行も続けますから、いつ帰って来れるかはわかりませんけど、彼女達を連れて戻って来た時に、判断をお願いします」
 サレンの決意は固かった。

サレンの決意を理解した葉月と、アナスタシア、依子はサレンに生活に困るでしょと、一人なら数年は生きていけるだろうお金を手渡してくれた。
「ありがとうございます。葉月様、ま、お母さん本当にありがとうございました」
 サレンは、深々と頭を下げる。
「サレン、ちょっといいかしら?」
 そう言うと、依子とアナスタシアはサレンを強く抱きしめて、愛してると必ず帰って来るのよと、サレンを力強く抱きしめる。
「お母さん」
「ママでいいのよ。ううん、ママってもう一度ママって呼んで」
「ま、ママ、ママ! ママ! ママ! ごめんなさい! 約束守れなくてごめんなさい!」
 サレンは、子供らしく大泣きしながらごめんなさいと謝り続けた。

サレンは、屋敷を見上げながら、きっと帰って来るからと、お母さん、葉月様、沙霧ちゃん、雫ちゃん待っていてねと呟くと屋敷を後にして、捨てられた魔女達が暮らしていると言われる集落を探す旅に、たった一人で旅立った。

この旅がサレンにとって、良い方向に進む事に、未来のサレンにとって最善の方向に進む事に、サレンはこの時は気付いてはいなかった。
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