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捨てられた魔女達を探して
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屋敷を出てから、取り敢えず情報を集めようと、サレンは魔女の集まるカフェなどに聞き込みに行く。
噂話と言う事もあり、あまり有益な情報は得られなかったが、一つだけ気になる情報があった。
サレン達の住む都会のすぐ近くに、誰も寄り付かないと呼ばれる樹海がある。
樹海と言う呼び名は大袈裟かもしれないが、それなりに広大な森であり、昔から手をつけられていない場所である。
サレンは、可能性があるとその場所を教えて貰うと、早速向かう事にした。
しかしこの場所ではなかった。
全く魔女の気配がしなかった。
それどころか、人の気配すらない。
視力が戻っていないサレンは、少しずつだが気配で人間なのか、魔女なのか、妖なのかを見分ける事が出来る様になってきていた。
「ここはハズレ。誰もいないし」
サレンは、次の候補地を探す為に再びカフェや公園と言った場所に足を運ぶ。
一ヶ月が経ち、二ヶ月が経っても有益な情報は得られない。
サレンは一度噂話を思い出して見る事にする。
噂話の中に何かヒントがあるかもしれない。
その噂話を聞いたのは、確か屋敷の中でメイドとして、月波家に仕えている下級の魔女達が休憩中に話しているのを、偶々彼女達の部屋の前を通った時に聞いたのだ。
メイド達は、東京から少し離れた山奥に親に捨てられたり、親を失った魔女達が身を寄せ合ってる集落が存在するらしいのよなんて、そんな噂話をしていた。
東京から少し離れてる場所。
候補は幾つもあるが、サレンは取り敢えず箱根付近から探索する事にする。
山梨や埼玉の秩父など、候補は幾つもあるが一つずつ潰していくしかない。
「サレンさんって、ずっとこの屋敷に居た訳じゃないんですか?」
一葉が質問する。
一葉同様に、事情を知らない面子は皆サレンは、ずっとこの屋敷で、沙霧や雫と過ごしていたものだと思っていた。
「ええ、葉月様との約束を守れなかった事もありますけど、私自身で決めた事でもあったので」
サレンは、自分で身寄りのない魔女を救いたいと決めた以上は、それを成し遂げるまでは彼女達と一緒じゃなければ、屋敷に戻るつもりはなかった。
箱根までやって来て、周辺の魔女に話を聞くが、知ってる魔女はいない。
取り敢えずは、山に分け行って探して見るしかない。
数日山を探索した。
サレンは、此処で間違い無いと感じていた。
微弱ではあるが、魔女の気配を感じる。
どうやら、その魔力の弱さから親に捨てられたものだと思われる。
「珍しいね。こんな山奥にあんたの様な綺麗なお嬢さんがいるなんて」
「貴女は? もしかして捨てられたと言われてる魔女ですか?」
「そうだと言ったら」
「お話しを聞かせて貰えませんか?」
サレンは、貴女達を探していたのだと、自分は月波サレンですと、自己紹介をする。
月波と言う性に、目の前にいる魔女は反応を見せる。
「月波って、あの月波のお嬢さんかい?」
「私は、分家の方です」
「分家って言っても、何であんたみたいなエリートが、あたしらを探してなんているんだい?」
驚きを隠せない様で、少し声が上擦っている様だ。
「えっと、お名前を聞いてもいいですか?」
「そうだった。あたしはリリア。歳は16になったよ」
「リリアさんですね。私の事はサレンで構いません。歳は10歳です」
さすがは月波家の魔女だと、僅か十歳で自分を含めた集落にいる魔女全員の魔力よりも、遥かに強い魔力を持っているのだからとリリアは正直驚きから、動けなくなってしまった。
「あ、あのリリアさん?」
目が不自由なサレンは、気配でしかリリアを感じる事が出来ない。
リリアが微動だにしなくなったので、妖でも現れたのかと思ったが、妖の気配は全く感じない。
「ごめんごめん。十歳でその魔力だから正直驚いてしまって、それでサレンはどうしてあたしらを探していたのかな?」
「私は、頭首様との約束を守れませんでした。頭首様は、屋敷に居てもいいと仰ってくれたんですけど」
サレンは、リリアに今までの事を全て話す。
自分が闇の力に飲まれておかしくなった事も、そんな自分に自身を失った事も、闇の力と共存する事を決めた事も、心眼を会得する為に、自ら目を潰した事も、そしてリリア達の噂話を聞いて、お節介かもしれないが、リリア達を救いたいと、リリア達が屋敷に一緒に来てくれるまでは、屋敷には帰らない事も全てを話した。
サレンの話しを聞いていたリリアは、無茶苦茶なお嬢さんだねと、いくら心眼を会得する事が条件の一つだとしても、自ら目を潰すのはやり過ぎだと、サレンの両目を優しく摩りながら、取り敢えず集落に来て、今の状況を見てくれないと、サレンの手を握って歩き出す。
「あ、あの、リリアさん。その、手を握って頂かなくても、ある程度はわかりますから」
命ある者も、作り出された物でもある程度は気の流れがある事に、屋敷を出てから気付いた。
だから、障害物にぶつかる心配はない。
「山は街とは違うのさ。いきなり崖になってたり、突然気配もなく獣が現れたりね。まああたしが手を握りたいんだけどね」
そう言うリリアの声色は、とても優しくて、リリアはとてもいい魔女なんだと思いそのままリリアに手を握られながら、山道を進んで行った。
「帰ったよ。変わりはない?」
リリアの言葉に、集落にいる魔女が一斉に振り返る。
その数は五人程度と推測された。
思っていた以上に少ないと、サレンは思いながら、これで全員ですか? とリリアに確認する。
「そうよ。前はもっと居たけど、もう一度やり直したいって、街に戻った者。自分の人生に悲観して、自ら命を絶った者。そして妖との戦いに敗れて命を落とした者と、数は減ったから、今はあたしを含めて五人かな」
「そうですか。皆さんは、やはり噂話の通りなんですか?」
親に捨てられて、ここに辿り着いた者。
親を妖に殺されて、ここに辿り着いた者。
リリア達に保護されて、ここに来た者もいると、リリアは教えてくれた。
リリアが、集落にいる魔女にサレンを紹介してくれた。
サレンの目的も伝えてくれたが、反応は芳しくない。
リリア以外の魔女の中には、心を病んでいる魔女もおり独り言を呟いていたりと廃人寸前の魔女もいた。
「見た通りでさ。サレンの気持ちは嬉しいんだけど、まともに生活出来る奴は少ないしって言うか、世の中からハブられたからね。世の中を信じられないし、ましてやお屋敷での仕事なんて、絶対に無理だからごめん」
「リリアさん。私も此処にいてもいいですか?」
サレンの言葉に、リリアは勿論周りにいた魔女も驚いている。
「あなたわかってるの? ここは世捨て人が来る場所なのよ。帰る場所のない者。身寄りのない者。妖との戦いに敗れて、心を病んだ者が集まってるの。貴女は帰る場所も、心配してくれる家族もお友達だっているんでしょ?」
リリアの隣に居た魔女が、帰れる場所があるなら帰りなさいと、貴女の優しさは本当に嬉しいけど、此処に居る魔女は、皆んな寄り添って生きてるのよと、だから全員が同意しない限りは、此処からは離れないとハッキリとサレンに告げる。
サレンは、少し考えてから自分にも帰る場所はありませんと、皆さんと一緒じゃないと帰っても、屋敷に入れて貰えませんからと、だから皆さんが屋敷に行くのを納得するまでは、私も此処に住みますとハッキリと伝える。
その言葉に誰も何も言えなかった。
サレンの瞳から、サレンが本気なんだと悟ったからである。
「こうなったら、サレンが納得するかあたしら全員が屋敷に行くまでは、テコでも動かないね。美乃梨諦めるしかないよ」
美乃梨と呼ばれた魔女は、仕方ないわねと他の魔女の紹介をしてくれる。
「先ずは私ね。リリアも言ってたけど、美乃梨でいいわ。リリアと私とあそこでこっちをオドオドしながら見てるのが、亜里沙で私達三人は親に捨てられた魔女ね」
亜里沙に挨拶しなさいと、亜里沙を呼ぶとオドオドした気が近づいてきた。
「あ、亜里沙……宜しく……ね」
「サレンです。亜里沙さんですね。宜しくお願いします」
オドオドしてはいるが、ちゃんと挨拶やコミュニケーションは取れる女の子の様で、サレンは安心する。
「あっちいるのが、凪と舞美で廃人寸前なのが舞美で、お世話してるのが凪。凪は親を妖に殺されて、彷徨ってたのを私とリリアが保護したの。舞美は、妖との戦いに敗れて自信を失って、おかしくなってたのを私が拾ってきたのよ」
「拾ってきたは、酷いと思うけどね。まぁあたしでも、連れて来るけどね」
リリアは、サレンを凪と舞美の所に連れて行くと、サレンを紹介してくれた。
「凪です。こっちのお姉ちゃんは舞美ちゃんです」
「サレンです。宜しくお願いします」
「貴女は、どうしてお家に帰らないの? お話は聞いてたけど、帰れるお家もママだっているんでしょ」
「凪、サレンは私達と一緒じゃないと帰らないって決めて、屋敷を出て来てるんだよ。まだ十歳なのに、この中じょ一番妹なんだから、優しくしてあげてね」
リリアの言葉に凪は少し複雑そうな顔をしている。
親を大好きなお母さんを、妖に殺されて此処にいるのだから、それも仕方のない事だろう。
「凪さん。私は……今まで正直信じてなかったんです。噂話でしか聞いた事がなかったし、親を妖に殺された魔女は、他の魔女が育てると聞かされてました」
親を妖に殺されたり、親に捨てられた魔女は、他の魔女が助けると言うのが、慣例になってはいるのだが、全ての魔女を救える訳ではない。
特に捨てられた魔女については、親が誰にもわからない様に捨てる事が多いし、出生届けすら出していない場合も多いのだ。
「サレン。此処にいる娘は皆んなそこから漏れた魔女なんだよ。あたしなんて、出生届けすら出されてないしね」
リリアの言葉に愕然とする。
愛する我が子の筈なのに、そんな我が子を捨てる事すら意味がわからないのに、生まれてすらいない事にする親が、この世の中にいる事に、アナスタシアと依子だけじゃなくて、沢山の大人の魔女に愛されて、可愛がられて育ってきたサレンにとっては、とても信じられる事ではなかった。
「サレンちゃんだっけ? 」
普段殆ど口を開かない舞美が、心を病んだ舞美が他人の名前を呼んだ事に、サレン以外の全員が驚愕している。
「はい。舞美さんですよね」
「私は妖に殺されそうになったの。今でも怖くて怖くて、此処は私のユートピアなの。外は怖いから」
そう言うと、舞美はまた意味不明な言葉を呟き始めた。
サレンと言う新しい風が吹き込んだ事で、一時的に元に戻ったのだろう。
「舞美が話すなんて、あたしは驚いて腰を抜かしそうだったよ」
「私もだよ。舞美お姉ちゃんが、ずっと誰とも話さなかったのに」
「も、もももももしかしたら、サレンさんは、私達を導いてくれる天使様なんじゃないんですか?」
亜里沙が突拍子も無い事を言うので、美乃梨はさすがにそれはないと、サレンは魔女だからねと、ヨシヨシと亜里沙の頭を撫でている。
その通り。
私は天使なんかじゃない。
寧ろ最近までは、命ある者なら全て殺したいと思っていた悪魔だ。
沈み込むサレンに、どうした? とリリアが声を掛ける。
「私は天使なんかじゃありません。心の弱さから悪魔になった魔女です」
「会った時に話してたこと?」
「何の話し?」
サレンから、事情を聞いていたリリアは理解しているが、他のメンバーはサレンの事情を知らない。
サレンは、これからは一緒に生活をするのだから、知って欲しいと自分を知ってもらって、認めてもらいたい。
仲良くしたいと思ってるからこそ、力になりたいと思っているからこそ、先ずは自分を知ってもらって、信頼関係を築きたいとリリアに話した事を、他の四人にも包み隠さずに話した。
話し終えると、心を病んでいる舞美と事情を知ってるリリア以外の、三人は一言も言葉を発する事が出来ない。
とても信じられる話ではなかった。
目の前の可愛らしい女の子が、自分達全員の魔力を遥かに凌ぐ魔力を持っているサレンが、エリート一家に生まれたエリートのサレンが、闇の力に飲まれて何年も苦しんでいたなんて、命あるものなら、妖だろうが人間だろうが殺したいと、そんな気持ちを何年も持っていたなんて、そしてそんな力と共存する為に、心眼を会得する為に、僅か十歳の少女が自ら両目を潰しただなんて、恐ろし過ぎて信じられる筈がなかった。
そんな三人を見て、リリアがサレンは実際目が見えてないでしょと、彼女は嘘を吐く様な瞳をしてないでしょと言ってくれた。
「そうだけど、リリアお姉ちゃん。自分で両目を潰したなんて」
「それもあるけど、貴女程の魔女でも飲まれる程の闇って、どれ程の闇なの」
「全ては私の心の弱さが、お母さん達に甘えて来た自分が招いた事です」
甘えてきたって、まだ十歳の子供なんだから当たり前でしょと、美乃梨が言ってくれたが、サレンは首を横に降る。
「世の中には、皆さんの様にとても辛い思いをしてる魔女がいるなんて、私は……私は知らずにのほほんと生きてきたんです。だから、これはそんな私への罰でもあり、贖罪なんです」
僅か十歳の少女に贖罪って、そんな酷い事を課す神様は何て酷いのだろうと、そんな神様なら必要ないと、四人は思った。
「すぐに答えを出してくださいとは言いませんから、これからの私を見て、屋敷に行くか決めて頂けたら嬉しいです」
サレンの言葉に舞美以外の四人は、わかったよと頷いてくれた。
頷いてくれただけで、サレンは嬉しかった。
サレンの視力は、殆ど戻っていない。
サレンは、皆んなの顔を見たいなと、見てみたいなと思って、つい口に出していた。
「サレンちゃんは、殆ど見えないの?」
「はい。自分でしたので仕方ないんですけど、皆さんのお顔を一度くらいは見たいなって思います」
「治らないの?」
リリアの質問に、自分では無理ですと、自分で付けた傷は自分での治癒は難しい。
「なら、他の魔女なら治せる?」
美乃梨の質問に、可能性はありますと自ら両目を潰す前に、両目を怪我した時は母親が治癒して、少しずつだが良くなっていたのでと話す。
「なら私でもいいのかな?」
亜里沙が、自分は最下級の魔女だけど回復は出来るからと、名乗りを挙げる。
「大丈夫じゃない。あたしらも怪我したら亜里沙に治癒してもらってたし」
「さ、サレンさん。私でもいけますか?」
「宜しくお願いします」
サレンの言葉に亜里沙の表情が、一気に明るくなる。
亜里沙のこんな表情は久しぶりに見たと、リリアと美乃梨は、もしかしたらサレンは本当に天使なんじゃないかと思った。
こうして、サレンと捨てられた魔女達の生活は始まったのである。
この出会いが、一生涯続いて行く事になるとは、この時は誰一人思っていなかった。
後にリリアは、サレンがいたから今のあたしらがいるのさと、美乃梨はサレンのお陰でもう一度やり直そうと思えたと、亜里沙は、サレンさんは私の天使様ですと、凪はサレンちゃんは、私の大切な妹だからと、そして舞美はサレンが居てくれなかったら、自分は廃人として死んでいただろうと、サレンには本当に感謝してもし足りない程の恩義があると、後年語っている。
サレンと捨てられた魔女五人の友情は、年月を経ても変わらない。
その友情物語のスタートが、魔女達からも忘れ去られた魔女達が住む集落で、その一歩を踏み出した。
噂話と言う事もあり、あまり有益な情報は得られなかったが、一つだけ気になる情報があった。
サレン達の住む都会のすぐ近くに、誰も寄り付かないと呼ばれる樹海がある。
樹海と言う呼び名は大袈裟かもしれないが、それなりに広大な森であり、昔から手をつけられていない場所である。
サレンは、可能性があるとその場所を教えて貰うと、早速向かう事にした。
しかしこの場所ではなかった。
全く魔女の気配がしなかった。
それどころか、人の気配すらない。
視力が戻っていないサレンは、少しずつだが気配で人間なのか、魔女なのか、妖なのかを見分ける事が出来る様になってきていた。
「ここはハズレ。誰もいないし」
サレンは、次の候補地を探す為に再びカフェや公園と言った場所に足を運ぶ。
一ヶ月が経ち、二ヶ月が経っても有益な情報は得られない。
サレンは一度噂話を思い出して見る事にする。
噂話の中に何かヒントがあるかもしれない。
その噂話を聞いたのは、確か屋敷の中でメイドとして、月波家に仕えている下級の魔女達が休憩中に話しているのを、偶々彼女達の部屋の前を通った時に聞いたのだ。
メイド達は、東京から少し離れた山奥に親に捨てられたり、親を失った魔女達が身を寄せ合ってる集落が存在するらしいのよなんて、そんな噂話をしていた。
東京から少し離れてる場所。
候補は幾つもあるが、サレンは取り敢えず箱根付近から探索する事にする。
山梨や埼玉の秩父など、候補は幾つもあるが一つずつ潰していくしかない。
「サレンさんって、ずっとこの屋敷に居た訳じゃないんですか?」
一葉が質問する。
一葉同様に、事情を知らない面子は皆サレンは、ずっとこの屋敷で、沙霧や雫と過ごしていたものだと思っていた。
「ええ、葉月様との約束を守れなかった事もありますけど、私自身で決めた事でもあったので」
サレンは、自分で身寄りのない魔女を救いたいと決めた以上は、それを成し遂げるまでは彼女達と一緒じゃなければ、屋敷に戻るつもりはなかった。
箱根までやって来て、周辺の魔女に話を聞くが、知ってる魔女はいない。
取り敢えずは、山に分け行って探して見るしかない。
数日山を探索した。
サレンは、此処で間違い無いと感じていた。
微弱ではあるが、魔女の気配を感じる。
どうやら、その魔力の弱さから親に捨てられたものだと思われる。
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「貴女は? もしかして捨てられたと言われてる魔女ですか?」
「そうだと言ったら」
「お話しを聞かせて貰えませんか?」
サレンは、貴女達を探していたのだと、自分は月波サレンですと、自己紹介をする。
月波と言う性に、目の前にいる魔女は反応を見せる。
「月波って、あの月波のお嬢さんかい?」
「私は、分家の方です」
「分家って言っても、何であんたみたいなエリートが、あたしらを探してなんているんだい?」
驚きを隠せない様で、少し声が上擦っている様だ。
「えっと、お名前を聞いてもいいですか?」
「そうだった。あたしはリリア。歳は16になったよ」
「リリアさんですね。私の事はサレンで構いません。歳は10歳です」
さすがは月波家の魔女だと、僅か十歳で自分を含めた集落にいる魔女全員の魔力よりも、遥かに強い魔力を持っているのだからとリリアは正直驚きから、動けなくなってしまった。
「あ、あのリリアさん?」
目が不自由なサレンは、気配でしかリリアを感じる事が出来ない。
リリアが微動だにしなくなったので、妖でも現れたのかと思ったが、妖の気配は全く感じない。
「ごめんごめん。十歳でその魔力だから正直驚いてしまって、それでサレンはどうしてあたしらを探していたのかな?」
「私は、頭首様との約束を守れませんでした。頭首様は、屋敷に居てもいいと仰ってくれたんですけど」
サレンは、リリアに今までの事を全て話す。
自分が闇の力に飲まれておかしくなった事も、そんな自分に自身を失った事も、闇の力と共存する事を決めた事も、心眼を会得する為に、自ら目を潰した事も、そしてリリア達の噂話を聞いて、お節介かもしれないが、リリア達を救いたいと、リリア達が屋敷に一緒に来てくれるまでは、屋敷には帰らない事も全てを話した。
サレンの話しを聞いていたリリアは、無茶苦茶なお嬢さんだねと、いくら心眼を会得する事が条件の一つだとしても、自ら目を潰すのはやり過ぎだと、サレンの両目を優しく摩りながら、取り敢えず集落に来て、今の状況を見てくれないと、サレンの手を握って歩き出す。
「あ、あの、リリアさん。その、手を握って頂かなくても、ある程度はわかりますから」
命ある者も、作り出された物でもある程度は気の流れがある事に、屋敷を出てから気付いた。
だから、障害物にぶつかる心配はない。
「山は街とは違うのさ。いきなり崖になってたり、突然気配もなく獣が現れたりね。まああたしが手を握りたいんだけどね」
そう言うリリアの声色は、とても優しくて、リリアはとてもいい魔女なんだと思いそのままリリアに手を握られながら、山道を進んで行った。
「帰ったよ。変わりはない?」
リリアの言葉に、集落にいる魔女が一斉に振り返る。
その数は五人程度と推測された。
思っていた以上に少ないと、サレンは思いながら、これで全員ですか? とリリアに確認する。
「そうよ。前はもっと居たけど、もう一度やり直したいって、街に戻った者。自分の人生に悲観して、自ら命を絶った者。そして妖との戦いに敗れて命を落とした者と、数は減ったから、今はあたしを含めて五人かな」
「そうですか。皆さんは、やはり噂話の通りなんですか?」
親に捨てられて、ここに辿り着いた者。
親を妖に殺されて、ここに辿り着いた者。
リリア達に保護されて、ここに来た者もいると、リリアは教えてくれた。
リリアが、集落にいる魔女にサレンを紹介してくれた。
サレンの目的も伝えてくれたが、反応は芳しくない。
リリア以外の魔女の中には、心を病んでいる魔女もおり独り言を呟いていたりと廃人寸前の魔女もいた。
「見た通りでさ。サレンの気持ちは嬉しいんだけど、まともに生活出来る奴は少ないしって言うか、世の中からハブられたからね。世の中を信じられないし、ましてやお屋敷での仕事なんて、絶対に無理だからごめん」
「リリアさん。私も此処にいてもいいですか?」
サレンの言葉に、リリアは勿論周りにいた魔女も驚いている。
「あなたわかってるの? ここは世捨て人が来る場所なのよ。帰る場所のない者。身寄りのない者。妖との戦いに敗れて、心を病んだ者が集まってるの。貴女は帰る場所も、心配してくれる家族もお友達だっているんでしょ?」
リリアの隣に居た魔女が、帰れる場所があるなら帰りなさいと、貴女の優しさは本当に嬉しいけど、此処に居る魔女は、皆んな寄り添って生きてるのよと、だから全員が同意しない限りは、此処からは離れないとハッキリとサレンに告げる。
サレンは、少し考えてから自分にも帰る場所はありませんと、皆さんと一緒じゃないと帰っても、屋敷に入れて貰えませんからと、だから皆さんが屋敷に行くのを納得するまでは、私も此処に住みますとハッキリと伝える。
その言葉に誰も何も言えなかった。
サレンの瞳から、サレンが本気なんだと悟ったからである。
「こうなったら、サレンが納得するかあたしら全員が屋敷に行くまでは、テコでも動かないね。美乃梨諦めるしかないよ」
美乃梨と呼ばれた魔女は、仕方ないわねと他の魔女の紹介をしてくれる。
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亜里沙に挨拶しなさいと、亜里沙を呼ぶとオドオドした気が近づいてきた。
「あ、亜里沙……宜しく……ね」
「サレンです。亜里沙さんですね。宜しくお願いします」
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「拾ってきたは、酷いと思うけどね。まぁあたしでも、連れて来るけどね」
リリアは、サレンを凪と舞美の所に連れて行くと、サレンを紹介してくれた。
「凪です。こっちのお姉ちゃんは舞美ちゃんです」
「サレンです。宜しくお願いします」
「貴女は、どうしてお家に帰らないの? お話は聞いてたけど、帰れるお家もママだっているんでしょ」
「凪、サレンは私達と一緒じゃないと帰らないって決めて、屋敷を出て来てるんだよ。まだ十歳なのに、この中じょ一番妹なんだから、優しくしてあげてね」
リリアの言葉に凪は少し複雑そうな顔をしている。
親を大好きなお母さんを、妖に殺されて此処にいるのだから、それも仕方のない事だろう。
「凪さん。私は……今まで正直信じてなかったんです。噂話でしか聞いた事がなかったし、親を妖に殺された魔女は、他の魔女が育てると聞かされてました」
親を妖に殺されたり、親に捨てられた魔女は、他の魔女が助けると言うのが、慣例になってはいるのだが、全ての魔女を救える訳ではない。
特に捨てられた魔女については、親が誰にもわからない様に捨てる事が多いし、出生届けすら出していない場合も多いのだ。
「サレン。此処にいる娘は皆んなそこから漏れた魔女なんだよ。あたしなんて、出生届けすら出されてないしね」
リリアの言葉に愕然とする。
愛する我が子の筈なのに、そんな我が子を捨てる事すら意味がわからないのに、生まれてすらいない事にする親が、この世の中にいる事に、アナスタシアと依子だけじゃなくて、沢山の大人の魔女に愛されて、可愛がられて育ってきたサレンにとっては、とても信じられる事ではなかった。
「サレンちゃんだっけ? 」
普段殆ど口を開かない舞美が、心を病んだ舞美が他人の名前を呼んだ事に、サレン以外の全員が驚愕している。
「はい。舞美さんですよね」
「私は妖に殺されそうになったの。今でも怖くて怖くて、此処は私のユートピアなの。外は怖いから」
そう言うと、舞美はまた意味不明な言葉を呟き始めた。
サレンと言う新しい風が吹き込んだ事で、一時的に元に戻ったのだろう。
「舞美が話すなんて、あたしは驚いて腰を抜かしそうだったよ」
「私もだよ。舞美お姉ちゃんが、ずっと誰とも話さなかったのに」
「も、もももももしかしたら、サレンさんは、私達を導いてくれる天使様なんじゃないんですか?」
亜里沙が突拍子も無い事を言うので、美乃梨はさすがにそれはないと、サレンは魔女だからねと、ヨシヨシと亜里沙の頭を撫でている。
その通り。
私は天使なんかじゃない。
寧ろ最近までは、命ある者なら全て殺したいと思っていた悪魔だ。
沈み込むサレンに、どうした? とリリアが声を掛ける。
「私は天使なんかじゃありません。心の弱さから悪魔になった魔女です」
「会った時に話してたこと?」
「何の話し?」
サレンから、事情を聞いていたリリアは理解しているが、他のメンバーはサレンの事情を知らない。
サレンは、これからは一緒に生活をするのだから、知って欲しいと自分を知ってもらって、認めてもらいたい。
仲良くしたいと思ってるからこそ、力になりたいと思っているからこそ、先ずは自分を知ってもらって、信頼関係を築きたいとリリアに話した事を、他の四人にも包み隠さずに話した。
話し終えると、心を病んでいる舞美と事情を知ってるリリア以外の、三人は一言も言葉を発する事が出来ない。
とても信じられる話ではなかった。
目の前の可愛らしい女の子が、自分達全員の魔力を遥かに凌ぐ魔力を持っているサレンが、エリート一家に生まれたエリートのサレンが、闇の力に飲まれて何年も苦しんでいたなんて、命あるものなら、妖だろうが人間だろうが殺したいと、そんな気持ちを何年も持っていたなんて、そしてそんな力と共存する為に、心眼を会得する為に、僅か十歳の少女が自ら両目を潰しただなんて、恐ろし過ぎて信じられる筈がなかった。
そんな三人を見て、リリアがサレンは実際目が見えてないでしょと、彼女は嘘を吐く様な瞳をしてないでしょと言ってくれた。
「そうだけど、リリアお姉ちゃん。自分で両目を潰したなんて」
「それもあるけど、貴女程の魔女でも飲まれる程の闇って、どれ程の闇なの」
「全ては私の心の弱さが、お母さん達に甘えて来た自分が招いた事です」
甘えてきたって、まだ十歳の子供なんだから当たり前でしょと、美乃梨が言ってくれたが、サレンは首を横に降る。
「世の中には、皆さんの様にとても辛い思いをしてる魔女がいるなんて、私は……私は知らずにのほほんと生きてきたんです。だから、これはそんな私への罰でもあり、贖罪なんです」
僅か十歳の少女に贖罪って、そんな酷い事を課す神様は何て酷いのだろうと、そんな神様なら必要ないと、四人は思った。
「すぐに答えを出してくださいとは言いませんから、これからの私を見て、屋敷に行くか決めて頂けたら嬉しいです」
サレンの言葉に舞美以外の四人は、わかったよと頷いてくれた。
頷いてくれただけで、サレンは嬉しかった。
サレンの視力は、殆ど戻っていない。
サレンは、皆んなの顔を見たいなと、見てみたいなと思って、つい口に出していた。
「サレンちゃんは、殆ど見えないの?」
「はい。自分でしたので仕方ないんですけど、皆さんのお顔を一度くらいは見たいなって思います」
「治らないの?」
リリアの質問に、自分では無理ですと、自分で付けた傷は自分での治癒は難しい。
「なら、他の魔女なら治せる?」
美乃梨の質問に、可能性はありますと自ら両目を潰す前に、両目を怪我した時は母親が治癒して、少しずつだが良くなっていたのでと話す。
「なら私でもいいのかな?」
亜里沙が、自分は最下級の魔女だけど回復は出来るからと、名乗りを挙げる。
「大丈夫じゃない。あたしらも怪我したら亜里沙に治癒してもらってたし」
「さ、サレンさん。私でもいけますか?」
「宜しくお願いします」
サレンの言葉に亜里沙の表情が、一気に明るくなる。
亜里沙のこんな表情は久しぶりに見たと、リリアと美乃梨は、もしかしたらサレンは本当に天使なんじゃないかと思った。
こうして、サレンと捨てられた魔女達の生活は始まったのである。
この出会いが、一生涯続いて行く事になるとは、この時は誰一人思っていなかった。
後にリリアは、サレンがいたから今のあたしらがいるのさと、美乃梨はサレンのお陰でもう一度やり直そうと思えたと、亜里沙は、サレンさんは私の天使様ですと、凪はサレンちゃんは、私の大切な妹だからと、そして舞美はサレンが居てくれなかったら、自分は廃人として死んでいただろうと、サレンには本当に感謝してもし足りない程の恩義があると、後年語っている。
サレンと捨てられた魔女五人の友情は、年月を経ても変わらない。
その友情物語のスタートが、魔女達からも忘れ去られた魔女達が住む集落で、その一歩を踏み出した。
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