魔女は微笑みながら涙する

Cecil

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最強から最弱になった魔女

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魔力を奪われてしまった二人にとって、目の前のホログラムですら、強敵である。
 魔力を奪われた事で、二人は初めて気が付いた。
 今までは、母親から受け継いだ魔力のお陰で戦えていた事に、その魔力に頼り切って自らが持つ魔力を鍛えようとさえしていなかった事に。
 二人で協力しながら、必死にホログラムに立ち向かうが、全く通用しない。
 幼い魔女の練習用程度のレベルの筈なのに、それなのに全くこちらの攻撃が通用しないので、二人は泣きたくなってしまう。

泣きたいけど、泣いてる場合じゃないと二人は必死に考えて、行動してみるが全てが空回って、カウンターを食らっては吹っ飛ばされて、また立ち向かうの繰り返しである。

「早速課題が見えた様ですね」
「ええ、でもここまで弱くなるとは以外だったわ」
「そうですね。如何に受け継いだ魔力に頼っていたのかがわかりますね」
「受け継いだ事に気付かずに、自分の力と過信していたのね。早くにそれに気付いて、自らの魔力を高める努力をしたサレンとの間に差が開くのも納得ね」
 遠くから見つめる三人は、沙霧達二人とサレンとの差に、早くも気付いていた。
 受け継いだ魔力を抜かせば、魔女が持っている魔力には、大差はない。
 しかし殆どの魔女が、その事に気付かずに修行をしている。
 母親から受け継いだ魔力が多ければ、超級や上級と呼ばれ、少なければ下級と呼ばれる事に気付いているのは、葉月達だけであり他の魔女は、その事には気付いてはいない。
 沙霧や雫もその中に含まれていた。

初日は散々な結果で終わった。
 攻撃は殆ど当たらずにカウンターを食らう。
 当たっても、ダメージは皆無と二人は早くも自信を失い掛けていた。
 受け継いだ魔力がなければ、自分達はこんなにも弱いのだと、痛いほどに思い知らされた初日となった。

「当時は本当に悲惨だったよね」
 雫が苦笑いしながら、沙霧に同意を求める。
 沙霧も、受け継いだ魔力にどれだけ助けられていたのか、それに胡座をかいておんぶに抱っこ状態だったのかを、思い知らされて自分の甘さにサレンとの、考えの違いに気付かされたいい経験だったと話す。
「あ、あの、そのお話から推測するに私達みたいな弱い魔女でも、頑張れば少しは強くなれるって事ですか?」
 話しを聞いていた可憐が質問する。
 最弱魔女である一葉も、興味がある様で知りたがっている風に見える。
「絶対とは言えないし、その娘によって限界はあるとは思うけど、強くはなれると思うわよ」
 受け継いだ魔力。そして、その魔女が持ちうるキャパによって、限度はあるかもしれないが、ある程度は成長する事が出来ると沙霧は話す。

沙霧の話しを聞いて、一葉は自分が母親からどの程度の魔力を受け継いだかはわからないが、こんな弱い自分でも強くなれる未来がある事に、喜びを感じる。
 だが厳しい修行に耐える必要があるよと、雫は簡単にはいかない事も伝える。
「私らも、毎日死ぬんじゃないかって、恐怖と戦ってたからね」
「ええ、本当に悲惨だったし、毎日毎日二人で泣いてたわね」
 どんだけ泣いたのかって、思い出すだけで恥ずかしさと吐き気を催すわねと、今だから笑い話に出来るけどと、沙霧は当時は毎日が必死で、ただ生き残る事しか考えてなかったわねと話す。
 二人の会話から、一葉達はどれだけの努力をしたのか、どれだけの困難を乗り越えてきたのか、そして乗り越えたからこそ沙霧や雫、そしてサレンはこんなにも強い魔女なのだと改めて知る事になった。

このままじゃ、サレンに会えない。
 魔女として、今の自分達は最弱になってしまった。
 毎日の様に、ホログラムにさえ勝てずに打ちのめされている。
 こんな恥ずかしい姿は、絶対にサレンには見せたくないと、二人は歯を食いしばって修行に耐えている。
「お嬢、大丈夫? 私は何とか今日も生きてるけど」
「何とか……ね。本当に、受け継いだ魔力がないと私達は弱いわね」
「へへ、本当だね。情けないよ」
 自分達の不甲斐無さと、サレンに追い付きたいのに、全く追い付けない自分達が情けなくて、二人は顔を見合わせながら苦笑いするしかない。

そんな二人に食事を持ってきてくれた依子が、治癒を施しながらコツですよとさり気無くアドバイスをくれる。
「依子さん、アドバイスなんてしてもいいんですか? お母様に怒られない?」
「あら、心配してくれるの? 優しいのね。でも心配は無用よ。葉月様からは、アドバイスはするなとは言われてないし」
 そう言いながら、二人の治癒を終えると依子は、きっとサレンは帰って来るから、それを楽しみに頑張ってねと言うと、部屋から出て行った。

「依子は優しい。私は厳しすぎるのかな?」
 沙霧達と依子の会話を聞いていた葉月が、私は厳しすぎると思う? と聞いてきたのでそんな事はありませんよと、頭首として仕方ないと思いますよと、依子がさり気なくフォローしてくれる。
「本当に優しいな。今は厳しい親でいいと思ってるのよ。あの娘達が成長して、月波の家を継ぐ時に気付いてくれたら、お母さんの厳しさは正しかったってね」
「気付いてくれますよ。今でも、自分達の為を思っての事って、あの二人はそう思ってますよ」
 その言葉に、依子の優しさに救われる。
 サレンの優しさは、きっと依子譲りなんだろうと、そして心の強さはきっと外国から一人で異国にまで来たアナスタシアの、心の強さを受け継いだのだろうと、葉月は感じた。

「ユエには、この事は話しますか?」
 ユエは、雫の母親である。
 身体が弱い為に、いつも寝室で一人で過ごしており、娘の雫とも週に一度程度しか会えていない。
 体調が悪ければ、ひと月に一度と言う事もある。
 ユエにも話すべきとは思うが、雫を心配して余計に体調を崩すのでは、そう考えると悩んでしまう。
「私は話すべきだと思います」
「あら、いつから居たの?」
「今来たんですよ。葉月様、私はユエにも娘は今頑張ってるから、貴女も病気に打ち勝ちなさいと、打ち勝って雫を毎日抱きしめられる様になりなさいと、そう伝えるべきだと思います」
 日本人には、あまり馴染みがないのだが、外国の人は毎日ハグしたり、ママがおやすみのキスをしてくれたりと、それが当たり前でありアナスタシアも、そうやって育ってきたので、サレンには毎日そうしていた。

葉月は、そうねと言いながらも答えを中々出せない。
 葉月にしては、とても珍しい事である。
 即断即決の葉月が、悩んでいるのだから、メイドが見たら、心配して医者を呼んでしまうだろう。
「私もアナスタシアの意見に同意します。ユエも母親なんですから、娘の頑張りを知る権利と必要があります。そして、母親として娘の為にも頑張って病気に打ち勝って欲しいのです」
 依子とアナスタシアの言葉に、葉月はユエにも話す決断をする。
 雫を心配するあまり、悪化する可能性も否定は出来ないが、雫の為にも頑張りなさいと成長した雫の顔を見て、良く頑張りましたと褒めて抱きしめてあげなさいと、そう話すつもりだ。

葉月の決断に、二人も同意する。
「ユエって、本当に過保護だからね。よく雫の様な活発な女の子が生まれたと思うよ」
「あら、アナスタシアは知らないだけで、昔のユエはとてもお転婆娘だったのよ。ですよね」
「ええ、一番のお転婆で良く怪我をしては怒られてたわね」
「そうなの? 想像出来ないんですけど」
 アナスタシアは、目を丸くして驚きを隠せない様だ。
 今は病で床に臥せってばかりいるユエだが、幼い頃は月波家一のお転婆だった。

「雫さんの、その性格はお母さんからなんですね」
 一葉の言葉に、その場の全員が納得してしまう。
「ちよっ、何かディスった?」
「違いますよ。その明るい性格に救われてますって意味ですよ」
 祈のフォローに雫は、祈は優しいなと祈をハグするので、可憐が祈は駄目ですからと急いで自分の方に連れ戻す。
「可憐。大丈夫だし、そこまで飢えてないし、最近はサレンが可愛がってくれなくて欲求不満だけど」
 サラッと何か言いましたわと、サレンの高速の一撃が雫にヒットする。
「な、なんで……」
 ガクッと項垂れる雫を、祈が大丈夫ですか? と心配する。
「や、やっぱり……優しい。今度一回どう?」
「あら、お仕置きが足りない様ですわね」
 サレンから、恐ろしいまでの闇の力が放出される。

その力に、沙霧以外の全員がガクブルしながら身を寄せ合っている。
「さ、サレンさん?」
「雫ちゃん。浮気は許しませんよ」
「ち、ちが……軽い冗談です」
「冗談? そうは見えませんでしたわ。やっぱり若い子の方がいいのかしら?」
 サレンの怒りは収まりそうにない。
「あ、あの、サレン様と雫様って恋仲なんでしょうか?」
 かごめが震えながら、沙霧に二人の関係を聞いている。
「ええ、昔からよ。サレンが帰ってきて、そんなに経たない内に、いつの間にかって感じね」
「そうだったんですねって、さ、サレン様怖すぎます!」
 容赦なく雫を追い詰めるサレンに、誰もが恐怖し、中には腰が抜けて立てない者までいる状況に、沙霧だけは相変わらず愛が深いわねと、羨ましいわと呑気な事をいいながら、私にもそんな人出来たらいいなと、ちょっと乙女な沙霧だった。

雫へのお仕置きが終わると、サレンが少し休憩しませんか? と夜食を用意してくれる。
 メイドに言えばいいのに、サレンはいつも自分で用意したがる。
 周りから見ればメイドでも、サレンにとっては大切なお友達である。
 サレンにとっては、対等の立場であるのだから、自分の事は自分でするが当たり前の事なのだ。
「あのサレンお姉ちゃん?」
「響ちゃん、足りなかった?」
 成長期の響には足りなかったのかと、自分のも食べる? と聞く。
「大丈夫。足りてるからって、そうじゃなくて雫お姉ちゃんあのままでいいの?」
 サレンにお仕置きをされて、一人では起き上がれない雫を放置して、サレンは夜食を配っている。
「いいのよ。浮気しようとした罰なんだから」
 お姉ちゃんがいいならいいけどと、響は早速夜食を食べ始める。

「沙霧さん。あれが噂の放置プレイってやつですか?」
「噂のって、一葉貴女もしかして興味があるんじゃないわよね?」
「えっ? ど、どうしてわかったんですか?」
 ただ聞いただけなのに、まさか興味があったなんて、この娘やっぱりドMなのかしら?と沙霧は、一葉は不思議な女の子ねとつい一葉を見つめてしまう。
「さ、沙霧さん? もしかしてして欲しいんですか? 放置プレイを」
「そんな筈ないでしょ。私は一葉と違ってドMじゃないわよ」
「ど、どうしてドMってわかったんですか!」
 全員の前でドMだと言う事を、あっさりとカミングアウトしてしまった。
「一葉ちゃんって、本当に嘘のつけない素直な女の子ですわね」
「一葉お姉ちゃん、ドMでもいいけど皆んなの前で言うのは」
「か、一葉様はドM。私とどっちがドMなんでしょうか?」
 祈だけがおかしな事を言っている。
「ドMが二人もいるチーム。私は何て幸せなんでしょうか」
 可憐は何故か舞い上がっている。

そんな中放置されまくりの雫は、私も混ぜてよ~と悲しそうに見つめている。
「雫ちゃん」
「は、はい!」
 優しい微笑みを讃えながら、サレンが近づいて来る。
「な、何でしょうか?」
 まだお仕置きされるの? と雫は今日は勘弁してとするなら、ベッドの上でと不埒な事を考えている。
「反省しましたか? もう他の女の子に現を抜かしませんか?」
 サレンの瞳は不安に揺れている。
 優しくて、頼り甲斐があるお姉ちゃん。それがサレンだが、やっぱり一人の女の子。
 好きな人が、自分から気持ちが離れてしまわないかと、不安になる時もある。
「ごめんなさい。心配かけて、本当に冗談だったんだよ」
 雫は素直に頭を下げる。
「なら今回は許してあげるから、もう絶対に駄目だからね」
「約束する。本当にごめんなさい」
 ならもう終わりと言うと、サレンが雫を立たせて、皆の元に連れて行く。

「雫ちゃん。皆んなに謝る」
「お騒がせしてごめんなさい」
「大丈夫だし、でもいいなぁ。雫さんにはサレンさんって素敵な恋人がいて」
「最弱ちゃん?」
「私もいつかは、そんな恋人欲しいなって、一応年頃ですから」
 この中で恋人が居ないのは、沙霧と一葉だけである。
 雫とサレン。響とかごめ。そして可憐と祈と三組もカップルがいる。
「確かにそう言われると、恋人いないの私と一葉だけね」
「なら二人が付き合えばいいと思うけど」
 響の一言で、沙霧と一葉はお互いを意識してしまった。

「さ、沙霧さん。優しくしてください」
「一葉、貴女は本当におかしな娘ね。何を想像してるのだか」
 急に沙霧を意識して、変な事を言い出した一葉に一同は笑いを堪える事が出来なかった。

「そろそろ続きをお話ししませんか?」
 サレンの一言で、全員がそうだったと、目的を思い出した。
「私達の話しからする? それともサレンの方から?」
「なら、私からしますわ」
 そう言うと、サレンは捨てられた魔女達との物語の続きを話し始めた。

サレンの話しを聞きながら、沙霧を意識してしまう自分がいる事に、一葉は気付いていた。
 沙霧は、サレンの話しに集中しているのか、一葉がそっと沙霧の手を握っても気付いてはいなかった。
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