魔女は微笑みながら涙する

Cecil

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それぞれの悲しき過去

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リリア達と暮らし始めて数週間が経っていた。

サレンは、そろそろ聞いても大丈夫かな? とリリア達の過去を知りたいと思っていた。
 自分の事は、リリア達には話してはいるのだが、彼女達の事は聞いてもいいものかと、敢えて聞いていなかったのだが、仲間になったのだから、お友達になったのだからサレンは彼女達の事をもっと知りたい。

しかし、彼女達にとっては忘れたい過去であり、知られたくない過去でもある筈。
 いくら仲間だから、いくらお友達になったからと言っても、秘密の一つや二つあっても当たり前である。
 サレンが聞こうか、それともやっぱりそっとしておくのがいいかと悩んでいると、リリアと美乃梨、そして亜里沙の三人がどうしたの? と悩むサレンに声を掛ける。

「おはようございます。実は皆さんの事をもっと知りたいと思いまして、でも皆さんにとっては忘れたい過去ですし、聞いてもいいものかと」
 リリアは、なんだそんな事かと他はわからないけど、自分にとっては対した事ではないと、聞きたい? と言うのでサレンは是非聞きたいですと、しっかりと魔女を取り巻く現状を知る事で、今後に活かしたいとリリアに教えて欲しいとお願いする。
「あたしは前にも話したけど、出生届けすら出されていない。だから、この世に存在していない事になってる魔女」
 リリアの母親は、最低の母親だった。
 魔女遊びが大好きで、魔女遊びを辞められない。
 完全に依存症になっていた。
 薬物依存症やギャンブル依存症など、依存性にも色々あるが、リリアの母親の場合は魔女遊びに対する依存性が酷かった。
 
いつも側に、誰かしら魔女が居てくれないと不安になり、発狂してしまう。
 そんな心の弱い魔女。
 魔力も下級で、一人では妖退治にも苦労をする。
 何度も何度も死ぬ思いをした彼女は、弱い自分は自分を守ってくれる存在が必要なんだと、強い魔女に依存すればいいのだと、見境なく股を開いては、自分を守ってもらう。
 そんな生活を送っていた。

そんな生活を送っていれば、当然妊娠の危険性もある。
 彼女もそれはわかっていたが、自分を守って貰う為なら、相手が望むなら何度でも抱かれる。
 そしてリリアを妊娠した。

リリアを出産してからも、彼女の生活は変わらなかった。自分を守って貰う事が一番大切な事であり、リリアの事は頭にはない。
 だから出生届けすら出さずに、この山奥にリリアを赤ん坊のリリアを捨てて、リリアの前から居なくなった。

「そんな訳で、あたしはこの集落の魔女に拾われて、ここで生活をしていると、だからかな。あたしを救ってくれた魔女の様に、今度はあたしが救いたいんだよ」
 力はないけど、それでも同じ様な境遇の魔女達を救いたいんだよねと、リリアは少し照れ臭そうに話してくれた。
「ありがとうございます。本当に私は幸せだったんだなと、それに甘えて生きて来たんだと……」
「サレン位の年齢なら、それが普通でしょ」
「ええそうよ。次は私が話す? それとも亜里沙が話す?」
「わ、私からでいいですか? 最後は緊張しますから」
 美乃梨は良いわよと言って、亜里沙に順番を譲る。
 どちらにしても、サレンには話すのだから順番は構わなかった。

亜里沙は幼い時から臆病で、物静かでいつも周りの目を気にする。そんな魔女だった。
 亜里沙の二人の母親は、最下級魔女でありそんな二人の元に生まれた亜里沙も、当然のごとく最下級魔女だった。
 母親は、臆病で泣き虫で自分の意見も言えない様な亜里沙を嫌っていた。
 そして、こんな娘は自分達にとっての恥であるとさえ思っており、二人目が生まれると亜里沙には全く興味を示さなくなった。

幼い亜里沙を、犬用のゲージに閉じ込めて、食事も僅かしか与えない。
 排泄も当然ゲージの中でさせる。
 お風呂なんて入らせてくれない。
 ただ濡らしたタオルを投げ込まれて、それで拭けよと、この能無しが! と侮蔑の言葉を投げかけられる。
 そんな生活を送っていれば、亜里沙の心は壊れて当然である。

「当時の私は、普通の女の子からはかけ離れた生活を送らされてました。犬用のゲージが私の世界の全てで、でもそこに居れば安全だったんです」
 亜里沙の言葉が引っ掛かった。
 ゲージの中が安全?
 親が子供を虐待する悲しい事例があるのは、サレンも知ってはいたが、身近ではなかった為に、この時のサレンには亜里沙の言葉の意味を理解する事が出来なかった。

「あの、ゲージの中が安全って、どう言う事ですか?」
 意味がわからずに亜里沙に、その意味を聞いてみる。
「ゲージから出される時は、母親のおもちゃにされる時ですから」
 ゲージから出されると言う事は、母親のストレス解消の道具にされる。
 その事を意味していた。
「亜里沙ちゃんは、母親から虐待されてたのよ」
 不思議そうな顔をしているサレンに、美乃梨が教えてくれた。

母親達にとっては、愛すべきなのは二人目の子供であり、亜里沙はその対象ではない。
 魔女にとって、二人目を妊娠出産する事、それ事態が稀な事である。
 基本子供は一人が普通なのである。
 しかし、亜里沙の母親達は亜里沙を自分達の子供として見ていなかった為に、二人目を望み、そして望みが叶って二人目を授かった。
 それからは、亜里沙の事はペット以下として扱っていたのだ。

ゲージから出されると言う事は、亜里沙にとっては恐怖の時間の始まりでしかない。
 亜里沙にとっては、まともに寝る事すら困難なゲージの中が安全地帯であり、唯一の世界だったのだ。
 当然の如く幼稚園や学校になんて、通わせて貰えずに、友達と言う存在すら知らずにただ毎日ゲージの中で、幸せな生活を夢見て妄想して過す。
 それが亜里沙にとって、唯一の楽しみだった。

「そんな私も捨てられる時が、母親から解放される時が来ました」
 亜里沙が八歳になった時に、ゲージから出されて、何故か新しい洋服を着せられて、お金も僅かだが渡された。
 不思議そうな顔をしている亜里沙に、何も言わずに母親は車に乗せると、見知らぬ街まで連れて行く。
 車を止めると母親は、降りなさいと言うので亜里沙は、素直に言う事を聞いて車から降りる。
「貴女は自由よ。好きに生きて行きなさい」
 そう言うと、母親は車を走らせて亜里沙の前から姿を消した。
 これが母親を見た最後の姿になった。

「僅か八歳の私は、何が起きてるのかわからなくて、ただ街を徘徊してました。誰も助けてくれなくて、気付いたらこの山奥に迷い込んでいて」
 それからは、妖だけじゃなくて獣にも襲われるのではと言う恐怖と、毎日戦いながら僅かな食糧で生活していた。
 食べれそうな山菜を摘んで食べたりもした。時には毒性の物を食べてしまい。酷い嘔吐や下痢にも苦しんだ。
 暑い時期には、脱水症状を起こして死の恐怖にも晒された。
 心身共にボロボロになり、死のうと考えて断崖から身を投げようとした。
「何してるの!」
 身を投げようとして、止められた。
 思い切り抱きしめられていた。
「貴女は……死神さん?」
「私は、死神じゃなくてリリアって言うんだけど、貴女はどうして死のうとしたの? まだ子供でしょ」
「リリア、その子もしかして私達と同じなんじゃない」
 リリアと一緒に亜里沙の自殺を止めた美乃梨が、その子も捨てられた子供なんじゃないと、亜里沙に水を渡しながら、私は美乃梨よと自己紹介する。

美乃梨から貰った水を飲みたいけど、飲んだら怒られるのではと、亜里沙は手を付ける事が出来ない。
「飲んでもいいのよ。誰も怒らないわ」
 亜里沙の境遇を察知した美乃梨が、大丈夫よと飲みなさいと蓋を開けてくれる。
「いいの? 怒らない?」
「大丈夫よ。私もリリアも怒らないから、先ずは飲んでから話しを聞かせて」
 美乃梨とリリアの笑顔に安心したのか、亜里沙は一気に水を飲み干す。
 生きてる実感が湧くと、急に足が震えて身体の震えも止まらない。
「死にたくなんてなかった! でもママ達に捨てられて、誰も助けてくれなくて、この山で一人で居たの」
 妖に襲われるのでは? 獣に食い殺されるのでは? そんな恐怖で日に日におかしくなっていった。
 魔女である亜里沙が、獣に食い殺される可能性は低いのだが、幼い亜里沙にそれがわかる筈もなく、ただ毎日恐怖していた。

「亜里沙。良かったら、あたしらと暮らさない? この先に亜里沙と同じ様な魔女が住んでる集落があるから」
「そうね。それがいいわ。亜里沙、私達と生活しましょう」
「いいの? ゲージはある?」
 二人はゲージと言うフレーズに、首を傾げる。
「私、ずっとゲージの中でわんちゃんのゲージの中で生活してたの。ママが絶対に出るなって、出される時はママ達のおもちゃにされて叩かれて、痛い事されて、オシッコが出る所を弄られたりもしたの」
 やっぱり虐待されてたのね。それも、こんな幼い女の子に、性的虐待までと二人は怒りを露わにする。
「ゲージはないけど、誰も虐めないから安心していいんだよ」
「そうよ。亜里沙が望まないのに、変な事もしないし、大事な所も触ったりはしないから安心して」
 亜里沙より三歳年上のリリアと一つ年上の美乃梨は、捨てられてから年上の魔女と集落で生活していたので、平均以上に性的な知識はある。

その為、亜里沙が性的虐待を受けていた事にも気付いていた。
「本当? 叩かない? 触られるのは大丈夫だけど、痛くしない?」
「叩かないし、無理矢理触る事もないから安心していいんだよ」
 リリアが頑張ったねと、美乃梨がこれからは安心していいんだよと、亜里沙を強く抱き締める。
 二人のお陰で、死なずに済んだ。
 二人のお陰で、壊れ掛けていた心に温かい光が灯った。
「二人が居なかったら、私は死んでましたし、もし生きていても心が壊れて、最後には死を選んでいたと思います」
 亜里沙は、ここに来れて本当に良かったと話す。

衝撃だった。
 この世の中に、自分の子供を虐待する親がいるなんて、話には聞いていたが信じてはいなかった。
 ましてや自分の娘に母親が、性的虐待をするなんて、サレンは信じられなくて言葉がなかった。

最後は私ねと、美乃梨が自分の事を話し始めた。
 まだ十四歳の美乃梨だが、とても大人びている。
 見た目は、年齢のままなのに話し方や立ち振る舞いは、大人の女性である。
 その理由は、母親にあった。
 魔女としては最下級である美乃梨の母親は、なら勉強でと熱心な教育ママだった。
 幼い美乃梨に、毎日の様に厳しく勉強と礼儀などを叩き込む。
 だが幼い美乃梨には、ただただ苦痛でしかなかった。
 その事に母親は微塵も気付いてはいない。自分の教育は、子育ては間違っていないと自分の考えを、ただ娘に押しつける。

そんな日々を送っていれば、嫌でも子供らしさなど無くなっていく。
 美乃梨も、最初は笑顔の可愛い女の子だったのだが、日に日に笑わなくなった。
 ただ機械の様に、母親に言われた事をこなすだけの、機械少女へと成り果ててしまった。
「あの頃は、感情なんて全くなかったわね」
 そう笑いながら、美乃梨は続きを教えてくれる。

母親の教育は凄まじく、母親の期待に応えられなければ、身体を椅子に縛り付けられてひたすら勉強させられる。
 許されるのは、トイレやお風呂のみで、食事も勉強をしながら、まだ幼児と呼ばれる年齢の美乃梨に、毎日そんな過酷な日々を送らせていたのだ。

だが、まだ温かい家で過ごせる。
 毎日ご飯が食べられる。
 それだけで、美乃梨は幸せだった。
 母親の言いなりでも、母親の人形でも、ただ平和に過ごせるのなら、それで良かったのだが、そんな日々は唐突に終わりを告げる事になった。
 結果を出せない美乃梨を、母親が家から追い出したのだ。
 亜里沙を助ける一年前である。
「あんたみたいなクズは、この家に必要ありません。何処にでも行きなさい」
 そう言って、美乃梨を家から追い出してこの山に連れて来て放置した。

突然の事に、美乃梨は何が何だかわからずに、ただ泣いていた。
 自分は頑張ったのに、何が間違いだったのと、訳も分からずにただ彷徨って、歩き続けた。
 そして、限界を迎えて倒れた。
 このまま死ぬのかな?
 もう一度、あの家で……すご……たかっ……たな。
 薄れる意識の中で、厳しかったけど温かい家で過ごせた事を、温かい食事を摂れた事を温かいお風呂に入れた事を、そして温かいお布団で寝れた幸せを思い出して、美乃梨の意識は途絶えた。

目を覚ますと、見た事ない魔女が心配そうにこちらを見ていた。
 年齢は、自分位?
 その前に此処は何処なの?
「大丈夫? 目を覚さないかと思ったよ」
「貴女は? 此処は何処ですか?」
「あたし? あたしはリリア。貴女は?」
「美乃梨……です」
「美乃梨ね。で、美乃梨はどうしてあんな所で倒れてたの?」
 どうやら倒れてる自分を、このリリアって子が発見して、此処に運んでくれたのだと美乃梨はすぐに気付いた。
「捨てられたから、あんたみたいな出来損ないは、クズはいらないって、私頑張ったんだよ。遊びたいのを我慢して、毎日毎日勉強して……でも駄目だったの。だから要らないって」
 リリアは、美乃梨も自分達と同じで親に捨てられた魔女だと理解して、なら此処で暮らそうよと、此処は美乃梨みたいな魔女が生活してる場所だからと、教えてくれた。

「私は、もう一度帰りたい。でも、帰っても入れてくれないから」
「なら、もう一度だけ会いに行く? あたしも着いていくから、それで入れてくれないならここで生活しようよ」
 美乃梨は、リリアの言葉に同意する。
 
体力の回復を待って、自宅を訪れたが、母親は聞く耳すら持たずに、貴女は家の子じゃないからと、二度と顔を見せないでと冷たく美乃梨を突き放した。
 美乃梨は泣きながら、リリアに一緒に生活してもいい? とそれ以上は何も言えずにただリリアの胸の中で泣いていた。
「もちろんだよ。美乃梨は、あたしの大切な家族で、妹だからね」
 そう言って強く美乃梨を抱きしめる。
「それからは、ずっと此処に居ますわ。もう帰りたいとも思いませんし、親を多少は恨んでますけど、此処での生活を満喫してますので」
 サレンには美乃梨を含めて、話してくれた三人に掛ける言葉すら見つけられない。

母親達に大切にされ、頭首である葉月にも幼馴染の沙霧や雫にも大切にされ、メイド達からも大切にされて育ったサレンにとって、此処にいる魔女達の悲し過ぎる境遇は、理解の範疇を完全に超えていて、何も言えない。
 平和に暮らして来た自分の言葉なんて、何の意味もなさないと、サレンはただただ俯くと泣く事しか出来なかった。

「やっぱりサレンは優しくて良い娘だね。こんなあたしらの為に泣いてくれるんだから」
 リリアの言葉に美乃梨と亜里沙も同意する。
「サレンちゃん、確かに私達は親に捨てられたけど、今は幸せなのよ。だからそれで十分なの」
「……私は皆んなとお屋敷で暮らしたいです。此処にいる皆んなと、暮らしたいです」
「ありがとう。答えはちゃんと出すから、気長に待っててね」
 サレンは頷いて、ずっと待ちますと後は凪と舞美の話しを聞きたいのだが、教えてくれますか? とリリアに聞いてみる。
「う~ん。凪は大丈夫だと思うけど、舞美はあの状態だし期待は出来ないよ」
 それでもいいなら、聞きに行く? と言うのでサレンは是非と答えると、舞美のお世話をする凪の元へと歩き出す。
 その瞳には、まだ綺麗な一雫の涙が太陽光に照らされてキラキラと輝いていた。
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