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第10弾 マイフェアレディ
I overslept.(寝坊した)
しおりを挟む「うわわわわ――っ」
クララがあたふたと焦ってパジャマのまま階段を下りていくと、1階から甘く香ばしいニオイが漂ってきた。
ジュワ~。
台所で祖母がパンの耳を揚げている。
「こ、これは――?」
クララは生まれて初めてパンの耳を見たように不思議そうな顔をした。
油切りのステンレスパットに揚げたてのパンの耳が山盛りだ。
「ああ、あんだ、ざっぎ起ごしに行っだら、『パンの耳のオヤヅ~、パンの耳を揚げで砂糖をまぶしだオヤヅ~』っで寝言で言っでだがらさ。よっぼど食べだいのがど思っで揚げどいでやっださ」
祖母はひどい田舎訛りで言って、揚げたパンの耳に砂糖をドサドサとまぶした。
(あっ、そんなパン工場で使ってる安い砂糖をっ)
クララが止める間もなく、パンの耳は白砂糖で雪化粧されてしまった。
(もぉう、オーガニックのきび砂糖を使うつもりだったのにぃ)
だが、この際、文句を言っている暇はない。
(仕方ない。お婆ちゃんがこしらえたオヤツで良しとするわ)
祖母はサンサンパンの前身である日の出製パンに嫁いで50年もパン工場で働いてきた現役バリバリの大ベテランなのだからパンの耳の揚げ具合は申し分ないキツネ色だ。
(それにしても、寝坊したとはいえ寝言でちゃんとパンの耳のオヤツのことを言ってたなんて、グッジョブ自分♪)
「それ、タウンのみんなにオヤツの差し入れするから紙袋に詰めておいて」
クララは一人娘で甘やかされて育ったので祖母をこきつかって、自分は洗面所で歯磨き洗顔を済ませると2階の部屋へ戻って身支度を急いだ。
ガンマン会の会合に紛れ込む気満々で爺さん連中に好感度を上げるためにナチュラルメイクをして、お嬢さんっぽい膝下丈のワンピースを選ぶ。
ライトグレーの地に小花柄でローズ色のリボンベルトの着いたクラシカルなデザインだ。
冬のボーナスはすべてファッションに注ぎ込んで3着も買った冬物のワンピースのうちの1着だった。
オシャレを凝らして1階へ下りていくと、台所には母親もいた。
「これ、ジョーさんとメラリーちゃんにも差し入れするんでしょ?2人とも東京のコなんだってねぇ。わたし、この間、一緒に坊主めくりした時に話が弾んで盛り上がっちゃったわ」
母親が紙袋にパンの耳を詰めながら自慢げに言う。
クララの母親は東京出身だった。
パン工場の跡継ぎであるクララの父親が高校卒業して上京し、都内の有名ベーカリーでパン職人修行をしていた頃に母親と出逢って6年の交際を経て、田舎へ戻って結婚したのだ。
おかげでクララは田舎訛りがなく話せる。
「ジョーさんの実家って東京の谷中なんだってね。谷中って古いお寺だらけの猫町なのよ。お姉さん1人と妹さん2人いるんだって。それで、お姉さんの名前が恵で、妹さんは愛理と絵美だって」
母親はクララのまったく知らないジョー情報をペラペラとしゃべった。
たった1度きりマーサの病室で逢っただけで母親はクララが今までにジョーと言葉を交わした50倍くらいはジョーとおしゃべりしたようだ。
「実家は昔からの茶道具のお店で、お姉さんは結婚して双子の子持ちで、妹さん2人は独身でピアノ教室の先生とイラストレーターだって」
母親は得意げにジョー情報をひけらかす。
この地元ではウェスタン・タウンの看板スタァのジョーは疑う余地もなく顕然たるスタァなのだ。
(茶道具のお店?ガンマンに似合わず意外に実家の稼業は和風なんだ)
「へええ」
クララは母親の手前、「べつにジョーさんの個人情報なんて興味ないもん」という態度を装おった。
クララが17歳の頃からガンマン・ジョーのファンだということは家族みなが知っている。
だが、クララが本気でジョーの彼女の座を狙っているとは家族の誰も夢にも思っていなかった。
中学から女子校で絶滅危惧種の天然記念物乙女と呼ばれて今までBFの気配すらなかったクララに家族は安心しきっているのだ。
「はい。まだ熱々だから袋の口を半分開けてあるわよ」
母親はパンの耳を詰めたサンサンパンの紙袋4袋を大きな手提げの紙袋に入れてクララに手渡した。
「あら?ボーナスで買ったワンピース?可愛いじゃない」
常日頃からクララは抜かりなくオシャレなのでオシャレして出掛けるからといって家族に怪しまれることもない。
「えへへ、じゃ、行ってきま~す」
クララは大きな紙袋を提げてバタバタと裏口から出て、赤い傘を開いて自宅のパン工場の駐車場へ走った。
バスも通わぬド田舎なので普段からマイカー移動だ。
マイカーといってもパン工場で配達に使っている5台あるミニバンのうちの1台で白いボディに赤いSunSunPanのロゴとお日様のマークが描いてある。
パン工場からミニバンで向かいの山田家の牧草地を一直線に横切ってタウンの駐車場まで5分ほどで着いた。
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