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第10弾 マイフェアレディ
I approach you(あなたに接近中)
しおりを挟む時計を見ると11時35分だ。
クララがセキュリティゲートを通ってバックステージのロビーへ駆け込んでいくと、ジョー、メラリー、ケントがソファーに座ってのんびりコーヒーを飲んでいるのが見えた。
「ああ、間に合って良かったぁ。ごめんね。遅くなっちゃって」
クララは息を切らしながらオヤツの紙袋をメラリーに差し出した。
「あ、甘いニオイ~。まだ熱々だ~」
メラリーは紙袋に鼻を突っ込んでスハスハと湯気を嗅ぐ。
「ガンマン会は12時集合だから、まだ余裕っすよ」
ケントがギターをポロンポロンと掻き鳴らしながら言った。
「(ハグハグ)美味し~。これ、家政婦さんがよく作ってくれたオヤツ~。どこにも売ってないし、ずっと食べたかったんだ~」
早くもメラリーはパンの耳を貪っている。
「お、懐かしい~。俺んちの母親もよく作ってたぜ。これ」
「俺、初めてっす」
ジョーもケントも紙袋に手を突っ込んでパンの耳を頬張った。
「んっ。この味、この味。美味いっ。コーヒーに合う」
「揚げたてサイコーっすねっ」
手抜きのはずの揚げたパンの耳に砂糖をまぶしただけのオヤツは思い掛けず大好評だ。
(――あっ、ジョーさんがわたしの持ってきたオヤツを食べてくれたのって初めてじゃない?)
(けど、何だっておばあちゃんがこしらえたオヤツの時なの?)
クララは複雑な表情になった。
味噌バタークッキーだってマシュマロ入りブラウニーだって揚げたパンの耳よりずっとずっと材料費も手間も掛かっていたというのに、ジョーは食べてなかったのだ。
「クララさん、せっかく休みなのにこんなにいっぱいオヤツ作ってくれてありがと~」
メラリーは砂糖の付いた指先を舐め舐めお礼を言った。
「ううん、どういたしまして。わたし、休みなのに何にも予定がないの。やることなくて、ものすごく暇なの」
クララは自分が暇だと強調し、
(さあ、メラリーちゃん。わたしが暇だと言ってるのよ。さあ、わたしをガンマン会に誘いなさいよ。さあ、さあ)
目をギラギラさせた笑顔でメラリーをガン見しながら心の中でテレパシーを送った。
(こ、こわ――っ)
メラリーはクララの獲物を狙うような好戦的な笑顔にちょっと引き気味になる。
勘の良いメラリーはジョーを好きなクララがガンマン会に行きたいことくらいとっくにお見通しだった。
分かっていて誘わないのは、ただ、たんにメラリーの意地が悪いからである。
クララが次にどんな手を打って出るかメラリーは楽しんでいるのだ。
そこへ、
「お待たせ~」
アンとリンダがロビーにやってきた。
2人はお出掛け前のメイク直しに女子更衣室へ行っていたのだ。
(ええっ?)
クララはきらびやかな2人を見るなり立ちくらみしたように1歩、2歩、よろめいた。
(まさか、アンさんとリンダさんまでガンマン会に?)
よりによってジョーのハニーの2人が一緒に行くとは。
フレンチカンカンの踊り子の中でも美女レベルの最も高い2人が。
「あら?」
アンとリンダがクララを見やった。
「……」
クララは思わず身構える。
どんなにオシャレしてもプロポーション抜群のグラマーな2人に見下されているような気がしてならない。
2人は158㎝のクララより10㎝も背が高く、さらに8㎝ヒールまで履いているので見下ろされてはいる。
「え、と、クララちゃんだっけ?あなたもガンマン会に行くんでしょ?」
「マイカーよね?ねえ?クララちゃんの車に乗せてって貰いましょうよ」
「そうよね。雨キャンにショウのキャストが揃ってお出掛けなんて送迎バスじゃ目立っちゃうもの」
「ミニバンよね?6人乗れるでしょ?」
アンとリンダはもう勝手にクララの車で行くと決め込んだ。
「え、ええ。3列シートの6人乗りです。あの、わたしも行って――いいのかしら?」
クララはアンとリンダの強引な決め付けを有り難いと思いながらも遠慮がちにメラリーにお伺いを立てる。
「じゃ、クララさんも俺の歌の時にラインダンスして」
メラリーは例のごとくクララにも役割を命じた。
「ラインダンス?あの、わたし、ワンピースだからラインダンスはちょっと」
クララはラインダンスをしなくてはガンマン会に混ぜて貰えないのかと不安になった。
「ん~、じゃ、クララさんもヨーレイヒ~♪のハモりでいいよ」
メラリーはまだパンの耳をモリモリと頬張りながら偉そうに頷いてみせる。
「う、うん。ヨーレイヒ~♪のハモりなら大丈夫。任せて」
クララはホッと安堵の笑みを浮かべた。
(ああ、ジョーさんとヨーレイヒ~♪がハモれる)
ようやくジョーとヨーレイヒ~♪をハモるという願いが叶うのだ。
実は昨日は家に帰ってからヨーレイヒ~♪のハモりを1人で練習していた。
(ああ、ジョーさんと2人でヨーレイヒ~♪)
ケントも一緒に3人でハモるのだが、ケントのことはすっかり失念している。
(すごい進展よね。ここまで来るの長かったぁ)
亀の歩みのようにゆっくりと1歩ずつだが着実にジョーに近付いている。
クララは喜びをジーンと噛み締めた。
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