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第12弾 ショウほど素敵な商売はない
Dark clouds roll in (暗雲が立ち込める)
しおりを挟む一方、
キャスト食堂では、
「ええ?ケントとの交際を無期限休止したなんて本気なの?」
「うん。さっき、ケントにも話して決めたのよぉ。だから、言い出しっぺのくせにホントに申し訳ないけど、わたし、バレンタインのダブルダブルデートはキャンセルさせてもらうわ」
アニタがすまなそうにクララに謝っていた。
「そんな、だって、スーザンとチェルシーもキャンセルになっちゃうのよ?お昼にヘンリーとハワードとケンカしちゃったんだもの」
クララは楽しみにしていたバレンタインのダブルダブルデートなので落胆が隠せなかった。
みなはテーマパークでのデートくらい中学生の頃には体験済みだろうが、クララにとっては初めてなのだ。
いきなりアランと2人だけのデートだなんてクララにはハードルが高過ぎる。
「だけど、わたし、レイチェルのことがあって、どうしても死に物狂いでやらないとならないのよぉ」
アニタによるとレイチェルは結婚を破談にしたとはいえ3月いっぱいでカンカンを辞めることは確定しているので、またカンカンに復帰するために来年のオーデションを受けるというのだ。
「それも、オーデションまでの1年間はダンスのレッスンを受けながらコスチューム管理のバイトをやると言うの。今、わたしがやってるコスチューム管理をレイチェルが代わって――っ」
アニタの顔は苦渋に歪んだ。
「ホントはわたしがカンカンを辞退してレイチェルに戻ってもらったほうがいいに決まってるのよ。だって、レイチェルは人気もあって、パフォーマンスも最高なんだものっ」
上手いレイチェルと下手な自分の立場が逆転することにアニタは居たたまれないのだ。
「わたし、カンカンで一番下手くそだからプレッシャーで圧し潰されそうなのよぉっ」
アニタの熱く血走った目からどっと堰を切ったように涙が溢れた。
ようやくオーディションに受かったのにカンカンデビューまでの試練が並大抵ではなかったのだ。
「……」
クララは喉が詰まったみたいに慰めも励ましも何も言葉が出なかった。
アニタは精いっぱいの努力をしているのだ。
さらにケントとの交際も無期限休止までして、もっと努力をするつもりなのだ。
クララは自分だけ楽しくデートなどという浮かれ気分はアニタの涙ですっかり消え失せてしまった。
そのオヤツ休憩の後、
クララはまたファクトリーの清掃の続きのために地下通路を歩いていた。
左右の壁は数メートル置きに長方形の開口があり、タウンの施設へ上がる階段がある。
カン、
カン、
ゼネラルストアに通じる階段から女のコ2人が降りてきた。
名前は知らないが見覚えのあるカンカンの踊り子だ。
「雨のせいか何なのか予約にキャンセルが出たんだって~」
「ラッキーだったね~。それで、クローディアに占ってもらったんだ~?」
2人のはしゃぎ声は地下通路に響き渡るほど甲高い。
(――え?クローディア?ジプシー占いの?)
クララは思わず足を止めて、2人の会話に耳をそばだてた。
「でね~、わたしと彼、相性が最悪だって、すぐに別れるって言われたのよ~」
「え~、ホント?じゃ、その逆になるってことだから良かったじゃない」
2人の会話の意味がよく分からない。
「あのぉ?」
クララは自分の脇を素通りしていく2人を呼び止めて訊ねた。
「何で逆になるんですか?クローディアって3年先まで予約いっぱいで人気のジプシー占いのクローディアさんのことですよね?」
2人は踊り子らしく軽やかなターンで振り返る。
「あら、あなた、アランの彼女~」
「知らなかったの~?クローディアの占いって、まったく逆の結果になるのよ~」
なんでも、クローディアの占いはあまりにも当たらなくて、ほぼ95%は当たらないので、逆に解釈すればいいと誰かが言い出して、それが口コミで広がって、突然、人気に火が付いたのだそうだ。
「ほら、レイチェルなんて、1年前にクローディアの占いで騎兵隊のアーサーなら結婚相手に最適でラブラブで子供にも恵まれるって言われたんだから~」
「その頃はまだ真逆の結果になる当たらない占いだって思ってなかったのよね~」
2人は肩をすくめてみせて、地下通路をバックステージへと戻っていった。
(――まったく当たらない?)
クララは狐につままれたように唖然とした。
自分はクローディアに何て言われたっけ?
たしかアランとは相性最悪で彼は必ず浮気して別れると言われたのだ。
(その逆ってことは相性最高でアランは浮気もしないってこと?)
クララはつい「うひっ」とばかりに笑み崩れたが、
(あっ、それよりも、アニタのことよ)
慌ててブンブンと首を振る。
アニタはクローディアの占いではカンカンデビューで太陽のように輝いて人気運アップと言われたのではなかったか?
その逆ということは――。
(あああ――)
太陽はいきなり暗雲に覆われて土砂降りになった。
クローディアの当たらない占いのことは決してアニタの耳に入れてはならない。
一方、
~~♪
太田のケータイの着メロが鳴った。
「あ、マダムからメールです。『夜食のおでんを作るから買い物してきて』だそうです」
メールには『ちくわ、ちくわぶ、こんにゃく、大根、はんぺん、がんもどき――』等々、買い物のおでん種がズラズラと並んでいる。
「やった♪夜食はおでんだ~♪」
「これ見よがしにおでんアピールした甲斐があったな♪」
「だなっ♪」
たちまち気分は爆上がりした。
「おでんかぁ」
ケントもちょっと持ち直したようだ。
マダムがおでんをこしらえる間、いつものようにメラリー、トム、フレディは射撃の練習、ケントは託児所のボランティア、太田は家庭教師のバイトに行く。
(いつものように――)
メラリーはこうして美味しいもので気分が上がったりしながら1月は何事もなく過ぎていくのだろうと思った。
やがて、2月に大波乱が待ち構えていようとは、事件の発端であるメラリー以外は誰も予想だにしていなかった。
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