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第12弾 ショウほど素敵な商売はない

I was suddenly invited to dinner (突然、ディナーに誘われました)

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「絵付けから1週間後にスタッフのヒトが窯入れして焼いてくれるんだ」

 2週間もペンションに滞在しているメラリーは絵付け体験はもう3回目だった。

 しげしげと絵付けの出来栄えを確かめて、「あっ、そうだ」と絵筆を取り、『メラリーより 2009年2月14日』と名前と今日の日付をピンク色とワインレッド色の絵の具で描き加える。

 これで今度こそ完成だ。

「バッキー、せっかく来たんだからディナーの創作和風フレンチ、一緒に食べようよ~」

 メラリーは絵付け体験の生成りのエプロンを外しながら太田に振り返る。

「え?それは嬉しいですけど、ディナーは要予約とありますが?」

 太田はペンションのご利用案内に目を落とす。

「大丈夫~。俺、いつも3人前だからバッキーに1人前分けてあげるよ。勿論、おごらないよ~」

 メラリーは「ディナーは6時半なんだ」と工房の鳩時計を見やった。


 『若草の切妻屋根の小さな家』の創作和風フレンチは1品ずつ出てくるフルコースではなく定食のようにいっぺんにお盆にのってくるスタイルだった。

 趣味の良い和食器に盛り付けられた料理が勢揃いで彩りも美しい。

「やっぱり日本人はご飯、オカズ、汁物と三角食べですよね~」

 太田は熱々ご飯に箸で食べる創作和風フレンチに目をクルクルと躍らせた。

 正統なフレンチですら食べたことがない太田には日本人シェフが魔改造した創作和風フレンチが人生初のフレンチだ。

「ん~、このポタージュ、味噌仕立てですね」

「うん。バターもクリームも味噌や醤油と相性抜群だから和風フレンチ最強だよね~」

 2人で次々と創作和風フレンチに舌鼓を打ち、おかわり自由のご飯3膳目を平らげる。

 エスカルゴの酒蒸しも鴨肉のフィレも熱々ご飯に合う、合う。

「ん~、美味し~」

「最高ですね~」

 創作和風フレンチ、美味し過ぎる。

 本場のフランス人シェフには申し訳ないが日本中のフレンチレストランが創作和風フレンチになってしまえばいいと思ったほどだった。


 一方、

 その先刻。

「へえ、じゃ、スーザンもチェルシーも来月からお見合いのスケジュールでびっしり?」

「そう。意外にもお見合い写真で好条件のイケメンが3人もいた訳よ」

「でも、マーサさんに頼まれた義理のお見合いもするわよ。だって、綺麗な振り袖が着られて、ゴージャスなお食事が出来るんだもの」

「マーサさんが貸衣装と美容院代は出してくれるって、太っ腹よね~」

 タウンのロビーではクララ、スーザン、チェルシーがおしゃべりに熱中していた。

 本来なら今日の終業後はタウンでバレンタインのダブルダブルデートの予定だったが、キャンセルになったところで他に予定はないのだ。

「クララは交際無期限休止のアニタに悪いとか気にして自分までバレンタインのデートをキャンセルしたらしいけど、べつにアニタに悪いなんてこと全然なかったのよ」

「そうよ。アニタは夢が叶ってカンカンのオーディションに受かったんだから。書類選考を通った候補者が56人でしょ?その中から勝ち抜いたのよ?そんなアニタに同情することなんてある?」

 スーザンとチェルシーはいつでも理論的だ。

「そう言われてみれば、そうよね?」

 クララは情に流されやすいのでダンスが下手だと涙するアニタに同情してしまったが、オーディションで落ちた候補者のことを考えたら受かった者の贅沢な悩みなのだ。

「それに初めてのバレンタインなのにケロッと忘れてたなんて」

「初めての彼氏と初めてのバレンタインなんて一生で一度きりなのよ?」

 スーザンとチェルシーに責めるように言われて、

「う、うん~」

 クララも今更ながらバレンタインのデートをキャンセルしたことを後悔し始めていた。

 そこへ、

「クララちゃんっ」

 唐突にアランが息せきってロビーへ駆け込んできた。

 1時間以上も前にホテルのバイトに行ったと思ったが戻ってきたのだ。

 何を急いでいるのかアランはバーテンダーの制服のままだ。

「どしたの?」

 クララは何事かと訊ねる。

「さっき、展望レストランのバレンタイン・ディナーにいきなりドタキャンが出たんだっ。それで俺、クララちゃんとディナーと思って大急ぎで迎えに来たんだっ。7時の予約なんだっ」

 肩で息するアランの背後のロビーの時計は6時32分を指している。

「――ディナー?」

「ええっ?ホテルアラバハのバレンタイン・ディナー?それ、予約いっぱいで何年も先まで取れないって人気なのよっ」

「クララ、すっごいラッキーよっ」

 茫然としているクララより先に頭の回転の速いスーザンとチェルシーが歓声を上げた。

「ほら、次のバスで行くのよっ」

「髪とかして、カチューシャ直して、リップカラー塗り直してっ」

 スーザンとチェルシーがせかせかとクララの世話を焼く。

「あ、今日のクララのワンピース、バレンタイン・ディナーにピッタリじゃない」

「ホント。クララはいつでもオシャレだから急なデートでも安心よね」

 スーザンとチェルシーはクララを椅子から立たせてワンピースのウエストのリボンも直してやる。

 今日のクララのワンピースはストンとしたAラインでスカート部分がダークブラウンで身頃が淡いスモークピンクでちょうどアポロチョコのようだった。

 バレンタインはケロッと忘れていたが、たまたま土日はパティがバイトの曜日なのでクララはパティへの対抗心から土日は特にオシャレしていたのが幸いしたのだ。

「さ、これで準備万端よ。行ってらっしゃい」

「楽しんでくるのよ」

 クララよりも3歳年上の2人はお姉さんのように激励に肩をポンポンと叩いてクララを送り出す。

「う、うん。行ってきます」

 クララはアランの後からギクシャクと歩いていった。

(ディナーを食べるだけなのに――)

 初めてのバレンタインのデートだと思うと緊張してドギマギだった。


「ああ、ついに、クララもロストバージン?」

「そりゃあ、バレンタインの夜よ?ホテルよ?」

 スーザンとチェルシーは他人事とはいえ期待と興奮で爛々と輝く目を見交わして頷き合った。
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