PictureScroll 昼下がりのガンマン

薔薇美

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第12弾 ショウほど素敵な商売はない

How many miles to heaven? ②(天国まで何マイル?)

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「お疲れ~」

 レッスンを終えたアニタ、バミー、バーバラは稽古場の窓のシェードをすべて下ろし、電灯を消し、廊下へ出てきた。

「アニタ」

 ケントが廊下でアニタを呼び止める。

「ケ、ケント」

 アニタはとたんに眉をひそめて困惑顔になった。

 交際無期限休止を告げて以来、ケントとは顔を合わせないように避けていたのだ。

「あ、わたし達、更衣室に行くねっ」

「じゃねっ」

 バミーとバーバラは気を利かせて廊下をパタパタと駆け去っていく。

「――」

 アニタは切なげに熱い眼差しでケントを見つめていた。

 ケントと交際無期限休止したのは自分の欲望に負けないためだった。

 食欲に負けて8cmもウエストサイズがオーバーしたこともあるアニタなのだ。

 誘惑にどうしようもなく弱いことは自分が誰よりも分かっていた。

 せっかくカンカンのオーディションに合格したのにケントとの交際に夢中になってダンスへの意欲が落ちることを恐れたのだ。

 だが、

「――ああっ、ケントぉお」

 アニタはこらえ切れずにケントの胸に飛び込んだ。

「やっぱり、ダメなのぉ。我慢なんか出来っこないのよぉ」

「えっ?あっ、アニタ――?」

 動揺するケントに構わず、アニタは強引にケントを薄暗い稽古場の中へ押し込んだ。



 一方、

(そうだ。トムとフレディにも声を掛けましょうかね)

 太田はキャスト食堂の売店でロールパンを買うと、夜食にトムとフレディも誘うことにして長い廊下を引き返し、キャスト控え室へ向かった。

 あの2人はまだバミーとバーバラに未練タラタラなので一緒に夜食と聞けばウヒョウヒョと喜ぶだろう。

 太田が長い廊下を進んでキャスト控え室へ近付くと、

 ビターン。
 ビターン。

 奇妙な音が聞こえてきた。

 ジョーはまだトムに鉄砲を繰り返していたのだ。

 ビターン。
 ビターン。

 だいぶ音がくたびれてきている。


「ジョーさん?何をしているんですっ?」

 太田は呆れ顔をした。

 何でこうなったのか見当も付かないがジョーは強獣力ごうじゅうりきのトムを相手に無鉄砲な攻撃をしている。

「丸腰の戦いなら力士は人類最強と聞いたことがありますが?」

「だよな。トムは大関候補と言われてたくらい強かったんだぜ。神経性胃炎で引退さえしなきゃな」

 フレディは飽き飽きしたようにジョーの鉄砲を眺めている。

「え?神経性胃炎?膝や肘の故障ではなく?」

「ああ、トムの奴、意外にプレッシャーに弱かったんだよな。番付が上がるほどに胃炎の症状も重くなってよ」

 今はショウでは特に何も期待されていないのでリラックスしてやっているのだ。

 ビターン。
 ビターン。

 ビターー

「はぁ、はぁ、ち、ちくしょう、ビクともしねえ――」

 ジョーは力尽きてドサッと床に倒れ込んだ。

「まったくもう、トムが一発でも反撃してきたらジョーさんのアバラ骨なんかバラバラに砕けていたんですよ」

 太田は呆れ果てて嘆息する。

 そこへ、

「いったい何を騒いでいるんですか?」

 ゴードンの秘書のキャロラインが入ってきた。

 残業を終えたキャロラインはこれから託児所に預けた子供を引き取って帰るところだった。

「トム、フレディ、あなた達に良いモノを見せてあげようと思って寄ったんです」

 キャロラインはファイルからコピー用紙を取り出した。

「良いモノ?」

 トムとフレディはキョトンとする。

「ゴードンさんの雑な原稿をわたしが丁寧に打ち直したものです」

 テキサス育ちのゴードンは漢字が苦手なので日本語の原稿はキャロラインが修正するのだ。

 ちなみにキャロラインは本名で日本人とアフリカ系アメリカ人のハーフだが生まれも育ちも日本だった。


「――こ、これは――っ」

 原稿を読み進めたトムとフレディは息を呑んだ。

 それは4月からリニューアルするショウのシナリオで、トムとフレディの演じるカウボーイはガンマン・メラリーとガンファイトする展開になっている。

「ということは、俺等、ついに、ついに、ガンマンデビューかっ?」

「だ、だよな?ガンファイトするんだからっ」

 トムとフレディは「くうぅぅ」と喉を鳴らし、歓喜に泣き崩れた。

 ようやく念願のガンマンデビューなのだ。

「まあ、ゴードンさんの見解ではジョーとメラリーでは実力に差があり過ぎるのでトムとフレディなら良い勝負になるだろうということです」

 キャロラインはケロッと笑顔で言って原稿をまたファイルに仕舞うとキャスト控え室を出ていった。

「――」

 ジョーと太田は敢えてトムとフレディに何も言葉を掛けなかった。

「うぐ、うぐっ」

「あうぅ~」

 あまりに2人がおいおいと手放しに泣いているので見ているほうが決まりが悪い。

 ジョーと太田はお互いに目で合図してそそくさと廊下へ出ていった。



「ありがとうございます~」

 キャロラインは託児所で2歳の娘のナオミを引き取った。

 ナオミはもうスヤスヤと眠っていたので抱っこして廊下へ出ると、

「――あ、ああ――あ――」

 どこからか途切れ途切れに声が聞こえてきた。

 託児所は宵っ張りのチビッコのはしゃぎ声で賑やかだが、それとは違う方向からの声だ。

(――?誰かいるの?電気も点いてないのに?)

 キャロラインは向かい側のダンスの稽古場を窓のシェードの5cmほどの隙間から覗き込んだ。

(――あ、ああっ?)

 そこでキャロラインが目にしたものは何ということか。

 真っ最中のアニタとケントだった。

 アニタは鏡張りの壁に背を付けて立っていてレオタードは肩からずり下ろして豊満な胸を露わにして、ダンス用のスカートは捲れ上がって、ケントが自分の肩に抱き付いたアニタの片足を持ち上げて激しく腰を動かしている。

「あ、あぁ~っ」

 廊下まで聞こえていたのはアニタの喘ぎ声だったのだ。

「あっ、あっ、んっ」

 さすがにラインダンスで鍛えたアニタはハイヒールの片足立ちでケントの激しい突き上げを受けながらもバランスを崩すことなく体勢をキープしている。

(ま、まあ、ムラムラを爆発させる場所がちょっと考えものだけど、仕方ないわね。若い2人だし、バレンタインの夜なんだもの)

 キャロラインは思わず目が釘付けになったが、取り敢えず見なかったことにして、忍び足で廊下から立ち去った。


「キャロル~」

 送迎バスのドライバーのカールがバックステージのロビーで手を振っている。

「カール、ナオミ寝ちゃったわ」

 キャロラインは夫のカールに娘を渡して、一緒に家族向けのキャスト宿舎へと帰っていった。
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