4 / 294
児雷也
しおりを挟むカチョン!
カチョン!
柝を打つ音が軽快に響き渡り、舞台袖から緞帳の前に裃姿の五十がらみの男がいそいそと進み出てきた。
「とざい、とぉ~ざぁ~い(東西、東西)。本日、初日よりかくも賑々しくお運び戴き、厚く御礼申し上げまして候ぉ~。さて、この度――」
お決まりの前口上が始まった。
サギは梁の端っこに腰を下ろし、
(ああ、もお、早よう、児雷也ぢゃ。児雷也が見たいんぢゃあ)
じれったくガリガリと金平糖を噛み砕く。
カチョン!
カチョン!
ようやく、前口上の男が引っ込むと、
トコトン。
トコトン。
ピュル。
ピュルルル~。
高らかに笛太鼓が鳴り響き、緞帳がスルスルと開いた。
「わぁああ」
「いよっ」
「待ってましたっ」
見物客の歓声、
「はあぁ~」
続いて溜め息。
舞台には大蝦蟇の張りぼてが鎮座ましまし、その背に児雷也とおぼしき絢爛豪華な裃姿の若衆。
その、なんという冴え冴えとした美しさ。
あまりの人離れした美しさに活き人形かと見紛うほど。
ピュル。
ピュル。
ピュルル~。
児雷也はその人形と変わらぬ表情のまま、笛太鼓に合わせて舞い踊り、クルクルと独楽のように回転しながら刀剣五本をビュンビュンとお手玉のように操り始めた。
さらにはクルクルと廻りざま、
タン!
タン!
一本ずつ、四角形の的を狙って投げ撃つ。
タン!
タン!
「おおお~」
見事、的に突き刺さった四本の刀剣に見物客は拍手喝采。
なんと刀剣はピタリと計ったように的に等間隔でサイコロの四の目の形に並んでいた。
そして、
見物客が固唾を呑んで見守る中、
タン!
最後の一本が四の目の真ん中に突き刺さりサイコロの五の目の形が出来上がった。
しかも、最後の刀剣だけ柄頭が朱色であった。
「か、神業ぢゃあ」
サギは目を見張った。
サギとて投剣を的に命中させるくらいは訳もないがクルクルと回転しながらではどうだろう。
的に当たったとしても五の目どおりに配置良くはよほど難しいに違いない。
ところが児雷也はさして一生懸命という風でもなく舞い踊りながらのしなやかな身振り手振りでいとも容易げにやってのけたのだ。
トコトン。
トントコ。
ピュラ。
ピュラピ~。
児雷也の姿がいったん大蝦蟇の中へ消えると、
「さぁて、次にお目に掛けまするは――」
またも前口上の五十男が現れ、舞台の端に置かれためくりの一枚をペラリと捲り上げた。
とんぼ投げと書かれてある。
ピュラピ~。
再び、大蝦蟇から姿を現した児雷也は衣装替えして牛若丸のような狩衣姿。
そして、クルンクルンととんぼ返りをしながら、
タン!
タン!
タン!
タン!
刀剣四本、やはりサイコロの四の目の形に突き刺した。
どうやら出し物は五つでサイコロの目の五から一まで様々な投げ技で見せるらしい。
三の目は宙返りしながらの宙投げ。
二の目は背後の的へ後ろ投げ。
いずれもピタリと計ったように四角形の的にサイコロの目の形どおりに五から二まで並び揃った。
とうとう、最後の一の目。
めくりがペラリと捲り上げられると、目隠し投げと書かれてある。
ピュラ。
ピュラピ~。
衣装替えをして白紋付きに紫色の長袴姿で大蝦蟇から現れた児雷也。
濃紫色の鉢巻きでキリリと目隠しをするとクルクルと三回転してピタと止まり、
刀剣をサッと頭上に振り翳した。
「わぁ~」
「ひぇ~」
「きゃ~」
見物客から悲鳴が上がる。
刀剣が向けられたのは見物席の方角。
さすがの児雷也も見当が外れ、よもや、まさかの失中か?
と思いきや、
児雷也は投げると見せかけておいてクルッと背後に向き直り、
タン!
見事、的のまん真ん中に柄頭が朱色の刀剣を命中させた。
「わあぁ~」
一瞬、肝を冷やした見物客はドッキリの仕掛けに大喜び、大歓声であった。
「はあぁ~」
サギはといえば、もう魂を抜かれたようにうっとりと夢心地で拍手をするのも忘れ、ただひたすら惚けていた。
シュルッと目隠しを外した児雷也は大蝦蟇の背に居ずまいを正し、扇子を前に置き、手を付いて見物席に一礼した。
「よっ、日本一っ」
「児雷也ぁ~」
見物客は大興奮でいつまでも拍手喝采が鳴りやまない。
面を上げた児雷也がおもむろに口を開いた。
「――皆々様、本日は手前の拙い芸にかくも盛大なご声援を賜り、まことに有り難う存じまする」
美形は悪声というのが世の常であるが、児雷也は声も響きの良い澄んだ美声であった。
児雷也が拙い芸と言ったもので見物客は異口同音に「どこが拙いだ」と思わず突っ込んで、ドッと笑いが起きた。
すると、児雷也が形の良い唇の両端を僅かばかり引き上げた。
児雷也が表情を変えたのはこれだけであったが希少なだけにそれは値千金の笑みであった。
「わぁ~」
見物客の熱狂は収まる気配もない。
「さて、初日に限りまして皆様にお帰りの土産代わりに一つ手妻(手品のこと)をお目に掛けとう存じまする」
だしぬけに児雷也がそう言って、扇子を手に取り、
「そちらの唐桟縞のお方、そちらの格子柄のお方、黒の紗の羽織のお方、丸に正の印の半纏のお方――」
立ち見の見物客を次々と指していく。
指し示された見物客は嬉しげにホイホイと手を挙げた。
どういう手妻が始まるのやらと枡席の見物客は興味津々、後方に身体を向ける。
「それと、そちらの梁の上のお方」
児雷也は梁の上のサギも指し示した。
「――へ?え?わしっ?」
ボ~ッとしていたサギは見物客が一斉に自分に注目したのでハッと我に返った。
パパン!
児雷也が大蝦蟇の頭を思いっきり扇子で打った。
「さあ、ご覧じろ。そちらの方々の懐から、たちまちにして財布が消え失せて存じまする」
児雷也がこともなげに言う。
「えっ?あ、ない。ホントにないぞっ」
「あっしもだ。財布がなくなっとる」
「おいらの財布も消えた」
「わいもぢゃあ」
指し示された客等は懐に手を突っ込むなり、びっくり仰天、ない、ないと騒ぎ始めた。
「わ、わしの財布ものうなっとるっ」
サギも懐に手を突っ込んで信じられぬと目を真ん丸にした。
「ご安心遊ばされ。皆様の財布は別の懐にござります。それ、そこに――」
児雷也は後方で妙にソワソワとしている鼠のように前歯の出た小男をピシッと扇子で指し示した。
「ひひゃっ」
鼠のような小男は飛び上がるように踵を返し、木戸口から逃げ出そうとしたが、
ドン!
木戸番の坊主頭の大男の太鼓腹にぶつかって中へ弾き返された。
むんずと坊主頭が小男の着物の襟首を掴み上げると、
ドサ。
バサ。
ドサ。
バサ。
前合わせがはだけ、懐から財布がいくつも足元へこぼれ落ちた。
「わいの財布や」
「これはあっしの」
「あった。おいらの財布」
客等はそれぞれの財布を素早く掻き取る。
ピョンと梁から飛び下りたサギも自分の財布を見つけた。
「わしの財布ぢゃ」
紫地に白鷺と秋の七草を刺繍したお鶴の方お手製のこの世に二つとない財布である。
「皆様、財布の中身まで消え失せておらぬか、どうぞお改め下さりまし」
児雷也に言われ、客等は慌てて財布の中身を確かめ、
「ちゃんと銭は入っとる」
「中身は消えとらん」
ホッと安堵の吐息をした。
「それは良うござりました。では、皆様、道中、くれぐれも懐にお気を付けてお帰り遊ばし下さりますよう」
児雷也はまたスッと一礼すると、
カチョン!
カチョン!
緞帳がスルスルと閉じた。
「……」
サギは狐につままれたようにポカンとして胸元で財布を握り締めていた。
見物客も児雷也の手妻とやらにポカンとして声もなかった。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
14
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる