富羅鳥城の陰謀

薔薇美

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花のお江戸

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「うわぁああい、江戸ぢゃ、江戸ぢゃあああ」

 サギは生まれて初めて目にした江戸の町に歓声を上げると日本橋を一目散に駆け渡った。

 橋の欄干から眺むれば江戸城の向こう遥か遠くに富士山も見える。

 日本橋の大通りは大きな商家が軒を連ね、往来には人々がせわしげに行き交っている。

「賑やかぢゃなあっ。富羅鳥山の村祭りよりも人が多いのうっ。のうっ?ハト?シメ?」

「……」

 ピョンピョンと躍る足取りでクルクルと町を見廻し、大声ではしゃぐサギの姿があまりに田舎者丸出しなので出迎えたハトもシメも他人の振りして顔を背けた。

 ちなみにハトは男子おのこで名を鳩十郎といい、二十四歳。

 シメは女子おなごで二十三歳。

 二人は幼馴染み同士、手短に連れ添うて江戸へ出てから所帯を持った。

 小男のハトと大女のシメは倍も体格差のあるのみの夫婦である。


 
 浅草奥山のお目当ての見世物小屋へ着くと、

「ここが今を時めく投剣の花形、児雷也の出る小屋ぢゃなっ」

 サギは極彩色の絵看板やパタパタと風にはためく昇り旗を物珍しげに見上げた。

「さぁさぁ、ご用とお急ぎのない方は寄ってらっしゃい見てらっしゃい。真剣投剣の鬼武一座、ご当地、初お目見えにござりまするぅ」

 木戸口には童顔の若衆が客寄せの口上を述べていたが、すでに小屋の前は黒山の人だかりで押し合いへし合い。

「児雷也ぁ、児雷也ぁ」

 かまびすしい高い声が響く。

 若い女客が多く、いずれも色鮮やかな絹物の振り袖で着飾って、高く結い上げた髪には銀のピラピラかんざしや摘まみ細工の花簪はなかんざしが揺れている。

「綺麗ぢゃなあ。江戸は大層、豊かな町なんぢゃなあ」

 サギは錦絵から抜け出したような若い娘等のあでやかな装いにうっとりと吐息した。

「ふん、あれは豪商の娘ばかり。今や、お江戸は老中ろうじゅう田貫兼次たぬき かねつぐが我が世の春ぢゃ。金権政治の花盛りぢゃ」

「町人は重税にヒイヒイ喘ぐ一方で、田貫たぬき賄賂わいろの金品を贈っている大名、旗本ばかりが出世し、御用商人ばかりが利権で儲けてホクホク贅沢三昧しておるんぢゃ」

「町人イジメの悪政がまかり通っておるんぢゃ」

 ハトとシメがそう憎々しげに鼻息を飛ばした。

「ふうん、タヌキ カネヅクというのは悪い奴なんぢゃなっ」

 サギも腹立たしげに口を尖らせる。

「何でカネヅクぢゃっ。田貫兼次たぬき かねつぐぢゃあ」

 シメがサギの間違いを突っ込んだが、

「大差なかろう」

 我蛇丸はウハハと愉快げに笑った。

「そうぢゃろ?そうぢゃろ?そんなタヌキ、カネヅクで上等ぢゃあ」

 山育ちのサギは幕府おかみの内情など何も知らなかったが、持ち前の正義感で弱い者イジメと聞いただけで無性に腹が立つのであった。

 そこへ、

 コロン。
 コロン。

 かろやかな鈴のが近づき、

「あれ、もう、あのように人が大勢並んでおるでないかえ。おタネや、一番前で見られるようにしておくれ」

 プリプリした娘の声が背後から聞こえた。

 サギが振り向いて見ると、ひときわ贅沢な金襴な装いの娘であった。



 年の頃は十六、七歳か。

 サギが見上げるほど背が高く見えたが、娘は高さの五寸(約15cm)はありそうな螺鈿細工らでんざいくきらびやかなぽっくりを履いていた。

 コロン。
 コロン。

 音の出所でどこはぽっくりの底。

 ぽっくりには何を仕舞うのか小さな抽斗ひきだしまで付いている。

「ほお~」

 サギの物珍しげなまなこは娘の足元から頭のてっぺんまで行ったり来たり。

 器量も身なりに引けを取らず、居並ぶ豪商の娘等の中で群を抜いて美しい。



「ご案じなされまするな。お花様」



 おタネと呼ばれた乳母らしい大年増の女は娘の手を引いて、ずいずいと列の先頭へ進むと、

「これ、順番を替わっておくれ」

 そう言って一番前に並んでいた男の二人連れに一両小判を手渡した。

「おお~っ」

 行列からどよめきが湧き起こる。

 一両といえば見世物が二百回は見られるあたいである。

「うへ、へえへえ、そりゃ有り難くっ」

 男等は慌てて先頭からササッと退しりぞくと、さあさあと提灯ちょうちん持ちのようにうやうやしく先導して娘と乳母を通らせた。

「なんぢゃ?あの娘等、先頭を小判でうたぞ。あんなのズルぢゃろ。のう?」

 サギは先頭に澄まし顔で立つ娘と乳母、懐手ふところでで嬉々と去っていく遊び人風の男等を不思議そうに見やった。

「あれは並び屋ぢゃ。もとより先頭を売るつもりで並んでおったんぢゃ」

「あれは小町娘と評判の桔梗屋のお花という娘ぢゃ」

 ハトとシメがそれぞれ訳知り顔でサギに聞かせる。


「へいへい、これにて本日、大入り札止めにござぁ~ぃい~」

 木戸番が空っぽになった番付札の木箱を「ほれ、このとおり」と上にかざしてパンパンと底のほこりはたいてみせた。

「あ~あ――」

 せっかく並んでいたのに番付札の渡らなかった客はいっせいに溜め息をく。

 やがて、

 トンカラ。
 トンカラ。

 太鼓の音を合図に木戸口が開かれ、大入道おおにゅうどうのような坊主頭の強面こわもての大男が木戸口の脇に立ち、客の番付札を改めては順々に見物席へ入れていく。

 見物席は平土間の枡席ますせきで後方は立ち見であった。

 桔梗屋のお花はもう乳母と最前列の真ん中の枡席に振り袖の袂を膝の上に揃えて行儀良く座っている。

 サギ等の番付札は立ち見の中ほどであったが、

「あ、あれ、あれれ――」と言う間に後ろの客に割り込まれ、サギは揉みくちゃにされながら後方へと押しやられた。

 客が前へ前へと押し寄せるため立ち見は前方はギュウギュウに詰まり、後方はスカスカにいていた。

 他より頭一つ抜け出して背の高い我蛇丸とシメは最後列でも悠々と舞台が見られるようだが、

「――み、見えん~」

 小柄なサギは我蛇丸とシメの肩に掴まって背伸びして前の客と客の頭の間に首を伸ばしたが、その前の客の頭に阻まれて舞台が見えぬという有り様。

(わしもあの娘のような高さが五寸もあるぽっくりを履いておったらのう)

 サギは無念そうに平べったい草鞋わらじの足元を見下ろした。

「――サギ、こっちぢゃ、こっちぢゃ」

 ハトのヒソヒソ声に振り返ると、木戸口の脇の柱にハトがよじ登っている。

 柱から天井のはりの上に渡って見物しようというらしい。

「ハトめ、上手いことしおって」

 サギもハトとは反対側の木戸口の柱へよじ登った。

 梁くらいの高さならピョンと一足飛びで上がれたが、大膳だいぜんの言い付けをちゃんと守ったのである。
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