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忍び逢い
しおりを挟む同じ頃、
「――ん?あすこの座敷に誰かいやしねぇかい?」
厠へ向かう熊五郎と遊び仲間二人、客の案内をする小梅が縁側の角を曲がってきて空き座敷の人影に気付いた。
「おや?ありゃあ、草さんとい組の虎也ぢゃねえか?」
「何だってあんな空き座敷に二人っきりで?」
熊五郎と遊び仲間二人は曲がり角の壁際から顔だけ出して座敷の中を窺った。
空き座敷は障子を開け放ったままで中は丸見えだ。
草之介と虎也は顔を寄せ合ってヒソヒソと話をしている。
「ああ、若旦那のこっちのお相手は虎也なんだよ。あっちの蜂蜜姐さんの目を盗んで忍び逢いなのさ。邪魔しちゃ悪いよ」
小梅はこっちで庭の柳を差し、あっちで庭の花を差して言った。
「梅は咲いたか、桜はまだかいな~♪柳ゃなよなよ風次第~♪」と小唄に唄われるように花は女、柳は男の喩えである。
巷では草之介は浮気の濡れ衣で嫉妬深い蜂蜜から逃げて船頭と一緒に姿をくらましていたとまことしやかに伝わっている。
以来、草之介は両刀使いと見なされていた。
「なぁらほど、さすがは草さん、女は評判の美人芸妓の蜂蜜、男は評判の美男火消の虎也ときたかい。面喰いにもほどがあらぁな」
熊五郎はちょっと悔しがる。
「ああ、まったくだ」
「あやかりてぇ、あやかりてぇ」
遊び仲間二人は心底、羨ましそうだ。
男色は武家の高尚な趣味と言われたので羨望の的である。
(――小梅えぇ――)
虎也は苦々しい顔をした。
忍びの者の地獄耳には小梅と熊五郎等の小声の話も座敷まで筒抜けだ。
しかし、草之介と忍び逢いするような仲と思われていたほうがこの先も『金鳥』の件で密会するには都合が良い。
虎也は草之介のようななよなよした優男は趣味ではないので甚だ不本意ではあるが仕方ない。
「そうそう、これをお返しして置かなくては――」
虎也は懐から証文を出した。
「――あれ?この証文?うちの戸棚に仕舞ってあるはずだが?いつの間に?」
草之介は証文を確かめて目を丸くする。
「ええ、昼に桔梗屋さんへ忍び入りまして、ちょいと拝借して参りました」
虎也は小梅の仕業を適当に誤魔化す。
「へえ、さすがに忍びだなあ。大したお手並みだ」
草之介は感心した。
同じ戸棚の中には証文の他に小判ザクザクの千両箱も仕舞ってあった。
日頃、町火消の纏持ちとして火事場の屋根の上で纏を振り廻している虎也なら容易に千両箱を担いで盗み出せたはずだ。
なにしろ、纏は千両箱よりもずっと重たく五貫(18.75㎏)ほどもあるのだ。
そう考えると虎也は信頼が置ける忍びなのであろうと草之介は思った。
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