138 / 368
口八丁手八丁
しおりを挟む「店の若い衆だけ、ちょいと集まっとくれ」
草之介は店の若い衆に集合を掛けた。
「そりゃっ」
おそらくサギのことは呼んでいないと思われるが、サギは我先に廊下を走っていく。
「若旦那様がお呼びだ」
「何だろう?」
「若い衆って小僧のわし等もかな?」
「分からんけど行ってみよう」
小僧等は顔を見合わせながら廊下を走っていく。
「兄さん、何の話だろの?」
「昼前に兄さんはとてつもなく急いでどこかへ出掛けたんだ」
お花も実之介も小僧の後に付いて走っていく。
手代と若衆も何事かと店の裏側の板間に集まった。
「みんな、聞いとくれっ。わしは今夜から火の用心のために日本橋の北側一帯を夜廻りするつもりだっ」
草之介がキッパリと宣言した。
「――えええ?」
みな驚いて目をパチクリと見開く。
「みんなも知ってのとおり昨夜は日本橋の北側で二ヶ所も火事があった。それも付け火だそうだ。それで町火消のい組が今夜から夜廻りをすると聞いた。しかしっ、わしは考えた。町火消のい組ばかりに夜廻りを丸投げというのは筋違いではなかろうかと。日本橋が焼けて困るのは他ならぬ、我々、日本橋の商家ではないか。日本橋は、我々、日本橋の商家の者が率先して守らねばならんのではなかろうかっ」
草之介は熱を込めて捲し立てる。
ただ、ただ、い組に代わって夜廻りすることで虎也に『金鳥』を取り返す仕事だけに専念して欲しいという切実に利己的な思いからである。
「ほおお~」
そんな裏事情は知らぬ若い衆はみな感服したように吐息を漏らす。
こういう小芝居をしてみせる時には草之介は美男だけにみな惚れ惚れと感動してしまうのだ。
「若旦那様、それならば、僭越ながら、この銀次郎に夜廻りの取りまとめ役を一任して下さりましっ」
さっそく銀次郎が名乗りを上げた。
「なに?銀次郎、お前が?」
草之介は驚いてみせたが内心でにんまりとした。
正義感の権化である銀次郎が自分が率先してやると言い出すのは狙いどおりだ。
「わたし等もっ」
「わたし等も夜廻りを致しまするっ」
若衆も小僧も前へ進み出る。
「しかし、みんな、店の仕事の後で疲れておるのに、夜廻りまでさせるのは――」
草之介はすまなそうな顔をしてみせた。
「いえっ、日本橋の北側だけの夜廻りでしたら湯屋の行きに少しばかり遠廻りすれば訳もないことにござりますっ」
銀次郎は早くも考え付いた夜廻りの道順を日本橋の切絵図(地図)を示して説明した。
「小僧、若衆、手代と湯屋へ行く時分がそれぞれ半時(約一時間)ほど異なりまするゆえ、夜廻りは一晩に三度も廻ることになり万全かと存じまする」
夜廻りの道順は桔梗屋のある本石町から、小舟町、芳町、小伝馬町、大伝馬町、室町とグルリと一廻りだ。
「ほんに、湯屋へ行くついでなら夜廻りなんぞ苦でも何でもござりませんっ」
「ほんに、ほんに」
若衆も小僧も夜中におおっぴらに町を歩き廻れるのがちょっとウキウキと楽しみになっている。
殊に芳町あたりは色町なので夜になるほど賑やかなのだ。
「みんな、有り難う。これは、自身番で借りてきた拍子木だ。銀次郎、任せたぞっ」
草之介は火の用心の拍子木を銀次郎に差し出す。
「へいっ」
銀次郎は意気込んで拍子木を受け取った。
これで草之介は夜廻りを銀次郎に丸投げするであろう。
あっという間に若い衆は今夜から夜廻りをすることに決まった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-
ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。
1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。
わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。
だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。
これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。
希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。
※アルファポリス限定投稿
アブナイお殿様-月野家江戸屋敷騒動顛末-(R15版)
三矢由巳
歴史・時代
時は江戸、老中水野忠邦が失脚した頃のこと。
佳穂(かほ)は江戸の望月藩月野家上屋敷の奥方様に仕える中臈。
幼い頃に会った千代という少女に憧れ、奥での一生奉公を望んでいた。
ところが、若殿様が急死し事態は一変、分家から養子に入った慶温(よしはる)こと又四郎に侍ることに。
又四郎はずっと前にも会ったことがあると言うが、佳穂には心当たりがない。
海外の事情や英吉利語を教える又四郎に翻弄されるも、惹かれていく佳穂。
一方、二人の周辺では次々に不可解な事件が起きる。
事件の真相を追うのは又四郎や屋敷の人々、そしてスタンダードプードルのシロ。
果たして、佳穂は又四郎と結ばれるのか。
シロの鼻が真実を追い詰める!
別サイトで発表した作品のR15版です。
対ソ戦、準備せよ!
湖灯
歴史・時代
1940年、遂に欧州で第二次世界大戦がはじまります。
前作『対米戦、準備せよ!』で、中国での戦いを避けることができ、米国とも良好な経済関係を築くことに成功した日本にもやがて暗い影が押し寄せてきます。
未来の日本から来たという柳生、結城の2人によって1944年のサイパン戦後から1934年の日本に戻った大本営の特例を受けた柏原少佐は再びこの日本の危機を回避させることができるのでしょうか!?
小説家になろうでは、前作『対米戦、準備せよ!』のタイトルのまま先行配信中です!
四代目 豊臣秀勝
克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。
読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。
史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。
秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。
小牧長久手で秀吉は勝てるのか?
朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか?
朝鮮征伐は行われるのか?
秀頼は生まれるのか。
秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?
偽夫婦お家騒動始末記
紫紺
歴史・時代
【第10回歴史時代大賞、奨励賞受賞しました!】
故郷を捨て、江戸で寺子屋の先生を生業として暮らす篠宮隼(しのみやはやて)は、ある夜、茶屋から足抜けしてきた陰間と出会う。
紫音(しおん)という若い男との奇妙な共同生活が始まるのだが。
隼には胸に秘めた決意があり、紫音との生活はそれを遂げるための策の一つだ。だが、紫音の方にも実は裏があって……。
江戸を舞台に様々な陰謀が駆け巡る。敢えて裏街道を走る隼に、念願を叶える日はくるのだろうか。
そして、拾った陰間、紫音の正体は。
活劇と謎解き、そして恋心の長編エンタメ時代小説です。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる