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一日千秋
しおりを挟む一方、
「はあぁ――」
草之介は店の帳場に頬杖を突いて溜め息を繰り返していた。
せっかく元の十九歳の美男の姿に戻ったのに、以前のように遊ぶ金がなくてはどこへも出掛けられず何もすることがないのだ。
蜂蜜とはお座敷で客として逢うことしか許されぬゆえ逢い引きするにも茶屋遊びをしなくてはならぬというのに奢ってくれる遊び仲間も忙しいようでさっぱり誘いが掛からない。
(――ああぁ、蜂蜜――ぅぅ)
草之介は蜂蜜逢いたさに一日千秋の思いであった。
「はあ~ぁ、蜂蜜思えばぁ照る日も曇るぅぅ、桔梗屋草之介が涙雨ぇぇえ~♪」
知らず知らずに妹のお花の替え唄が移ったのか調子外れに口ずさむ。
「……」
番頭、手代、若衆、小僧は聞いているこっちのほうがこっ恥ずかしいというように素知らぬ顔で仕事している。
そこへ、
「ちょいちょい、草之介や」
サギが暖簾口から店を覗き込んで猫でも呼ぶように草之介を手招きした。
「――お庭番?お城の庭仕事をする人が桔梗屋に何の用で――?」
草之介はサギからお城のお庭番が訪ねてきたと報せを受けてキョトンとした。
幕臣の役職などまるで関心がなく、お庭番もお城のお庭の手入れをするお役目だと思ったようだ。
「かあ、なんちゅう物知らずぢゃっ。お庭番というのはのう――」
サギはここぞとばかり大威張りでお庭番とは将軍様直々の密偵なのだと説き明かす。
「――しょ、将軍様の密偵――っ?」
草之介はビックリと裏庭を覗き込む。
「ほれ、人目を忍んで小間物の行商人の格好をして、顔付きも締まりなくヌ~ボ~としておるが、ホントに本物の幕臣のお庭番の八木殿ぢゃぞ」
サギは裏庭の八木を指差す。
そこにいる行商人の姿の八木は見るからにヌ~ボ~とした雰囲気である。
「ええと、どこで話を伺えばいいのやら?」
わざわざ身分を隠して行商人の格好をして来たのに客間へ通したら奉公人に怪しまれてしまう。
「う~ん、内密の相談と言うとったしのう」
草之介とサギは辺りをキョロキョロした。
「――あっ、土蔵はどうぢゃ?」
サギが土蔵を指差した。
土蔵は店と並んで正面に建っていて桔梗屋の敷地は奥にずいっと長いので、みながいる裏庭に面した座敷からは遠く離れている。
「ああ、そりゃあいい。――あ、土蔵の鍵はおっ母さんが持っているから呼んで来なくては」
草之介は大急ぎでお葉のいる茶の間へ走っていった。
「なんぢゃもう、やっぱり桔梗屋はお葉さんでなくては用が足らんのぢゃろうがあ」
サギは草之介などに先に話を持っていくのは、とんだ二度手間だと思った。
そうこうして、
土蔵の中でサギ、お葉、草之介は八木の内密の相談とやらを聞いた。
「実はかくかくしかじかという訳で――」
やはり、八木はお役目で話をする時は何故か語尾が震えなくなる。
その用件とはまったく青天の霹靂であった。
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