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和して同せず
しおりを挟む「――おっと、つい昔話なんぞしていて肝心のたぬき会の当日の手順の説明を忘れるところではないか。これから忙しくなるぞ。たぬき会の前日には猫魔の里から若い衆を五十人ばかり呼び寄せる。この計略は人海戦術がものをいうのだからな」
又吉は親指を舐め舐め、覚え書きの帳面を捲りながら当日までの予定を確認する。
「――ご、五十人も?」
虎也はいつの間に猫魔の里にそんなに若い衆がいたのかとビックリだが、
猫魔はとにかく猫使いの子を授かりたいがためにやたらに子沢山なのだ。
猫魔の一族は猫使いが頭領になる掟なので、猫使いの子を産んで一攫千金という野望を抱いて富くじでも買うように子をポコポコと産むのである。
「――あ、そうそう、新猫魔にはお前もよく知っておる竜胆とメバルとドス吉も入っておるのだぞっ」
又吉は虎也の気を引き立てるように声を弾ませて、三人の名を挙げた。
こんなにも虎也の幼馴染みがいるのだから新猫魔が良いに決まっているだろうという口振りだ。
「――へ?竜胆とメバルとドス吉?アイツ等は猫魔ぢゃなく玄武一家の子分ぢゃねえか」
虎也は寝耳に水である。
「いや、ところが火消の六人が竜胆とメバルとドス吉も新猫魔に誘ったら二つ返事で入ってくれたというのだ。まあ、あの三人もお熊ババアには日頃からヒドイ目に遭わされていてギャフンと言わせたいのだろうよ。はははっ」
又吉は玄武一家の子分まで玄武の親分と熊蜂姐さんを裏切って新猫魔に入ることに溜飲を下げたようにご機嫌だ。
「ふふん、はっきり言って火消の六人のようなその他大勢の中に埋没する雑魚よりも新猫魔には竜胆とドス吉のほうが欲しかったのだ。美少年の竜胆、筋骨隆々のドス吉、あの二人は使える」
又吉はにんまりとする。
猫魔の里に疎開していた子供等に忍びの術を指導したのは他ならぬ又吉なので竜胆とドス吉の忍びの能力についても誰よりも分かっているのだ。
(――火消のアイツ等が竜胆とメバルとドス吉まで新猫魔に誘っただと?)
虎也は何も聞いていない。
(そもそも火消の六人は親父からすでに俺が新猫魔にいると騙されて入ったらしいから竜胆とメバルとドス吉もそう思って入ったのだろうか?)
(メバルとドス吉はともかく、竜胆は俺にベッタリのくせに何でこんな大事なことを言わねえんだよ?)
竜胆もメバルもドス吉も猫魔の里に疎開していた時に火消の六人と一緒に忍びの修行をしたり、遊んだりしていたのだから江戸でも付き合いがあってもおかしくはないが、自分の知らぬところで仲良く新猫魔の相談をしてたということなのか。
(俺に何にも言わねえで――)
虎也はいつの間にか幼馴染みの中で自分だけ除け者にされていたかと思うと心が冷え冷えとしてきた。
「まず、たぬき会の当日の朝、田貫が手配した駕籠が迎えに来て鬼武一座の連中が日本橋呉服町の近江屋の別宅から神田橋の田貫の屋敷へ向かうだろう。その途中、駕籠が日本橋を南詰めへ渡ったところで――」
又吉が江戸の切り絵図を餡ころ餅の竹串で指し示しながら手始めに児雷也をかどわかす手順を説明し始めたが、
「……」
うわの空の虎也の耳を右から左へ通り過ぎていった。
聞いたところで、田貫兼次がすでに先手を打って、たぬき会の会場を桔梗屋に変更したのだから無駄ではあるが。
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