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二の句が継げない
しおりを挟む「なにはともあれ、虎也、お前には忍びとして暗殺のための能力はしっかと身に付けさせたのだから、その能力を発揮するまたとない機会ではないかっ」
又吉はようやく息子の晴れ姿が見られるとばかりに虎也の肩をポンと叩いた。
(――あ、やっぱり、俺に殺らす気なんだ?)
虎也の背筋にゾワゾワと悪寒が走る。
暗殺なんかやりたくない。
幼い頃から父、又吉について忍びの修行はしてきたが、自分としては能力を鍛えるためだけで天下泰平の世に実戦で使うことがあろうとは思ってもなかった。
「――いや、俺、上様に恨みもねえし、だいたい逢ったこともねえし」
忍びの仕事に私情など何もいらぬとは分かっているが、猿平なんぞのために自分が手を汚すなど馬鹿げている。
「わしだって上様に恨みなどさらさらないが、上様が『金鳥』の捜索のことで富羅鳥なんぞに密命を賜ったというのが気に食わん。この仕事はわしとしては富羅鳥を滅ぼすのが本懐でもあるのだ」
又吉は湯呑みをガチャンと乱暴に置く。
「ともかく富羅鳥の頭領の大膳だけは許さんっ」
どうやら又吉は私情たっぷりらしい。
「――へ?何で?親父はずっと江戸にいて富羅鳥の大膳になんぞ関わり合いはないぢゃねえか?」
虎也は解せぬように父の顔を見返す。
すると、
「いや、大有りだ。何を隠そうお玉はわしの女だったのだからなっ」
又吉はとんでもないことを暴露した。
「えええっ?だって、お玉様はお袋の妹ぢゃねえか」
虎也はのけぞる。
「ふふん、それこそが猫魔の女なのだ。人のものをすぐに奪いたくなる泥棒猫気質。元々、あの三姉妹は年子で年齢が近いせいか、お互いに張り合っておったからな。言っとくが、お玉のほうからわしに色目を使ってきたのだぞ」
又吉は鼻の穴を膨らます。
たんに妹が姉の男を奪いたかった泥棒猫というだけで己れの魅力という訳でもあるまいに自慢げだ。
「蟒蛇のお縞が許婚の大膳をお玉に奪われたという話も聞いておるが、お玉のことだから大膳の許婚がお縞ほどの器量良しだったので横取りしたくなったのだろう。そういう女だ」
どうやらお玉にとって大膳も又吉も似たり寄ったりだったようである。
ただ、富羅鳥では大膳とお玉の道ならぬ恋として、まことしやかに美しい恋物語のように伝わっているが。
さらに、
「二十年前の秋、三姉妹が富羅鳥山へ眠り茸を採りに行くと言っておった前の晩もわしはお玉と待合い茶屋で密会しておったのだ。ともすれば、我蛇丸はわしのタネということもあり得るな」
又吉はろくでもないことを暴露した。
「ええええっ?」
虎也はまたのけぞる。
「ああ、猫使いの子は今まで猫魔の一族同士の間にしか産まれたことがなかったのだから、我蛇丸が猫使いならば大膳のタネというほうがあり得んのだ」
又吉は我蛇丸がほぼ間違いなく自分の子だと思っているようだ。
「勿論、こんな話はお熊婆さんやお虎はまるで知らぬことだ。お玉は母親の前では純情可憐な乙女を演じておったからな。それで、お熊婆さんはお玉が無理くり大膳に純潔を奪われたと思っておるのだから片腹痛いわ。はははっ」
又吉の話を聞く限りでは熊蜂姐さんよりも娘のお玉のほうがよっぽど性質が悪そうだ。
(我蛇丸と俺が腹違いの兄弟――)
虎也と我蛇丸はホントによく似ているから兄弟だと言われても納得がいく。
父が同じ又吉で、母のお虎とお玉はよく似た顔立ちの姉妹ならば尚更か。
それにしても、虎也は幼い頃から話に聞いていた猫使いのお玉様に対しては崇高な女神のような憧憬の念を抱いていたのに、そんな泥棒猫の尻軽女だとは幻滅であった。
「ともかく、わしの女であったお玉に手を出した大膳は許さん。お玉のほうが大膳をたぶらかしたと察しておるが、それでも許さんのだっ」
又吉はつまらぬ男の嫉妬心から富羅鳥を滅ぼさんとして恨みもない将軍様の暗殺までやる気なのか。
ますます暗殺なんかやりたくない。
虎也はゲンナリであった。
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