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似て非なるもの
しおりを挟む一方、その頃、
(はあぁ、どうしたらいいんだ――)
虎也は羽衣屋で父、又吉と別れると、重い足取りで長屋へ戻った。
すると、
「――あ、虎ちゃん、おかえりっ」
竜胆が勝手に虎也の長屋の一軒に上がり込んで待っていた。
虎也は稼ぎのある鳶なので長屋といえども三軒分を借りて壁をぶち抜いて三間続きにして使っている。
三間の座敷は居間と寝間と猫のとらじろうの部屋である。
日頃から竜胆は猫のとらじろうの部屋にしょっちゅう転がり込んでいた。
「なんだ。竜胆か」
虎也はフンと冷淡にそっぽを向いた。
自分に何の相談もなく新猫魔に入ったというのが気に食わない。
「なんだって何だよ?せっかく良いもん持ってきてやったんだぜ。――ほおら」
竜胆は勿体付けて柳行李の蓋を開けた。
「ニャア」
トラ猫が顔を出す。
「と、とらじろうっ」
虎也はとたんに嬉々としてトラ猫を柳行李から抱き上げたが、
「――ぢゃねえ」
別の猫と分かってガッカリとトラ猫を柳行李に戻した。
「なんだよ。同じトラ猫だろ?ほら、金目で、茶トラで、オスで、同じだろ?」
竜胆は錦庵で虎也の猫のとらじろうが反タヌキ派の武士に攫われたと聞いて自分の長屋から同じようなトラ猫を探して連れてきたのだ。
「同じぢゃねえ。とらじろうは尻尾がこんくらい短いんだよ」
虎也はトラ猫の尻尾の半分ほどを示す。
「分かった。こんくらいだな。ええと、何か切るもん?」
竜胆は長屋の台所をキョロキョロする。
「お、お前、まさか猫の尻尾をちょん切るつもりぢゃ――?」
虎也の顔からサーッと血の気が引いた。
「だって、虎ちゃん、短い尻尾がいいんだろ?」
「ばっきゃろっ」
虎也は怒鳴り付けて竜胆を突き飛ばす。
ドサッ。
竜胆は仰向けにひっくり返った。
「だから、お前みてえに猫思いの欠片もねえ奴ぁ信用出来ねえんだよ。失せろっ」
虎也は竜胆の両足首を掴んでズルズルと縁側へ引き摺っていく。
「――やっぱり、虎ちゃんは俺より猫のほうが大事なんだ」
竜胆はズルズルと引き摺られたままクスンと呟いた。
「な、なにを当たり前のことを――」
そもそも竜胆って俺の何のつもりなんだ?と虎也が不可解に思っていると、
「――あ、虎也、戻ってたのか」
「やっぱり、『ばっきゃろっ』は虎也の怒鳴り声だ」
「通りまで聞こえてきたぜえ」
「あれ、何で竜胆を引き摺ってんの?」
同じ長屋の火消の六人がわらわらと裏庭の裏木戸から帰ってきた。
二棟の八軒長屋が井戸端のある細長い裏庭を挟んで並んでいるが虎也を合わせて七人の火消だけで借りている長屋である。
「――なんだ。お前等、吉原へ行ったのにもう帰ってきたのかよ?」
虎也は決まり悪く竜胆の両足首からポイッと手を離放した。
まだ火消の六人が黒松にくっ付いて羽衣屋を出ていってから一時(約二時間)ちょっとしか経っていない。
「それが、黒松の奴、俺等に吉原の妓楼まで案内させただけで座敷へ上がったのはてめえ一人だけさ」
「わざわざ吉原くんだりまで付き合わされてよ」
「とんだ無駄足だったぜ」
火消の六人は吉原遊びが出来るものと期待させられただけに不満タラタラだ。
「それだから、お前等、あんな黒松の叔父貴の新猫魔なんざやめとけよ」
虎也は火消の六人に新猫魔など考え直せと説得するつもりである。
だが、
「ああ、そのことだけど、俺等、元々、熊蜂姐さんや玄武一家を裏切る気はさらさらねえから」
火消の六人はシレッとして答えた。
「――へ?どういうことだよ?」
虎也は肩透かしを食ったような顔になる。
「騙したようで悪りぃけど、新猫魔に入った振りをしただけだよ」
「江戸で暮らしてるのに田貫様や玄武一家を裏切ってどうすんだよ」
「猫魔の里を捨てて江戸へ出た俺等が黒松に取り入っても何も得ねえし」
「実のところ熊蜂姐さんの思惑どおりに猫魔は猫使いの我蛇丸を頭領にして虎也が若頭という布陣でいくのが一番と思ってる」
火消の六人は口々に言い放つ。
ついさっき黒松と又吉の前で見せた新猫魔への熱意にメラメラと燃えた言動はすべて芝居だったというのか。
さすがは忍びの者だ。
虎也はすっかり騙されてしまった。
「なんだよ。お前等、それぢゃ――」
みな猫魔の間者?
虎也はガックリと脱力した。
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