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花の降る日は浮かれこそすれ
しおりを挟む(見ておれよっ。にゃん影めがっ、たぬき会でわしが反タヌキ派を一網打尽に捕らえてみせるからのうっ)
サギは錦庵から桔梗屋へとピョンピョン飛んで帰る屋根屋根、にゃん影への対抗心を燃やしていた。
どれほどに優秀な忍びの猫にゃん影とても人ならぬ猫の悲しさ、悪者を捕らえることは出来まい。
(木常どん兵衛の化けの皮をひっぺがしてやるんぢゃ)
サギは不敵にほくそ笑む。
たぬき会で余興の屁放男の曲屁と児雷也の投剣を見る他にも目的が出来たというものだ。
「ただいまっと」
サギが桔梗屋の裏庭へ飛び下りると、
「あっ、帰ってきたわなっ。サギ、サギ。ほら、これ見ておくれなっ」
お花が刺繍の布をヒラヒラさせて長い縁側を躍り足でやってきた。
おそらく、たぬき会が桔梗屋で催されると聞いて、ずっと浮かれまくっていたのであろう。
「ほら、やっと秋の七草の仕上がりだわなっ」
お花は刺繍の布をヒラヒラさせながら縁側でクルリと一廻りした。
踊りを習っているので浮かれての一廻りでも優雅な身のこなしだ。
「なあ?サギの財布、見せておくれな」
ちゃんとサギの財布の秋の七草の刺繍と同じように仕上がったか確かめたいのだ。
「おう、ほれっ」
サギは首から紐で提げた財布を懐から取り出して、お花の刺繍の布の横に置いた。
「うん、そっくりに綺麗に出来ておるわな」
お花はご満悦に刺繍を眺める。
下女中のお市に刺繍して貰うようなズルをしなくても奮闘努力でやれば出来るではないか。
「むぅん?お花の新しい刺繍と比べるとわしの財布、くたびれとるのう。刺繍もところどころ糸が弛んでしもうとる」
サギはせっかくの母様のお手製の刺繍の財布がボロくなってしょんぼりだ。
「懐に入れといてもサギは飛んだり跳ねたりするから擦れて傷むんだわな。あれまあ、ジャラジャラ重たいわな」
お花はサギの財布を手に取った。
「――ん?何?この四角いの?」
四角い手触りを押し出してみるとサイコロ二個がコロッと現れた。
「あ、博徒の玄武一家の子分の竜胆に貰うたサイコロぢゃ。これで丁半博打をするんぢゃよ。ええか?」
サギは貰ったツボも取り出すと、
「ようござんすか?ようござんすか?」
竜胆の真似をして手に持ったツボとサイコロ二個を見せながら左右に流し目を決めた。
「勝負っ」
手をシュタッと交差させてサイコロを投げ入れ、ツボを畳の上にタンッと伏せる。
ツボ振りの所作だけは一人前に様になっている。
「ピンぞろの丁っ」
だが、
ツボを開けると出目は四三の半だ。
「くわぁ、思いどおりの目は出せんのう」
せめて竜胆でさえ出すことが出来るというピンぞろは習得したい。
「へええ、あたしゃ、双六でしかサイコロ振ったことないわな。どれ、勝負っ」
お花も見様見真似で手をシュタッと交差させてサイコロを投げ入れ、ツボを畳の上にタンッと伏せた。
「あれ、何の目を出すか考えずに振ってしもうたわな」
お花は「えへっ」と笑ってツボを持ち上げた。
出目はピンぞろの丁だ。
「きゃあっ、これ、ピンぞろだえっ?」
お花はピンぞろのサイコロ二個を指差して大はしゃぎする。
「ああっ、嘘ぢゃ。まぐれぢゃあっ」
サギはお花のまぐれだろうが悔しい。
そこへ、
「わしにもやらしとくれっ」
「あたいもサイコロふるわなっ」
実之介とお枝がパタパタとやってきた。
「ピンぞろの丁っ」
みなでピンぞろの丁を出さんとして代わる代わるにツボを振る。
博打打ちのお兄さんから五歳のお枝まで楽しく遊べるのだからツボとサイコロ二個はいずこの家にも一揃えあって良い遊戯ではなかろうか。
キャッキャッと楽しげにツボを振るお花、実之介、お枝を眺めているうちに、
(ああ、そうぢゃ。たぬき会が終わったら、みんなとこうして遊ぶことも無うなるんぢゃ――)
サギは胸がキュルンと締め付けられた。
来月半ばにはサギは富羅鳥山へ帰るのだ。
ずいぶん長々と江戸で遊んでいたがサギは富羅鳥山の猟師なので鴨猟までには帰らねばならない。
渡り鳥の鴨は来月半ばには日本へ飛来してくる。
富羅鳥山はお鷹場だが鴨場の池もある。
お鷹場と同じように鴨場も将軍様やお殿様が狩猟を楽しむ武家の遊興場である。
サギは網猟などではなく囮と餌で池に舞い降りてきた鴨を十本もの竹串で十羽まとめて狙い打ちするのだ。
年一度の楽しみの鴨猟なので、やはり鴨猟にはどうしても帰りたい。
それにサギが鴨をしこたま捕らねば錦庵のお品書きから人気の鴨南蛮が消えてしまうではないか。
(ぢゃけど、江戸のみんなと別れるのは寂しいのう――)
また来年の同じ時期には江戸へ遊びに来るつもりであるが、一年はずっと遠い先のような気がする。
サギは富羅鳥山に帰る日のことを思っただけで目がウルウルしてきた。
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