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化かす化かすで化かされる
しおりを挟む「め、滅相もないでござるぅぅ。我蛇丸殿がそれがしを見たのはお互いに怪しいと目星を付けた人物が一致するという暗黙の了解にござるぅぅ」
八木はすっかり親しいつもりのサギが自分を疑うとはあんまりだと半泣きである。
「なんぢゃあ、八木殿でないなら誰ぢゃあっ?」
サギがせっつく。
「ほれ、常に上様のお側におる者といえば誰ぞぢゃ?」
シメはなぞなぞのように問い掛けた。
「ううん?常に上様のお側におる者、上様のお側に――、お側に――、お側――」
サギは首を左右に捻りながら考えて、
「――お側っ、ああっっ」
やっと思い出した。
「コヤツぢゃっ」
サギは目と頬の垂れ下がった古狸のような顔真似をしてみせる。
お側用人の木常どん兵衛。
「そうぢゃ」
我蛇丸はサギの顔真似がすこぶる似ているのに感心の面持ちで頷いた。
常々、木常どん兵衛は錦庵の面々に執拗に田貫兼次が疑わしいと吹き込んでいた。
それがあまりに根拠に乏しいので逆に木常どん兵衛が反タヌキ派で田貫兼次を貶めんと企んでいるのではと疑うようになったのだ。
将軍様のお側に仕える木常どん兵衛ならば将軍様の食膳に毒を盛るなど容易かったはずだ。
「むぅん、自分で屁を放っておきながらアヤツが臭いと人に擦り付けるのと同じぢゃなっ」
サギは分かりやすく例えた。
錦庵の面々は木常どん兵衛がいつも将軍様のお忍びに付き合って七色とうがらし売りの格好までして来るようなあまりにも親密な側近中の側近なので信用してしまったのだ。
「ぢゃが、疑わしいと思うても徒疎かに追及する訳にはいかんのぢゃ。お側用人はご老中にも匹敵する権力ぢゃからのう」
我蛇丸は難しい顔をした。
世間では田貫兼次が家基を暗殺したという噂が広まっていても田貫兼次はそれまでと何ら変わりなく老中のお役目を続けている。
それだから、お側用人の木常どん兵衛が暗殺したと疑わしいとしても同じことである。
権力者はたとえ暗殺したと疑われていても追及などされぬものなのだ。
そうこうして、
「待たせたのう」
着替えを済ませた家基が奥の座敷から出てきた。
八歳ほどの姿で大人の寸法の着物を着ているので、身幅はダブダブで裾をズルズルと引き摺っている。
「――あっ、そうぢゃ。帯は緩めんと苦しゅうなりまするぢゃ」
サギは銀煙を吸って老けて肥えた草之介が太っ腹に帯が食い込んで苦しんだことを思い出した。
「おお、たしかに」
家基は慌てて帯を緩める。
「それでは、銀煙を――」
我蛇丸は誤って吸い過ぎぬように用心深く十年分の量に分けておいた銀煙の小瓶を差し出した。
「――うむ」
家基は店の小上がりに腰を下ろし、緊張の面持ちで小瓶を顎の前で持った。
「変わるところを目の当たりに見るのは初めてぢゃっ」
サギは両手を握り拳にしてドキドキしながら様子を見守る。
キュポッ。
小瓶の栓を抜く。
「すうぅ」
八歳ほどの家基は目を閉じてフワッと湧き出る銀煙を深く吸い込んだ。
すると、
幼い丸顔がみるみると面長に変化し、
着物の袖口と裾から手足がスルスルと伸びてきた。
「――おおおっ」
我蛇丸、シメ、ハト、八木も初めて見るので驚嘆の声が出る。
「ひいぃ、気持ちわるっっ」
サギは思わず叫んだ。
あまりに忌憚のない率直な感想だか、童から大人に変化する様は本当に気持ち悪かったのだから仕方ない。
「おお、背が高うなった」
十八歳の姿に戻った家基は立ち上がって着物を整えて、
「うむ、元通りだ」
手鏡を見て満足げに笑んだ。
細面で目のぱっちりしたなかなかの美男である。
家基は小間物のつづら箱を背負った行商人の格好をして八木と並んで戸口へ立った。
「わしは明乃丞のようにお庭番になるつもりだ。幼い頃から将軍よりもお庭番になりたかったのだ。ひょんなことから夢が叶った」
家基はこれからお庭番の八木家の養子となる。
八代目の吉宗の時代から、お庭番はお役目で庶民に成り済ますために架空の人物の出生を何十人分も届けているので、家基はその庶民の身分を使って養子になるのであろう。
家基はお庭番となって将軍家を守る道を自ら選んだのだ。
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